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第6章 竜吟虎嘯の章
第232話 箕作城の戦い
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永禄十一年も葉月が明けて長月となった頃。尾張、美濃、北伊勢を領する織田弾正忠信長の動きは忙しなかった。
「三郎五郎兄者、三河勢は何処まで参っておるか」
「はっ、すでに濃尾国境を越えたる由。援軍に参るは徳川直臣からは成瀬藤蔵正義殿、軍勢の主たるは松平勘四郎信一殿率いる藤井松平勢の総勢一千とのこと」
「ほう、松平勘四郎の名は聞き覚えがある。十年前の品野城への夜襲にて当家の軍勢相手に大いに勝ちを得た勇士であろう。そのような者を派遣してくるとは、三州も随分な気の回しようじゃ」
信長は異母兄・三郎五郎信広相手に徳川家からの来援がどこまで来たのかを確認。家康は自ら参陣できないまでも、尾張にも名を轟かせた者を援軍として派遣させてくるあたりに、どれだけこちらへ気を回しているのかが察せられる。
ともあれ、準備万端整った信長は九月七日、一万五千の兵を引き連れて岐阜城を出立。織田木瓜の旗を靡かせながら西へ進軍する大軍勢は翌八日には近江国高宮へ着陣し、家康から派遣された三河勢一千や小谷城を出陣した浅井備前守長政率いる浅井勢三千と合流したのである。
「弾正忠殿、いよいよ上洛戦にございますな。義昭様は岐阜に留まっておいででしょうか」
「いかにも。我らが露払いを済ませるまでは決して岐阜を出ない手筈にござれば、あとは我らがいかに手早く露払いを済ませるかにかかっておる」
「これは励まねばなりませぬな」
信長は参陣した浅井備前守と手短に言葉を交わす。一ヵ月前に初めて対面を果たした両者であったが、あまり多くを語らずとも互いの策を理解している、それこそ長年にわたり戦場をともにしてきた戦友のようであった。
高宮に参陣して三日が経った十一日には愛知川北岸に進出。愛知川を渡河すれば六角家の箕作城や和田山城を狙える地点にまで進軍したのである。
ものの数日で二万近い織田・浅井・徳川連合軍が観音寺城からも視認できる愛知川まで進出してきたとあっては、観音寺城の六角勢も黙ってはいられなかった。
「父上!」
齢二十四の若き六角家当主・六角右衛門督義治は隠居の身である齢四十八の六角承禎にすがりつくように意見を求めた。それを受け、厳めしい顔で承禎は自らが考える迎撃策を披露する。
「良いか、右衛門督。まず戦においては平静でなくてはならぬ。冷静さを欠いた方の負けだということをよくよく覚えておかねばならぬ」
「はっ、ははっ!さすがは父上!しかし、敵への備えはいかがいたしますか?到底この観音寺城では守り切れませぬし、三好勢が来援に参るまで早くてもあと半月はかかりましょう」
「半月か。それは三好の者共が鯖を読んだ数字じゃ。儂は最低でも一ヵ月はかかると見ておる。ともあれ、この観音寺城は守護所としてはうってつけじゃが、到底籠城戦ができる造りではない」
「然らばいかにすれば……!」
私は解決策が欲しいのです、と物語る息子の瞳に嘆息しながら六角承禎は織田信長の狙いなどお見通しであると言わんばかりに絵図を指し示しながら軍略を語り始める。
「良いか、敵はまず和田山城を攻めるであろう。ゆえに、ここへ主力を回すべきじゃ。そうじゃな、田中治部大輔らを大将に主力六千を回しておけば良かろう」
「なるほど」
「じゃが、それだけでは手緩い。和田山城を攻め始めた敵をこの観音寺城と箕作城に詰めた味方を押し出し、挟撃する。そして、城に籠もらせた田中治部大輔らも出撃させ、包囲殲滅する」
「さ、さすがは父上!これならば明日にも織田弾正忠も浅井備前守の首が挙がりましょう!」
息子・右衛門督からの賛辞にそれほどでもないと返しながらも得意げな六角承禎はすぐにも味方へ指示を飛ばす。まずは田中治部大輔らを大将として主力六千を和田山城へ、箕作城へは吉田出雲守らを大将として向かわせ、その他被官衆を観音寺城の十八ある支城へ分散して詰めさせ、配置を完了させた。
「父上、某は弟の中務大輔とともにこれへ残れば良いのでしょうか」
「うむ。儂もここへ残って補佐するゆえ案ずることはない。ここへは馬廻衆一千騎がおる。これにて兵数は一万を超える。これだけの数で挟撃されれば、二万近くおろうとも寄せ集めの連合軍など敵ではない」
ぐっと力強く拳を握る六角承禎の自信満々な表情に勇気を得て、当主・六角右衛門督も威勢よく馬廻衆へ指示を出し、戦支度を進めていく。
そして、明けて十二日早朝。連合軍は愛知川を渡河し、六角承禎の狙い通りに和田山城へ全軍で向かうかに思われたが、部隊を三つに割ったのである。
「右京亮!」
「はっ!」
「そなたは西美濃衆を率いて和田山城へ進め!何も城攻めなどせずともよい!敵主力が集まっておろうで、それが他方面へ展開できぬようしかとけん制しておけ!」
「御意っ!」
信長の下知を受けて西美濃の軍勢を率いて和田山城へ進発するのは、昨年信長が稲葉山城を攻め落とす前に美濃一色氏を離反した西美濃三人衆の一人・稲葉右京亮良通であった。
近江でも知らぬ者はいない西美濃三人衆の一人で、齢五十四となる百戦錬磨の古強者が向かってくるとあっては和田山城に入った六角家臣・田中治部大輔らは蛇に睨まれた蛙のように、迂闊な真似はできなくなったのである。
「権六!三左衛門!」
「はっ!」
「お呼びでしょうか!」
続いて進み出たのは織田家の重鎮・柴田権六勝家と武勇の誉れ高く『攻めの三左』の異名を誇る森三左衛門可成の両名であった。
信長麾下においても勇猛果敢で名の知れた両名がひげを蓄えた厳めしい顔つきで鎧甲冑を身に纏い参上するだけで彼らが百戦錬磨の強者であることを他者に強制的に理解させる覇気があふれ出ている。
「うぬらは手勢を率いて観音寺城へ向かえ!どうせ敵は分散して兵を配備しておろうで、観音寺城にはさほど兵は詰めておるまい。行き掛けの駄賃じゃ、六角父子を討ち取ってしまえ!」
「ははっ!万事この権六にお任せくだされ!」
「権六殿とともに殿の命を遂行して参りますぞ!」
信長から名誉ある六角家本陣への中入作戦を託された柴田・森の両名は勇躍して出陣。稲葉右京亮の第一隊に後れを取ってはならぬと全速前進していく。これが織田軍の第二隊であった。
そして、残る第三隊の陣容こそ最も六角勢の度肝を抜くものであった。それもそのはず。織田信長の馬印が部隊の中央に堂々と掲げられていたのだから。
そう、第三隊の大将は織田信長自らであり、これに付き従うのは重臣筆頭格の佐久間右衛門尉信盛、北伊勢攻略でも先鋒として活躍した滝川左近将監一益に加えて、丹羽五郎左衛門尉長秀、木下藤吉郎秀吉といった面々であり、ここへ三河からの援軍一千も同道していた。
「藤吉郎!」
「ははっ!殿!おいらはどこから攻めれば良いでしょうか?」
「そなたは二千三百の兵で北口より攻めよ」
「ははっ!北口にございまするな!承知いたしましたぞ!さっ、小六!小右衛門!参るぞ!」
信長より北口から攻撃するよう指令を受けた木下藤吉郎は猿顔をくしゃくしゃにして笑いながら腹心の蜂須賀小六正勝、前野小右衛門長康といった者らを引き連れて意気揚々と北口へと手勢を率いて向かっていく。
「ふっ、禿げ鼠めが、調子のいいことよ。五郎左衛門尉!」
「はっ、お呼びでしょうか」
「そなたは三千を率いて東口へ回り、藤吉郎の隊と同時に攻めかかれ」
「しかと承りました」
丹羽五郎左衛門尉は秀吉とは対照的に終始落ち着き払った様子で信長の命令を受けると粛々と出陣。北口から鬨の声が聞こえると同時に、東口より攻撃を開始したのであった。
ここに上洛戦の初戦となる箕作城の戦いの戦端が開かれたのである。
「我らが箕作城へ一番乗りするんじゃ!かかれぇっ!」
木下藤吉郎率いる北口から攻め寄せる隊は今日中に城を陥落させるのだと意気込み、城門へ殺到する。これを東口にも丹羽五郎左衛門尉率いる部隊が攻め寄せたことで援護となり、あっという間に箕作城は陥落するかに思われた。
しかし、箕作城は急な坂や大木によって攻め手の進軍経路を阻む堅城であり、城に入っていた吉田出雲守以下三千が懸命に防戦したために酉の刻には退却へと追い込まれてしまう有様であった。
「藤吉郎、このような攻めでは落とすのは難しい。何か策を練らねば……!」
「うむ、分かっておる!ここは夜襲しかあるまい!」
「じゃが、すでに朝から四刻も戦い続け、兵らも疲れておろうに」
「ははは、それは敵とて同じこと!よもや今晩敵襲があろうとは思っておらぬはず!それを逆手に取るのよ!」
こうと言い出したら聞かない木下藤吉郎の性分を良く知る蜂須賀小六と前野小右衛門は苦笑したが、箕作城攻めに時を要するわけにもいかないため、この夜襲に同意した。
かくして北口の木下隊は夜襲を決行。三尺ほどの松明を数百本用意すると、それには火を灯さず、中腹までの五十箇所へ配置したのである。
「よし、今じゃ!一斉に火を灯せ!鬨の声を上げよ!一番乗りの大手柄は我らが得るのじゃ!励めよ、皆の衆!」
松明に一斉に火が灯されたのを合図に木下隊の夜襲が開始される。よもや朝方から夕方まで戦い続けたその日のうちに攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかった城兵らは慌てて防戦に移るが、到底防ぎきれるものではなかった。
吉田出雲守が眠い目を擦って軍配を執るも、瞬く間に城門を打ち破られ、城内への侵入を許してしまう。
そんな北口での夜襲による鬨の声や剣戟の音を耳にして動いたのは他の織田勢だけではなかった。
「藤蔵殿!起きてくだされ!」
「これは勘四郎殿!どうやら考えることは同じようじゃな」
藤井松平家当主の松平勘四郎信一が甲冑姿で陣幕を払って徳川直臣・成瀬藤蔵正義の陣を訪ねると、どうやら考えることは同じであったのか、ちょうど鎧兜を着用し終えた成瀬藤蔵の姿があった。
齢三十四の成瀬藤蔵と齢三十の松平勘四郎。年の近い二人は笑顔で視線を交わすと、直ちに各々の隊へ指示を飛ばし、木下隊を追い越す勢いで箕作城へ攻め上っていく。
そうしてまもなく陽も昇ろうかという頃、本丸制圧にかかろうとする木下隊とは別の方角より突き進んできた部隊が容赦なく本丸へ攻め入り、一番乗りを果たしたのである。
「だ、誰じゃ!あの者らは!」
「丸に酢漿草の旗、あれは三河より援軍に参っておった藤井松平家の旗にございましょう」
「なっ、三河衆か!」
「ほれ、あそこに丸に三つ葉葵の旗を付けた者らもおるであろうが。紛れもなく徳川からの援軍じゃ」
本丸まで一番乗りを果たし、信長に一番手柄だと褒めてもらうのだと意気込んでいた木下藤吉郎。だからこそ、本丸への一番乗りを横からかっさらわれたのが悔しく、地団駄を踏んだ。
「藤吉郎、悔しいのは分かるが、そう怒ることでは……」
「うらやましい!」
「はっ!?」
「あれほど卒なく隊の指揮をこなす家臣に恵まれた三河守殿が羨ましくてならぬ!わしもあれほどな家臣が欲しい!」
「よ、良いのか?一番手柄を取られたのだぞ?」
「構わぬ!城への一番乗りはしたのだし、本丸への一番乗りくらいは許してやろうではないか」
怒ったかと思えば、次の瞬間にはころりと表情を変えてにたにたと笑っている木下藤吉郎の感情の変化についていけず、傍らに控える蜂須賀小六も苦笑いするしかなかった。
かくして箕作城は夜明け前に落城となり、上がった首級は二百を数えた。
そして、箕作城落城を知った和田山城の城兵らも戦意を喪失し、次々と持ち場を離れていき、六角軍の主力が入っていた和田山城は織田勢と一戦も交えることなく落城することとなった。
この悲報は柴田権六・森三左衛門率いる織田勢が接近しつつあるとの報せとともに観音寺城の六角本陣へともたらされた。
「な、なんと!開戦から一日と経たず、箕作城も和田山城が敵の手に渡ったと申すか!?」
「はっ!まもなくこちらにも織田勢が攻め寄せて参りまする!いかがいたしましょうか!」
「ち、父上はいかにすべきとお考えでしょうや……?」
箕作城と和田山城が一日と経たずに陥落。想定外の事態に、当主・六角右衛門督は父へと救いを求めるが、もとより長期戦を覚悟していた六角承禎もまた落胆の色を見せていた。
「やむを得ぬ。ここは長享、延徳の折に幕府軍の征伐を受けた我が祖父に倣い、観音寺城を放棄して甲賀郡に拠点を移して長期戦に持ち込んで相手方の撤退を待つこととしようぞ」
「そ、それしかありませぬか……」
かくして六角父子はもはや台風が通り過ぎるのを待つかのような心持ちで、夜陰に紛れて甲賀郡へ逃亡していったのであった――
「三郎五郎兄者、三河勢は何処まで参っておるか」
「はっ、すでに濃尾国境を越えたる由。援軍に参るは徳川直臣からは成瀬藤蔵正義殿、軍勢の主たるは松平勘四郎信一殿率いる藤井松平勢の総勢一千とのこと」
「ほう、松平勘四郎の名は聞き覚えがある。十年前の品野城への夜襲にて当家の軍勢相手に大いに勝ちを得た勇士であろう。そのような者を派遣してくるとは、三州も随分な気の回しようじゃ」
信長は異母兄・三郎五郎信広相手に徳川家からの来援がどこまで来たのかを確認。家康は自ら参陣できないまでも、尾張にも名を轟かせた者を援軍として派遣させてくるあたりに、どれだけこちらへ気を回しているのかが察せられる。
ともあれ、準備万端整った信長は九月七日、一万五千の兵を引き連れて岐阜城を出立。織田木瓜の旗を靡かせながら西へ進軍する大軍勢は翌八日には近江国高宮へ着陣し、家康から派遣された三河勢一千や小谷城を出陣した浅井備前守長政率いる浅井勢三千と合流したのである。
「弾正忠殿、いよいよ上洛戦にございますな。義昭様は岐阜に留まっておいででしょうか」
「いかにも。我らが露払いを済ませるまでは決して岐阜を出ない手筈にござれば、あとは我らがいかに手早く露払いを済ませるかにかかっておる」
「これは励まねばなりませぬな」
信長は参陣した浅井備前守と手短に言葉を交わす。一ヵ月前に初めて対面を果たした両者であったが、あまり多くを語らずとも互いの策を理解している、それこそ長年にわたり戦場をともにしてきた戦友のようであった。
高宮に参陣して三日が経った十一日には愛知川北岸に進出。愛知川を渡河すれば六角家の箕作城や和田山城を狙える地点にまで進軍したのである。
ものの数日で二万近い織田・浅井・徳川連合軍が観音寺城からも視認できる愛知川まで進出してきたとあっては、観音寺城の六角勢も黙ってはいられなかった。
「父上!」
齢二十四の若き六角家当主・六角右衛門督義治は隠居の身である齢四十八の六角承禎にすがりつくように意見を求めた。それを受け、厳めしい顔で承禎は自らが考える迎撃策を披露する。
「良いか、右衛門督。まず戦においては平静でなくてはならぬ。冷静さを欠いた方の負けだということをよくよく覚えておかねばならぬ」
「はっ、ははっ!さすがは父上!しかし、敵への備えはいかがいたしますか?到底この観音寺城では守り切れませぬし、三好勢が来援に参るまで早くてもあと半月はかかりましょう」
「半月か。それは三好の者共が鯖を読んだ数字じゃ。儂は最低でも一ヵ月はかかると見ておる。ともあれ、この観音寺城は守護所としてはうってつけじゃが、到底籠城戦ができる造りではない」
「然らばいかにすれば……!」
私は解決策が欲しいのです、と物語る息子の瞳に嘆息しながら六角承禎は織田信長の狙いなどお見通しであると言わんばかりに絵図を指し示しながら軍略を語り始める。
「良いか、敵はまず和田山城を攻めるであろう。ゆえに、ここへ主力を回すべきじゃ。そうじゃな、田中治部大輔らを大将に主力六千を回しておけば良かろう」
「なるほど」
「じゃが、それだけでは手緩い。和田山城を攻め始めた敵をこの観音寺城と箕作城に詰めた味方を押し出し、挟撃する。そして、城に籠もらせた田中治部大輔らも出撃させ、包囲殲滅する」
「さ、さすがは父上!これならば明日にも織田弾正忠も浅井備前守の首が挙がりましょう!」
息子・右衛門督からの賛辞にそれほどでもないと返しながらも得意げな六角承禎はすぐにも味方へ指示を飛ばす。まずは田中治部大輔らを大将として主力六千を和田山城へ、箕作城へは吉田出雲守らを大将として向かわせ、その他被官衆を観音寺城の十八ある支城へ分散して詰めさせ、配置を完了させた。
「父上、某は弟の中務大輔とともにこれへ残れば良いのでしょうか」
「うむ。儂もここへ残って補佐するゆえ案ずることはない。ここへは馬廻衆一千騎がおる。これにて兵数は一万を超える。これだけの数で挟撃されれば、二万近くおろうとも寄せ集めの連合軍など敵ではない」
ぐっと力強く拳を握る六角承禎の自信満々な表情に勇気を得て、当主・六角右衛門督も威勢よく馬廻衆へ指示を出し、戦支度を進めていく。
そして、明けて十二日早朝。連合軍は愛知川を渡河し、六角承禎の狙い通りに和田山城へ全軍で向かうかに思われたが、部隊を三つに割ったのである。
「右京亮!」
「はっ!」
「そなたは西美濃衆を率いて和田山城へ進め!何も城攻めなどせずともよい!敵主力が集まっておろうで、それが他方面へ展開できぬようしかとけん制しておけ!」
「御意っ!」
信長の下知を受けて西美濃の軍勢を率いて和田山城へ進発するのは、昨年信長が稲葉山城を攻め落とす前に美濃一色氏を離反した西美濃三人衆の一人・稲葉右京亮良通であった。
近江でも知らぬ者はいない西美濃三人衆の一人で、齢五十四となる百戦錬磨の古強者が向かってくるとあっては和田山城に入った六角家臣・田中治部大輔らは蛇に睨まれた蛙のように、迂闊な真似はできなくなったのである。
「権六!三左衛門!」
「はっ!」
「お呼びでしょうか!」
続いて進み出たのは織田家の重鎮・柴田権六勝家と武勇の誉れ高く『攻めの三左』の異名を誇る森三左衛門可成の両名であった。
信長麾下においても勇猛果敢で名の知れた両名がひげを蓄えた厳めしい顔つきで鎧甲冑を身に纏い参上するだけで彼らが百戦錬磨の強者であることを他者に強制的に理解させる覇気があふれ出ている。
「うぬらは手勢を率いて観音寺城へ向かえ!どうせ敵は分散して兵を配備しておろうで、観音寺城にはさほど兵は詰めておるまい。行き掛けの駄賃じゃ、六角父子を討ち取ってしまえ!」
「ははっ!万事この権六にお任せくだされ!」
「権六殿とともに殿の命を遂行して参りますぞ!」
信長から名誉ある六角家本陣への中入作戦を託された柴田・森の両名は勇躍して出陣。稲葉右京亮の第一隊に後れを取ってはならぬと全速前進していく。これが織田軍の第二隊であった。
そして、残る第三隊の陣容こそ最も六角勢の度肝を抜くものであった。それもそのはず。織田信長の馬印が部隊の中央に堂々と掲げられていたのだから。
そう、第三隊の大将は織田信長自らであり、これに付き従うのは重臣筆頭格の佐久間右衛門尉信盛、北伊勢攻略でも先鋒として活躍した滝川左近将監一益に加えて、丹羽五郎左衛門尉長秀、木下藤吉郎秀吉といった面々であり、ここへ三河からの援軍一千も同道していた。
「藤吉郎!」
「ははっ!殿!おいらはどこから攻めれば良いでしょうか?」
「そなたは二千三百の兵で北口より攻めよ」
「ははっ!北口にございまするな!承知いたしましたぞ!さっ、小六!小右衛門!参るぞ!」
信長より北口から攻撃するよう指令を受けた木下藤吉郎は猿顔をくしゃくしゃにして笑いながら腹心の蜂須賀小六正勝、前野小右衛門長康といった者らを引き連れて意気揚々と北口へと手勢を率いて向かっていく。
「ふっ、禿げ鼠めが、調子のいいことよ。五郎左衛門尉!」
「はっ、お呼びでしょうか」
「そなたは三千を率いて東口へ回り、藤吉郎の隊と同時に攻めかかれ」
「しかと承りました」
丹羽五郎左衛門尉は秀吉とは対照的に終始落ち着き払った様子で信長の命令を受けると粛々と出陣。北口から鬨の声が聞こえると同時に、東口より攻撃を開始したのであった。
ここに上洛戦の初戦となる箕作城の戦いの戦端が開かれたのである。
「我らが箕作城へ一番乗りするんじゃ!かかれぇっ!」
木下藤吉郎率いる北口から攻め寄せる隊は今日中に城を陥落させるのだと意気込み、城門へ殺到する。これを東口にも丹羽五郎左衛門尉率いる部隊が攻め寄せたことで援護となり、あっという間に箕作城は陥落するかに思われた。
しかし、箕作城は急な坂や大木によって攻め手の進軍経路を阻む堅城であり、城に入っていた吉田出雲守以下三千が懸命に防戦したために酉の刻には退却へと追い込まれてしまう有様であった。
「藤吉郎、このような攻めでは落とすのは難しい。何か策を練らねば……!」
「うむ、分かっておる!ここは夜襲しかあるまい!」
「じゃが、すでに朝から四刻も戦い続け、兵らも疲れておろうに」
「ははは、それは敵とて同じこと!よもや今晩敵襲があろうとは思っておらぬはず!それを逆手に取るのよ!」
こうと言い出したら聞かない木下藤吉郎の性分を良く知る蜂須賀小六と前野小右衛門は苦笑したが、箕作城攻めに時を要するわけにもいかないため、この夜襲に同意した。
かくして北口の木下隊は夜襲を決行。三尺ほどの松明を数百本用意すると、それには火を灯さず、中腹までの五十箇所へ配置したのである。
「よし、今じゃ!一斉に火を灯せ!鬨の声を上げよ!一番乗りの大手柄は我らが得るのじゃ!励めよ、皆の衆!」
松明に一斉に火が灯されたのを合図に木下隊の夜襲が開始される。よもや朝方から夕方まで戦い続けたその日のうちに攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかった城兵らは慌てて防戦に移るが、到底防ぎきれるものではなかった。
吉田出雲守が眠い目を擦って軍配を執るも、瞬く間に城門を打ち破られ、城内への侵入を許してしまう。
そんな北口での夜襲による鬨の声や剣戟の音を耳にして動いたのは他の織田勢だけではなかった。
「藤蔵殿!起きてくだされ!」
「これは勘四郎殿!どうやら考えることは同じようじゃな」
藤井松平家当主の松平勘四郎信一が甲冑姿で陣幕を払って徳川直臣・成瀬藤蔵正義の陣を訪ねると、どうやら考えることは同じであったのか、ちょうど鎧兜を着用し終えた成瀬藤蔵の姿があった。
齢三十四の成瀬藤蔵と齢三十の松平勘四郎。年の近い二人は笑顔で視線を交わすと、直ちに各々の隊へ指示を飛ばし、木下隊を追い越す勢いで箕作城へ攻め上っていく。
そうしてまもなく陽も昇ろうかという頃、本丸制圧にかかろうとする木下隊とは別の方角より突き進んできた部隊が容赦なく本丸へ攻め入り、一番乗りを果たしたのである。
「だ、誰じゃ!あの者らは!」
「丸に酢漿草の旗、あれは三河より援軍に参っておった藤井松平家の旗にございましょう」
「なっ、三河衆か!」
「ほれ、あそこに丸に三つ葉葵の旗を付けた者らもおるであろうが。紛れもなく徳川からの援軍じゃ」
本丸まで一番乗りを果たし、信長に一番手柄だと褒めてもらうのだと意気込んでいた木下藤吉郎。だからこそ、本丸への一番乗りを横からかっさらわれたのが悔しく、地団駄を踏んだ。
「藤吉郎、悔しいのは分かるが、そう怒ることでは……」
「うらやましい!」
「はっ!?」
「あれほど卒なく隊の指揮をこなす家臣に恵まれた三河守殿が羨ましくてならぬ!わしもあれほどな家臣が欲しい!」
「よ、良いのか?一番手柄を取られたのだぞ?」
「構わぬ!城への一番乗りはしたのだし、本丸への一番乗りくらいは許してやろうではないか」
怒ったかと思えば、次の瞬間にはころりと表情を変えてにたにたと笑っている木下藤吉郎の感情の変化についていけず、傍らに控える蜂須賀小六も苦笑いするしかなかった。
かくして箕作城は夜明け前に落城となり、上がった首級は二百を数えた。
そして、箕作城落城を知った和田山城の城兵らも戦意を喪失し、次々と持ち場を離れていき、六角軍の主力が入っていた和田山城は織田勢と一戦も交えることなく落城することとなった。
この悲報は柴田権六・森三左衛門率いる織田勢が接近しつつあるとの報せとともに観音寺城の六角本陣へともたらされた。
「な、なんと!開戦から一日と経たず、箕作城も和田山城が敵の手に渡ったと申すか!?」
「はっ!まもなくこちらにも織田勢が攻め寄せて参りまする!いかがいたしましょうか!」
「ち、父上はいかにすべきとお考えでしょうや……?」
箕作城と和田山城が一日と経たずに陥落。想定外の事態に、当主・六角右衛門督は父へと救いを求めるが、もとより長期戦を覚悟していた六角承禎もまた落胆の色を見せていた。
「やむを得ぬ。ここは長享、延徳の折に幕府軍の征伐を受けた我が祖父に倣い、観音寺城を放棄して甲賀郡に拠点を移して長期戦に持ち込んで相手方の撤退を待つこととしようぞ」
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守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
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