無能な婚約者の代わりに領地を運営する私に婚約破棄を言い渡すなんて〜実家で悠々自適の生活を送らさせて頂きます

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心のオアシス

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ほくほく顔で廊下を歩いていると、私が会いたいもう一人の人物が向こうから歩いてきた。

「サーニャ!良いところにいた、ちょっと私の部屋で話せるかしら?」

「はい、大丈夫ですヘレナ様」

そう言って快活に笑いかけてくれたのは、私が町へ視察に行く時には、いつも護衛を務めてくれる騎士見習いであった。

私が領地の運営を任されて初めに行ったことは、町への視察であった。

私が何度も町へと向かうため、心配になったトーマスがっということはなく。

むしろ遊び呆けているのではと疑われて、監視のために騎士見習いをつけられた。

しかし、監視のためとはいえ私のために護衛騎士を使うことに難色を示したのか、屋敷で唯一の女性の騎士見習いであるサーニャが私の監視に当てられた。

正直最初はいくら話しかけても、護衛ですからという返事しか返さなかったサーニャ。

しかし、町に出かけて様々な人に話しかける私をみているうちに、サボろうとしているという容疑が晴れ私のことを積極的に手助けしてくれるようになっていた。

この過酷な環境で働き続けることができたのは、彼女の晴れ渡るような笑顔に救われていたところがある。

サーニャを私の部屋に連れてくると開口1番に今回の件を伝える。

「先ほどトーマスから婚約破棄を言い渡されました!」

これまで、私の行いをずっと見てくれたサーニャは私が周りからどう思われているか、そして実際にどんな事を成し遂げてきたのかをちゃんと知っている。

だから私が本当は婚約など喜んではいないことなどだいぶ前から気づいていたのだろう。

「それは…おめでとうございます」

そう言って周りに聞こえることを危惧して小さなこえではあるが、心の底から私のことを考えた結果でた言葉であった。

「しかし、それではこれから寂しくなりますね…」

そう言って笑顔を曇らせるサーニャ。

アントムと同じく彼女の立場はあまりよろしくない。

女性ということでただでさえ立場が低かったのに、私と仲良く話をしているところを知られてからはより一層肩身が狭くなっていた。

本来であれば騎士見習いを管理し育てあげるはずの人がいたはずなのに、気づいた時には彼女を管理する役目の人はなぜかいなくなっていた。

そのため、私がいなくなった後の彼女には苦しい毎日が待ち受けていることが想像された。

できることならこの子を私の実家に連れて行きこれからも私のことを助けてほしい。

その気持ちから私は話の続きを伝える。

「でも困ったことに、今すぐにでもこの屋敷から出ていけと言われたの…」

「えっ!なんの準備も整っていないのに今すぐにですか!正気とは思えません、今からでも時間の猶予をいただきましょう!」

サーニャは驚愕の表情を見せたのち、私の両腕をぎゅっと握り身の安全を心配してくれる。

この領地は本当に広さだけはある。

そのため、今から私の実家に帰ろうと思ったらどれだけ急いだとしても、何度かは町や村で宿泊しないといけない。

それも武芸の嗜みのない私が一人でだ。

治安がどれだけ保たれているかわからない場所で、お金の匂いのする若い女性が一人で長旅をする。

この身が無事なまま実家までたどり着ける気がしない。

そんなことにも気づかないのか、気づいていたが知らないふりをしていたのか。

本当のところは定かではないが、街で護衛を雇う必要があった。

だが、もしもサーニャが一緒に私についてきてくれるならばこれほど頼もしい旅の仲間はいない。

「だからサーニャ…私と一緒にこの領地を出て行ってはくれませんか?」

私のセリフに先ほどまでの勢いが一気に落ち込む。

「申し訳ありませんヘレナ様…病弱な妹を残してこの町をでるわけにはいきません。できる限りの護衛を私が探しますので」

「言葉が足りなかったわね、あなたの妹のことはちゃんと覚えているわ。あなたの妹ごと連れて帰りたいと言ったらどうする?もちろん向こうでの住む場所や仕事もちゃんと保障するわ」

私の言葉がすぐには理解できなかったのか、数秒ほど呆然としたのち、

「本当でしょうか?」

私の目をじっと見つめ、これが真実であってほしいという願いを感じる言葉が私に投げかけられた。

「あなたに嘘をついたことがあったかしら?」

そう言って笑いかけると、サーニャもいつもの快活な笑みを見せてくれる。

「いえ。ヘレナ様はいつも正しいことをおっしゃて下さいます…ついていかせていただきます」

そうして私はサーニャから聞きたかった言葉を聞くことができた。


その後は、サーニャの少ない荷物を持って屋敷の表にでた。

そこにはハロルドが言った通りの、いったいどこに眠っていたのかと思うほどのボロボロの馬車がポツンと用意されていた。

幸い馬車を引く馬は老体ではなかったようで、というよりもそんな馬は流石にいなかったのか、馬だけは元気そうである。

準備ができ、もう2度とこの地に足を踏み入れるつもりのない私の出立を惜しんでくれるのはアントムだけであった

「アントム仕事に真面目なのはあなたの良いところだけど、もしもどうしようもない事態に陥るようだったらすぐにでも私の領地に逃げ込んでも良いのよ?」

「はい、わかっていますよ。どうせ私の事を惜しむ人などいないと思いますから、やりかけの仕事だけ済ませたらすぐにでも向かわせていただきますよ」

そうして苦笑いを浮かべるアントム。

その言葉に私は頷き最後に屋敷をもう一度見渡す。

予想できていたが、トーマスは顔を見せることもなかった。

寂しくもなんとも思わない。

ただ、私を苦しめた男が、これからこの広大な領地に苦しめられるところを想像しその場をこの目で拝むことができないのが惜しいぐらいだ。

最後の会話をした私は、この牢獄とも思えた屋敷に別れを告げた。

次に見ることがあるとしたら、領地運営に失敗して廃れた屋敷になっている時だろうと思いながら。
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