サ帝

紅夜蒼星

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 舞台はサウナルームに移動する。
 この高校のサウナは最大収容人数が十二人であり、それを丁度最大収容人数の十二人で使用するため正直圧迫感がなくはない。
 競技としては通常は水着を着用の元行われるのがルールであり、一人につき一枚のサウナマットが与えられる。マットの端は隣の人と少し被る様にして敷かざるをえなかった。
 温度は約九十度。十二分計はあらかじめ外されている。
 いつもととのっている慣れ親しんだ場所とは若干様相が違う。
 サウナルームに無機質な鐘の音が鳴り響く。
 戦いの火ぶたは切って落とされた。
 一年前に経験していた普通のGTSの試合は、普通は様子見で静寂が続くことが多い。
 そして通常のサウナに一人で入っているせいで麻痺していた。
 入っているのは同じ高校生なのだ。それが知り合い、友人ともなれば話に花が咲く。
 宿題の話に、先生、先輩、後輩の愚痴。彼女の惚気話をしている奴もいる。
 ――なるほど、たしかに超実践的だ。
 この熱さに加え、至る所から邪魔が、干渉が入る。
 その中で設定された時間をカウントするというのは至難の業だ。
 戦い慣れしているであろうGTS部の面々はと言えば、裕介と雅也はうつむき加減でサウナの熱を感じている風だ。気になる古井先輩も、特段さして動きはない。
 数分ほど経ったときであろうか。
「サウナは正直よくわかんねぇんだよなぁ」
 突然、淳介が話しかけてきた。
「これに関してもぶっちゃけ先輩たちに言われただけで、出場自体も嫌だった」
「帰れよ」
 普通に本心から言ってしまった。
 いつもならば、「口に出すな」と指摘されている場面。
 しかし意外なことに淳介は表情を変えることはなかった。
「でも、負けるのは嫌なんだよ大海。それがGTSであろうとも、だ」
 ホームでなくとも。不得意な分野でも。
 勝ち負けがある場面でならば、たった一つの勝ちを譲りたくないのだと。
 淳介は言う。
 テニス部の「勝負師」は言う。
「勝つの勝たないだの。サウナでそんな話を俺はしたくないんだよ」
 しかしそんな勝負師としての淳介の言葉は、この俺には響いてこない。
 そうだ。
 俺は違うのだから。
 俺は「勝負師」ではないのだから。
「サウナの中じゃあ勝ち負けなんて、不純物でしかないんだ。それはその先にあるととのいの時間においては無駄でしかない」
「あっちぃぃぃ!」
「限界早いなおい!」
 飛び出すように淳介はサウナルームを後にした。
 いつもなら話せないような会話は、想像以上に速い淳介の限界によって中断されてしまった。
 残された俺がいたたまれない。
 これでは俺が不純物だ。勝ち負けという問題ではない。
 変な空気になったことを知ってか知らずか、このあたりから他の連中もぽつりぽつりとサウナルームを後にし始めた。
 十分のカウントと判断した、というよりかは、自分が楽しめる限界にきた、という感じだろうか。
 それでいい。
 楽しめる範囲で楽しむのが一番だ。それ以上の無理は、全く必要ない。
「それで? お前らは何をしてくるってんだ?」
 最終的に残ったのは四人。
 俺と、裕介と、雅也。そして古井先輩。
 見事にGTS部のみが残った形だ。少しはこれで面目躍如だろう。
「いや俺たちは……」
 俺の問いかけに、雅也がモゴモゴと言いよどむ。
 珍しい。
 それは俺の余裕っぷりを見てなのか、サウナの熱さにカウントが上手くいっていないからか。
 あるいは。
「彼らは何もしないよ。何かするとしたら、僕の方」
 この人に、何かあるのか。
 丁度真向いの二段目に座す古井先輩が口を開く。
「やぁやぁ。キミとは一度話しておきたかったんだ」
「古い先輩、でしたっけ」
「そうそう」
 先ほどと変わらない、人懐っこい笑顔。
 サウナの熱さで顔は火照り、白い肌は赤くなっている様は、男の俺でもついドキッとしてしまう。
 しかしそれ以上に、何か見定めるような、心がここにないかのような視線。
「悪いけど、二人にさせてもらってもいいかい」
 申し訳なさそうに古井先輩は手を合わせ、裕介と雅也にお願いする。
 二人は何も言わずにこくりと頷き、俺の方を二人とも一瞥するとサウナルームから退出した。
「さぁここからは――」
 ぱちん、と。
 二人が出ていった扉をなんとなしに見ていた俺の視線は、拍手の音で再び古井先輩へと移る。
「二人の勝負だ。古井大海クン」
 ここでようやく、古井先輩はほほ笑むことなく言葉を紡いだ。
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