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10 鏡を求めて
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なぜ自分はこんな所を必死に駆けずり回っているのだろう・・・。
ぜえぜえと肩で息を付きながら、彼女は絹に包まれた木箱を主人の元へと届ける為、砂礫の端から必死で走っている。
主人ーーーあくまでも仮の、である。
貴人や富豪など、羽振りの良い人間たちの住まいが軒を連ねる通りの、やや高台にその館はある。
やっとの思いで辿り着き、よろめきながら主の室へ向かう。
質の良い調度品に囲まれた室には、華やかな美貌の青年が座している。
「大変、お、お待たせを・・・・」
「ああーーー待っていたよ、由良」
脇息に肩肘を付き扇をぱちりと閉じて、主人(仮)である紅千鳥はふふ、と笑みを向けた。
「申し訳、ありませ」
息も絶え絶え、そう言い手にした木箱を差し出す。
「本当にね。日が暮れてしまうかと思ったよ」
笑顔のまま皮肉を滲ませる彼は絹を解き、木箱を開くと中に収められていた簪を手に取る。
それはサンゴを使った細工物で、特注の品なのだ。
・・・目当ての女性への。
「約束の時間までに間に合ったね。ご苦労だった」
形ばかりの労いを口にし、千鳥は彼女に退室を許した。
出て来たばかりのその場所を振り返り、彼女ーーー桜桃は何とも言えない顔でしょぼくれた。
なぜ、こんなことに・・・と、本来の目的が宙を漂っている状況にため息を禁じ得ない。
桜桃は今、紅千鳥が所有する砂礫の別邸にいた。
彼の元で――――――侍女ならぬ、小姓として。
遡ること数日前。
桜桃たちは紅千鳥の別邸へと訪ねることとなった。
天撰八家である南雲と王の侍従である碧の名を出すと、思いのほかあっさりと対面は叶ったのであるが・・・。
「思うよりも早くに対面する機会があったようだね」
「・・・そう、みたいだな」
ふふ、と笑みを浮かべる千鳥に朱鷺は歯切れ悪く答えた。
「その節は・・・連れが迷惑をかけてすまないと思ってる」
「ああ、そのような些末なこと、気になさらずとも良いよ。それより―――改めて、ご挨拶させて頂こうか。わたしは、黎明の紅千鳥。もっとも今は浮草のように過ごしているから、黎明の、紅家の、というのも可笑しなものだけれどね」
自身をそう揶揄する彼に、朱鷺も名を名乗る。
「おれは南雲朱鷺。こっちが」
「碧空木と申します」
「主上の侍従であられる碧どの、か。―――これはまた、随分と想像を掻き立てられる方々がお揃いだ」
千鳥は薄い唇を弓なりにし、それで、と視線を彼らの背後に向けた。
「このような場所へどんな要件で参られたのか、お聞かせ願えないだろうか?」
その言葉とは裏腹に、細められた双眸は一点へと注がれている。
薄い袿を頭からふわりと纏う小柄な人物。少し後ろには二人の侍女を従えている。
「実はこちらにおいでになっている方は、御篝王の三の姫君でいらっしゃいます」
千鳥は切れ長の目を僅かに眇め、手にした扇を閉じた。
「これはまた・・・お久しゅうございます、姫君。わたしを覚えておられますでしょうか?」
殊更丁寧にそう言い、彼は居住まいを正した。
「ええ。よく覚えております、紅さま」
「最後にお目にかかったのは五年ほど前になりますか―――随分と、愛らしくおなりですね」
「・・・ありがとう。世辞であっても嬉しく思います」
「いえ―――本当に。別人かと見間違えてしまいそうなほどに」
桜桃は顔を伏せたままぎくりと肩を揺らす。
「―――ここに姫君がいらっしゃるという事は、わたしの想像も当たらずとも遠からずということかな?」
「お察しの通りです。紅殿にご助力いただきたく」
空木が皆まで言い終わる前に千鳥は小さく息を付き扇を開くと緩慢に頭を振った。
「わたしは既に八家からは逸脱した者―――姫君には申し訳ないけれど、お力添えは出来かねる」
「・・・どうあってもですか?」
「どう仰ろうとも。―――姫君。王家の方とはいえ、わたしにはあなた様に率先して付き従うほどの親愛の情は持ち合わせておりません―――故に、黎明本家の意向がどうであれ、わたしが動くことはないとお心に留め置き下さいますよう―――」
はっきりとした意志表明に朱鷺が顔色を変える。
「あんた八家のくせに」
「朱鷺。・・・では、お教えください。この申し出があちら方からのものであったとしたら、いかがか?」
いきり立つ朱鷺を制し、空木が問えば彼はふと笑んだ。
「それは同じこと―――はっきり言わせて頂こうか。わたしは、ただ静観するのみ。どちらにも付くつもりはない」
天撰八家の人間が王家の要請に拒否を示すのを目の当りにして桜桃は両手を握りしめた。
親愛の情――――――あるわけがない。
ただそこにあるだけでひれ伏したくなるほどの威厳も、臣下を呻らせるだけの才覚も、この自分には備わっていない。
(黎明は―――この人は無理だ。説き伏せることなんて出来そうにない)
「ではあくまで中立であると」
「無論のこと。こうして三の姫にお会いした事実も、なかったことになる」
「そう、ですか」
残念です、とそう言い空木は、では、と改めて千鳥に尋ねた。
「お聞きしたいことがあります。紅殿は、王家の鏡をご存じですか?」
千鳥は鏡、と反芻し、ああ・・と呟いた。
「知っているけれど?四つで一つとされる宝鏡のことならばね」
「王家からお預かりした八家があると聞き及んでおりますが、その在り処にお心当たりはございませんか」
桜桃が耳を澄ませ固唾をのんでいると、千鳥は微笑んで答えた。
「当家がお預かりした四家の内の一つだけれど。それがなにか?」
「!」
桜桃たち全員がはっとした。
目的の鏡を黎明の紅家が所持している。
心臓が高鳴る―――沈みかけた気分が高揚するのが分かった。
「その鏡、今はどちらに保管されておられます?」
「さて―――どこにあるのやら・・・」
千鳥はそう言いながら扇で口元を隠すようにし、切れ長の双眸を笑ませて言った。
「わたしは関知しないと申し上げた。お教えできかねますね」
「!元々王家のもんだろうがっ」
かっとして朱鷺が言い放つも、千鳥は涼しい顔をしたままこう言った。
「ですが、探すのはそちらの勝手。―――見つけだすことが出来れば、どのようにして下さっても構わないよ」
桜桃は思わず顔を上げそうになった。
「・・・あなたの邸宅を捜索しても良いと仰るのですか?」
確認する空木に千鳥は笑みを深め、ただし、と続けた。
「あなた方があからさまに邸内をうろつかれては、古都から時折やって来るあちら側の人間に心証が悪い―――動く気がないとお断りし続けている身としてはね。然とて、元は王家の物。返還の声あればお返しするはずの代物だ。だからね、そう――――――そこのお前」
ぱち、と扇が閉じた音がし、その先がつい、と指し示される。
沈黙が落ち、桜桃は怪訝に思いながら僅かばかり顔を上げると、まっすぐに扇の先とその暁の双眸がじっと彼女に向けられていた。
(・・・え?)
戸惑う桜桃を、朱鷺や空木や傍らの詩乃、そうして身綺麗に着飾った樹理が表情を硬くして見つめた。
「お前ならば丁度良いのではないか?どう見ても、三の姫との関連を疑われそうもない」
「・・・あ、の・・・どういう」
「察しの悪い娘だね――――――お仕えする主の為、お前が動いてはどうだと言っている」
それは願ってもいない事。
ごくりと喉を上下させ、桜桃は空木たちを見た。
彼らの目にも彼女と同様の感情が浮かんでいる。
好機到来―――しかし、あまりにも都合が良すぎる気がして不安になる。
「紅殿、何故その者を指名されるのかお聞きしても?」
空木が内心の動揺を綺麗に隠して問いかける。
「王家の侍女にしてはあまりにも洗練されていない。初めて見かけた折には、市井の娘だとしか思えなかったくらいだ。王家と関わりある者などと気取られる心配はない。・・・後は単に、このような者が高貴なる方のお傍に侍る姿を見るに堪えないのでね、わたしが」
当家の雑務をこなしながら、少しでもその無駄なモノをそぎ落とすといい、と彼は後半、何処か憎々しげに眉を上げ、侮蔑の眼差しをこちらへと寄こす。
痛烈な批判の言葉に巨岩を頭上から落とされたような衝撃を受け、桜桃はがくりと双肩を落とす。
(ひ・・・酷い・・・・・・あんまりに酷過ぎるっ)
じわりと目尻に涙が滲んだ。
言われずとも、標準より若干太めだと自覚しているけれど、洗練されているとは到底思えないけれど、それでも、この言われよう・・・トラウマが深刻化しそうだ。
「な、何もそこまで言わなくても」
震える声を上げたのは樹理だ。
桜桃ははっ、として彼女の纏う衣装の裾を引いた。
ぴくりと反応し、樹理が頬を怒りに蒸気させて肩越し振り返る。
視線で制止するよう訴えると、彼女は顔を悔しそうに歪めた。
「この者では目的の物を見つけ出すのが困難と言われるのならばそうなさればいい。―――わたしはただ、お返ししないことで、物思いするのを避けたいだけだからね。鏡を見つけようと見つけられまいと、わたしには関わりのないこと。けれど、当家に滞在する以上それなりの務めをしてもらわないと」
選ぶのはあなた方だ、と千鳥はそう言い、選択を委ねる。
桜桃は乾いた唇を湿らせ、出来るだけ声を張った。
「姫様、どうかあたし・・・わたしにお任せください。きっと見つけて御覧にいれます」
樹理は眉を僅かに下げ、
「・・・いい、の?」
それは案じる響きを宿し、桜桃の意志を確認するようにその双眸がじっとこちらを見つめてくる。
「はい・・・必ず、お約束いたしますから」
だから、心配しないで。
言外に告げ、桜桃は千鳥へと視線を向けた。
扇の向こうで細められたその目は、何処か事態を面白がるような感情の色が見え隠れしている気がする。
(負けるもんか。・・・絶対探し当てて、あたしはこの人から鏡を取り返す)
「短い期間でしょうが、お世話になります。紅様」
「お前の名はなんという?」
「ゆす・・・」
危うく本名を名乗りかけて口を押えた。
「ゆ?」
聞き返してくる千鳥に桜桃は、とっさにいい名が思いつかず、
「ゆ・・・由良といいます」
限りなく自身の名に近い響きのそれを名乗ってしまった。
千鳥はゆるりと首を傾け、瞬く。
「おや、不可思議なことだね。―――確か南雲殿は、お前をゆすらっ、と呼んでいた気がするけれど?」
「!き・・・聞き違いでは?」
心臓がばくばくと変に高く音を打ち、桜桃は必至でそう言い切る。
「それもそうか――――――まさか、主である姫君と同じ響きの名を侍女が持つはずもないからね」
「お・・・恐れ多いことです」
(ギャー――この人、心臓に悪いことばっか言ってくるんですけど!!)
「あのっ」
詩乃が声を上げ、樹理に向かって申し出た。
「姫様、この者はまだ経験が浅く、ご迷惑をお掛けすると思います。どうか目付としてわたしをお付けくださいませ」
「そう、ね。紅様、この者も一緒に」
「・・・構いませんよ。―――早く見つかると良いですね、姫?」
千鳥はその整った容貌に貴やかな微笑みを浮かべた。
こうして桜桃は詩乃と共に千鳥の邸宅にて働きつつ鏡を探すこととなった。
が、用意された衣装は貴家の館に仕える少年のそれ。
「・・・え」
「由良、お前は侍女ではなく、小姓だ。あちらこちらへ動いてもらわねばならないからね―――より動きやすい装束でないと」
背は低く、顔もどちらかと言えば童顔である桜桃はそれを身に纏えばパッと見少年に見えなくもない。
「覚悟するんだね。存分に働いて貰うから」
こき使う気満々のその顔が鬼のように思えた桜桃である。
そうして、その言葉は躊躇なく実行されることになった。
千鳥の命で、それこそ砂礫の端から端まで走り回る日々が桜桃を待っていたのだった。
ぜえぜえと肩で息を付きながら、彼女は絹に包まれた木箱を主人の元へと届ける為、砂礫の端から必死で走っている。
主人ーーーあくまでも仮の、である。
貴人や富豪など、羽振りの良い人間たちの住まいが軒を連ねる通りの、やや高台にその館はある。
やっとの思いで辿り着き、よろめきながら主の室へ向かう。
質の良い調度品に囲まれた室には、華やかな美貌の青年が座している。
「大変、お、お待たせを・・・・」
「ああーーー待っていたよ、由良」
脇息に肩肘を付き扇をぱちりと閉じて、主人(仮)である紅千鳥はふふ、と笑みを向けた。
「申し訳、ありませ」
息も絶え絶え、そう言い手にした木箱を差し出す。
「本当にね。日が暮れてしまうかと思ったよ」
笑顔のまま皮肉を滲ませる彼は絹を解き、木箱を開くと中に収められていた簪を手に取る。
それはサンゴを使った細工物で、特注の品なのだ。
・・・目当ての女性への。
「約束の時間までに間に合ったね。ご苦労だった」
形ばかりの労いを口にし、千鳥は彼女に退室を許した。
出て来たばかりのその場所を振り返り、彼女ーーー桜桃は何とも言えない顔でしょぼくれた。
なぜ、こんなことに・・・と、本来の目的が宙を漂っている状況にため息を禁じ得ない。
桜桃は今、紅千鳥が所有する砂礫の別邸にいた。
彼の元で――――――侍女ならぬ、小姓として。
遡ること数日前。
桜桃たちは紅千鳥の別邸へと訪ねることとなった。
天撰八家である南雲と王の侍従である碧の名を出すと、思いのほかあっさりと対面は叶ったのであるが・・・。
「思うよりも早くに対面する機会があったようだね」
「・・・そう、みたいだな」
ふふ、と笑みを浮かべる千鳥に朱鷺は歯切れ悪く答えた。
「その節は・・・連れが迷惑をかけてすまないと思ってる」
「ああ、そのような些末なこと、気になさらずとも良いよ。それより―――改めて、ご挨拶させて頂こうか。わたしは、黎明の紅千鳥。もっとも今は浮草のように過ごしているから、黎明の、紅家の、というのも可笑しなものだけれどね」
自身をそう揶揄する彼に、朱鷺も名を名乗る。
「おれは南雲朱鷺。こっちが」
「碧空木と申します」
「主上の侍従であられる碧どの、か。―――これはまた、随分と想像を掻き立てられる方々がお揃いだ」
千鳥は薄い唇を弓なりにし、それで、と視線を彼らの背後に向けた。
「このような場所へどんな要件で参られたのか、お聞かせ願えないだろうか?」
その言葉とは裏腹に、細められた双眸は一点へと注がれている。
薄い袿を頭からふわりと纏う小柄な人物。少し後ろには二人の侍女を従えている。
「実はこちらにおいでになっている方は、御篝王の三の姫君でいらっしゃいます」
千鳥は切れ長の目を僅かに眇め、手にした扇を閉じた。
「これはまた・・・お久しゅうございます、姫君。わたしを覚えておられますでしょうか?」
殊更丁寧にそう言い、彼は居住まいを正した。
「ええ。よく覚えております、紅さま」
「最後にお目にかかったのは五年ほど前になりますか―――随分と、愛らしくおなりですね」
「・・・ありがとう。世辞であっても嬉しく思います」
「いえ―――本当に。別人かと見間違えてしまいそうなほどに」
桜桃は顔を伏せたままぎくりと肩を揺らす。
「―――ここに姫君がいらっしゃるという事は、わたしの想像も当たらずとも遠からずということかな?」
「お察しの通りです。紅殿にご助力いただきたく」
空木が皆まで言い終わる前に千鳥は小さく息を付き扇を開くと緩慢に頭を振った。
「わたしは既に八家からは逸脱した者―――姫君には申し訳ないけれど、お力添えは出来かねる」
「・・・どうあってもですか?」
「どう仰ろうとも。―――姫君。王家の方とはいえ、わたしにはあなた様に率先して付き従うほどの親愛の情は持ち合わせておりません―――故に、黎明本家の意向がどうであれ、わたしが動くことはないとお心に留め置き下さいますよう―――」
はっきりとした意志表明に朱鷺が顔色を変える。
「あんた八家のくせに」
「朱鷺。・・・では、お教えください。この申し出があちら方からのものであったとしたら、いかがか?」
いきり立つ朱鷺を制し、空木が問えば彼はふと笑んだ。
「それは同じこと―――はっきり言わせて頂こうか。わたしは、ただ静観するのみ。どちらにも付くつもりはない」
天撰八家の人間が王家の要請に拒否を示すのを目の当りにして桜桃は両手を握りしめた。
親愛の情――――――あるわけがない。
ただそこにあるだけでひれ伏したくなるほどの威厳も、臣下を呻らせるだけの才覚も、この自分には備わっていない。
(黎明は―――この人は無理だ。説き伏せることなんて出来そうにない)
「ではあくまで中立であると」
「無論のこと。こうして三の姫にお会いした事実も、なかったことになる」
「そう、ですか」
残念です、とそう言い空木は、では、と改めて千鳥に尋ねた。
「お聞きしたいことがあります。紅殿は、王家の鏡をご存じですか?」
千鳥は鏡、と反芻し、ああ・・と呟いた。
「知っているけれど?四つで一つとされる宝鏡のことならばね」
「王家からお預かりした八家があると聞き及んでおりますが、その在り処にお心当たりはございませんか」
桜桃が耳を澄ませ固唾をのんでいると、千鳥は微笑んで答えた。
「当家がお預かりした四家の内の一つだけれど。それがなにか?」
「!」
桜桃たち全員がはっとした。
目的の鏡を黎明の紅家が所持している。
心臓が高鳴る―――沈みかけた気分が高揚するのが分かった。
「その鏡、今はどちらに保管されておられます?」
「さて―――どこにあるのやら・・・」
千鳥はそう言いながら扇で口元を隠すようにし、切れ長の双眸を笑ませて言った。
「わたしは関知しないと申し上げた。お教えできかねますね」
「!元々王家のもんだろうがっ」
かっとして朱鷺が言い放つも、千鳥は涼しい顔をしたままこう言った。
「ですが、探すのはそちらの勝手。―――見つけだすことが出来れば、どのようにして下さっても構わないよ」
桜桃は思わず顔を上げそうになった。
「・・・あなたの邸宅を捜索しても良いと仰るのですか?」
確認する空木に千鳥は笑みを深め、ただし、と続けた。
「あなた方があからさまに邸内をうろつかれては、古都から時折やって来るあちら側の人間に心証が悪い―――動く気がないとお断りし続けている身としてはね。然とて、元は王家の物。返還の声あればお返しするはずの代物だ。だからね、そう――――――そこのお前」
ぱち、と扇が閉じた音がし、その先がつい、と指し示される。
沈黙が落ち、桜桃は怪訝に思いながら僅かばかり顔を上げると、まっすぐに扇の先とその暁の双眸がじっと彼女に向けられていた。
(・・・え?)
戸惑う桜桃を、朱鷺や空木や傍らの詩乃、そうして身綺麗に着飾った樹理が表情を硬くして見つめた。
「お前ならば丁度良いのではないか?どう見ても、三の姫との関連を疑われそうもない」
「・・・あ、の・・・どういう」
「察しの悪い娘だね――――――お仕えする主の為、お前が動いてはどうだと言っている」
それは願ってもいない事。
ごくりと喉を上下させ、桜桃は空木たちを見た。
彼らの目にも彼女と同様の感情が浮かんでいる。
好機到来―――しかし、あまりにも都合が良すぎる気がして不安になる。
「紅殿、何故その者を指名されるのかお聞きしても?」
空木が内心の動揺を綺麗に隠して問いかける。
「王家の侍女にしてはあまりにも洗練されていない。初めて見かけた折には、市井の娘だとしか思えなかったくらいだ。王家と関わりある者などと気取られる心配はない。・・・後は単に、このような者が高貴なる方のお傍に侍る姿を見るに堪えないのでね、わたしが」
当家の雑務をこなしながら、少しでもその無駄なモノをそぎ落とすといい、と彼は後半、何処か憎々しげに眉を上げ、侮蔑の眼差しをこちらへと寄こす。
痛烈な批判の言葉に巨岩を頭上から落とされたような衝撃を受け、桜桃はがくりと双肩を落とす。
(ひ・・・酷い・・・・・・あんまりに酷過ぎるっ)
じわりと目尻に涙が滲んだ。
言われずとも、標準より若干太めだと自覚しているけれど、洗練されているとは到底思えないけれど、それでも、この言われよう・・・トラウマが深刻化しそうだ。
「な、何もそこまで言わなくても」
震える声を上げたのは樹理だ。
桜桃ははっ、として彼女の纏う衣装の裾を引いた。
ぴくりと反応し、樹理が頬を怒りに蒸気させて肩越し振り返る。
視線で制止するよう訴えると、彼女は顔を悔しそうに歪めた。
「この者では目的の物を見つけ出すのが困難と言われるのならばそうなさればいい。―――わたしはただ、お返ししないことで、物思いするのを避けたいだけだからね。鏡を見つけようと見つけられまいと、わたしには関わりのないこと。けれど、当家に滞在する以上それなりの務めをしてもらわないと」
選ぶのはあなた方だ、と千鳥はそう言い、選択を委ねる。
桜桃は乾いた唇を湿らせ、出来るだけ声を張った。
「姫様、どうかあたし・・・わたしにお任せください。きっと見つけて御覧にいれます」
樹理は眉を僅かに下げ、
「・・・いい、の?」
それは案じる響きを宿し、桜桃の意志を確認するようにその双眸がじっとこちらを見つめてくる。
「はい・・・必ず、お約束いたしますから」
だから、心配しないで。
言外に告げ、桜桃は千鳥へと視線を向けた。
扇の向こうで細められたその目は、何処か事態を面白がるような感情の色が見え隠れしている気がする。
(負けるもんか。・・・絶対探し当てて、あたしはこの人から鏡を取り返す)
「短い期間でしょうが、お世話になります。紅様」
「お前の名はなんという?」
「ゆす・・・」
危うく本名を名乗りかけて口を押えた。
「ゆ?」
聞き返してくる千鳥に桜桃は、とっさにいい名が思いつかず、
「ゆ・・・由良といいます」
限りなく自身の名に近い響きのそれを名乗ってしまった。
千鳥はゆるりと首を傾け、瞬く。
「おや、不可思議なことだね。―――確か南雲殿は、お前をゆすらっ、と呼んでいた気がするけれど?」
「!き・・・聞き違いでは?」
心臓がばくばくと変に高く音を打ち、桜桃は必至でそう言い切る。
「それもそうか――――――まさか、主である姫君と同じ響きの名を侍女が持つはずもないからね」
「お・・・恐れ多いことです」
(ギャー――この人、心臓に悪いことばっか言ってくるんですけど!!)
「あのっ」
詩乃が声を上げ、樹理に向かって申し出た。
「姫様、この者はまだ経験が浅く、ご迷惑をお掛けすると思います。どうか目付としてわたしをお付けくださいませ」
「そう、ね。紅様、この者も一緒に」
「・・・構いませんよ。―――早く見つかると良いですね、姫?」
千鳥はその整った容貌に貴やかな微笑みを浮かべた。
こうして桜桃は詩乃と共に千鳥の邸宅にて働きつつ鏡を探すこととなった。
が、用意された衣装は貴家の館に仕える少年のそれ。
「・・・え」
「由良、お前は侍女ではなく、小姓だ。あちらこちらへ動いてもらわねばならないからね―――より動きやすい装束でないと」
背は低く、顔もどちらかと言えば童顔である桜桃はそれを身に纏えばパッと見少年に見えなくもない。
「覚悟するんだね。存分に働いて貰うから」
こき使う気満々のその顔が鬼のように思えた桜桃である。
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