メサイアの灯火

ハイパーキャノン

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夫婦の絆と子供への思い

エリカの過去(前編)

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「おはよう、蒼太君。とその妻君の方々・・・」

「おはようございます、セザール公爵殿下」

「おはようございます」

 口々に朝の挨拶を終えた一行は満を持してエリカを待った、昨日の夜の話し合いでもう1週間は日本に残る事となったセザール公爵以下の面々は、変質した殺人鬼エリカに対してどうのように接するのか、と言う議題に頭を悩ませていたのだ。

 “エリカは信用して良いのでは無いか”とメリアリアやはそう言っていたモノの、蒼太にはまだ最終的な判断が付きかねていたのである。

「待たせたな・・・」

 一行が不安と期待に胸を高鳴らせながら待ち侘びていると、そこへエリカがやって来た。

 流石に着替えは持って来なかったらしく、昨日のスーツのまま少し窶れたような容をこちらに向けている。

「君がエリカか?話は昨日の夜に蒼太君から聞いたよ、一体我々を何処へ導こうと言うのかね?」

「お初にお目に掛かります、ブルボン公爵殿下。それは付いて来て下されば解っていただけるかと思われます・・・」

 他国の、とは言え一応は公爵に対する礼儀は尽くしてエリカはうやうやしく頭を下げながらそう告げると一行を先導するかのようにスタスタと駐車場に向かって歩き出そうとする。

「エリカ、ゆっくりだ・・・」

 それを蒼太が語気を強めて制した、彼からすればまだ善とも悪とも本質を見極められていない今のエリカにいきなり全てを預けたり、または好き勝手されるのは危険だと判断したのだ。

「解った、済まない・・・」

 一方でエリカはそれに反目もせずに黙って彼の言葉に従い歩調を緩めては歩き出した。

「これから自動車に乗ります。そこで上越自動車道に入り、一路新潟県を目指します。行き先は新発田市市街地にある認定養護施設です・・・」

「・・・・・」

「養護施設・・・?」

 メリアリア達がザワつく中でも一人、無反応を貫いた蒼太はセザール公爵以下、一行に対して“行きましょう”とだけ告げて、自らは何が合っても即応出来るように油断無く身構えたままエリカの後を追った。

 後に続くメリアリア達も一応はエリカに警戒感を残しながらもどうしても今のエリカが話しに聞くような悪人であるとも思えず、些か困惑していた。

「エリカ、待て」

 駐車場に着いて自身の車である白のグランエースに乗り込もうとしていたエリカに、蒼太が声を掛ける。

「悪いが俺達はお前と一緒に乗せてもらう。俺は助手席で妻達は後ろだ、もし何か仕出かす素振りを見せたなら即座にお前を殺すからな?」

「解った、好きにして構わないよ・・・」

 ここまで言われてもエリカは何の怒りも湧かさず、別段拒絶の意も示さなかった、空気が張り詰める様子も無く、ただただ蒼太の言葉に無条件に従っている。

「バスが来るまで待ってくれるか?エリカ・・・」

「ああ、了解しているよ・・・」

「・・・なあエリカ。本当にお前が変わったと言うのならば、どうしてわざわざ新潟県にまで赴かなくてはならないんだ?この場で説明出来る事もあるだろう」

「・・・・・」

 今まで探りを入れてみても“業”を出さないエリカに対してほんの少しだけ、蒼太も心の緊張を緩めてみるが、それに対してエリカは若干の躊躇の後で静かに言葉を発し始めた。

「・・・私は、本当に最低最悪な女だった。目に映る者は片っ端しから殺して行ったよ、敵も味方も関係なくな。あの時の私の心には“容赦”や“温情”と言ったモノはおよそ存在していなかった」

「・・・まあ、それはな?何となくは解っていたけれども」

「私は7人兄妹の末っ子だった、いわゆる“いらない子”だったんだよ。だから昔から親に邪険にされて育って来たんだ・・・」

 エリカが昔語りを始めるモノの、それに拠ると彼女はスコットランドの北にある、貧しい農家の出身らしくて家は働けど働けど全く豊かにならなかった。

 周囲には他に家も無く、遊び友達は勿論の事そもそも娯楽自体が何も無かったから、そんな所で出来る事と言ったら“酒”と“音楽”、“勉強”に“セックス”である。

 両親は昼間は働き詰めで夜になると酒を飲み、それからベッドで行為に勤しんだ、それ以外やる事が無いのだから当然だろうがそれを見た子供達も自然とお互いに“そう言うこと”に興味を持って兄と妹、或いは姉と弟で密かにセックスをこなすようになっていった。

「私の初体験は6歳の時、一つ上の兄とだった。私は特に抵抗はしなかったよ、愛していたかどうかは解らないけれど今思えば嫌いでは無かったと思う。殆ど遊び感覚でやっていたんだな・・・」

「・・・・・」

「最初の内はじゃれ合いから始まって、体を触り合っている内に段々と変な気分になって来て。気付いたら裸にされていた・・・」

「・・・まあ、その。なんていうかその辺の話はそんなに詳しく話さなくても良いよ、何となくは解ったから」

「フフッ。そうだったな、それにお前達には関係の無い話だった・・・」

 そう言って自嘲気味に笑うとエリカは先を続けた。

「両親は子供達には厳しかったがただ一人だけ、2番目の兄貴には優しかった。アイツは子供の頃から勉強が出来たから、目を掛けてもらえていたらしい・・・」

「・・・・・」

「兄貴だけ特別視されていたのは、子供心にもハッキリと解ったさ。何しろ兄貴と遊ぼうとすると“コイツはお前達とは違うんだ”、“バカが移るから向こうへ行け!!!”と言って追い散らされたからね・・・」

「・・・・・」

「酷い・・・」

 堪らずメリアリアが口を開くが、蒼太もあんまり感心出来ない親だな、とは思った、“愛情の差別化”と言うのは兄弟姉妹がいる子供達に対して親が一番やってはいけないモノの一つなのだ。

 例えどうしても、子供達を分類してしまう事があってもそれは密かに、かつ本人達には解らないようにやらなくてはならない。

 さもなければ子供達の心は踏み躙られて、確実に傷が付くからである、しかもそれをやった相手が他ならぬ親である、と言うのがまた、この話の救いの無い点なのだ。

「私は正直に言って幼い頃はボケッとしていて、何て言うのかな。いつも一人で夢想をしながら遊んでいるような子供だったから、余計に両親達の顰蹙ひんしゅくを買ったよ。“なんでこんな事も解らないんだ”、“なんでこんな事も出来ないんだ”、“このバカヤロウ!!!”って散々に言われて。毎日のように怒られてた・・・」

「・・・・・」

「よくぶたれたよ?うちの両親達は何かあるとすぐに私に手を上げたからね。それこそ“熱い”と言っては殴られ、“寒い”と言っては殴られた。子供の時に、一体何発殴られたのか覚えて無い程殴られたよ・・・」

「・・・お前、それ間違いなく虐待だぞ?確かにうちも厳しかったが明らかにそう言うモノとは一線を画している。ハッキリと言って精神的な治療が必要なレベルの酷さだな」

「だろうな、私もそう思うよ?今にして思えばな、両親達は私の事を明らかに疎んじていた。だから事ある毎に蔑み、扱き下ろし、拒絶していたんだ。ハッキリと言って憎んでいたのだろうね・・・」

「・・・・・」

「私の事を怒鳴りつけ、非難する時の両親達は本当に活き活きとしていた。だから愛なんかされていなかったのは子供心にもハッキリと解ったよ・・・」

「・・・・・」

「そんな日々を続けている内に、私の心は本当に荒れに荒れたよ。今から思い返してみれば寂しさと冷たさとでいっぱいになっていたんだ、自分で言うのもなんだけどね・・・」

「・・・もう、いいや」

 そこまで聞いていた蒼太がある種の気まずさを覚えて我慢できずに口を開いた。

「・・・正直に言ってさ。俺が思っているよりも遥かに重たそうだから、この際放っておく事にするよ」

「・・・いいや、ダメだな!!!」

 するとそれを聞いたエリカがすぐさま応えた。

「ここまで聞いたのも何かの縁だろう、黙って最後まで聞け!!!」

「・・・・・」

(ま、マジか・・・!!?)

 蒼太が些かゲンナリしていると、再び話が始まった。

「ある日な、私達の家に珍しく客が来たんだ。何だろうと思っていたなら、なんとソイツは人買いだったのさ。当然、売られたのは私だ、両親達は私を他人に売り払ったのさ・・・」

「・・・・・」

「私はソイツに改めてセックスの術を一から仕込まれた。男の誘い方から喜ばせ方、程よい距離を保っての付き合い方から出し抜き方までね。正直に言って辛かったよ、兄としている時と違ってソイツとしている時は苦痛でしかなかった・・・」

「・・・それで?」

「13だっけ?14になった位の時に店に売られてね。それから15か16になるまでの2年間はそこでタップリと働かされたさ、年齢を偽りながらね。店には他にも黒人やアラブ人、それにアジア人や日本人の子供までいてさ。ソイツらとも慰め合っている内に一線を越えたりもしたな・・・」

「・・・お前、バイセクシャルだったのか?」

「うーん、よくわからないけど。でも別に好きでも無い客とやらされる位なら、同じ境遇の女の子同士で慰め合っていた方が、よっぽど気持ち良くなれたし。それになにより安心出来たよ、お互いに顔見知りだったからね・・・」

「・・・・・」

「でもその時には私の心は完全に壊れていたよ、毎日のように親を憎んで呪っていた。本気で殺してやりたいくらいに思っていたからね・・・」

「・・・・・」

「よく喧嘩もしたよ?それもちょっとした事でね。本当にあの時の私の心は剥き出しのままささくれ立っていたから、一歩間違えたら大変な事になっていたかも知れない・・・」

「ちょっとしたことで頭に来る奴とか、すぐに喧嘩をする奴らってのは心のタガが外れてしまっている事が多いらしいからな。・・・それで堪えたり我慢したりする事が出来なくなってしまっている、と聞いた事があるが」

「ああ、本当にその通りだったよ。カチンと来たら、次の瞬間にはもう殴り掛かっているのが普通になっていた、いつの間にかそう言うのに慣れていってしまってたんだね。それになによりかによりの話として“あの世界”は舐められたら終わりなんだ、“コイツは何をやっても反撃して来ない”って認識されると死ぬまでいじめ抜かれるからね。それを防ぐ為には容赦なく相手を叩き潰すしか無いのさ。だけど・・・」

「・・・・・?」

「ある日、店に“ガサ入れ”が入った」

 エリカの話しに拠ると、レウルーラの隊員達数名が極秘で潜入捜査を行っていて、そのかどで店の違法性が明るみに出たらしく、オーナーを始めとする主要従業員の殆どが逮捕、起訴されたと言う。

「・・・なんでレウルーラが。そう言う事は普通、警察やM16が担当するんじゃないのか?」

「うちの店のバックには地元の大型マフィアだかギャングが付いていたらしくてね。ソイツらから店長達に警察官の名簿が顔写真付きで送られて来ていたらしいんだ、ガサ入れや潜入捜査対策の為にね。それで絶対に表に出る事の無いレウルーラにお鉢が回って来た、と言う事らしいよ・・・」

「なるほどね、そう言う理由からか・・・」

「私はその時、助けに来たレウルーラの隊員にスカウトされたんだ。“貴女には霊感がある”、“喧嘩も強いし素質がある”って言われてね。その時は何の事だかよく解らなかったけれど、とにもかくにも“夜の街”から救い出された私はそのままレウルーラに在籍させられて、超能力や魔法を発動させる為の訓練を受ける事になったのさ・・・」

 “それで”とエリカは続けた、“後はお前達が知っている通りだ”と。

「“水の法力”を扱える力があった私はそれを徹底的に磨かされてさ。四年間はみっちりと専門の施設で育てられ、19歳か20歳で初めて実戦に投入されて。その時は力を遺憾なく発揮して暴れ回ったよ、自分で言うのもなんだけどね。まるでそれまでの鬱憤を晴らすかのように戦ったなぁ、私。私にとって能力と言うのは、天から与えられた最高の“ギフト”だったさ。自分の怒りや憎しみに反応して何処までも力を発揮してくれるんだもの、初めて神様に感謝したね・・・」

「・・・・・」

「あの時の私は、本当に狂っていたんだと思う。とにかく目に入った奴やムカつく奴は片っ端から叩き潰して行ったよ、そうやって殺人や戦闘にいそしんでいる間は私は全てを忘れていられたからね。滅茶苦茶熱くなる事が出来る唯一無二のモノだったから・・・」

「お前、それは・・・」

「解ってる、私は確かに“他人を慈しむ”と言う事がまるで出来ていなかった。自分を庇う訳じゃないけれども私は本当に、それまで“愛”や“思いやり”と言うモノを一切知らなかったんだ。そんなモノはたまたま気の合う奴ら同士で結ばれて、上手く行っている連中だけが夢見る事を許される幻想のようなモノだ、としか思っていなかったからね。・・・でも」

「・・・・・」

「・・・・・?」

「だけどそんな私に初めて“愛”を、“確かなる暖かさ”を教えてくれた人がいた。それが今の旦那であり子供達だ、そこにお前達を連れて行きたいんだ・・・!!!」

 そこまで言うとエリカは“はぁ・・・っ!!!”と一息付いた。
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