最恐 百物語

いつき

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第29話目 マジックショー ジルベール

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「マジックは現実と幻想の間に咲く花だ――」
そう語る老マジシャン・ジルベールが、ある地方都市の小劇場に現れた。



舞台でのマジック

ジルベールの十八番(おはこ)は「黒いハンカチの奇術」。

小さな黒いハンカチを使って、
次々と物を消していくという、シンプルながらも緻密な演目だった。

観客の腕時計、ライター、ペン、メモ帳……
渡された物は、ハンカチを被せられると「ストン」と消え、
二度と戻ってこなかった。



異変

ある日、観客から「子ども」が選ばれた。
小学4年生の**春翔(はると)**くん。

ジルベールは春翔にこう尋ねた。

「ねえ坊や、何が一番大事かな?」

春翔は少し悩んで――
「お母さんのネックレス」と答えた。

母親が身につけていた、小さな金色のペンダント。

ジルベールは笑って、黒いハンカチをふわりと広げ、それを覆った。

そして――

「では……この世界から、消えていただこう」

ハンカチを外すと、ネックレスは消えていた。
だが、それだけではなかった。



消えたもの

その夜、春翔の母親が「春翔くんを知らない」と泣きながら交番に来た。
写真を見せられても「こんな子、知らない」と何度も言い張る。

担任教師、友達、近所の住民……
誰も春翔のことを覚えていなかった。

戸籍も、写真も、痕跡すら残らず。
まるで最初からいなかったかのように。

だが、劇場の裏手にある物置部屋で、
“あの日に使われた黒いハンカチ”が、
血のように赤黒く染まっていたという噂が残っている。



解説(裏設定)

ジルベールのマジック「黒いハンカチ」は、
「記憶ごと対象をこの世から抹消する」呪術。

消されたものはただ物理的に消えるのではなく、
人々の記憶、記録、証拠、すべてが消える。

その代わり、ジルベールの“内なる劇場”に囚われる。
彼はそこで、消した者たちの「恐怖の表情」を永遠に眺めている。
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