十倭国物語 鏡眼の姫

カイリ

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11  与えられた機会

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朝から晩まであちらこちらに奔走させられ、床に就くころには疲労困憊で眠りにつく―――鏡の捜索どころの話ではない。
 桜桃は筋肉痛に苦しみながら、このままでは埒があかない、と唇を噛み締めた。

「大丈夫ですか?桜桃さま」

 軟膏を片手に詩乃が褥に横になっている桜桃を覗きこんでくる。

「うん・・・大丈夫だよ」

 実を言えばそれは嘘だが、弱音など吐いている状況でもない。

「私が交代できればよいのですが・・・」

 詩乃は眉を下げた。
 実は彼女がそう申し出てくれた時、あの鬼の主人(仮)は、柳眉を顰め頭を振った。

「よもやわたしが言った言葉を忘れているのではないだろうな?外へお前を使いにやるのは、無駄についているソレ・・を少しでも減す為。・・・お前のような侍女がいては三の姫の品位すら疑われよう?」

 そうのたまったのである。
 許すまじ・・・鬼主人(仮)め。
 思いだし半眼になる桜桃は、ふうと怒りを吐き出すように息をつくと、気づかわしげな顔をした詩乃を見やる。

「詩乃。あたしが外へ使いに行ってる間、何か情報とか掴んでない?」

 それが・・・と詩乃は顔を曇らせた。

「思いのほか人目があり、思う様に動けないのです」
「そう・・・」

 王家から預かっている鏡なら、おいそれと人の目に触れるような場所にはないはず。
 置かれている場所は、宝物蔵か主である千鳥の室か・・・。
 どちらにせよ、「はい、どうぞ」と探させてくれるような場所ではない。
 探すのは勝手というものの、彼が表だって許可していることではない以上、迂闊には近寄れない。
 だが、このまま手を拱いているわけにもいかない。

(・・・こうなったら、忍び込むしかない。あの人がいない時を見計らって)

 千鳥は花街の綺麗どころと過ごす時間がある―――狙うならその時間だ。
 しかし、王家の人間が盗人の真似をしなければならないとは・・・。
 桜桃は心の内で手を合わす。

(父様、母様。お許しください。これもお役目の為なのです)

 僅かに瞑目し開く瞳には決意が滲む。

「―――詩乃。明日なんだけど」

 桜桃の提案に、彼女は不安げな顔をしたものの、最後には頷いた。

 **    **        **

 夕刻になる頃、千鳥が牛車で外出したのを確認し、桜桃は邸の奥にある彼の室へ足音を忍ばせて進んだ。
 詩乃には侍女たち他使用人の目を引き付けるために行動してもらい、こちら側はひっそりと静まりかえっている。

(よし!誰もいない)

 そっと入り込むと、そこは整然と片付けられており、調度品の中には西方の細工が施された異国的な物も置かれている。それらは何処か調和が取れており、落ち着いた雰囲気にまとめられていた。
 長櫃の中、二階棚、厨子棚など手早く探る。
 
(・・・ない・・・)

 室中を探し回ったけれど、条件に合う鏡は見つけられない。
 途方に暮れぺたんと座り込み、桜桃は考えあぐねる。

(これだけ探してもないってことは・・・宝物蔵?それとも実は持ち歩いてるとか)

「ここには、ない・・・」
「――――――ああ、そうだよ」

 突然耳元で低音の甘い声が響いた。
 心臓が委縮する。
 ばっ、と振り返るとそこにはうっすらと笑んだ千鳥が身を屈めて立っている。
 桜桃は驚愕し、零れんばかりに目を見張った。

(何で!?さっき出かけたはずなのに)

「気が変わってね、戻って来たのだけど―――主の室で何をしているのかな?」

(何って・・・分かってるでしょ。探していいって言ったのはあなたなのに)

 心の中で言いかえしながら、桜桃はただ「申し訳ありません」とその場に跪く。
 王族としての生活よりも庶民として生活した期間が長かった為、使用人のそれに倣うのはさほど抵抗はない。

「―――答えになっていないよ、由良」

 切れ長の目を眇め、千鳥は閉じた扇をすっと伸ばした。
 顎を持ち上げられ、視線がかち合う。
 僅かに首を傾けじっとこちらを見つめる彼の視線に、桜桃は身じろいだ。


「まさかここにあるだなんて浅はかな考えを起こしたのか?」
「・・・」

  常の面白がるような様子はなく、何処か呆れ交じりの言葉に視線が泳いでしまう。
  そんな彼女を見て、千鳥は嘲笑めいた笑いを浮かべた。

「本当に、不出来とはよく言ったものだ。ここまでとはね」
「・・・・・え?」

 小さく呟かれた言葉は聞き取れなくて聞き返すと、千鳥は低く囁いてくる。

「その目が節穴でなければ、気づくはずだ。―――お前には機会を与えてやっているんだ。興ざめさせてくれるな・・・」

 言うだけ言うと彼は桜桃から身を離し、背を向ける。

「ああ、そうだ。今度わたしの室へ入ったら、仕置きをする。ねやに忍びこむのが、お前のような者では喜ばしくない」
「!」

 さっ、と頬を上気させ、桜桃は「失礼します」と足早に彼の傍らをすり抜けた。

(そんなつもりさらさらないし!言われなくとも分かってるよ!)

 怒り心頭、桜桃は詩乃の待つ室へと向かった。

 **     **      **

 その後、更に外でのお使いが増えた。
 細工師や反物の行商に持参させて良い物でも何故か、桜桃が出向かされるのである。

(・・・ふ・・・ふっふふ。おかげで少しは筋肉がついた。ちょっとやそっとじゃ根なんかあげない!)

 来るなら来ぉいと、ぐっと拳を作り気合を入れるが、次の瞬間にはそうじゃないでしょと自身に突っ込みを入れる。

(そんな事が目的じゃあない!!鏡は何処にあるの!?)

 本日の言いつけ―――西方渡来の焼き菓子を買いに行け、である。しかも制限時間付き。
 ちなみにその場所、邸からはかなり離れていて、朱鷺たちの滞在する銀凪亭がある通りの向こう側―――大陸へ続く道が見える位置にある。
 高台から見下ろし、桜桃は口角を片方引き攣らせた。

(あの人・・・あたしのことほんと気に入らないんだろうな。美意識にそぐわなくて目障りなんでしょうけど、嫌がらせが過ぎる)

 むううと遠く目的地を睨み据え、桜桃は走り出した。
 千鳥は桜桃に機会を与えてやっているというが、彼が与えているのはこうした雑用だけだ。
 何をどうしたら、鏡を見つけるための機会だとなるのか。
 千鳥の邸宅を出て少しすると、風の匂いが変わり始める―――甘い花の香が薄らぎ、潮の匂いが少しづつ強くなる。

「―――おい」

 考えながら町中を走っていると、ふいに声をかけられた。
 振り返ると、桜桃は双眸を大きくした。

「!朱鷺」
「よぉ。―――大丈夫か、お前」

 幾日ぶりに見る幼馴染は案じるように眉を下げた。

「う・・・ごめん。鏡はまだ見つかんなくて」
「いや、そっちじゃなくて。・・・何となく、痩せてないか?」
「へ?う、嘘!ホント?」

 思わずへらっとしてしまう桜桃に、朱鷺ははあ、とため息をつく。

「何喜んでんだ、こき使われてる所為だろ」
「いやー・・・今まで痩せようとしてもなかなか出来なかったから、つい」

 照れて頭を掻く桜桃に、朱鷺は肩を竦め、

「あっちこち振り回されてるだけに見えるぞ。アイツ―――本当は鏡の在り処なんて知らないんじゃないか?」

 彼の言葉に桜桃は沈黙した。
 確かに雑用ばかりが先行しちっとも捜索らしい捜索はできていない。
 けれど。

『その目が節穴でなければ』

 そう言った千鳥の双眸はまっすぐこちらを見ていた。暁の色をしたその目―――あれは、あの時だけはいつも見透かせない笑みばかり浮かべる彼とは違って見えた。

「きっと・・・紅家が預かってるっていうのは、本当だと思う」

 だから、桜桃が見落としてるものがあるのだろう。

「・・・あのさ、朱鷺から見て今、あたしがやってる雑用って、何を得られると思う?」
「あー・・・そうだな。持久力、体力、筋力、忍耐?」
「うん、まあそれはそうだけど。それじゃないので」
「土地勘が付く、顔見知りが増える、あとはまあ、外の景色が見えるよな。邸にいる小南との違いっていえばそれじゃないか?」

 桜桃は今まで使いに出された先に関連性を探るけれど、それは見事にばらばらだ。装身具に反物、お菓子など。使いに出された先というのは特に意味がないように思う。

(うーん・・・分からないな)

「あんまり、無理するなよ?」
「・・・うん。ありがと。あっ、そろそろ行かないと」

 朱鷺に手を振り再び目的地へ向けて桜桃は走り出した。
 陽に輝く海の水面が視界の端に映る。
 お使い先に向かう際、最近はこの景色を見ることが多い。
 明るい方の海の色―――・・・。
 砂礫へ初めて訪れた時、冬の海ではないような気がして首を捻ったのを覚えている。

(反対側の海は暗い色をしてるんだよね)

 吹き付ける風の温度も、あちらは冷たく、こちらは暖かい。
 考えながらふと、そういえば同じような感覚を覚えたことが他にもある様な気がした。
 同じ町の中だというのに、目に見えて変化が感じ取れることが、確か、何度か。
 思い出しそうなのにもうちょっとの所で思い出せない―――そんなもやもや感を持ちながら、桜桃は目的の菓子店へとたどり着いた。
 指定の菓子はその店で一番高価なもので、驚くほど小さい。丁重にその包みを荷袋に仕舞い、店を出た。
 時間を気にしながらも、繊細な菓子が崩れることないように気を払い、足早に歩き始める。
 桜桃は鏡の情報をもう一度頭の中で整理することにした。

 丸くて鏡箱に収まり、普段は鏡面に何も映さず、鏡の役目を果たさないもの。それに鏡眼の力を移した。
 四つの内の一つが、紅家にある。
 探し当てれば好きにしてよいと言った千鳥は、桜桃にその機会を与えているという。

(そうなんだよね。詩乃とあたしじゃなくて、『お前に』ってあの人言ったんだ。だから、ヒントはあたし宛ての雑用時間にあるんじゃないかって思うんだけど・・・)

 桜桃は人通りの多い大通りに差し掛かった。
 空木や美蔡たちが滞在する銀凪亭がある通り、この場所は千鳥の邸宅がある一帯より少し肌寒い。
 所々に植わっている木も花咲く気配がなく、道行く人もどこか厚めの衣装を纏っている。

(同じ町なのに・・・変だよね)

 同じ建物内での暖房の利いた部屋とそうでない部屋のように、まるで違う。

(あの人が寒いの嫌ってヒーターの変わりに何か術でも使ってるとか?)

 黎明の紅家が扱う代表的な力は炎だったはず。
 皮肉にへっ、とあくどい顔になった桜桃は、しかし、これだけ広範囲の気温を上げるのは相当な負担が掛かるだろうと考えを改める。

(ヒーターの変わり・・・)

 桜桃は足を止めた。

(え?ちょっと待って。もう一度よく考えてみよう)

 もし、この暖かさが人為的なものであったとしたら、そんなことが出来るのは術だとか特別な力を持った何かでしか成し得ないだろう。
 ・・・桜桃たちが探すあれは、鏡だ。
 王家の宝鏡だけれど、そうでしかない。

(けど、今その中には鏡眼の力が入ってるんだよね?)

 竜胆の話に寄れば鏡眼には大気を操る力があると聞いた。
 四つの鏡に収められたその力。
 四季の天の名を持つ四つの鏡・・・・分散された力。
 ふいに、美蔡から聞いた両親の話を思い出した。
 鏡は四季に分かれている、それぞれに対応した力が入っているのだとしたら―――。

(・・・それってもしかして関係・・・ある?)

 千鳥が桜桃に―――三の姫の侍女である由良に与えた機会は、ひょっとすると砂礫の中にある変化の違いを察するよう町中を廻らせることだとしたら・・・?
 千鳥の室で彼はここにはないと言っていた。
『ここ』が、室という意味でなくて邸宅自体のことだとしたら・・・紅家が預かっているという鏡は、何処にあるのか。

(黎明本家であるという気はしない・・・多分、あの人が手にしていたのは本当な気がする。でも)

 とある考えが浮かび、眉を顰めた。
 千鳥は、王家に対してあまり好意的ではないだろうと思う・・・。

 姉の紗羅が聖域へ行くことになり、彼は姉から引き離された。
 幼い桜桃から見ても二人は本当に仲睦まじく、恋仲であったのは間違いない。
 けれど、紗羅は王家人間としての務めに従った。姉は自身の感情よりも王家の姫であることを優先したのだ
 恐らく、千鳥が黎明本家から姿を消した理由の根幹にはそれがあると思う。
 好意的でない所か、忌々しくさえ思っていたら?
 その王家からの預かりものである鏡を、手元で丁重に管理などしていようか・・・。

(もし、仮にそうだとしたら・・・・・・邸じゃなくて・・・)

 桜桃は、人が行き交う町で視線を彷徨わせる。
 暖かい気温。
 甘い風の匂い。
 彼女はそれに誘われるように歩き始めた。
 春の気配を感じさせる方向へ―――。

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