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5章
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「ああ、アキ! 大丈夫?」
病院に到着すると、玄関で待っていたさとみがふたりの元に駆け寄ってくる。まだ病院で仕事をしていたようで、連絡が入ったことを知り待っていてくれたようだ。冬磨が事情を説明すると、さとみの顔がみるみるうちに険しくなった。
「あんのバカ男。こんなことをしでかすなんて……本当に許せない。診察の準備はできてるから、すぐに見てもらいましょう。一旦、内診するので、湊さんは廊下で待っていてください」
さとみに案内されて、診察台に向かう。待ち構えてくれた院長が、すぐに診察を始めた。モニターを見ながら機械を操作している院長の表情が少し曇った。
「うーん、昼間見たときより頸管長が短くなってるね。出血はないね。でも、お腹が張りぎみだし……。よし、もう一回赤ちゃんが元気かエコーで見ておこう」
内診を終えて、冬磨も一緒に診察室の中に入る。赤ちゃんは無事だろうかと、不安になりながらモニターを見つめる。
「ああ、良かった。赤ちゃんはとっても元気だ。ほら、ご主人。これ赤ちゃんの頭ね。これが心臓、胴体があってこれが足。推定体重が、二百五十グラムくらいだね、標準。逆子になってるけど、今の時期は気にしなくていいよ。昼間も言ってたけど、こんな綺麗な鼻筋の胎児はなかなかいないよ。パパ似かもしれないねぇ」
院長の言葉に安堵したように冬磨が息をつく。説明を聞きながら成長している胎児を見つめる冬磨はとても嬉しそうだ。秋良も赤ちゃんが無事だったことにほっと息をつく。
「あ、あくびしてる」
「あ、本当だ。ふふ、ママは大変だったのに。大物になりそうだな」
さとみと院長の言葉に、冬磨と秋良は顔を見合わせた。胎動を感じなかったのは単に寝ていただけらしい。親の心、子知らずとはよく言うが、まさかこんなに早くそれを体感するとは思わなかった。
診察の結果、急激なストレスが原因の切迫早産と診断される。張り薬を処方され、軽度ではあるがなるべく安静にしているようにと言い渡された。
無事に家に着いて、今回もお姫様抱っこでソファーまで運ばれた秋良は、眉尻を下げながら冬磨のことを見上げた。
「冬磨さん、迷惑をかけて……本当にごめんなさい」
「気にしなくていい。本当に無事でよかった」
秋良の手を握った冬磨が、切なげに眉を寄せてそう言った。そしてそのまま、手の甲にキスをする。
「愛しているんだ、とても⋯⋯。秋良がいないと、俺はもう生きていけない」
「私も⋯⋯私も愛しています。冬磨さん、愛しています。」
初めて面と向かって伝えた秋良からの言葉に、冬磨の顔がくしゃりと歪む。抱きついてきた冬磨の身体を、秋良も抱きしめ返した。
「やっと言ってくれた。ああ、泣きそうだ。もう一度言って」
「愛しています」
「もう一度」
「愛してます。心配かけて、本当にごめんなさい。今日は冬磨さんが早く帰ってくるから、どうしても好物を作っておきたかったんです。そしたら醤油がなくて⋯⋯」
あのときは、まさかこんなことになってしまうなんて思いもしなかった。そういえば、車の中に忘れてきてしまったなと思いながらそう言うと、弾かれたように冬磨が身体を離した。
「俺のため⋯⋯? まさか、病院に着くまで大事に抱えていたあのバッグに入っていたのは」
「醤油です」
そう言うと、冬磨がガクリと項垂れた。呆れられてしまったのだろうかと思ったが、その肩が震えていることに気がついた。どうやら笑っているらしい。
「ふ、ふふ⋯⋯なにを大事に抱えているのかと思っていたら。いや、笑えないんだが⋯⋯はははっ」
お腹を抱えて笑っている冬磨に、なんだか恥ずかしくなってくる。笑いすぎて涙を浮かべている冬磨を見て、初めて出会ったときのことを思い出す。あのときも彼はこうやって笑っていた。
「はあ⋯⋯俺をこんなに笑わせることができるのは秋良だけだ。そんなところがかわいくて愛おしいが⋯⋯二度と無茶はしないでくれ。心臓がいくつあっても足りない」
「⋯⋯うぅ、はい。ごめんなさい」
無事にここに帰ってこられて本当によかったと思っていると、冬磨の顔が近づいてくる。目を瞑ると、柔らかな感触が唇に触れた。
目を開けると、冬磨が幸せそうに微笑んだ。秋良はこの顔が大好きだ。この笑顔を一番近くで見守っていきたいと思う。キスをねだるように首に手を回すと、再び口づけが落とされる。
何度も、何度も。少し冷たい冬磨の唇が気持ち良くて、秋良は自分から彼の上唇を食べるように挟んだ。下唇も同じようにすると、ピクリと冬磨の身体が揺れる。
「……はあ、気持ちいい。秋良、ずっと俺の傍にいてくれ。好きだ、愛してる」
「ん、私も。ずっと、離れないから、離さないで」
ふたりで抱き合いながら、啄むようなキスを何度も繰り返す。秋良の背中を撫でていた冬磨が、ハッとしたように身体を離した。
「ごめん、こんなことをしている場合ではなかった。俺は秋良のことになると、どうも冷静でいられない。さあ、もう休もう。安静にしなければ」
「そ、そうだね。あ、でも身体がベタベタだから⋯⋯シャワーを浴びたい」
そう言うと、冬磨が秋良を抱き上げた。そのまま脱衣所まで運ばれて、服を脱がそうとしてくる。今さらだと思われるかもしれないが、明るいところで見られるのは恥ずかしいのだ。
「と、冬磨さん。自分で入りますから」
「ダメだよ。先生からOKが出るまでは、俺が全部世話をする。もちろんお風呂も」
「え、で、でも、そんな⋯⋯」
「秋良」
名前を呼ばれて顔を上げると、冬磨が満面の笑みを浮かべて秋良のことを見下ろしていた。笑顔の奥に圧力を感じ、頬が引きつる。
「心配かけて悪いと思ってるなら、俺の言うことを聞いて」
痛いところを突かれて、ぐっと言葉に詰まる。さっきは気にしなくていいと言っていたのに、その言い方はずるい。なんも言い返せずにいると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた冬磨が手を伸ばしてくる。秋良は恥ずかしくて堪らなかったが、諦めてそれを受け入れた。
秋良の世話をする冬磨はなんだか生き生きとして見える。さとみが甘えれば甘えるほど彼は喜ぶというのはその通りなのかもしれない。とても恥ずかしいし申し訳なさは消えないが、冬磨が喜ぶならそれもいいかと秋良は思うのだった。
病院に到着すると、玄関で待っていたさとみがふたりの元に駆け寄ってくる。まだ病院で仕事をしていたようで、連絡が入ったことを知り待っていてくれたようだ。冬磨が事情を説明すると、さとみの顔がみるみるうちに険しくなった。
「あんのバカ男。こんなことをしでかすなんて……本当に許せない。診察の準備はできてるから、すぐに見てもらいましょう。一旦、内診するので、湊さんは廊下で待っていてください」
さとみに案内されて、診察台に向かう。待ち構えてくれた院長が、すぐに診察を始めた。モニターを見ながら機械を操作している院長の表情が少し曇った。
「うーん、昼間見たときより頸管長が短くなってるね。出血はないね。でも、お腹が張りぎみだし……。よし、もう一回赤ちゃんが元気かエコーで見ておこう」
内診を終えて、冬磨も一緒に診察室の中に入る。赤ちゃんは無事だろうかと、不安になりながらモニターを見つめる。
「ああ、良かった。赤ちゃんはとっても元気だ。ほら、ご主人。これ赤ちゃんの頭ね。これが心臓、胴体があってこれが足。推定体重が、二百五十グラムくらいだね、標準。逆子になってるけど、今の時期は気にしなくていいよ。昼間も言ってたけど、こんな綺麗な鼻筋の胎児はなかなかいないよ。パパ似かもしれないねぇ」
院長の言葉に安堵したように冬磨が息をつく。説明を聞きながら成長している胎児を見つめる冬磨はとても嬉しそうだ。秋良も赤ちゃんが無事だったことにほっと息をつく。
「あ、あくびしてる」
「あ、本当だ。ふふ、ママは大変だったのに。大物になりそうだな」
さとみと院長の言葉に、冬磨と秋良は顔を見合わせた。胎動を感じなかったのは単に寝ていただけらしい。親の心、子知らずとはよく言うが、まさかこんなに早くそれを体感するとは思わなかった。
診察の結果、急激なストレスが原因の切迫早産と診断される。張り薬を処方され、軽度ではあるがなるべく安静にしているようにと言い渡された。
無事に家に着いて、今回もお姫様抱っこでソファーまで運ばれた秋良は、眉尻を下げながら冬磨のことを見上げた。
「冬磨さん、迷惑をかけて……本当にごめんなさい」
「気にしなくていい。本当に無事でよかった」
秋良の手を握った冬磨が、切なげに眉を寄せてそう言った。そしてそのまま、手の甲にキスをする。
「愛しているんだ、とても⋯⋯。秋良がいないと、俺はもう生きていけない」
「私も⋯⋯私も愛しています。冬磨さん、愛しています。」
初めて面と向かって伝えた秋良からの言葉に、冬磨の顔がくしゃりと歪む。抱きついてきた冬磨の身体を、秋良も抱きしめ返した。
「やっと言ってくれた。ああ、泣きそうだ。もう一度言って」
「愛しています」
「もう一度」
「愛してます。心配かけて、本当にごめんなさい。今日は冬磨さんが早く帰ってくるから、どうしても好物を作っておきたかったんです。そしたら醤油がなくて⋯⋯」
あのときは、まさかこんなことになってしまうなんて思いもしなかった。そういえば、車の中に忘れてきてしまったなと思いながらそう言うと、弾かれたように冬磨が身体を離した。
「俺のため⋯⋯? まさか、病院に着くまで大事に抱えていたあのバッグに入っていたのは」
「醤油です」
そう言うと、冬磨がガクリと項垂れた。呆れられてしまったのだろうかと思ったが、その肩が震えていることに気がついた。どうやら笑っているらしい。
「ふ、ふふ⋯⋯なにを大事に抱えているのかと思っていたら。いや、笑えないんだが⋯⋯はははっ」
お腹を抱えて笑っている冬磨に、なんだか恥ずかしくなってくる。笑いすぎて涙を浮かべている冬磨を見て、初めて出会ったときのことを思い出す。あのときも彼はこうやって笑っていた。
「はあ⋯⋯俺をこんなに笑わせることができるのは秋良だけだ。そんなところがかわいくて愛おしいが⋯⋯二度と無茶はしないでくれ。心臓がいくつあっても足りない」
「⋯⋯うぅ、はい。ごめんなさい」
無事にここに帰ってこられて本当によかったと思っていると、冬磨の顔が近づいてくる。目を瞑ると、柔らかな感触が唇に触れた。
目を開けると、冬磨が幸せそうに微笑んだ。秋良はこの顔が大好きだ。この笑顔を一番近くで見守っていきたいと思う。キスをねだるように首に手を回すと、再び口づけが落とされる。
何度も、何度も。少し冷たい冬磨の唇が気持ち良くて、秋良は自分から彼の上唇を食べるように挟んだ。下唇も同じようにすると、ピクリと冬磨の身体が揺れる。
「……はあ、気持ちいい。秋良、ずっと俺の傍にいてくれ。好きだ、愛してる」
「ん、私も。ずっと、離れないから、離さないで」
ふたりで抱き合いながら、啄むようなキスを何度も繰り返す。秋良の背中を撫でていた冬磨が、ハッとしたように身体を離した。
「ごめん、こんなことをしている場合ではなかった。俺は秋良のことになると、どうも冷静でいられない。さあ、もう休もう。安静にしなければ」
「そ、そうだね。あ、でも身体がベタベタだから⋯⋯シャワーを浴びたい」
そう言うと、冬磨が秋良を抱き上げた。そのまま脱衣所まで運ばれて、服を脱がそうとしてくる。今さらだと思われるかもしれないが、明るいところで見られるのは恥ずかしいのだ。
「と、冬磨さん。自分で入りますから」
「ダメだよ。先生からOKが出るまでは、俺が全部世話をする。もちろんお風呂も」
「え、で、でも、そんな⋯⋯」
「秋良」
名前を呼ばれて顔を上げると、冬磨が満面の笑みを浮かべて秋良のことを見下ろしていた。笑顔の奥に圧力を感じ、頬が引きつる。
「心配かけて悪いと思ってるなら、俺の言うことを聞いて」
痛いところを突かれて、ぐっと言葉に詰まる。さっきは気にしなくていいと言っていたのに、その言い方はずるい。なんも言い返せずにいると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた冬磨が手を伸ばしてくる。秋良は恥ずかしくて堪らなかったが、諦めてそれを受け入れた。
秋良の世話をする冬磨はなんだか生き生きとして見える。さとみが甘えれば甘えるほど彼は喜ぶというのはその通りなのかもしれない。とても恥ずかしいし申し訳なさは消えないが、冬磨が喜ぶならそれもいいかと秋良は思うのだった。
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