魔女のような人間と、人間のような魔王

三原透

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本編

20. そういう気性

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 遥か遠い地上には拳ほどに小さくなった兵と私たちの荷物。頭上には。

「は……、あんた、羽あんの!?」

「騒ぐな、落ちるぞ!」

 私の体よりも大きな、鳥類というより蝙蝠のような被毛のない翼が二つ男の背から飛び出している。わぁ筋肉の羽ばたきが力強い……ではなく!

「魔王だ、魔王だぞあれ!」

「逃がすな、射て!」

「射てぇ――!」

 そんなところにまで魔力を使っている余裕がないのか、すっかり見慣れた元の顔に戻った男はその綺麗な顔面を苦渋に歪めて、急発進した。

「っ……!」

 あまりの速さに瞬きもできない。私を両手で抱えながら次々と放たれる矢を躱し、時々謎の黒い霞が宙に現れては避け切れない矢を呑み込んでいく。だが今までのように魔法だ凄いなどと感激する心の余裕はない。

 耳のすぐ脇を矢羽が掠めて身震いしたとき、ローブのポケットから何かがずるりと出ていく感じがした。

「っあ……!」

「!? おい、馬鹿!」

 あっさり落ちていってしまうそれを掴もうと、何も考えずに腕を伸ばしたのがいけなかった。

 男は矢を躱すことに集中していて、私の体を支えていた力のほとんどは男にしがみついていた私の腕だったのだ。

 ふわっ――と内臓が全部体内で浮くような感覚がして、私の体は宙に落ちた。

「――!」

 ほんの一瞬、死の予感に息が止まる。でも、すぐに目の前に小さな袋が見えて手が伸びる。

 橙の色がはみ出ているそれを必死に掴んで、あとは、あとは頭と、あとあれだ、薬玉をいくつも詰め込んだ袋だけは抱え込んでぎゅっと目を瞑った。

 ドンッッッ!! と鼓膜が破れるかというほどの衝撃。

「ぐふっ……!? ぅげぇっ……!」

 体のどこを打ったのかわからないくらい、全身が痛い。頭がガンガン鳴って目がちかちかする。上とか下とかわかんない。

「げほっ、げほげほっ!! ぅぇっ、げぇ……!」

 咳をする度に胴が痛む。指先が震えて、でも、リボンは確かに握っている。

 分厚い幕の向こうから騎馬が近づく音がして、髪を掴まれた。

「うっ……」

「――女は―――た! あと――魔王――! 殺せ!」

 殺せ……って、やっぱり、殺されちゃうの?

 ……嫌だ。

 無理矢理何度も瞬いて視界を機能させると、ぼんやり男の姿が見えた。止まない矢から逃げ惑っている。何か叫んでいる。

 聞こえない。

 顔も、見えない。

 でも私を助けようとしているのはわかった。馬鹿みたいだ。荷物がなくなったんだから、さっさと飛んで逃げればいい。なのに一向に遠ざからない。

 ……そうするだろうなと、何の疑いも持たずに思った。

 そもそも飛んで逃げる必要だってなかったんだ。ただの人間如きいくら集まろうが蹴散らすだけの力は持っているはず。なのにしなかったのは……ただあの男が、人を傷つけることに向いてないというだけ。

 騎士が襲ってきたときも、何というか傷を付けずに戦意を喪失させるような、そんな使い方だった。魔王と呼ばれる力を持ちながらそれを誇示せず、理不尽で殺されかけても復讐せず、……心底楽しそうに人の世話を焼くような、そんな穏やかな気性の持ち主なのだ。

「………っ」

 男が選んでくれた、温かい色のリボンを握りしめるのと逆の手で、腰の袋に手を突っ込んだ。

 いくつかはやっぱり破裂してしまったらしい。皮膚が爛れる熱さを覚えながら丸い形を保っているものを鷲掴んで、地面に叩き付けた。

「っ――!? なんっ――! ――!」

 どうやら煙を発するものだったようだ。これはいい。矢で狙えなくなる。

 残念ながら髪を掴む手は離れなかったので私は逃げられそうにないが、どうせ色々折れてるし諦めた。

 せっかくならと、もう何本か肋を砕いてやるつもりで息を吸った。



「――にげて、ナガル―――――!」



 そして……おそらく頭を思いっきり殴られて、意識が飛んだ。
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