飯屋 「 たわむれ屋 」

太秦 あき

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 壱 おいてけ(一)

 飯屋 「 たわむれ屋 」

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 江戸の飯屋は、日が暮れても賑やかだ。
 若者、仕事の終わった職人、すきをぬすんで抜け出して来た奉公人たち、その奉公人を雇っている主人たち、家に居たくないご隠居たち、浪人者、侍。
 灯に集まる如く賑わっている。
 夏場になると、誰が発端か今流行りの怪談ばなしで盛りあがる。
「そいつは、こんな、顔でしたかい?振り返った蕎麦屋の親父の顔も、のっぺらぼう!!」と、したり顔、満足げに、にやりと、店の中を見まわす魚屋の源三。
「つまんねぇ」とは、紙屑屋のはな。
「しけてぇんなぁ」は、遊び人の金作。
「そんな話は、子供でも知ってますよ」
 日頃から話はないかと探しまわっている。朝起きてから夜寝るまでどこかで必ず見かける。夜中も何かを嗅ぎ回っているかもしれない。いつ寝てるんだろ?と、噂されている瓦版売りの千太郎が、してやったりと満足げにしている源三に、とどめを刺す。
 そんな若い衆の戯言を魚に楽しんでいる生暖かい眼差し。
 それが、飯屋「たわむれ屋」の日常だった。
「今日は、佐吉のやつは、来ねぇのかねぇ?」源三が、誰ともなく尋ねる。
「でぇくが、毎晩呑めるほど、稼ぎはよくねぇよ!」大工より稼ぎが良くないどころかその日が暮らせていない紙屑屋のはなが悪態をつく。
「佐吉さんは、今日、宴会ですよ」
 千太郎に、店中の視線が集まる。
「「仕事が終わってから、親方に皆でごちになるんだ」って、自慢してたから。なんでも、今取りかかっている現場が思いのほかはかどって、予定より早く出来上がってるから、棟梁が皆をねぎらってくれるらしい。それに、明日は休みにしてくれたらしい」
「さすが瓦版屋、世間のことにくわしいな!」はなが、嫌みたらしく言う。
「なんでぇ、源三。佐吉に気でも、あんのかぁ?」
「いやらしい!」
「そんなんじゃねぇよ」
 金作とはなにあおられる源三。
「・・・・・・た・たすけて・れ・・・」
「ほら!噂をすれば影だ!!」源三が、助け船とばかりに叫んだ。
「でも?たすけてれ?って?」はなが、心配そうに声を出す。
 そこへ、佐吉の顔が、縄のれんの間からぬっと出る。
「きゃ~!!」
 悲鳴をあげたのは、看板娘のお菊。一同が、息を呑む。
 呑んでいないのは、肝の座った遊び人の金作。「なんでぇ。怪談が流行ってるからって、脅かそうとしてんのかぁ?」
 全身濡れ鼠、額から血を出した佐吉が崩れ落ちる。
「まあ、まあ、佐吉、座んねぇ」
 金作は、空気が読めない。
「どうしたのよ?佐吉さん!」
 空気の読める看板娘のお菊が、調場から手ぬぐいと洗い桶を持って来る。
 佐吉は、息絶え絶えに
「・・・・・・お・おいて・け・・・」
       ・・・・・・つづく。
        
        
        
          
              
         
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