寒暁

繚乱

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 一益は自分を見つめる家臣一同の瞳に感ずるものがあったのであろうか・・・暫くの間この場に居合わせた各人の顔を改めて見直す・・・やがて一つ空咳をするとようやく口を開く・・・

「そち達の想い、十二分に承知した・・・かたじけなく思う・・・。であれば例年どおり年頭における当家の指針を申し渡す前に、当家が取り巻かれておる現況について皆の者に改めてすり合わせを致す」

 一益の言葉に一同は黙って頷く。

「旧年中の師走月、筑前は柴田修理殿の勢力下の所領であった長浜を調略によって奪いそしてその矛先を岐阜に向け信孝様を屈服させ三法師様を安土へとお連れ去られた事は皆も承知であろう。この筑前が行動は修理殿に真っ向から喧嘩を売ったことにほかならぬ。ほかならぬ修理殿のことじゃ、自分の所領を掠め取られて黙っておるわけがない。雪が解ける春になれば必ず筑前との戦いになるは必定・・・ここまでは・・・よいな・・・?」

 一益の確認に一同黙ったまま首肯する。

「されば、この状況下で当家が取る方策なのだが三通りの手段が考えられる・・・」

 一益は少しそこで間を取り、ややあって語り始める・・・

「まず一つめの策として、どちらの陣営にも属さず傍観を決め込み勝った側に付く・・・というものじゃ。この策の長所は勝ち馬に乗れる可能性が高いという自明の理にかなうことが最大の長所である。が、しかしじゃ逆に短所としてどっちつかずの態度を問ったばかりに勝者からさげすまれ立ち位置を明らかにした時期によっては下手をすれば今の所領さえも没収されるやもしれぬのも事実じゃ・・・。更に申せば当家の中立を柴田、羽柴両陣営が認めない・・・この恐れは多分にあると予想できる。当家は北伊勢長島の少領の勢力なれど修理殿陣営からの協力を申し込まれる可能性は大じゃ。その可能性が大だと思う筑前が当家の傍観は敵対と見なして大軍を擁してこの長島に攻め込むやもしれぬ・・・まあ、その時はわしが首を持たせ一忠に家督を譲ることによってこの長島の所領だけは安堵してもらおうかと考えてはいるが・・・。さて、次に二つめの策として秀吉側に付くというものじゃ」

 一益はそこで苦笑いを浮かべ、続ける・・・

「まあ、これまでのあ奴との行きがかり上、わしが直接筑前のもとに赴いて協力したいと述べてもあ奴は帰れ!!! と、言うやもしれぬので、そこで」

「プッ! クッ ハッハッハ!!! それは、そうでござるな、ハッハッハ!!!」

 その時、一同が座する場所の最奥で目立たぬように座っていた慶次郎が大きな声で失笑する。

「なんじゃ、慶次郎・・・」

 一益は苦虫を噛み潰したような表情で慶次郎を睨む・・・

「これは失礼致しました。大事な話の最中に申し訳ございませんでした。ただ、クッ それがし、ついあの大徳寺での信長様の御葬儀の顛末を思い出してしまい、筑前殿と叔父御の様子を想像するだに不覚にも笑いがこぼれてしまいましたので、ククク・・・」

 慶次郎の言葉に、周りから忍び笑いをする者がちらほらと見える。恐らくは秀吉と一益のやり取りを聞き及んでいる者達であろう・・・

「しょうがない奴め・・・」

 一益は苦笑を浮かべ慶次郎に黙っておれと言わんばかりに顎をしゃくると慶次郎は神妙な顔つきに戻り頷く。

「でじゃ、話の続きだがわしは筑前の傘下に入る場合には丹羽殿と池田殿の二人に仲介を頼もうと思っておる・・・これならばさすがの筑前も否とは申せんであろう。さいわい、まだ当家は筑前とは戦の状態ではないからな、戦が始まる前であれば宿老の二人からの仲介を経たわしからの願いは受けざるをえまい・・・そしてこの策の最大の長所は当座の間この長島の地が合戦の場にならぬということじゃて・・・皆の者、理解したな?」

 一益はそこでいったん話しを止め、一同を見渡す・・・

「ただしじゃ、一見良策に見えるこの策であるが、重大な短所も含んでおる・・・その短所とは、修理殿が筑前に勝った場合よ」

 一座から、ため息のような声が上がる・・・

 一益は グイッ と背筋を伸ばして顎を引きなが再び語り始める。

「丹羽殿、池田殿は、修理殿と直接干戈を交えなければ修理殿が筑前に勝った場合であっても同じ宿老衆ということで所領の没収の可能性は低い・・・むしろ中立を守ってくれれば修理殿は戦後処理と世情の安定のため二人に対して加増の沙汰をくだす可能性が大じゃ。なにしろ筑前が所領は織田家の中では一番広い所領であるからのう。ところが、当家に対してはどうかのう・・・修理殿にしてみれば今までのよしみを反故にして筑前の傘下に入ったわしに対しいい気はせぬであろうな。であれば筑前派に付いた諸将に対する見せしめとしてわしの首を刎ね、この長島の領地を没収となるやもしれぬ・・・まあ、そうなったらなったでまたこのわしが首一つで丹羽殿、池田殿に仲介を頼んで穏便に済ませれるよう動いてみるつもりだが・・・」

 一益の言葉に一同は無言のまま聞き入っている・・・

「そして三つめの策であるが、これはもう皆も予想しておるであろう修理殿に付き筑前との戦いに臨むということだな・・・ただこの策を採れば、前述の二つの策とは違って筑前が修理殿との戦いに勝てば間違いなく当家は滅びる!たとえ丹羽殿や池田殿に取り成しを頼んでも筑前は敵対したわしを許すことはなかろう。このことはしかと皆には申しおいておくぞ、よいな。だが、その危うさの反面、見返りも大じゃ・・・当家が修理殿に加勢し修理殿が筑前に勝利した暁にはこの北伊勢長島の所領から大幅な加増が見込める・・・と、いうことじゃ。皆、よくこの三つの策について熟考してくれ・・・」

 滝川一益という男は日頃はものぐさで面倒そうな態度をとるのだが、家の指針を決める大事な会合の場合は必ずこのように物頭以上の者を集め、自家を取り巻く状況を皆に自分の分析を織り交ぜ開陳し、それに対する方策を述べ、更にその策が幾つか有ればその策ごとの長所、短所も説明し配下の者に十分理解させ比較検討させた後に決断は自らが下す丁寧な手法を採っていたのである。

 一益は一同が考える時間を与えるように口を閉ざすと、ざわざわと一座の中からどの策がよいかを談じる声が上がり始めた・・・

 どれほど時間が経ったのか・・・一益は黙然と一座を見るともなく見ていたがやがてあの男が声をあげた。

「・・・叔父御、実際にはどっちが勝つとふんでおるのじゃ?」

 義太夫益重の核心を突く言葉に一同が静かになり、一益がどう答えるか皆の耳目が一益に凝集する・・・

 一益は、益重の視線を暫く受けていたが、一瞬虚空を見上げるや断じる。

「・・・筑前じゃのう・・・」

 

 
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