メサイアの灯火

ハイパーキャノン

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夫婦の絆と子供への思い

剣で槍が討てるか? 1

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「ぐわぁっ!!?」

「ぐは・・・っ!!!」

「がはっ!!!」

「はあはあ・・・っ。だ、誰か助けてくれぇっ!!!」

 秋の空気が色濃く漂い始めた10月上旬ー。

 夜のルテティア郊外を、大声を挙げて逃げ惑う一人の若い貴族の姿があった。

 天然パーマによって縮れたブラウンの髪の毛と同色の瞳に、健やか系イケメンな顔立ち。

 そして長身だが細身の体躯をした彼は“オーヴェルニュ伯爵家”の嫡男、オーブリー・バディスト・ド・オーヴェルニュ”と言い今年で18歳になる若手の貴族令息であった。

 その彼が友人宅から実家への帰路にある途上で何者かに命を狙われたのだ、顔に覆面を被っている関係上、相手の正体は不明であるが身長はパッと見で180cm以上はあり筋骨は隆々、得物は切っ先の刃の部分が三股に別れている“ロングランス”を使っていて、しかもその腕前は武術はド素人である筈のオーブリーから見ても一発で解るほど卓越的なモノを持っていたのだ。

 要するに“プロ中のプロ”だった訳であるモノの、その“たった一人の襲撃者”の為に6人いた護衛は悉くが討たれるか、或いは地に叩き伏せられ残っていたのはオーブリー一人のみとなっていた。

「はあっ、はあっ。はあっ、はあ・・・っ!!!」

「・・・・・っ!!!」

 何とかしてその場から逃げ延びようとするオーブリーだったが非情な事に、襲撃者の方が足が速くて、しかも体力もあった、アッという間に追い付かれてしまった彼は背後から串刺しにされかねない状況に陥ってしまった訳である、そこへ。

「・・・・・」

「・・・・・っ!!?」

 素早く割って入って動きを制止させた男がいた、国家高等秘密警察“ミラベル”に所属している隊員の一人、“綾壁 蒼太”その人である。

 白を基調としているミラベルの正装に身を包み、腰に聖剣を佩いていた彼は無言でしかし、一瞬の隙を突いて二人の間に身を滑り込ませると、剣の柄に手を掛けて槍使いに相対した。

「・・・・・っ!!?」

「お前だな?最近巷を騒がせている“闇夜の暗殺者”と言うのは・・・!!!」

 そう言いつつも蒼太は油断無く意識を周囲に飛ばして他に仲間が居ないか確認する、それと同時に。

 感覚のセンサーをフル稼働させて、相手の力量を推し量ろうとするモノの、すると辺りの空気が“ピンッ!!!”と張り詰め、肌がヒリヒリとする。

 向こう側も此方に精神を集中させている証拠であり、彼等はお互いに相手の一挙手一投足に注意を払い合った。

「・・・・・」

「・・・・・」

(・・・槍か)

 “コイツは参ったな”と蒼太はしかし、内心で思っていた、それというのも。

 槍は剣よりもリーチが長くて扱いやすく、その為に武術の世界では通常、剣で槍を相手にする場合、刀剣側が打ち勝つ為には槍を扱う者の3倍以上の力量が必要不可欠である、とされておりそうで無ければ返り討ちにされてしまうのだ。

 それだけ槍と言うのは剣に対して圧倒的優位に立つ事が出来る代物であり蒼太は思わず苦戦を強いられるであろう事を覚悟した、それだけの力量が相手にはあると、この日本人の青年は咄嗟に見抜いたのである。

(さっきミラベル本部に増援を要請しておいた、それが如何に早く到着してくれるかに掛かっている・・・!!!)

 流石は蒼太である、こう言う場合は彼は冷静に、かつ抜け目無く行動する事が出来たが逃げるオーブリーを見付けた青年は自身の身を晒す前に予め、ミラベル本部に増援を要請しておいたのである。

 あとは。

(時間を稼げば、それで良い・・・)

 蒼太は思い立つと同時に剣を鞘から抜き放ち、正中線上に構えを取った、無理な責めはせずに間合いを計ってじっくり相手の出方を窺い、隙を突く作戦に出たのだ。

 一方で。

 それを見ていた槍使いは一旦は距離を取って自身も武器を構え直すと次の瞬間、息を吐き出すと同時に蒼太目掛けて吶喊して来た。

 ガッキイイィィィンッ!!!と蒼太の剣と槍の穂先がぶつかり合い、衝突音と共に火花が飛び散る。

 両者の剣速や力自体はほぼほぼ互角と言って良く、後は気迫と体力の問題だった、それを感じ取った蒼太は押し負けずに槍をそのまま剣で出来るだけ遠くにまで弾き飛ばすようにするモノの、しかし。

 ガッキイイィィィンッ。キィンッ、ギィンッ!!!

 それを見た相手はすぐさま槍を立て直すと息も付かせぬ連続攻撃を蒼太に対して仕掛けて来た、薙ぎ払いや刺突、上段からの叩き落とし等を次々に浴びせ掛けては彼を亡き者にしようとして来るモノの、それを。

 蒼太はその場から一歩たりとも後ろに引かずに応戦した、当然であるが彼の背後にはオーブリーがいて、腰を抜かしたままへたばってしまっている、何としてでも彼を守り抜かなければならなかったのだ。

 両者の間には何度となく激突音が響き渡り、その度毎に漆黒の空間に火花の電光が飛び散るモノの、二人は刃を交えながらも互いにそれぞれ位置を入れ換え、得物を素早く構え直して相手に対する猛攻を仕掛けて行った、ただし。

 ガチイイィィィンッ、キンッ。ガンッ!!!

 終始優勢だったのは槍使いの方だった、当たり前である、何しろ向こうは自身の間合いで戦えていたのに対して蒼太は一度たりとも武器である聖剣の攻撃圏内に相手を捉える事が出来ず、何とかして隙を見出し、距離を詰めようとするモノのそれも中々に叶わなかった。

 そうしている内に。

 ガギイイィィィンッ、ギィンッ。ガチイイィィィンッ!!!

 槍使いは徐々に自分が押している事に気付き始めたのだろう、単に穂先の刃の部分のみならず、体全体を使って槍を器用に、かつ強烈な勢いで回転させては“柄”の部分でも目にも止まらぬ攻撃を蒼太に仕掛けて来た。

 それはブウゥゥンッ、ブウゥゥンッと鈍い低周波音を響かせて蒼太に襲い掛かって来るモノのもし、これに触れでもしたなら忽ちの内に肉が抉られ、骨が砕かれてしまうだろうが青年は闇夜の只中にも関わらず、落ち着き払って相手と槍の動きを見極め、間一髪で躱して行った。

 ガギンッ、ギイイィィィンッ。ガチイイィィィンッ!!!

 一体どれくらいそうして死闘を演じていたのだろう、幾度に渡って剣刃で鋭い切っ先を防ぎ続けて来ただろう、“このままでは埒が空かない”と考えた青年が、覚悟を決めて捨て身の攻撃を繰り出そうとした、その時だ。

「・・・・・っ!!?」

「・・・・・っ!!!」

(来たか・・・っ!!!)

 “ブロロロォ・・・ッ!!!”と言う複数の自動車の排気筒の唸る音が遠くから聞こえて来たかと思うと、辺りには忽ちの内に5台の覆面パトカーが姿を現して、しかもその中からはオーストリア製自動小銃で武装しているミラベル隊員が何人も出て来た。

「アルファ!!!」

「すまない、遅くなった!!!」

 銃を構えて槍使いに向けながら、蒼太の事をコードネームで呼ぶモノの、こうなれば俄然、こちら側が有利であり蒼太は改めて剣を相手に向けてつがえる。

「・・・・・」

 それを見た槍使いは。

 “コイツは流石にヤバい”、“とても敵いそうにない”と思ったのだろう、一目散に逃げ出して行った、その身のこなしは中々に素早いモノがあってミラベル隊員達が“動くな!!!”、“撃つぞ?”と発砲を示唆しても終始立ち止まる様子も無く、そのまま闇に消えて行ったのだ。

「・・・・・」

「・・・・・っ!!?」

「逃げたか・・・っ!!!」

「クソッ、逃げ足の速い奴だ!!!」

 隊員達が口々に罵倒するが、蒼太だけは静かに“残心”を取っており、やがてそれを解くとそれでも周囲に意識を飛ばしながら急いでオーブリーの元へと駆け寄って行く。

「・・・大丈夫ですか?オーブリー伯爵令息」

「はあっ、はあっ。はああぁぁぁ・・・っ!!?あ、ああっ。大丈夫だ、助かったよ・・・!!!」

 青年やミラベル隊員達に礼を言うオーブリーであったが一応、冷静さは取り戻しているとは言えどもまだその顔には怯えの色が色濃く残っている、もうしばらく待ってから現場検証や事情聴取をした方が良さそうな状態だった。

「いやしかし。近くにミラベルがいてくれて助かったよ、だけどどうして?」

「最近、帝都の彼方此方で貴族令息や金持ちの関係者が狙われる事件が頻発しておりましてね?それで今回は内密に、めぼしい方々に対して予め護衛や見張りを配置していた、と言う訳ですよ・・・」

 ミラベル隊員の一人の説明に“なるほど、そうだったのか!!!”と漸くにして納得したような顔を覗かせるオーブリーであったが、そんな彼の様子を見て“命に別状はない”と判断した蒼太は1台の覆面パトカーに近付いて行き、本部に連絡を入れて事の詳細を報告する、それが終わると。

 改めて車外に出てすっかりと静寂を取り戻した世界の空気を吸い込むモノの、そんな彼に背後から近付いて声を掛けて来る輩がいた、言わずと知れた親友のアンリだ。

「ようアルファ、じゃなくてもう蒼太で良いよな?どうだった、首尾は・・・」

「・・・どうもこうも無いよ。相手はかなりの手練れだった、しかも向こうは得物が槍だったしな?それも刃の部分が三つ叉に別れている奴だ。もしもう少し仲間の到着が遅れていたら、やられていたのはこっちだったかも知れない」

「おいおい、嘘だろ?」

「嘘なもんか。自分一人だったなら、他に幾らでも戦い方はあったし逃げる事も出来たけれども・・・。直ぐ側にオーブリー伯爵令息が居てこっちを見てるんだ、逃げ出す事も出来なかったし“奥の手”を使う余裕もなかった・・・」

「・・・・・」

 “ついこの前、ガリウスを打ち倒した奴の言葉とは思えないな!!?”等と捲し立てるアンリに、蒼太は“その話は他所では言うな!!!”と言って口に人差し指を当てる。

「悪い悪い。しかしそんな槍の名手だったらすぐに情報が集まるだろうぜ?しかもそんな特徴的な槍の持ち主だったなら尚更だよ。まあ、この事件。解決は時間の問題だな・・・!!!」

「・・・・・」

 “本当にそうだと良いがな”と、親友の発した言葉に蒼太がぼやいた、何しろこの事件は主要なターゲットと思しき人物は皆殺しにされている上に、数少ない生存者もその大半が病院送りにされており、とてもの事話が出来る状況に無かった。

 要するに今の今まで捜査が進展していないのである、加えてあの槍使いは脅威であると、蒼太はハッキリと感じていた、もしまともに戦っても相手の攻撃を防いで逃げ出すのが精一杯な程の力量を誇っているのだ、今回助かったのは自分が持ち堪えてくれている間に味方が救援に駆け付けて来てくれたからに他ならなかった。

(気が乗らないなぁ、この任務。本当に面倒臭い事ばっかりだ・・・!!!)

 改めて宙を仰いだ蒼太は内心で一人、そう愚痴をこぼしていたのだが、一方で。

「はっ、はっ。はぁ・・・っ!!!」

(信じられん、何という奴だ・・・!!!)

 闇に紛れて逃走していた槍使いの暗殺者もまた、蒼太の腕前に驚愕していた。

 正直に言って“槍対剣”の戦いに多少の油断はあったであろうが、何よりかによりの話としては、まさかあそこまでの剣の使い手がミラベルにいるとは思わなかった、今回は何とか自分の間合いで戦えていたから終始優勢に事を運ぶ事が出来ていたのだが、一歩間違えていれば懐に飛び込まれていたかも知れず、もしそうなった場合は下手をすれば討ち取られていたかも知れなかったのだ。

(なんにせよ・・・。奴の間合いで戦う事は絶対に避けねば。しかしそれはそれとして、まずはオーブリーを始末する事だな・・・!!!)

 “それと奴の情報収集だ”と槍使いは胸の内で密かに今後の段取りを付け、自身の行動を定めて行った。
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