3 / 7
新たな風を吹き込む人
しおりを挟む
ポンターギュ国の国境沿いにある森は、小規模ながら食材の宝庫であり、その中を流れる小川には魚が多く住まう。
日差しが程よく差し込み、明るい森の印象が強いが、不思議と人が近づかない森でもある。
その森の中にぽつんと、青い屋根の小さな家があった。
***
早朝、いつものように森の小川で顔を洗い、顔を上げたリノは下流に変なものを見つけた。
なにやら薄汚れたものが水に半分浸かった状態で転がっている。
(あれ、なに?)
濃い茶色の瞳を細めて見ていたが、ある時はっとして駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか!?」
薄汚れているが、確かにそれは人間の男の人のようだった。
割れた丸い眼鏡をかけた、肩ほどの髪の長さをした髭もじゃのその人は、とりあえず生きているらしい。
弱々しく瞼が上下した。
「た・・・・」
「はい?」
「食べ物を、下さいませんか・・・・」
紡がれた言葉が終わらぬうちに、空腹の虫が大きな音を立てた。
***
森の家から持ってきたバスケットに詰め込んだ果物と黒糖パン、新鮮なミルク、手作りベーコンをその人は、驚異的な速さで消費していく。
「あ、あの、そんなに急いで食べると、つかえちゃいますよ?」
見かねて声をかけるも、その勢いは止まらない。
がつがつと飢えを満たしていくその人の様子を、呆気に取られて見守っていると、足元に金茶色の猫がすり寄って来た。
ふとそちらを見やると、猫は鳴き声を上げる。
「イェル」
共に森の家で暮らすイェルは、いつもリノの傍にいる。
見慣れない存在に対して警戒心を緩めず、目を眇めて様子を覗っているようだ。
「大丈夫。わたしは怪しいものじゃないですよ」
「・・・・え」
「その子、ただの猫じゃないでしょ?」
丸い眼鏡の向こう、透けて見える瞳は笑みに眇められている。
リノは心臓がどきどきし始めた。
(このひと・・・・もしかして、勘付いてる?)
リノは喉をごくりと上下させる。
手にした最後のベーコンを口に入れ十分に咀嚼すると、彼は深々と頭を下げた。
「ごちそうさまでした。大地の恵みに感謝を」
「・・・・」
食後に告げられた感謝の言葉で、リノは彼がこの国の人間ではないのだと知った。
それは以前、一度だけ森の家に訪れた客人がしていた祈りの言葉なのだ。
(あの時の人は、食前にもお祈りしてたけど、多分、間違いない)
この人は隣国サージェスの人間だ。
彼の国は昔、魔女討伐で随一を誇った魔導士の国として名高い。
俄かにリノの中に期待が生まれた。
「あ、あの」
「!しっ。静かに」
彼はリノの言葉を遮るように制止すると目を伏せ、行動を止めた。
怪訝な顔で見ていると、彼は鬼気迫る表情で立ち上がる。
「来る!娘さん――――逃げてっ」
「え?」
疑問符が頭に浮かんだ瞬間、風を切る音と共に、頭上に影が差す。
振り仰いだリノの目に映ったのは、広がった巨大な網だった。
日差しが程よく差し込み、明るい森の印象が強いが、不思議と人が近づかない森でもある。
その森の中にぽつんと、青い屋根の小さな家があった。
***
早朝、いつものように森の小川で顔を洗い、顔を上げたリノは下流に変なものを見つけた。
なにやら薄汚れたものが水に半分浸かった状態で転がっている。
(あれ、なに?)
濃い茶色の瞳を細めて見ていたが、ある時はっとして駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか!?」
薄汚れているが、確かにそれは人間の男の人のようだった。
割れた丸い眼鏡をかけた、肩ほどの髪の長さをした髭もじゃのその人は、とりあえず生きているらしい。
弱々しく瞼が上下した。
「た・・・・」
「はい?」
「食べ物を、下さいませんか・・・・」
紡がれた言葉が終わらぬうちに、空腹の虫が大きな音を立てた。
***
森の家から持ってきたバスケットに詰め込んだ果物と黒糖パン、新鮮なミルク、手作りベーコンをその人は、驚異的な速さで消費していく。
「あ、あの、そんなに急いで食べると、つかえちゃいますよ?」
見かねて声をかけるも、その勢いは止まらない。
がつがつと飢えを満たしていくその人の様子を、呆気に取られて見守っていると、足元に金茶色の猫がすり寄って来た。
ふとそちらを見やると、猫は鳴き声を上げる。
「イェル」
共に森の家で暮らすイェルは、いつもリノの傍にいる。
見慣れない存在に対して警戒心を緩めず、目を眇めて様子を覗っているようだ。
「大丈夫。わたしは怪しいものじゃないですよ」
「・・・・え」
「その子、ただの猫じゃないでしょ?」
丸い眼鏡の向こう、透けて見える瞳は笑みに眇められている。
リノは心臓がどきどきし始めた。
(このひと・・・・もしかして、勘付いてる?)
リノは喉をごくりと上下させる。
手にした最後のベーコンを口に入れ十分に咀嚼すると、彼は深々と頭を下げた。
「ごちそうさまでした。大地の恵みに感謝を」
「・・・・」
食後に告げられた感謝の言葉で、リノは彼がこの国の人間ではないのだと知った。
それは以前、一度だけ森の家に訪れた客人がしていた祈りの言葉なのだ。
(あの時の人は、食前にもお祈りしてたけど、多分、間違いない)
この人は隣国サージェスの人間だ。
彼の国は昔、魔女討伐で随一を誇った魔導士の国として名高い。
俄かにリノの中に期待が生まれた。
「あ、あの」
「!しっ。静かに」
彼はリノの言葉を遮るように制止すると目を伏せ、行動を止めた。
怪訝な顔で見ていると、彼は鬼気迫る表情で立ち上がる。
「来る!娘さん――――逃げてっ」
「え?」
疑問符が頭に浮かんだ瞬間、風を切る音と共に、頭上に影が差す。
振り仰いだリノの目に映ったのは、広がった巨大な網だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる