『辺境スープ屋、今日も異世界の胃袋を救います!〜追放された宮廷料理人、田舎で開いた小さなお店が大繁盛〜』

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1章 1杯のスープが命を救う

熱を癒す、初めての一杯

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「妹が熱を出して……もう、意識もなくて……!」

 少女の叫びは必死で、震える手がリュカの袖を掴んだ。
 まだ幼いその瞳に、恐怖と焦燥、そして希望がわずかに揺れていた。

「案内して。君の家はどこ?」

「こっちですっ!」

 リュカは店の裏手に置いていた荷物から、スープの入った土瓶、木製のスプーン、小さな布を素早く掴んで腰にくくりつけると、少女の後を追って走り出した。

 

 村の広場を抜け、小道を折れ、獣道のような細い路地へ。
 その先にぽつんと建つ家は、見るからに古びていて、雨風の名残が木壁に刻まれていた。
 扉を開けた少女の「ただいま!」という声が、静かな家の中に吸い込まれていく。

 リュカが中へ足を踏み入れた瞬間、ふわりと土と薬草のような匂いが鼻をかすめた。

「ここです……!」

 少女は居間の奥、布団の敷かれた部屋へとリュカを導いた。

 そこには、痩せた小さな女の子が横たわっていた。
 布団は粗末で、枕代わりに丸められた衣服が置かれている。少女の妹は額に汗を浮かべ、顔は真っ赤に火照っていた。呼吸は浅く、時折苦しそうに小さな喉が鳴る。

「昨日から何も食べてなくて……お水も、ほとんど飲めてなくて……」

 少女の声は今にも泣き出しそうだった。
 リュカは無言で頷くと、腰を下ろし、持ってきた布でそっと妹の額の汗を拭った。

 熱い──尋常な体温ではない。
 このままでは、体力の消耗が進み、危険な状態になるのも時間の問題だ。

 リュカは土瓶の蓋を外し、椀にスープを注いだ。
 香草とキノコの湯気がふわりと立ち上り、部屋の空気が少し和らぐ。

「これは“村の畑スープ”。君の村で採れた野菜や薬草、干しキノコを煮込んだものだ。体を温め、消化もしやすい。少しだけでも、口に入れば……」

 そう言って、木のスプーンでスープを少量すくい、冷ましながら妹の唇に当てる。
 最初の反応はなかった。熱で朦朧としきっていて、口を閉じたまま動かない。

(だめか……いや、まだだ)

 リュカは妹の顎を優しく支え、そっと声をかけた。

「……あたたかいよ。おいしいスープだ。……ねえ、ちょっとだけ、飲んでみよう?」

 彼女の瞼がかすかに揺れた。
 その瞬間──

 ぴくり、と唇がわずかに動き、喉が小さく鳴った。
 たった一口。けれど、その一口は確かに体の中へ入った。

「……飲んだ……!」

 傍らの姉が、小さく息を呑んだ。
 リュカは続けて、もう一口、さらにもう一口と、少しずつスープを口に運んだ。
 最初はゆっくり、やがて自然と、妹の唇が自ら開き始めた。

 五口目を飲み干す頃には、彼女の頬にわずかに赤みが戻り、肩の呼吸も少しだけ穏やかになっていた。

 部屋に漂うスープの香りが、どこか安心感を与えていた。
 それは魔法でも薬でもない──けれど、確かに“癒し”の力があった。

 リュカはスープの椀をテーブルに置き、立ち上がった。

「今日一日、しっかり布団で温めて。スープはまだ残っているから、時間をあけて少しずつ飲ませてやって」

「……ありがとう、ありがとうお兄さん……!」

 姉はぽろぽろと涙を流しながら、リュカの手を何度も握った。
 その温もりが、どこか懐かしいもののように思えた。

 ──昔、病床の母のために、薬草のスープを作ったことがある。
 あの時も、こんなふうに手を握って、笑ってくれた。
 結局、母は助からなかったけれど……でも、最後の数日は笑って過ごせた。

 リュカの胸の奥がじんわりと熱くなる。

 ──料理には、人を生かす力がある。
 ──そして、心を繋ぐ力も。

 この村で、スープ屋として何ができるのか。
 それがようやく、輪郭を帯びてきた気がした。

「じゃあ、また明日も、来るよ」

 そう言い残してリュカが扉を開けたとき、夕日が村の空を赤く染めていた。
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