メサイアの灯火

ハイパーキャノン

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ガリア帝国編

アウロラ・フォンティーヌ編5

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 読者の皆様方こんにちは、ハイパーキャノンと申します。

 いつもいつも物語を読んで下さいまして、誠に有り難う御座います。

 今日は皆様方に幾つかのご説明が御座います、なるべく短く纏めさせていただきますので、どうか最後までお聞き下さい。

 まず昨日の“アウロラ・フォンティーヌ編4”に関してなのですが、どうして突然、あの話を投稿させていただいたのか、と言うことに関してなのですが、あれはどうしても入れなくてはならないお話しでした、それというのは、アウロラちゃんの性格を鑑みた時に(元々、本人には“蒼太君を危険に巻き込む”等と言った、そんなつもりは全く無かったにせよ)、やっぱり彼女は蒼太君に対して居たたまれない程の申し訳なさ、自責の念を感じて泣いただろうな、と思ったんですね。

 彼女は確かに天然な所がありまして、尚且つ純真無垢な女の子です、ですけれども一方で、“やって良い事、悪い事”、“人の痛み、暖かさ”、“優しさ、慈しみ”と言うモノを、良く良く解っている子なんです。

 だからあの時、あの場所で、蒼太君に“申し訳ない事をしてしまった”、“取り返しの付かない事をしてしまった”と感じて泣いたただろうな、と思ったんです(そう感じたんです、その時の情景がパッと頭に思い浮かんで来たんですね、それで急遽書かせていただきました)。

 そしてそんな彼女の思いを真正面から受け止めて、蒼太君も正直に言うのです、“君達は僕に勇気をくれる”とそう言って(この“君達”とは誰の事なのかを、皆様方はもう、御理解いただけているかと思われます、そうです、メリアリアちゃんとアウロラちゃんと。そしてもうちょっと後になって出て参りますけれどもオリヴィアちゃんの事で御座います)。

 それで皆様方に告知させていただいていた話とは、違う様相のモノになってしまったのです、大変申し訳御座いませんでした、失礼を致しました。

 またこの物語での蒼太君は9歳になっています(彼は2月生まれなので・・・)、ちなみにメリアリアちゃんは1月生まれ、アウロラちゃんは5月生まれです←本当は蒼太君は夏にしようかと思ったのですが、それだと色々と被り過ぎてしまうので・・・(なので“オリジナリティ”を出すために、敢えて“2月生まれ”と致しました事をどうか御理解下さいませ)。

 そして蒼太君が本格的に“斬鉄”を覚えるのはこれから半年後の事です(鉄を斬る切り方とその際の呼吸法、そして刃を入れるポイントを、見極められるようになるのです←それで第86話と第146話でそれを使い熟す事が出来るようになっている訳ですね)、この時の彼はまだ未熟な少年ですから、大人になった後と違って出来ない事も色々あります(それをメリアリアちゃんやアウロラちゃん、その他の皆が助けてくれる訳ですね)。

 まだまだ物語は続いて参ります、私も子供頃の蒼太君同様に未熟な点、至らぬ点等これからも出て来るかとは思いますけれども今後とも変わらぬ御愛顧、御声援の程、よろしくお願い申し上げます。

                敬具。

          ハイパーキャノン。
ーーーーーーーーーーーーーーー
 出っ張っている木々の根っこを躱しつつも大岩の側を蛇行し、段差を飛び越え、或いは攀じ登って二人は件の泉の畔(ほとり)に出た。

 そこは明らかに以前来た時とは違う、異様な雰囲気が漂っていた、一見、普段と変わらない泉の風景に見えたそこにはしかし、明らかに“死の風景”が漂っていたのだ。

 風が止んで水面には波音一つ立たず、鳥の声も虫の声も聞こえない、凡そ生命の醸し出す、活動の波長と言う波長が一切合切、感じられなかったのである。

 第一。

 二人を一層、緊張させて強張らせたのはその周囲に張り詰めている得体の知れぬ殺気と重苦しいまでに立ち込めている、濃厚なる妖気だった、全身にネットリと絡み付いてくるかのようなそれらは二人から活動力を奪い去り、その場にて硬直をさせようとするかのように手足の動作を鈍くするが、しかし。

「・・・・・」

「・・・・・っ!!!」

(負けるもんかっ!!!)

 蒼太は思い、アウロラもまた、それに応えるかのように手を強く握り返して来た。

 そうだ、こんな所で立ち止まっている場合では無い、こんな“虚仮威し(こけおど)”ごときに驚かされているような場合等では決して無いのだ、そう思い立つとー。

 二人は意を決して泉の畔周辺を隈無く探索して見るモノの、やはりそこには鳥はおろか、虫一匹として姿を見せない。

 皆まるで、この妖気に怯えて逃げ出したかのようにしてそこには生命の気配そのものが、まるでしていなかった。

「・・・・・」

「い、いません、ね・・・!?」

「この“妖気”じゃあね?そりゃ皆逃げ出すさ、居心地が悪いもの・・・!!」

 アウロラからの言葉にそう応えつつも蒼太は尚も周辺に対して目を凝らすモノの、そこではどうしても、目的の“ミミズク”を見付ける事が出来なかった、周囲の異様な気配といい、時刻や状況は、これで合っている筈である、一体何がいけないのであろうか。

「やはりここでは、無いのでしょうか・・・」

「・・・・・」

 いいや、と蒼太はアウロラの言葉に頭を振った、そうで無ければあの時に恐らく、“トワールおばさん”本人からと思われる追跡を受けた理由が思い当たらなくなる、入り口は間違いなく、ここで合っている筈だ、しかしただ一匹、“ミミズク”だけがそこにいないのだ。

「もうちょっと、周りを散策してみよう。何か解るかも知れない・・・」

 “でもその前に”と蒼太は言った、“ちょっとした事前準備をしておかなければならないよ”とアウロラにそう告げて。

「ちょっと、待ってて・・・!!」

「・・・・・?」

 キョトンとしているアウロラの横で、蒼太はいそいそと持ってきていたノートとペンを取り出すと自分達が気付いた事や、ここに来た事、そしてこれから“トワールおばさんの魔法館”へと突入するつもりである事などを書き記してそれを認(したた)め、数枚ほどの紙に纏め上げたそれらを器用に綺麗に折り畳んでは日付を入れてアウロラの手を引き、少し高台になっている段差を昇ってはそこに生えていた木の根っこの下へと手紙を隠しておいた、それと同時に。

 更にもう一枚、紙を破くとそこに何やら呪いの方陣を掻き始めて今度は少し広い場所に置き、その四隅に小石をおいて風で飛ばないように固定する。

「ふうぅぅ・・・っ、これでよしっ!!と。ごめんねアウロラ、お待たせ!!」

 “これで準備万端だよ?”と告げた蒼太が“気を付けながら進もうね?”とそう言った時だった、水面が不意に掻き乱れ始めて波が幾重にも立ち始め、紫とも桃色ともつかない不思議な光が泉全体を覆い始める。

 景色がセピア色に染まって波動が前後左右で逆流し始め、一瞬だけだがまるで世界が反転して行くかのような、不思議な感覚に包まれた、それが終わると。

 二人は不思議な世界にいた、そこにはこの世のモノとは思えぬほどの赤くて巨大な月が出ており、周囲の景観も打って変わって岩山だらけ、木々は殆ど生えてはいない。

 周囲には虫の声がしないのは相変わらずだがたた一つ、違っていた事があった、“フクロウの鳴く声”が遠くから響き渡って来たのである。

「・・・そ、蒼太さん。ここって?」

「・・・どうやら“世界の反転”に、巻き込まれてしまったようだね」

 蒼太はそう言って、自分が“エルヴスヘイム”へと運ばれた時の事を思い返していた、あの時はこんなに禍々しい感じはしなかったし、何もかもが100%同一ではないにしてもそれでも、感覚的には何処か通じる所がある。

「ここは“異世界”だよアウロラ。僕達の世界と重なり合うようにして存在している“平行世界”の一つだ、僕達はそこに取り込まれてしまった・・・!!」

「そ、そんな!?それでは・・・!!」

「慌てないで!?」

 蒼太は言う、“来れたのならば、必ず帰る道筋もあるはずだ”とそう告げて。

「取り敢えずはこの場所を、よく覚えておこうよ。こここそが多分、僕達の元々いた世界とこの世界との結節点、重なり合っている世界同士をつなぎ合わせている“道”なんだ!!」

 蒼太はそう言うと、再び素早く持って来ていたノートとペンとを取り出しては、そこに先程のモノと同じように呪(まじな)いの方陣を書き出し始めた。

「・・・これでよし。これはね?僕達が帰る時の、目印になってくれるモノなんだ、“エルヴスヘイム”に飛ばされた後に、“何かあっても良いように”って父さん達が教えてくれたモノなんだ。予め、元の世界の方にも方陣を書いた紙をおいて置かないといけないんだけど、効果は確かだよ、それを向こうの世界にも残して来てあるんだ、これで帰れるよ!!」

「・・・・・っ!!!!!」

「さあ行こうっ!!マクシムを、助けてあげなきゃならないしね!!」

 そう告げると蒼太は再びアウロラの手を引っ張っては“フクロウの鳴いている場所”を探すために歩を進めだしていったのであるが、その途上でアウロラは文句なく感心していた、自分と一つしか違わない、と言うのに蒼太は本当にしっかりとしていて頼りになる人だな、と感じた、それと同時に。

 こう言う時でもパニックにならない人なんだ、暖かみのある心を失わない人なんだ、と感じて再び感動していたのであったがこう言う追い詰められた時にこそ、人間の本性は出るものだと、彼女は父から聞かされた事があった、それが事実だとするのならば、やはり蒼太さんは性根の優しい人なんだ、と彼女は思った、その心で、その身体で自分を包み、手を引っ張っては導いて行ってくれる人なんだ、と幼な心に改めて、そう感じていたのである。

「・・・恐い?」

「・・・・・っ!!!!!」

 途中で足を止めて振り返り、聞いてきた蒼太に対してアウロラはブンブンと、頭(かぶり)を振ってそう応えた、本心からその時、彼女に恐怖は無くなっていた、いやもう少し正確に言うのならば、不安が全く無くなってしまっていた訳では無かったのであるモノの、それでもしかし、“何とかなるのでは無いか?”と言う希望が、“この人と一緒ならば、必ず元の世界に戻る事が出来る!!”と言う暖かな思いがそれを押し退けていたのである。

「・・・良かった!!」

 “だけど気を緩めないで!!”と蒼太は告げた、“もう少しで魔法館に着くよ”とそう言って。

「そうしたならアウロラは、何も考えなくていいから。ただ僕の言うとおりに動いて。・・・良いね?」

「は、はい・・・!!」

「緊張は、しなくて良いよ。・・・と言っても、無理だと思うけど。良いかい?アウロラ。君はただ、僕に向かって魔法を放ち続けていればそれで良い」

「ええっ!?そ、蒼太さんに向かって放つんですか・・・?」

「うん、そう!!」

 蒼太が言った、“僕はそれを剣に纏わせて攻撃したり、敵に向かって弾くようにするから”とー。

「だから君は、何も考えなくていいから。僕だけを信じて、僕だけを見て。それで行動するんだ、良いね?」

「・・・・・っ!!!!!は、はいっ。必ず!!!」

「・・・必ずっ!!」

 蒼太は言った、“必ず僕が君を元の世界に帰してあげる”とそう言って。

「君を、守るよ。何があっても絶対にね。だから僕を信じて!!」

「・・・・・っ!!!!!そ、蒼太さんっ。はいっ!!」

 “はいっ!!”とアウロラは頷いた、感動の涙で瞳を潤ませ、表情をグチャグチャに乱しながら。

「ああっ、ほら。もう泣かないで?綺麗な顔が台無しだよ?」

「ウ、ウエェェッ。ヒグ、グスッ!!!うわあああぁぁぁぁーんっっっ!!!!!」

 アウロラは再び泣き出してしまった、大泣きしてしまったのだった、今度は真正面から蒼太に抱き着いて、声の限りにワアワアと泣きじゃくった、蒼太は今度もそれを優しく包み込んでは受け止めてあげた、背中を擦り、彼女が落ち着くまで待った、ただこの時に、蒼太とアウロラの中ではある齟齬が生じていた、蒼太はアウロラが女の子だから恐くなってしまっていたんだろうな、等と考えていたのであるが、実際には違っていたのだ。

 “自分の大好きな男の子”から“君を守る!!”と言ってもらえたこと、初めてその人から“綺麗だ”と言ってもらえた事がただただひたすら嬉しくて、有り難くて堪らなかったのである。

 そうだ、この時にアウロラはハッキリと自分の中での蒼太への気持ちを自覚したのであり、その心の奥のそのまた奥から迸り続ける“熱き激情の奔流”が、彼に掛けてもらった言葉の感動の喜びがアウロラを打ち震わせて彼女に大粒の涙を流させていたのであったが、そんな事とは露知らない蒼太は特に何を思うでも無く、彼女の嗚咽するに合わせて“うん、うん”と頷きながらもソッと頭を抱き寄せては何度も何度も撫で続けていた、“それで彼女の気分が落ち着いてくれるのならば、それで良いかな?”等と考えていたのである。

「ヒッグ、ヒグッ。グスッ。ウエェェェ・・・ッ!!」

「大丈夫?アウロラ・・・」

「う、ううっ。グスッ、ヒグ・・・ッ!!は、はいっ。もう大丈夫、です・・・」

 蒼太の問いに、まだ少ししゃくり上げを繰り返しつつもアウロラがそう告げると、蒼太は頷いて“じゃあ行くよ?”と言ってはまだ自らの手を差し出した、それをー。

 しっかりと握るとアウロラは、改めて顔を覗かせて来た自身の淡い恋心にドギマギと戸惑いつつも、それと同時に“トクン、トクン・・・”と言う胸の高鳴りを確かに感じながら、目の前の少年の後ろ姿を何時までも何時までも、ずっと眺め続けていたのだ。

(そ、蒼太さんっ、蒼太さん・・・!!)

 アウロラは何だかこの一瞬一瞬が幸せで、信じられなくて、頭がボーッとなってきた、彼の体温を感じてその姿を見ているだけでその胸が締め付けられるようになり、それでいてまたしても、これ以上無い位にまで高々と打ち震える。

 そんなだったから、“ミミズクの鳴く場所”までの道程は、アッという間の出来事だった、途中で幾つか丘を越えて岩山を昇り、遂には“そこ”へと辿り着くモノの、そこにはかれた楡の木が生えており、その枝の上では年老いたミミズクが“ホーウ、ホーウ”と鳴いていた、その直ぐ側には古びた三階建ての洋館が立っており、中には灯りも何も見えないが、しかし。

「・・・・・」

(“いる”な・・・!!)

 蒼太は思うがそこには確かに何某かの、“数多の気配”が彷徨いており、此方(こちら)を一斉に注視している事が、一発で理解できた、ただし。

「・・・・・?」

(妙だな?此方を見ているだけで、特に襲い掛かって来るような敵意、害意は感じないけど・・・)

「・・・・・っ。お兄様っ!!」

 “では、あれらは一体、何なのだろう?”と蒼太が考え倦ねていると、アウロラがハッとなって蒼太に訴え掛けて来たのだ、“兄がいます!!”とそう告げて。

「ええっ!?あ、あの気配の中にか?」

「いいえ、違います。どこかはまだ、解らないですけれども・・・っ。でもあの館の何処かしらからハッキリと伝わって来るんです!!」

「・・・・・」

 “やっぱり、ここに来ていたんだな”と蒼太は改めてそう思った、それにしてもあの気配の中にはいない、と言う事はやはり、まだ彼自身は何かをされた訳ではないようであり、恐らくは“守護の霊力”がこの館の主にさえも、手出しをさせなかったのであろう事が伺える。

(まだ五体満足な状態でいてくれる内に・・・。急いで何とかしなければ・・・っ!!)

 意を決すると蒼太はアウロラに“行くよ?”と告げるが、そうするとアウロラは少し緊張している面持ちとなりながらも、それでも静かな輝きと、強い決意を秘めた瞳で“コクン”と頷いて応えてくれた。

 自らもそれに頷いて応じると蒼太は片手で彼女の手を握り締め、口にライトを咥えながらもう片方の手でゆっくりと洋館の入り口の扉の取っ手を掴んで引き開け始めた、すると。

 ギイイイィィィィィッ!!!と言う音がしてそれが開け放たれて行き、中からは少しカビ臭い、ツンとする臭いが鼻を突いた、館内は薄暗くて、幾つもある窓から外にある赤い月明かりが中にまで差し込んでは廊下の端や隅を照らし出しているモノの、さて。

「アウロラ・・・」

「は、はい・・・っ!!」

「手を離しちゃ、ダメだよ?」

「・・・・・っ。はい!!」

 蒼太の言葉にそう頷くと、アウロラは一層強く、その手をしっかりと握り返して来た、心なしかその掌は汗ばんでおり、体温も上がっているかのように感じられる。

 二人はそれほどゆっくりとではないにしてもしかし、決して早くは無い歩調で歩き、懐中電灯で辺りを照らしつつ探索を行っていった、廊下の奥からも天上からも、辺り一面から誰かに見られているかのような気配を感じて嫌な汗がジットリと浮かんで来るモノの、しかしその内にー。

 ある部屋の前まで来た時に、何やら異様な気配を感じて足を止めた、何だろうか、そこからは人のような、でも人では無いような、“妙な存在感”とでも言うべきモノが感じられたのであり、しかも中からは何やら灯りが漏れていたのだ。

「・・・・・」

「・・・・・」

 それが二人の感性に、何某かの事象がある事を訴え掛けて来たのであったがその事を確かめる為に蒼太が“開けるよ?”とアウロラに告げると少女も黙ってそれに頷き、それを見た少年がドアノブに手を掛けてガチャリと回し、ドアを開けるとー。

 そこには不思議な空間が広がっていた、その部屋は天上も壁も本棚も、そこに並べ掛けられている本も、テーブルや椅子さえもが何やら見たことも無いほどに、カラフルなモザイク貼りで形作られていたのであり、そこかしこからは強烈に、甘い匂いが漂い溢れてくる。

「・・・・・?」

「な、なんでしょう?ここは・・・?」

 アウロラの言葉に蒼太が首を傾(かし)げるモノの、こんな不思議な気配も部屋も、何もかもをも蒼太はエルヴスヘイムでさえも、見たことも無ければ聞いた事も無かったのであるモノの、辺りに立ち込める、濃厚な人の気配。

 まるで呼吸すら聞こえて来そうなそこにはしかし、人間所か猫の子一匹、居はしなかった、それに加えて。

 天上や壁から伝わって来る、なんとも言えない甘い匂い、しかもそれは蒼太もアウロラも嗅いだことがある匂いであった。

 アウロラの言葉に蒼太が首を傾(かし)げるモノの、こんな不思議な気配も部屋も、何もかもをも蒼太はエルヴスヘイムでさえも、見たことも無ければ聞いた事も無かったのであるモノの、辺りに立ち込める、濃厚な人の気配。

 まるで呼吸すら聞こえて来そうなそこにはしかし、人間所か猫の子一匹、居はしなかった、それに加えて。

 天上や壁から伝わって来る、なんとも言えない甘い匂い、しかもそれは蒼太もアウロラも嗅いだことがある匂いであった。

「・・・・・っ!!!」

「・・・・・っ!!?」

(まさか、これって・・・!!)

(嘘でしょうっ?まさか・・・!!)

 “お菓子だ”と二人は殆ど同時に直感した、そうだった、そこにあったのは紛う事無き“お菓子”であり、それで出来た部屋だったのだ。

「信じられない、何でこんなモノが・・・っ!!?」

「一体、だれが。何のためにこんな事を・・・っ!!?」

 正体に気付いた二人が思わず驚愕してしまうがそれほどまでにこの“お菓子の部屋”と言うのは異様であり、異質な気配を放っていたのである、・・・まるで人間が凝り固まって、そこに埋め込まれているかのような、そんな不気味さを誇っていたのだった。

「だけどなんでこんな所にこんなモノがあるのでしょうか、蒼太さん・・・!!」

「よく解らないけれど・・・。多分、この屋敷の持ち主が、大好きなんだろうね、お菓子が大好きな人なんだよ。だけど・・・」

 “なんか不気味だよな・・・”と蒼太はアウロラ共々、言いようの無い薄気味悪さをその部屋から感じて急いで廊下にでると更に奥まで進んで行った、するとそこには。

「階段だ・・・」

「上に行くのと、下に行くのがありますけれど・・・」

 アウロラの言う通りで上階へ上がる為のモノと、階下に下がる為のモノがあり、蒼太はまずは上の方へと向けて、意識を集中させて見た、すると。

「・・・・・っ!!!」

(“空っぽ”だ・・・!!)

 蒼太の意識の探査網に、引っ掛かるモノは何も無く、即ちそれはそこには“誰もいない”と言う事を意味していた、と言うことはつまり。

「“下”か・・・」

 蒼太がそう呟いた瞬間。

 ベースケースに入れて持ってきていた“ナレク・アレスフィア”が突然、熱くなり始めて光を放ち、反応し始めるモノの、それは即ち、“下”の階下に何事か危険がある事を意味していた、その上更には。

「・・・・・っ。お兄様っ!!」

 とアウロラが叫ぶがどうやら下の階からはマクシムの気配が感じ取られる様子であって、それをアウロラは敏感に察知したのである。

「・・・行くよ、アウロラ!!」

「は、はい・・・っ!!」

 そう告げると蒼太は。

 ベースケースから“ナレク・アレスフィア”を鞘ごと取り出すと、右手でその柄を掴んで刀身を抜き放ち、再び鞘をベースケースに収めては背中に背負って左手で懐中電灯を握り締めるが、そんな蒼太の左手の袖を、アウロラの手がソッと握る。

「・・・・・?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 “アウロラ”とそれを見た蒼太が何事かを訴え掛けるような瞳で此方を見ていた青髪の少女に対して、暫しの沈黙の後に応えた、“懐中電灯を持っていてくれる?”とそう告げて。

 そして。

「はい・・・」

「・・・・・っ!!」

 彼女にライトを手渡すと、改めて左手を差し出すモノの、それを見たアウロラはハッとなって赤くなり、モジモジしながらもその手に自らのそれを重ねてしっかりと握り締めた。

「行こう・・・っ!!」

「はい・・・!!」

 自身の言葉に少女が頷くのを確認すると、蒼太は一歩、また一歩と周囲に気を張り、用心しつつも階下への階段を下り始めるモノの、すると歩みを進める毎に、確かに知っている人間の波動が強まって行くのを感じて心が急いた、マクシムがいる、彼の感覚を覚えるのは実に1週間と一日ぶりである、よくその間、この屋敷に取り込まれる事も無く、無事に居てくれたものであるが、問題はその周囲に、何やら身に覚えのない、影のような揺らぎをも感じる事だ。

 蒼太はその気配に覚えがあった、先日、アウロラと共にあの泉へと赴いた折に自分達の事を監視するかのようにして纏わり付いて来たそれである、と言うことは、コイツがやはり“トワールおばさん”に違いない。

 現に先程から蒼太の剣もキイイィィィッと独自の警戒音を発して淡く光り輝いている、その霊力が発揮されているのである、と言うことはこの先にやはり、この館の主がいる、と言う事なのであろう。

「・・・・・」

「・・・・・」

 二人は無言で歩を進めて行った、やがて階段を降り切るとそこは道が二手に分かれており、右側から人の気配と妖気を感じる。

 蒼太はそちらの方向へと向けて剣を携えながらもゆっくり、ゆっくりと、しかし確実に歩み続けて遂にはとある部屋の、目の前にまで辿り着いた。

 感覚と妖力とは、そこから溢れ出して来ており、僅かだが灯りも漏れていた、恐らくはここが間違いなく、この館の中心部分であろう事が伺えたが、果たしてー。

「・・・・・」

「・・・・・」

 二人はお互いに頷き合うと、その扉のノブに手を掛けて、それをゆっくりと回して開けた、するとそこにはー。

「おやあぁぁっ?誰だい、こんな所まで来るなんて・・・!!」

「・・・・・っ!!!」

「・・・・・っ!!?」

 奥の方は影になっていて良く見えずにいたモノの、少し入った所の壁沿いには何やら玩具の入っている大きな大きな箱が2つ、据え置かれていて部屋の中央部分では緑色の煮え滾る液体の入っている巨大な瓶が、火に掛けられていた、そしてその側では。

 身長は2メートルはあるだろうか、上から下まで漆黒のローブに身を包んだ、丸々と太ったガタイのよい老婆が立っており、棒で瓶の中身を掻き混ぜつつも、少し嗄れてはいるモノの野太い声で二人に声を掛けて来る。

「私の館に無断で立ち入ろうなんざ、中々に度胸のある子達だよ。名を名乗りな?」

「言うな、絶対に名前をいっちゃダメだ!!」

 すると蒼太が素早く叫んだ。

「コイツら魔女には不可思議な力がある。“魔力”と呼ばれているモノだけど、人に魔法を掛ける時に必ずその名前を叫んでから唱えてから呪(まじな)いを発動させるそうなんだ!!」

「キーッヒッヒッヒッヒッ!!良く知っているじゃ無いか、坊や。どうやらこの前来たハナタレ小僧とは勝手が違うみたいだねえぇぇ・・・っ!!」

 そう言うと魔女は何やら呪いの言葉を唱えては、何処からか自身の使う杖を呼び寄せた。

「ここはあたしの館だ、勝手に入って無事に済むとは思ってないだろうねぇ、坊や達?」

「構えて!!」

 蒼太はアウロラに向かって言った。

「さっき言ったようにやるんだ、良いね!!」

「は、はいっ!!」

「あっははははははっ。無駄さ無駄さぁっ。皆、出て来な!!」

 魔女がそう叫ぶと同時に、部屋の隅に置かれていた玩具箱から玩具の兵隊や怪獣やらがわんさかと飛び出して来ては、二人に向かって襲い掛かって行った、それに対して。

「てやあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 蒼太は勇猛果敢に突っ込んで行った、両手で“ナレク・アレスフィア”を握り締め、父である清十郎譲りの“大津国流八ノ型”を自在に操り、当たるを幸いに薙ぎ払って行く。

 その手に握られている霊剣は些かも鋭さを失うことなく、却って敵を切り裂く度に輝きの度合いを増して行き、部屋の中は遂には昼間のような眩しさとなっていったのである。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!!!!?ま、眩しいっ。な、なんでお前が“その剣”をっ!?」

 魔女が叫んだ。

「“風の導き手の剣”、太古の昔に神々からエルフの王に贈られし幻の“聖剣”だっ、太陽の輝きを放つ剣だっ!!!神々のように眩しいいいぃぃぃぃぃっっっ!!!!!!!!」

 まるで怯えて泣き叫ぶかのように、魔女が絶叫するものの、その最中すらも。

 蒼太は機敏かつ的確に動き回り、次々と魔力で動く玩具の兵隊や怪獣達を、その攻撃を躱しつつ切り裂き、突き刺し、破砕して行った。

 やがてー。

「はあ、はあ・・・っ!!」

「・・・・・っっっ!!!!?」

「・・・・・っっっ!!!!!」

 まだ子供とは思えない程の蒼太の活躍で、僅か5分足らずの間に玩具の兵隊や怪獣は全滅してしまっていた、本当はこんな筈では決して無かった、何故なら魔力によって操られし、玩具の兵隊も怪獣も、その大元であるトワール自身を叩かない限りかは何度でも復活するように仕組まれていたからである、それなのに。

「ち、ちくしょうっ!!」

 “聖剣で切られたからだっ!!!”とトワールは呻くが魔を祓う力のある“ナレク・アレスフィア”はその供給され続ける魔力を与えられた仮初めの命ごと切断して討ち払ったのだ、その上。

 “聖なる力”、即ち“神々の高い次元の波動”の影響を受けてしまった玩具の兵隊や怪獣はもはや、トワールの思い通りには動かなかった、ただの玩具に成り下がってしまったそれらは、もはや物言わぬ残骸となって部屋の彼方此方に散らばってしまったのである。

「はあ、はあ・・・っ。ふうぅぅ・・・っ!!」

「・・・・・っ!!!」

(す、凄いっ。蒼太さん!!!)

 “私は何も出来なかった”とアウロラは自分を責めたモノの、今回の場合はより正確に言うのならば、蒼太の働きが余りにも目覚ましくてアウロラの活躍する余地が無かった、と言った方が良く、その点でアウロラは自身を過小評価してしまっていたのだが、しかし。

「まだまだっ!!皆出て来な、そおらあああぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 言うが早いかトワールは、先程からグツグツと煮ていた巨大な瓶をそれごと一気に引っ繰り返して中の液体を丸ごと床にぶちまけた、すると。

 そこから10体を超えるスライムの群れが姿を現しては蒼太達を取り囲むが、トワールはそれに更に自らの魔力を与えて強化させ、“掛かれっ!!”と命じて一斉に襲い掛からせた、それをー。

 蒼太はまたもや迎撃をし始めてスライムを次々と、ただの破片へと散らばせて行く。

 ナレク・アレスフィアの聖なる力はトワールの魔力をアッサリと退け、浄化して無力化し、討ち払ってしまったのである。

「ええい、ここじゃ無理だっ。ひとまず退散だよ!!」

 途中で戦況の不利を悟った魔女はそう言うとまるで壁に吸い込まれるかのように消えて見えなくなってしまっていったのである。

 後には静寂と壊れて散らばった玩具の残骸と、飛び散った液体だけが残されていた、そしてその先にはー。

「マクシム!!」

「お兄様っ!!!」

「ああっ!?お、お前達かっ!!?」

 “よく無事でいてくれたなっ!!?”とマクシムは叫んで鉄格子に飛び付くモノの、部屋の奥はちょっとした牢獄のようになっていて、その中でマクシムは囚われの身となっていたのだ。

「とにかく一旦、まずは牢屋からマクシムを出さないと!!」

「でも一体、どうしたら・・・?」

「鍵はアイツが、トワールが持っているんだ!!」

 マクシムが告げた。

「アイツはいつも肌身離さず、杖と鍵とを持ち歩いていて、手放す時はまずない、何とかアイツを倒してから奪い取るしか無いんだが・・・!!」

「他に方々は無いのかな・・・っ、て言うかマクシム!!」

 と、蒼太はそこである事を思い返して彼にその疑問をぶつけて見た。

「他の子達は、どうしたの?掴まっていた子供達が、他にも居たんでしょう?彼等はどこに行ったのさ?」

「お前達、来るときに“お菓子で出来た部屋”を見ただろう?あれがそうだ!!」

「・・・・・?」

「どういう、ことなの・・・?」

 蒼太とアウロラが代わる代わる尋ねた所、恐ろしい事実が発覚して来た、何とここに連れて来られた子供達は皆、魔法で“お菓子の姿”に変えられてしまった、というのである。

「えええっ!!?」

「お菓子に?それじゃあ・・・っ!!!」

「そうだ」

 蒼太の言葉にマクシムが頷いて言った、“あの部屋のお菓子は皆、姿を変えられた子供達だ”と、“かつて人間であった者達が魔法によって姿を変えられてしまったなれの果てだ!!”と。

「トワールは腹が空く度にあのお菓子を丸ごと貪り食っていたんだ、喰われた子供達の魂は成仏したくても出来ずに、この館に閉じ込められ続けているんだ、ここに来るまでに、“誰かに見られているかのような感覚”を覚えただろう?あれは皆、そうした子供達の霊魂(スピリット)達なんだ!!!」

「なんて、事だ・・・!!」

「酷い!!」

 それを聞いた蒼太が絶句してしまい、アウロラが思わず叫んだ。

「あんまりです、そんなの。みんな、可哀想・・・!!!」

「・・・・・」

「・・・・・」

 三人の間を、重苦しい空気が支配した、ことここに至った以上はマクシムを救う為にはトワールを撃破しなければならないモノの、トワール自身は何処かへ退避してしまった様子である、そうするとまずはここから出て彼女を探し、しかる後に撃滅して鍵を奪い、またここに帰ってこなければならないが、それはある意味危険な事だと蒼太は見ていた、何故ならば恐らく、この世界の魔力の中心は間違いなく、あのトワールであり、それを潰してしまったのならば、この世界そのものがどうなってしまうのか、解らないのだ。

「ここに助けに来る前に、世界が崩壊してしまうかも知れない。そうなったら何にもならない!!」

「・・・・・」

「・・・・・」

 “その場合は”と覚悟を決めた表情で、マクシムが告げた、“お前達だけでも逃げてくれ!!”と、“生き延びてくれ!!”とそう言って。

「そっ、そんな。そんなの嫌ですっ!!」

「そう言うなよアウロラ、俺だって嫌なんだ!!」

 マクシムが悲しそうに微笑んだ。

「だけど仕方が無いだろう?他にどうしようもないんだから」

 そう言うと、マクシムは蒼太の顔を見て言った“アウロラを頼むぞ”とそう告げて。

「もしアウロラを泣かすような真似をしたなら、承知しないからな!!」

「しないよ、そんな事!!」

 蒼太は“当たり前じゃないか、そんな事!!”と言わんばかりにそう答えるが、彼はこの時、マクシムの真意を誤解していた、マクシムはあくまでも、“人生を賭けてアウロラを守ってくれよ?”と言う意味で言ったのであるが、まだまだお子様だった蒼太はただ単に、“良いお友達でいてくれよ”と言う、そのままの意味で取ったのである。

「僕はアウロラを、泣かせたりはしないよ。って言うかさ、マクシム。何か方法を考えようよ、きっと何かあるはずだから・・・っ!!!」

「まあ、そりゃそうなんだけどな・・・。だけどしかし、じゃあどうすれば良いって言うんだ?鍵が欲しくとも持っているのは意地悪な魔女だし、この檻にだってアイツの魔力が込められているし・・・!!」

「・・・・・っ。そうか!?」

 蒼太が叫んだ、“この剣ならば、何とかなるかも知れない!!”とそう告げて。

「この剣には、アイツの魔力を討ち払う力があるんだ、だからこの剣で檻を切断してあげられれば、マクシムを助けてあげられる筈だよっ!!?」

「・・・・・っっっ!!!!?」

「・・・・・っ。だ、だがしかしっ。そんな事が可能なのか!?」

「・・・今の僕じゃ、まだ“斬鉄”は出来ない。だけどこの剣の力とアウロラの力があるなら話は別さ!!」

 そう言うと蒼太はアウロラを見ては“力を貸してくれる?アウロラ・・・”と尋ねてみるが、それに対してアウロラは静かにしかし、力強く頷いて見せた。

「僕の剣に、君の閃光魔法を纏わせるんだ。・・・それも極めて集約されている、高出力の閃光魔法をね?ようするに“閃光剣”にして魔力の檻を一気にぶった切る!!」

「ええっ!?」

「アウロラ、お前そんな凄い魔法が使えるのか!?」

「・・・ってことは、マクシムも知らないの?」

「初めて知ったよ、そんな事は!!」

 マクシムが驚愕しつつもそう叫ぶモノの、確かにここ数カ月間で何日間かだけとはいえども一緒に遊んでいた蒼太でさえも気が付けなかったのである、だから家族達が解らなくとも、それは仕方が無い事なのかも知れなかった。

「お、お前いつの間に・・・?って言うかそんなの全然気が付かなかったよ・・・。いいや、でもさ。それ以前の話としては、お前から法力なんて、殆ど感じないけどなぁ・・・!!?」

「僕も、驚いたんだけれども・・・。この子は凄い力を秘めているんだよマクシム。ただなんでそれが感じ取れないのかがよく解らないんだけれどもね?」

「へえぇぇ、それなら・・・!!」

 “是非やって助けてくれよ!?”とマクシムは殆ど呻きに近い声を発するモノの、それを聞いた蒼太が目で合図を送るとアウロラがコクンと頷いた、そうしてー。

 両手を前に翳(かざ)しつつも瞳を閉じて精神を集中させて行き、己の法力を解放させてはどこまでもどこまでも燃え上がらせて行った、するとー。

「・・・・・っ!!!!!」

「うおおおおおっ!!!!?」

 その途端、周囲に猛烈なまでのエネルギーの束が渦を巻き始めてはアウロラの両手の平目指して集約されて行き、それが金色の光となって顕現するとアウロラはそこに名前を与えて命を吹き込み、魔法として実体化させる。

「“ドーロ・デ金色のベローシェ閃光”!!」

 アウロラが叫んだ、その瞬間ー。

 彼女の掌から漏れ出した金色の光が蒼太の“ナレク・アレスフィア”に纏わり付いて鍔元から切っ先までを、強烈なまでのレーザー光線(ビーム)で包み込む、それをー。

 確認した蒼太は剣を再び構え直すと心を落ち着かせて気合い一閃、魔力の籠もった鉄檻目掛けて、それを切り裂くイメージで刃を斜め方向へと奔らせた、するとー。

 その箇所が見事にスパァッと切り裂かれて行き、反対に剣には刃こぼれ1つ付かずに済んだ、それを確認した蒼太はもう一度、今度は角度を変えて足下の方を切断掛かるがその結果は今と全く同じであり、上下が切断された事により鉄の檻は檻たる役目を果たさなくなった、ガチャンッと音を立てては鉄格子が外れ、切り取られた箇所からはマクシムがのそのそと、それでも出来る限りに機敏な動きで屈(かが)んで外へと這い出して来た。

「お兄様っ!!!」

「アウロラッ!!!」

 アウロラが涙ながらにマクシムに飛び付いて、兄妹はしっかりと抱き締め合った、マクシムが失踪してからじつに六日ぶりの再会である。

「ああ良かったよ、お前が無事で・・・っ!!!」

「お兄様こそ、よく御無事で・・・っ!!!」

「・・・・・」

 そんな兄妹の対面を見ている内に、蒼太も嬉しくなって来た、“自分は良い事をしたんだなぁ”と思うと喜びと同時に自然と胸が張ってくる。

「蒼太・・・!!」

「マクシム、本当に良かったよ・・・!!」

 互いに握手を交わし合いながら、蒼太は心の底からそう告げた。

「もう・・・っ。だけどダメだよマクシム、こんな危険な事をしたら・・・っ!!!」

「ほ、本当ですっ!!!」

 蒼太に続いてアウロラまでもが、顔を真っ赤にして怒り始めた。

「お兄様の為に、どれだけ大勢の人々が心配されたかお解りですか!?どうしてこんな事をなさったのです!!!」

「す、すまんすまん、蒼太、アウロラ・・・!!」

 マクシムが本当に申し訳なさそうに、10歳も年下の蒼太達へと詫びを入れる。

「いやぁ~、俺も連日連夜“アイツら”の夢を見せられてな、すっかり参っちゃってたんだよ。このままじゃおかしくなっちまうって、“それなら一丁、やってやるか!!”って言う気分になってしまってな、それで・・・」

「それでって・・・。どうしてその時にエリオットさんに言わなかったのさ!!」

「うん、まあその・・・。言おうかな、とは思ったよ?でもさ・・・」

 とマクシムは苦い顔をして、唇を噛み締めるように呟いた。

「じゃあ・・・、言って誰が信じてくれるって言うんだ?“トワールおばさん”なんて、お伽噺の世界の話さ。それを本気で信じてる、なんて、親父殿に言えるか?こんなこと。確たる証拠も無いって言うのに・・・!!」

「それはそうかも知れないけれども・・・。でもさ」

「言ったって、“お前は夢遊病だ!!”とか言われて精神科に通わされるだけだよ、ヒューゴがそう言ったようにな、だから俺は誰にも言えなかったんだ!!」

「・・・・・」

「・・・・・っ!!!」

 それを聞いた蒼太がそれでも、何事かを口にしようとしていたその時。

 異変は起きた、何と突然、館全体が揺れ初めては、彼方此方に罅(ひび)が入り始めたのだ。

「・・・・・っ!!?」

「こ、これは!?」

「いけない、皆早く外へ!!」

 蒼太の言葉に突き動かされるようにして、アウロラとマクシムはその場から走り出した、その後を蒼太も追うモノの、廊下に出て階段を昇り、1階に戻ってみるとそこにはもう、あの彼等をじろっと見詰めるような不快な視線は感じられなくなっていた、屋敷が崩壊し始めた為に恐らく、彼等を閉じ込めていた結界が消えて無くなり魂が成仏し始めたのである、それは良かったのであるが。

「皆早く、こっちへ!!」

「はあはあっ!!」

「ちくしょうっ、何て凝った!!」

 三人がひたすら駆けに駆けて漸く屋敷の外に出た時、屋敷が音を立てては本格的に崩壊し始めて行った、三階建ての洋館は徐々に崩れ落ちて行き、濛々(もうもう)たる砂埃が巻き上がっては視界を塞ぐ。

「もっと遠くまで逃げよう!!」

 蒼太はそう叫ぶと自らはアウロラの手を引っ張ってある程度の距離まで走り抜き、その後ろにマクシムが続いた、崩壊の音はまるで三人を追い掛けるかのように何処までも何処までも迫って来ては地響きを走らせ、衝撃を届かせるが、やがてー。

 漸くそれが落ち着いた時にはその場所にはもう、何一つとして残ってはいなかった、洋館が建っていた場所は木と漆喰とガラスとベトン、そしてー。

 巨大なビスケットやあめ玉、クリスピーやチョコレート等の、元人間だった人々の、なれの果ての姿が粉々に砕かれた姿で錯乱していた。

「・・・・・っ!!」

「・・・・・っ!!!」

「・・・・・」

(助けて、あげられなかった・・・!!)

 それを見ながら蒼太達は、“悪いことをした”と言う自責の念と、何も出来なかった無力感を噛み締めていたものの、その内に蒼太が。

「危ないっ!!」

 空中に飛翔する、数多の魔物の気配共々、殺気を感じて叫ぶと同時に咄嗟にアウロラの前に立ち、まるで何かを切り裂くかのようにしてナレク・アレスフィアの一閃を放つが、すると。

 まるで引き絞られた弓から放たれた矢のような速度で飛来して来た極小サイズの氷の礫が叩き割られて2つに分かれ、それぞれ地面にめり込むモノの、何者かが“氷殺魔法”を生成させてはそれを研ぎ澄まされた魔法力に乗せて飛ばして放ち、アウロラを撃ち抜こうと狙ったのだ。

「誰だ、一体っ。こんな事をするのはっ!!!」

 そう言い放ち様、顔を宙へと向けて上げた、彼の視線の先にいたのはー。


「キ~ッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!威勢の良い坊やだねぇっ!!!」

 今や異形の姿へとその身を変えたトワール自身だった、彼女は丸々と太った老フクロウのような姿を為しており、周囲にはその僕達であろう、無数のフクロウを従えている。

「良くも私の大事な館を、粉々にまで打ち砕いてくれたね、坊や。この御礼はタップリとさせてもらうよぉっ!!!」

 トワールが告げた。

 “この世界の主は私さ!!”と、“お前達はそこに紛れ込んで来た、憐れな憐れな子羊どもさ!!”と。

「ちょうど館も新調しようと思っていた所だったし。お前達を捕らえたら、早速ビスケットにでもして喰ってやろうか。嘸かし極上のお菓子になるだろうて!!」

「・・・アウロラ」

「・・・は、はいっ!!」

 “キ~ッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!”と薄ら寒い笑みを浮かべて勝ち誇るトワールを見ながら、蒼太はアウロラを呼び寄せた、“あの鳥の大群をどうにか出来るか?”とそう告げて。

「正直に言って・・・。一匹や二匹程度までなら何とかならない訳ではないけれども、あれだけ無数にいるフクロウ達の攻撃を、躱し続けるのには無理がある。ましてや相手は空中に浮遊しているんだ、今回は僕よりも、君の魔法の出番になるけれども・・・。出来そうか?」

「そ、蒼太さん・・・。は、はい、大丈夫です。要するに鳥さんが相手なんですよね?今回の場合は・・・!!」

「・・・・・?まあ、そうだけど」

 “だったら”とアウロラが、自信ありげに頷いて見せた、“絶対に大丈夫です”とそう告げて。

「僕も一応は、魔法の心得もあるけれども・・・。ああも数が多いと流石に消耗してしまうからなぁ・・・っ!!!」

「大丈夫ですっ、鳥さんなら私、得意なんですっ。任せて下さいっ!!」

「・・・・・っ。う、うん、解ったよアウロラ。だけど無理はしないで、危なくなったら後退するんだ。・・・いいね?」

 蒼太の言葉に“はい!!”と頷くと、アウロラはすっかりやる気になった笑みを浮かべて空中を見上げるモノのこの夜。

 蒼太は彼女の、アウロラ・フォンティーヌに秘められし、真の力を目撃する事になるのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
 フクロウと言う鳥は人間にも親しまれていますが、中には凶暴な種族もおります(“ワシミミズク”と言う種類です、詳しくは“フクロウ、襲撃速度”で検索して見て下さい)。

 目は人間の10倍~100倍の感度を持ち、音波を立体的に捉える事が可能です、しかもその上、獲物を襲撃する際の速度は72キロとバイク並の速さで接近、しかもこの時、音が全くしないそうです←それで鋭い鉤爪と嘴(くちばし)とで獲物を切り裂き、ダメージを与えて行きます。 

 これが空から数十匹の集団でやって来るのです、堪ったモノではありませんが、しかし大丈夫です。

 皆様方、思い出して下さいませ、第92話で既に初出させていただいておりますけれども、アウロラには“星震魔法”の元となる“地磁気魔法”と言うモノがあります。

 これは地磁気を生成させてはそれを自在に操る魔法なのですけれども元来、鳥というのは地磁気の影響をもろに受けます(だから地震が近付いたりすると、鳥が方向感覚や平衡感覚を狂わされて地面に落っこちて来る事があるそうです)、アウロラはこれが使えます(そう言う事で御座います)。

 ただしトワールもそんなに簡単にいくような、柔な存在ではありません。

 彼女は人をお菓子に変える呪(まじな)いの他にも黒魔術を駆使して鳥を使役したり、他にも“氷と影の魔法”を使います(挙げ句に鳥化して空を飛んでいる訳ですから、そう簡単にはいきません)。

 また館に捕らわれている子供達をどうして助けなかったのか、と申しますと、申し訳ないのですが、ハッキリと言わせていただきますと彼等は親の言うことを聞かない、ちょっとした“少年ギャング”みたいな存在だったんです(いつも仲間と連(つる)んで悪さばかりしていたんですね、それで、凶暴かつ横暴なトワールと波長が同調してしまい、掴まっちゃったんです、そしてその結果として捕らえられてしまったのでした)、それで、そんな連中を助けて連れ帰ったとしても、また同じ事の繰り返しになるだけですので、彼等は敢えてあのまま昇天させました(ただし、まだそれほど凶悪な事件を繰り返していた訳では無かったので、それは考慮致しましてただ、“肉体的な死”だけにとどめておきました、つまり死んでからも苦しむ、とか言う訳では無いように致しました)、そう言う事で御座います。
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