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『一益、お おぬしなんぞ呼んではおらん! おぬしの席なんぞどこにもありゃせんわ!! とっとと帰れ!!!』
『ほおぉ・・・』
男は不敵な笑みを浮かべ周りを睥睨する・・・
この男の名は滝川一益。一益がこの場所に案内も請わずに乱入するや否やあれほど人々の喧噪に満ちていたその場所が徐々に静かになってゆく・・・
時は天正十年十月 京 大徳寺にて秀吉が主宰する信長の葬儀の最中のことであった
『筑前よ・・・いきなりの挨拶じゃのう・・・?』
一益は笑みを浮かべたまま主賓の席に派手な装束を身に着けた小男を睨みつけながら応じる・・・
筑前こと秀吉は一益の鋭い眼光にひるみながらもあらん限りの大声で叫ぶ!
『一益!! 何しに来た!! 何度も言うがおぬしなんぞ呼んではおらぬわ!!!』
一益は鼻先で フッ と笑うと秀吉に答える
『何しに来ただと? おかしなことを言うのう、俺はここで信長様の葬儀があると聞いて御焼香をせんとわざわざ伊勢長島よりはるばる参ったのだが・・・違ったのか、筑前?』
『クッ! おぬしには関係ないわ!!』
『フッ・・クックック・・ハッハッハ・・・!!!』
一益は万座のもと皆の耳目を集め注視されている中でもおかまいなく大きく口を開け哄笑する。
『カッカッカッ・・・悪い、悪いのう秀吉よ。突然大声で笑われれば驚くのも無理はない。しかしじゃ、わしには関係ないか、そうか・・そうか、わしには関係ない事か、ハッハッハ・・・』
筑前から秀吉と呼び名が変えられた小男は、この男が何を言い出すのかと不気味そうに注視する・・・
『ここ大徳寺での信長様の御葬儀を主宰したおぬしにしてみれば何も協力をしなかったわしには関係ないということじゃな。ならばせめて、せっかく信長様の御葬儀に参ったからには御焼香だけでもと思ったが・・・それも叶わぬか・・・』
『滝川様! お待ちを!!』
二人の間に険悪な雰囲気が漂い始めるのを見て、その間を取り持つように動く人影が二人・・・
『ん? おう、これは助兵衛殿・・』
『久しぶりにござるな、一益殿』
『おお! こりゃ坂井殿まで!! 久しぶりだの』
助兵衛殿、坂井殿と一益より敬称された人物達は当時西近江二郡及び若狭一国の国持大名である丹羽長秀の重臣であった。それぞれ名を青山宗勝、坂井直政といい二人は長秀にとって股肱の臣と呼ぶべき人材であった。特に坂井直政は丹羽家の兵の差配を任せられれている侍大将でもあったのだ。少し稿を割かせて直政に触れるが、直政はもともとから織田家の家臣でなく足利義輝、義昭といった将軍家に仕えていた幕臣であったが義昭が京を追放後同僚の細川藤孝と同様に織田家に仕え、長秀に登用され今日に至る。直政の戦歴は古く華麗な武勲の数々は浪人となった彼を登用しようとする織田家中において垂涎の的であったという。更に付け加えるが直政の武勲の中でも特筆すべき戦いが永禄の時代にあった三好勢が足利義昭を攻めた本圀寺の戦い(六条合戦)においての戦いぶりである。後日直政の武者振りの良さを当時その場に居合わせた人々から「六条表の花槍」と称賛されたものであった。一益はその直政と強者同士の共感からか妙に気が合い直政が丹羽家に出仕してからも昵懇の間柄であったのだ。
『一益殿、積もる話しはまた後程にて。今はこちらに、席を設ける故に。さっ、こちらに、助兵衛、案内してさしあげろ!』
『はっ』
『かたじけないが、一つ伺ってもよいか? ・・・貴殿達がこの場におるのであれば、丹羽殿も参っておられるのか?』
『・・・いや、それがしと青山は殿の名代として来ており、殿はここには参っておらぬ・・・』
少し表情を曇らせた直政の態度に気づいたように一益は周りに目を配る・・・
と、その時
『余計な真似をせんでもらおうか、二人とも!!!』
秀吉が一喝する。
『さりながら、筑前殿。滝川殿をこのままでは・・・』
『無用の事と、申しておる!』
抗議する直政に重ねて命じる秀吉である。
秀吉の言いように、直政はさすがにムッとしたようで更に抗弁しようとするが
『与右衛門殿・・・』
一益は、直政の名を小声で呼ぶや、もういいですよとばかりに首を横に振る・・・
直政は一益の意を酌み、秀吉を一瞥するやその場を下がる。
一益は視線を下げた直政に優しい口調で伝える・・・
『お気遣い、感謝致す直政殿。どうやらわしは奴にとって招かねざる客であったようだ。フフフ、丹羽殿に宜しくお伝えくだされ、坂本・・・いや、若狭での酒を楽しみにしておると・・・』
『承知致しましたぞ、一益殿。必ずや主、長秀にお伝え申す』
一益は直政の言葉を受け、改めて周りを見渡すとおもむろに秀吉に獰猛な視線を向け口を開く。
『筑前よ、ひとこと言わせてもらうがお前の口のきき方はなっておらん! なんじゃ、その上からの物言いは!!! 坂井殿や青山殿は丹羽殿の名代であろうが! おぬしの家来でもなく家臣でもないぞ。両人は丹羽五郎左長秀殿の家臣ではないか、違うか!?』
『ウッ、クッ・・・』
痛い事実を指摘され、秀吉は反論しようにも言い出せないでいる・・・
『更にはだ、口のきき方といえばだ、おぬしとは織田家中において全くの同僚。その対等な関係は俺も理解するがこのような万人が注視する場で一回り近い年下のお前から一益と呼び捨てされて黙っておれるほど、俺は出来た人間ではないぞ・・・』
ずいっと、剣呑な気配を漂わせながら秀吉のもとへ向かおうとする一益である。
『むっ!? ここでやる気か? 本気か一益!! 誰か、その慮外者を取り押さえよ!!!』
大徳寺にて信長の葬儀の最中、一益の登場によって静かになった参列者の場が、秀吉と一益という織田家きっての重臣同士の喧嘩に参列者の中から悲鳴のような声が上がる。
『ま 待たれよ、一益殿!』
『お待ちくだされ、滝川様!』
慌てて声を上げ一益を背後から止めようとする坂井直政と青山宗勝である。
『む、これはいかんか・・・』
坂井、青山の二人が一益を止めようとしたほぼ同時に一益の正面に立ちふさがり何とも辛そうな表情を浮かべた若者の姿が一益の視界に入ったのだ・・・
『一益様・・・お止めくだされませ。この通りにございます・・・』
若者は、深々と一益に頭を下げ全身で懇願しているのがよく分かる・・・
『・・・照政殿、顔を上げられい』
『一益様が、羽柴の義父上様との喧嘩を止めるという言葉を聞くまで私は顔を上げませぬ』
『こりゃ、困ったのう・・・あ奴とは喧嘩にもならぬと思うが、それでもだめか?』
『それでもだめです・・・フフフ』
頭を下げながら含み笑いをし、一益にはきと物言う若者は池田照政といい一益と同じ一族の池田恒興の次男であり後に池田輝政と名乗ることになる。
『仕方がないのう・・・筑前の奴はまがりなりも今はそなたの義父であるからな・・・』
照政はこの時期秀吉の養子となり羽柴姓を名乗っていたのだ。
『ちくっと、増上慢になっておるあ奴を懲らしめようかと思ったが・・・しょうがないのう。そなたにずっと頭を下げられては恒興殿のも申し訳ないからな・・・承知した。そなたの義父殿には手は出さぬ、これでよいか?』
『ありがとうございまする、一益様!』
照政は、そう言うと顔をやっと上げる。
『ところで、そなたの親父殿は参っておるのか? さっと見渡したところ姿が見えぬようだが・・・』
『この地には来ておりますが・・・参席はしておりませぬ・・・』
『うん⁈・・・』
照政の表情に僅ながらも影が差すのを見逃さなかった一益だがあえてその理由を尋ねることはなかった・・・
『まあよいわ! まだ腹の虫も収まらぬのでもう一言筑前めに申してこの場を辞する事に致す。ほれ、そなたわしの代わりにこれを供えてくれぬか』
一益は懐から供え物を取り出すと照政に手渡す。
『承知致しました』
『池田殿にくれぐれも宜しく伝えてくれ』
『はい』
『さてと』
そこで一益はこちらの成り行きを注意深く見ていた秀吉に向かって叫ぶ。
『羽柴筑前守秀吉殿!』
『な なんじゃ!? あ 改まって・・・』
『此度の当地大徳寺での信長様の御葬儀、誠にご苦労に存ずる! このような洛中、洛外にもわたる大きな葬儀の様子をあの世から信長様もさぞ喜んでおられるとそれがしも推察しており申す。織田家家中の一端に連なるそれがしからも謝意を申し上げてこの場を辞する事にしようと存ずるが、いかに筑前殿・・・?』
『・・・う うむ、そのような丁寧な言上を受けては無下にはできぬ。謹んでお聞きいたそう』
『ありがたき言葉を頂戴致した・・・されば、申し上げる』
一益は声を大にし秀吉に伝える。
『亡き織田右大臣家のため家中においてこれだけの規模の葬儀を催された者は無し!それがしは筑前殿の亡き織田右大臣家に対する忠義の念に感じ入り申したしだいにござる』
『う うむ・・・』
秀吉は、一益の口調の変化に戸惑いながらも同意する。
そこで一益は秀吉の言葉を受けると秀吉の顔をじっと見つめ、ニヤリと笑い口角を上げるやここが肝要とばかり声を励ます。
『特に取り立てて感服いたしたのが参列者の姿でござった。この場を見渡せば、それがし達一同にしてみれば主筋である織田家の方々のお姿がお見受けにならぬ・・・於市の方様をはじめ、信雄様、信孝様もご不在。また宿老衆達である柴田殿、丹羽殿、池田殿の姿も見ることも能わず。フフフ、誠に 誠に感服いたした』
『ぬ⁉ な 何が言いたい、一益?』
『フフフ・・・これは、これは、本当にご苦労に存ずるよ羽柴殿、フフフ、ハハハハ・・・』
『か 一益! きっ 貴様ぁ!! わしを嬲るか!!!』
『嬲る? これは否な申しようだと存ずるが・・・それがしは事実を申したばかり。それよりも逆に問うが、貴殿は嬲られていると思われるような後ろめたさが胸中にあるのでござるか・・・? いったい、誰のためにこの葬儀を催されておられるのかな? 実は羽柴殿、貴殿ご自身のためではないのですかな?』
『う うぬわっ!!!』
秀吉は、一益の嘲けるような言葉に激昂し腰掛けていた床几を倒すや立ち上がると憤怒の目で一益を睨みつける。
『おやっ⁉ 図星でござるか? 羽柴殿におかれてはそれがしの言葉が痛く感じ入られたかのようにござるな?』
『お おのれっ! 言わせておけば!!!』
秀吉は、己に対する痛烈な皮肉の言葉に顔面が真っ赤になりながら歯を食いしばり怒りに震える・・・そして嘲笑を向ける一益のもとに足を踏み出そうとしたその時、
一益が大喝一声!!!
『秀吉!!!』
思わず一益の言葉にその場に立ち止まる秀吉に一益は今度は低い声で告げる・・・
『おぬしのその赤顔をこの場でつまみ上げるのは赤子の手をひねるよりも造作はないが、万人が注視するこの場でわしにやられればおぬしの面子も無くなるであろうが・・・秀吉よ、よう料簡致せ、さればここでは勘弁致してやる。照政殿や坂井殿、青山殿の配慮に感謝致せ・・・』
『くっ! きっ 貴様!!!』
秀吉はそれでも思わず一益のもとに足を踏み出そうとするが、一益の様子を見て躊躇する・・・
一益は激昂し、こちらに掴みかからんばかりにこちらに来ようとする秀吉を見るや左足をやや広めに踏み出すと腰を落としまるでそこに鉄砲が有るかのように左手を宙に受けさせ右手は引き金を引くように指を置き、頬を銃身に当て狙いを定めるような姿勢をとった・・・
『・・・この位置なら、まず外すことはないのう・・・秀吉よ、よおく料簡致せ!! 己が野望のためにこれ以上故織田右大臣家をないがしろにするつもりなら・・・』
『なっ⁉』
『『『 ダッア~ンンン・・・』』』
一益は自ら銃声を強く叫ぶと姿勢を元に戻し更に秀吉に告げる。
『この通りになるのを憶えておけ・・・』
そう言い捨て一益は怯むような眼で自分を見る秀吉に一瞥を加えると踵を返し鷹揚に秀吉に背を向け、今の有様を見てその場で呆然と立ちすくむ池田照政や坂井直政、青山宗勝に優しく声を掛ける。
『それがしは、これにて失礼致す。ご貴殿方の配慮、ありがたく存ずる・・・では、御免・・・』
『ほおぉ・・・』
男は不敵な笑みを浮かべ周りを睥睨する・・・
この男の名は滝川一益。一益がこの場所に案内も請わずに乱入するや否やあれほど人々の喧噪に満ちていたその場所が徐々に静かになってゆく・・・
時は天正十年十月 京 大徳寺にて秀吉が主宰する信長の葬儀の最中のことであった
『筑前よ・・・いきなりの挨拶じゃのう・・・?』
一益は笑みを浮かべたまま主賓の席に派手な装束を身に着けた小男を睨みつけながら応じる・・・
筑前こと秀吉は一益の鋭い眼光にひるみながらもあらん限りの大声で叫ぶ!
『一益!! 何しに来た!! 何度も言うがおぬしなんぞ呼んではおらぬわ!!!』
一益は鼻先で フッ と笑うと秀吉に答える
『何しに来ただと? おかしなことを言うのう、俺はここで信長様の葬儀があると聞いて御焼香をせんとわざわざ伊勢長島よりはるばる参ったのだが・・・違ったのか、筑前?』
『クッ! おぬしには関係ないわ!!』
『フッ・・クックック・・ハッハッハ・・・!!!』
一益は万座のもと皆の耳目を集め注視されている中でもおかまいなく大きく口を開け哄笑する。
『カッカッカッ・・・悪い、悪いのう秀吉よ。突然大声で笑われれば驚くのも無理はない。しかしじゃ、わしには関係ないか、そうか・・そうか、わしには関係ない事か、ハッハッハ・・・』
筑前から秀吉と呼び名が変えられた小男は、この男が何を言い出すのかと不気味そうに注視する・・・
『ここ大徳寺での信長様の御葬儀を主宰したおぬしにしてみれば何も協力をしなかったわしには関係ないということじゃな。ならばせめて、せっかく信長様の御葬儀に参ったからには御焼香だけでもと思ったが・・・それも叶わぬか・・・』
『滝川様! お待ちを!!』
二人の間に険悪な雰囲気が漂い始めるのを見て、その間を取り持つように動く人影が二人・・・
『ん? おう、これは助兵衛殿・・』
『久しぶりにござるな、一益殿』
『おお! こりゃ坂井殿まで!! 久しぶりだの』
助兵衛殿、坂井殿と一益より敬称された人物達は当時西近江二郡及び若狭一国の国持大名である丹羽長秀の重臣であった。それぞれ名を青山宗勝、坂井直政といい二人は長秀にとって股肱の臣と呼ぶべき人材であった。特に坂井直政は丹羽家の兵の差配を任せられれている侍大将でもあったのだ。少し稿を割かせて直政に触れるが、直政はもともとから織田家の家臣でなく足利義輝、義昭といった将軍家に仕えていた幕臣であったが義昭が京を追放後同僚の細川藤孝と同様に織田家に仕え、長秀に登用され今日に至る。直政の戦歴は古く華麗な武勲の数々は浪人となった彼を登用しようとする織田家中において垂涎の的であったという。更に付け加えるが直政の武勲の中でも特筆すべき戦いが永禄の時代にあった三好勢が足利義昭を攻めた本圀寺の戦い(六条合戦)においての戦いぶりである。後日直政の武者振りの良さを当時その場に居合わせた人々から「六条表の花槍」と称賛されたものであった。一益はその直政と強者同士の共感からか妙に気が合い直政が丹羽家に出仕してからも昵懇の間柄であったのだ。
『一益殿、積もる話しはまた後程にて。今はこちらに、席を設ける故に。さっ、こちらに、助兵衛、案内してさしあげろ!』
『はっ』
『かたじけないが、一つ伺ってもよいか? ・・・貴殿達がこの場におるのであれば、丹羽殿も参っておられるのか?』
『・・・いや、それがしと青山は殿の名代として来ており、殿はここには参っておらぬ・・・』
少し表情を曇らせた直政の態度に気づいたように一益は周りに目を配る・・・
と、その時
『余計な真似をせんでもらおうか、二人とも!!!』
秀吉が一喝する。
『さりながら、筑前殿。滝川殿をこのままでは・・・』
『無用の事と、申しておる!』
抗議する直政に重ねて命じる秀吉である。
秀吉の言いように、直政はさすがにムッとしたようで更に抗弁しようとするが
『与右衛門殿・・・』
一益は、直政の名を小声で呼ぶや、もういいですよとばかりに首を横に振る・・・
直政は一益の意を酌み、秀吉を一瞥するやその場を下がる。
一益は視線を下げた直政に優しい口調で伝える・・・
『お気遣い、感謝致す直政殿。どうやらわしは奴にとって招かねざる客であったようだ。フフフ、丹羽殿に宜しくお伝えくだされ、坂本・・・いや、若狭での酒を楽しみにしておると・・・』
『承知致しましたぞ、一益殿。必ずや主、長秀にお伝え申す』
一益は直政の言葉を受け、改めて周りを見渡すとおもむろに秀吉に獰猛な視線を向け口を開く。
『筑前よ、ひとこと言わせてもらうがお前の口のきき方はなっておらん! なんじゃ、その上からの物言いは!!! 坂井殿や青山殿は丹羽殿の名代であろうが! おぬしの家来でもなく家臣でもないぞ。両人は丹羽五郎左長秀殿の家臣ではないか、違うか!?』
『ウッ、クッ・・・』
痛い事実を指摘され、秀吉は反論しようにも言い出せないでいる・・・
『更にはだ、口のきき方といえばだ、おぬしとは織田家中において全くの同僚。その対等な関係は俺も理解するがこのような万人が注視する場で一回り近い年下のお前から一益と呼び捨てされて黙っておれるほど、俺は出来た人間ではないぞ・・・』
ずいっと、剣呑な気配を漂わせながら秀吉のもとへ向かおうとする一益である。
『むっ!? ここでやる気か? 本気か一益!! 誰か、その慮外者を取り押さえよ!!!』
大徳寺にて信長の葬儀の最中、一益の登場によって静かになった参列者の場が、秀吉と一益という織田家きっての重臣同士の喧嘩に参列者の中から悲鳴のような声が上がる。
『ま 待たれよ、一益殿!』
『お待ちくだされ、滝川様!』
慌てて声を上げ一益を背後から止めようとする坂井直政と青山宗勝である。
『む、これはいかんか・・・』
坂井、青山の二人が一益を止めようとしたほぼ同時に一益の正面に立ちふさがり何とも辛そうな表情を浮かべた若者の姿が一益の視界に入ったのだ・・・
『一益様・・・お止めくだされませ。この通りにございます・・・』
若者は、深々と一益に頭を下げ全身で懇願しているのがよく分かる・・・
『・・・照政殿、顔を上げられい』
『一益様が、羽柴の義父上様との喧嘩を止めるという言葉を聞くまで私は顔を上げませぬ』
『こりゃ、困ったのう・・・あ奴とは喧嘩にもならぬと思うが、それでもだめか?』
『それでもだめです・・・フフフ』
頭を下げながら含み笑いをし、一益にはきと物言う若者は池田照政といい一益と同じ一族の池田恒興の次男であり後に池田輝政と名乗ることになる。
『仕方がないのう・・・筑前の奴はまがりなりも今はそなたの義父であるからな・・・』
照政はこの時期秀吉の養子となり羽柴姓を名乗っていたのだ。
『ちくっと、増上慢になっておるあ奴を懲らしめようかと思ったが・・・しょうがないのう。そなたにずっと頭を下げられては恒興殿のも申し訳ないからな・・・承知した。そなたの義父殿には手は出さぬ、これでよいか?』
『ありがとうございまする、一益様!』
照政は、そう言うと顔をやっと上げる。
『ところで、そなたの親父殿は参っておるのか? さっと見渡したところ姿が見えぬようだが・・・』
『この地には来ておりますが・・・参席はしておりませぬ・・・』
『うん⁈・・・』
照政の表情に僅ながらも影が差すのを見逃さなかった一益だがあえてその理由を尋ねることはなかった・・・
『まあよいわ! まだ腹の虫も収まらぬのでもう一言筑前めに申してこの場を辞する事に致す。ほれ、そなたわしの代わりにこれを供えてくれぬか』
一益は懐から供え物を取り出すと照政に手渡す。
『承知致しました』
『池田殿にくれぐれも宜しく伝えてくれ』
『はい』
『さてと』
そこで一益はこちらの成り行きを注意深く見ていた秀吉に向かって叫ぶ。
『羽柴筑前守秀吉殿!』
『な なんじゃ!? あ 改まって・・・』
『此度の当地大徳寺での信長様の御葬儀、誠にご苦労に存ずる! このような洛中、洛外にもわたる大きな葬儀の様子をあの世から信長様もさぞ喜んでおられるとそれがしも推察しており申す。織田家家中の一端に連なるそれがしからも謝意を申し上げてこの場を辞する事にしようと存ずるが、いかに筑前殿・・・?』
『・・・う うむ、そのような丁寧な言上を受けては無下にはできぬ。謹んでお聞きいたそう』
『ありがたき言葉を頂戴致した・・・されば、申し上げる』
一益は声を大にし秀吉に伝える。
『亡き織田右大臣家のため家中においてこれだけの規模の葬儀を催された者は無し!それがしは筑前殿の亡き織田右大臣家に対する忠義の念に感じ入り申したしだいにござる』
『う うむ・・・』
秀吉は、一益の口調の変化に戸惑いながらも同意する。
そこで一益は秀吉の言葉を受けると秀吉の顔をじっと見つめ、ニヤリと笑い口角を上げるやここが肝要とばかり声を励ます。
『特に取り立てて感服いたしたのが参列者の姿でござった。この場を見渡せば、それがし達一同にしてみれば主筋である織田家の方々のお姿がお見受けにならぬ・・・於市の方様をはじめ、信雄様、信孝様もご不在。また宿老衆達である柴田殿、丹羽殿、池田殿の姿も見ることも能わず。フフフ、誠に 誠に感服いたした』
『ぬ⁉ な 何が言いたい、一益?』
『フフフ・・・これは、これは、本当にご苦労に存ずるよ羽柴殿、フフフ、ハハハハ・・・』
『か 一益! きっ 貴様ぁ!! わしを嬲るか!!!』
『嬲る? これは否な申しようだと存ずるが・・・それがしは事実を申したばかり。それよりも逆に問うが、貴殿は嬲られていると思われるような後ろめたさが胸中にあるのでござるか・・・? いったい、誰のためにこの葬儀を催されておられるのかな? 実は羽柴殿、貴殿ご自身のためではないのですかな?』
『う うぬわっ!!!』
秀吉は、一益の嘲けるような言葉に激昂し腰掛けていた床几を倒すや立ち上がると憤怒の目で一益を睨みつける。
『おやっ⁉ 図星でござるか? 羽柴殿におかれてはそれがしの言葉が痛く感じ入られたかのようにござるな?』
『お おのれっ! 言わせておけば!!!』
秀吉は、己に対する痛烈な皮肉の言葉に顔面が真っ赤になりながら歯を食いしばり怒りに震える・・・そして嘲笑を向ける一益のもとに足を踏み出そうとしたその時、
一益が大喝一声!!!
『秀吉!!!』
思わず一益の言葉にその場に立ち止まる秀吉に一益は今度は低い声で告げる・・・
『おぬしのその赤顔をこの場でつまみ上げるのは赤子の手をひねるよりも造作はないが、万人が注視するこの場でわしにやられればおぬしの面子も無くなるであろうが・・・秀吉よ、よう料簡致せ、さればここでは勘弁致してやる。照政殿や坂井殿、青山殿の配慮に感謝致せ・・・』
『くっ! きっ 貴様!!!』
秀吉はそれでも思わず一益のもとに足を踏み出そうとするが、一益の様子を見て躊躇する・・・
一益は激昂し、こちらに掴みかからんばかりにこちらに来ようとする秀吉を見るや左足をやや広めに踏み出すと腰を落としまるでそこに鉄砲が有るかのように左手を宙に受けさせ右手は引き金を引くように指を置き、頬を銃身に当て狙いを定めるような姿勢をとった・・・
『・・・この位置なら、まず外すことはないのう・・・秀吉よ、よおく料簡致せ!! 己が野望のためにこれ以上故織田右大臣家をないがしろにするつもりなら・・・』
『なっ⁉』
『『『 ダッア~ンンン・・・』』』
一益は自ら銃声を強く叫ぶと姿勢を元に戻し更に秀吉に告げる。
『この通りになるのを憶えておけ・・・』
そう言い捨て一益は怯むような眼で自分を見る秀吉に一瞥を加えると踵を返し鷹揚に秀吉に背を向け、今の有様を見てその場で呆然と立ちすくむ池田照政や坂井直政、青山宗勝に優しく声を掛ける。
『それがしは、これにて失礼致す。ご貴殿方の配慮、ありがたく存ずる・・・では、御免・・・』
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娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
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