ライオンハート

紅夜蒼星

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第九話 【英雄】 3

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 終局を迎える二人の決戦を視界に捉えながら、ライド・ヘフスゼルガは一人ごちる。

「面白いものだね。誰よりもそれを求めた男は、最初からそれを持っていたんだ。……面白いというより、皮肉かな」

 誰に向けているわけでもない。事実彼の周りには誰もいない。寄ってくる影を全て片付けてしまったのだ。
 彼は仲間であるはずの防衛軍からもなぜか姿を隠していた。この光景を邪魔されることなく、観賞したいとでも言いたげに。
 そして残っている柱に寄りかかり、物語でも語るように、詩でも紡ぐように再び口を開いた。

「ジャックさん、今仇が、ボクたちのそちらに逝きますよ」

 ライド・ヘフスゼルガはかつての王都で暮らしていた一般的な家庭の子だった。
 戦争とは縁もゆかりもないような、優しい家庭の普通の子。
 しかしダズファイル率いるオスゲルニアの兵隊たちが、罪なきエルハイムの民を蹂躙し、平和な暮らしを破壊した。優しかった両親も、仲良しの友達も全ては瓦礫と血の海に沈んだ。
 ライドが光であふれていた瞳を濁し、全てに絶望していた時に現れたのが、ジャック・アルグファストその人だった。
 暴力の波を圧倒的な嵐のような暴力で押し返したジャックは、ライドにとって紛れもなく英雄だった。
 その英雄はその後戦争で討ち死にし、ライドはオスゲルニアへの復讐のため国境警備軍へと入る。
 あの日狂ってしまった歯車はもう止まらない。だがその歯車を元に戻すため、正しい動きに戻すため、人が足掻くのは全くの自由だろう。
 彼は運命に抗う人が好きだ。どうしようもない定めに足掻く人が好きだ。
 そしてライドは目にした。定められた運命という呪いに足掻く、ギルドルグという男の姿を。

「何も持っていないって? 父親から何も受け継いでいない凡人だって? そんなことないさ。真に彼が持っていたのは……そう。それこそ、気高き獅子の心ライオンハート

 ゼルフィユや防衛軍が悪鬼たちを足止めしていなければ、ダズファイルを間合いに入れることもなかっただろう。
 優の一撃がなければ、攻撃の暇もなく彼は切り裂かれていただろう。
 そして預言者の一言がなければ、不可視の敵の秘密を暴くことも。
 獅子のように気高く、勇気ある者。
 ギルドルグ・アルグファストは所有していたのだ。自分を信じる勇気。そして仲間を信じる勇気の二つを。
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