最恐 百物語

いつき

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第三話「鏡の中の女」

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大学生の春香(はるか)は、古道具屋で不思議な鏡を手に入れた。
木製の重たい枠に包まれ、どこか時代がかったその姿が気に入り、部屋の隅に置くことにした。

だがその晩——。

「……え?」

夜中、ふと目を覚ました春香は、鏡の方からかすかな音がするのに気づく。
コン、コン、と内側から叩くような音。

「風かな……?」

そう思って寝直そうとしたその時、鏡に人影が映った。
長い髪の女が、こちらに背を向け立っている。

「……誰?」

目を凝らしても、部屋には春香ひとりしかいない。
だが鏡の中だけには、確かに女が立っているのだ。

ぎりぎりと女がゆっくり振り返る。
顔が見える——その瞬間、春香の心臓が凍り付いた。

鏡の中の女の顔は、自分と全く同じだった。
だが、笑っている。大きく口を裂けるほどに、不自然な笑顔で。

「かえして……」

かすれた声が聞こえる。

「……え?」

「——かえして。おまえが持っている“それ”を」

春香は、古道具屋の店主が最後に言いかけてやめた言葉を思い出した。

『……その鏡には、“向こう側”の人間がいるんだって。こっちと入れ替わりたがってるって……』

「かえして……ここ、あなたの世界……」

鏡の中の自分が、手を伸ばしてくる。
枠の中を超えて、こちら側へ——。

春香は思わず鏡を床に叩きつけた。
鈍い音とともに鏡は砕け散り、部屋に静寂が戻る。

「……夢、だったのかな」

だが翌朝、鏡の破片を片付けていた春香は気づいた。
欠けた鏡の中に映る自分が、微かに笑っていたことに。

——それから春香は時々、鏡に映る自分が「遅れて動く」のを目にするようになった。

「かえして……」

かすかな声が、今も耳元で響く。
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