異世界転生して夢を叶えた騎士は、魔女の呪いで醜悪になり婚約破棄で没落人生。されど冒険者になって世界一可愛い黒猫と自由気ままな二人旅にゃん

オジSUN

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一章

七話 『醜悪な冒険者と黄金の姫の追跡者』

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 とある日、聖都の『大霊園』で、《スケルトン》が大量発生している。
 というクエストを受けて、コータは真夜中に『大霊園』に赴いていた。

 真夜中なのは、《スケルトン》が一番活発に動き出すため。
 光に弱いスケルトンは、日中を土の中で眠っている。

 そして、『大霊園』とは、文字通りの大きな霊園。
 その広さは、数十キロ。眠っている死人の数は十万を越える……聖都で一番広い霊園だ。

「……起きたか」

 ボスンッ! ボスンッ! ボスンッ! ボスンッ! ボスンッ! ボスンッ! ボスンッ!

 と、霊園の湿った地面から、骨の腕が大量に突き出した。
 それが、スケルトンの腕。

 コータはすぐに『識別眼』を発動し、その数を見切る。
 スケルトン総数……千……二千……三千……いっぱい。

 流石に一万を越えはしないだろうが、八千には上る。
 もはや、『識別眼』でも、数えるのが面倒臭い。
 この規模の数になるなら、『戦術眼』が欲しいところだが、欲したモノがある訳もない。

「じゃ……」

 スケルトン約八千の討伐……成功報酬は百万ミスル。
 ここが一つの正念場であった。

 コータはポーチから、『聖水』を取り出して、ブロンズソードに振りかける。
『ボーンナイト』にしても『スケルトン』にしても、アンデットモンスターは、不死ではあるが不滅ではない。
 
 大戦中アンデットモンスターに、対抗すべく生み出されたのが、この聖水。
 聖水を浴びせた武器で、アンデットモンスターを斬ると精神を浄化する。(下級モンスターに限る)

 よって、浄化魔法が使えないコータでも、アンデットモンスターを滅することができるのであった。

「眠れ」

 言って、スケルトンの軍団に気後れすることなく突撃した。
 先ずは、横の大振り……その圧力で、一気に十体以上を吹き飛ばす、そのうちの半分が粉々に砕けて消滅。

「キル比数百対一で、ボーンナイトより、弱い雑魚だが……こうも多いとなぁ。面倒臭い」

 言いながらも、スケルトンを粉々にして行く。
 一太刀で三体以上は必ず、倒す。

「ま、有限だからな、倒していればいずれ尽きるだろ」

 並み居るスケルトンを次々に屠っていく……一騎当千。
 別に、スケルトンが弱いという訳でもない。普通の冒険者なら一対一で、てこずる相手。
 ただ、コータが多対一の戦いが異様に上手いだけである。

 絶え間無く、足を動かし、移動しながら、三百六十度、あらゆる方向に剣を振る。
 ……数が多ければ有利という大原則を嘲笑うかのように、スケルトンの攻撃を別のスケルトンの身体で防ぐ事すら普通にする。

 僅か十分で、千体のスケルトンを滅すると、新しい聖水を取り出して、ブロンズソードに振りかける。

「おいおい。聖水を十本使ったら赤字になるんだからな? 早く来いって」

 そして、再び屠る。屠る。屠る。

 だが、景気よく屠っていたその時、ズドンっ!
 突如、足元からスケルトンの腕が生え出して、コータの足を掴んだ。

「チッ! これがあるから――ッ!」

 コータは、全力回転で、周囲のスケルトンと、足を掴むスケルトンの手を弾き、ブロンズソードを地面に突き立てることで、出てくる前に倒した。

 が、スケルトン達が、動きを止めたコータを待ってましたとばかりに、襲いかかる。
 やはり、いくら最上級冒険者でも、数千体を一人で相手するのは厳しかった。

 ザクンっ。

 コータの背中が、スケルトンの短骨剣に斬り裂かれた。

「チッ! ……だが、厳しい事ぐらい分かって来てんだよ!」

 血飛沫が上がる背中の痛みを無視して、上空に飛び上がった。
 一旦仕切り直し……

(もう一回、演舞を……)

 と、頭の中で、戦略を立てていた時。
 霊園の端に黒いマントの女剣士が現れ、剣を抜いた。

「……『グラム』よ。神の力を解放せよ」

 神剣グラム……かつて、邪龍を討ち滅ぼした言われる伝説の剣。
 大きな光を放ち、巨大化……したように見えるが、それはただの神光に過ぎない。
 ただの神光に過ぎないが、アンデットに取っては浄化の光。

 その光は霊園を覆い尽くし、剣を振るまでもなく、霊園にいた全てのアンデットを一瞬で、消滅させた。

 女剣士は、空中から降り立ったコータに、グラムを向ける。

「お、おい。ソレは……」

 斬ッ!

「ッ!」

 凄まじい速度の一閃を、コータは紙一重で躱した……が、ブロンズソードが両断された。
《不壊属性》を持つ、ブロンズソードが、である。
 つまり、女剣士の神剣グラムは属性ごと断ち切る……と言い事。

(流石は神剣……知っては居るが反則臭いな)

「やはり、グラムの神気を受けても……貴様は立っているか」
「『やはり』は俺の台詞だけどな。近衛騎士リゲル。まさか国を越えて、追って来るとはな。世界大戦でも引き起こすつもりか?」

 コータが言うと、風圧で女剣士のマントが取れ、その姿があらわになった。
 月明かりに映し出されたのは、ロニエスの近衛騎士だったリゲル。

「近衛騎士は辞めた。今の私は、ヒーラレルラとはなんの関係もない!! 貴様を討ち滅ぼし! 姫様を救う一人の戦士だ!」
「ふっ。屁理屈だな。神剣をもって国外旅行ってか? そんなことを許す国がどこにある」
「故に、私は、貴様と同じく賞金首になっているであろうな」

 コータは予備の短剣を、抜きながら首を傾げる。
 ……賞金首?

「関所を越えるとき、阻む者ども全員を斬殺してきたのだ。このグラムでな」
「そうか……」
「次は貴様だ! 死ぬ前に姫様の居場所を吐いてもらうがな!」

 すーっと二人の瞳が細まって、直後……激突した。
 そして、次の瞬間。
 リゲルはグラムを落とし、コータがリゲルの喉元に短剣を突きつけていたのだった。

「……やはりか」
「神剣グラム……確か、あらゆる万物を斬り割く剣だったな。ソレはこの世界の摂理を越えた神の剣だ」

 だから、『不壊属性』のブロンズソードを両断できる。
 だから、剣も振らずにコータが苦戦していたスケルトンを一掃できる。
 だが、コータには効かなかった。

「悪いな神気の類は効かない体質なんだ。それで? まだやるのか?」
「……当然!」

 リゲルはコータの短剣の柄を弾いて、距離を取ると、神剣グラムを納刀。
 何の加護もないロングソードを抜刀した。

「そうだな。俺にはそっちの方が有効だ」
「いざ! 参る!」

 リゲルとコータの真剣勝負が再開された。
 
 神速の技で攻めるリゲル。
 その全てを受けるコータ。
 
 実力はコータの方が上なのだが、使いなれない短剣で、ロングソードと切り結ぶのは分が悪い。
 何より、スケルトンに受けた背中の傷が、動く度に少しずつ開いている。

 地味にだが確実に、コータの体力は削られていく……

「貴様ほどの腕がありながら、何故、悪の道に落ちたのだ!」

 答える時間を作るつもりか、リゲルの猛攻が止んだ。
 その時間、コータは無感情に仮面を触った。

「悪の道か……そうか。お前にはそう見えるのか」
「……姫様をかどわかし、私の神剣アスカロンを破壊したその行動の何処に正義があるというのだ!」
「正義ね……」

 言いながら、仮面を外して素顔を晒す。
 悍ましいオークの顔を晒す。
 別につけてようが外していようが、剣の切れに対差はないのだが、気分の問題。

「俺の剣に正義なんかない」
「醜悪な化け物め!」
「そうだな……」

 状況はコータの絶対不利……もはや敗色濃厚といっていい。
 
「でも、俺にだって義はあるんだ。そして、俺は、俺の中にある義にしたがって剣を振る」

 コータに淡々と短剣を構えた。

「おしゃべりは終わりだ。来い」
「無論だ!」

 コータとリゲルが、激突した。
 ……壮絶な戦いだった。
 どちらが勝ってもおかしくない戦いだった。

 拮抗した実力で、三十分以上切り結び、互いに限界を何度も越えて、たどり着いた結末は……

「俺の……」

 コータの……

「勝ちだ」

 ……勝ちだった。
 
「ぐぅ……無念」

 コータは、荒くなっている息を整えながら、万能薬を煽る。
 
「っ! 貴様っ。何故、戦いの中で使わなかったのだ!」
「あ? そりゃー」

 万能薬を飲み干したコータは、更にもう一本の万能薬を取り出して、リゲルに振りかけた。

「手加減出来そうになかったからな。決着が着いた後、死なれても困る」
「くっ! 情けをかける――」

 つもりか! というリゲルの誇りに添った言葉をコータは聞かずに背を向けた。

「お前も、お姫様も死にたいなら勝手に死ね!」
「なっ!」
「一回失敗したくらいで、プライドのために死ぬ。阿保らしいんだよ。俺なら、泥水を啜っても生きる。どんな恥態を晒そうと、生きられるなら生きる……帰りを待つ奴が居るからな」
「貴様の様な輩を恥晒しと言うのだ……良いだろう。姫様を救えず生きている意味もない。怨敵にも情けもかけられた……切腹する」

 リゲルは騎士だった。
 それは、役職が、ではなく……心が騎士だった。
 だから、切腹なんてできる。

 コータは振り返ることなく、腹に剣を向けているリゲルにいう。

「お前には、恥を晒しても会いたい奴はいないのか?」
「……居ない。祖国も、家族も、友も、全て捨てた」

 捨てた……コータと同じ。 
 だからこそ、コータにはわかる。

「ロニエス」
「っ!」

 人は、そう簡単に全てを捨てることなんて出来ないという事を……
 コータにクロが居たように、きっとリゲルにも捨てられないモノはある。

「どうする? 俺について来れば会えるぞ?」
「……」
「お前は、何のために騎士になったんだ? お前にはまだ、護るべき姫が居るんだろ?」

 コータは振り返らない。
 ただまっすぐ、ロニエスの待つ、宿屋に戻るのだった。

 そして、リゲルは……




 
 《聖都最高級宿屋》

「遅い……」

 ロニエスは窓の外に朝日が昇るのを、見ながら呟いた。

「遅すぎます」

 昨晩、宿屋を出たコータがまだ戻らない。
 
「遅すぎ……ます」

 いくら遅くなると言っていたとはいえ、一晩中、帰って来ないことは聖都に来てから一度もなかった。
 ロニエスはベッドの脇に常備してある万能薬も飲まずに、一つしかない部屋の扉をひたすら凝視していた。

(もしかて……何かあったのでしょうか?)

「私には……アナタしかいないのですよ? 早く……帰ってきてくださいよぉ」

 無性に不安になり、瞳に涙の雫が溜まった……時。

 ガチャリ……

 部屋の扉が開かれた。
 それと当時に、独特な土とお日様の香り……大きな自然の香り。コータの香りが広がった。
 だから、ロニエスにはすぐにコータだと分かった。

「遅いですっ!!」

 ロニエスは、部屋に戻ってきたコータの顔を見ると脊髄反射で開口一番、怒りをぶつける。

(ああっ……もっと他に言いたいことがあったのに……ううぅ)

 ……ほんのり後悔したがポーカーフェイスを守る。
 怒っているのも確かなのだ。

「……悪い。ちょっとな獰猛な神獣に噛み付かれて」
「……っ!」

 と、軽く言われて更に、怒りが沸騰してしまう。

(私がどんな思いで待っていたと思ってるんですか! ムキーーっ)

 ずばっと! 人差し指を空に向け、

「私が一晩中、アナタの帰りを待っていたのに朝帰りですか? そうですか? それは良いご身分ですね!」
「にゃーにゃー!」

 夜遅くなることを予測し、ロニエスの護衛を頼んでおいたクロも、ロニエスの膝の上で猛抗議する。
 普段、何かとあれば喧嘩している二人が初めての意気投合。

「なーにが、『俺は好きでもない女を抱かん』っですか! ケダモノ!! 不潔です!!!」
「にゃーにゃーにゃーにゃー!!」
「ん? 何の話だ?」

 クロとロニエスが何に怒っているのかコータには全く解らなかった。
 そんなコータに、ロニエスは指を三つ立てて、説明を始める。

「一つ。神獣に襲われたというのは嘘ですね。嘘は分かるって言いましたよね?」
「いや……形容だからな」

 ロニエスはコータの弁明など、聞く耳を持たずに、クロも尻尾で、ロニエスの指を畳む。
 ……良いコンビと、言うしかない、

「二つ! アナタから女性の匂いがします! 不潔です」
「にゃーにゃーにゃー!!」
「……クロはともかく、お前は獣か」

 更に、ロニエスとクロは二つ目の指も畳む。

「三つ! 以上の事から、アナタは朝まで、女遊びに勤しんでいたという結論に至ります!」
「にゃーにゃーにゃーにゃー……にゃー?」
「はぁ~~っ」

 コータは二人の剣幕に、呆れを覚え、溜息をついてから、背を向けた。

「ぇ……? その背中……どうしたのですか? 早く治療を……」

 コータの背中は、スケルトンやリゲルとの夜遊びで負った、傷が深く、万能薬でも治せなかったのだ。
 その痛々しい背中を見て、ロニエスの頭に上っていた血が急激に下がっていく……
 コータは、そんなロニエスの問いには答えず、扉に向かって行ってしまい、

「え? ……どこに行くんですか? 行かないで……私も一緒に……」

 怒りから一転、ロニエスは、激しい喪失感に襲われる。
 その時……コータが扉を開け放ち、足を止めた。

「色々、説明してやろうと思ったが、もういい。面倒だ。後は、自分の目で見て、頭で考えて、どうするかを決めるんだな」
「……ぇ?」

 コータの言葉と入れ替わる様に、疲れ果てたリゲルが部屋に現れる。
 そして、二人の視線が交差した。

「姫様……」
「リゲルさん……?」

 無くした宝物を見つけた様な表情のリゲルと、大事な宝物が壊れてなくなってしまいそうな表情のロニエス。
 言葉を失う二人の内、リゲルが、ゆっくりとロニエスに近づき、その華奢な身体を抱きしめた。
 
「ずっと、お会いしとうございました。姫様……お元気そうで……なによりです」
「ぇ……これは? どういう……」

 いきなりの事で、困惑しているロニエスは不安げに、コータの瞳を見つめる。
 されど、コータは、いつの間にか、その肩に乗っているクロを撫で回しながらロニエスを見ない。

「もしかして……アナタは、もう、何処かに行ってしまうのですか?」
「姫様……?」

 ヒーラレルラの近衛騎士リゲルを連れてきた。と、いうことは、コータの気まぐれが終わり、ロニエスをヒーラレルラに返そうとしている。
 そう、ロニエスが思ってしまうのは無理がなかった。

 コータはそんなロニエスを見ずに、

「それでも良い……」
「っ!」
「……が、後は二人で……いや、お前が決めろ」
「どういう……事、ですか? ……いえ! それよりそのお怪我を治療しましょ? だからコチラに……何時もみたいに……撫でてください……よ」

 ロニエスの懇願……いや、縋り付くような願望。
 だが、コータには届かない。

「一日時間をやる。二人で話せ。良いな?」
「待って……待って……コータ様ッ!」

 その声は、分厚い扉で遮られた。
 
 コータが去ると、質然的に部屋にはロニエスとリゲルの二人だけになる。
 騎士と姫の感動の再開……なのだが、ロニエスはコータとの永久の別れを予感してしまい、リゲルの事に頭が回ることはなかった。
 だがしかし、リゲルは違う。

 コータの気まぐれによって、与えられた時間だが、その時間で、ロニエスをコータの手から救い出さなければいけない。

「姫様っ。私と共に姿を消しましょう」
「……」

 リゲルは、ロニエスの小さな手を力強く握った。

「理由は分かりませんが、あの冒険者の気配はありません。今なら逃げられます」
「……逃げる? 何故ですか……?」
「っ!」

 ロニエスの肩は震え、あふれそうな涙が、リゲルの心に突き刺さる。
 
(やはり、何か精神的な支配を……! 洗脳か? それとも――)

「姫様っ。もう、大丈夫なのですよ? 私が必ずお守りします」
「守る? ……なにから?」
「あの醜悪な冒険者からです!」
「ッ!」

 ロニエスは、何時かコータが言っていた事を思い出した。

『――お前、次にクロをケダモノなんて言ったら八つ裂きにするからな?』

 この一ヶ月で、後にも先にも、コータが本気でロニエスに怒ったのはその時だけだった。
 それ以外で、ロニエスがどんな我が儘を言おうと、どんな迷惑をかけようと、怒ったりはしなかった。

 この時、ようやくロニエスは、あの時のコータの怒りを正確に理解できた。

「……リゲルさん」

 その、ロニエスの声は、子供特有の甲高い声だが、何時もの誰もを魅了するような甘い声ではなかった。

「もしかして……あの人の、背中の傷はアナタが付けたのですか?」
「っ」

 声に込められた感情は怒り。ロニエスが纏う魅了の力が、怒りと合わさり変容している。
 異常な圧迫感……緊張……恐怖……畏怖……恐れ、どれもそうであり、どれも違う。

「答えてくれませんか?」

 威圧。

「い、いえ……アレはスケルトンから受けたものかと……」

 そして、強迫。

「アナタは全く関係ないのですか?」
「っ!」

 自供誘導……それがロニエスの能力の本質。

「いいえ、あの男と剣を合わせたとき、傷が開いたかと」
「っ!」

 その時、ロニエスの中で、この謎の状況が、全て繋がった。

 ……コータはロニエスの為にリゲルと闘い傷を負った。
 それなのに、ロニエスは帰ってきたコータを怒鳴り、説明しようとしてくれていた言葉も聞かなかった。
 だから、コータは何も言わずに行ってしまった。

 と、いうことを理解し、強い自責の念に襲われる。

 ……悲しくて、悲しくて、悲しくて、涙が溢れる。
 情けない!! 心からそう思う。

「リゲルさん……あの人は、悪い人では……ありませんよ?」

 ロニエスの声は、涙で掠れている。

 コータは、ロニエスと居ることを、『悪くない』と言っていくれていた。
 ロニエスは、コータを信じて理解すると決めていた……

「……お言葉ですが、姫様がそう思うのは何かしらの洗脳を受けているからです」
「……あの人にはそんな力。ありませんよ?」

 コータの事を、リゲルにも解ってほしかった。
 でも、ロニエスにそんなことを言う資格はない。

 何故ならロニエスが、何も理解など出来ていなかったから。
 何も信じられてなど、いなかったから。
 呆れられて当然だったから。

「能力(スキル)でなくとも、話術で、話術でなくとも、行動で! 姫様。気持ちをしっかり持ってください。洗脳の方法などいくらでもあるのですから」
「……」

 コータは、ロニエスが、つなぎ止めようとしなければ、すぐに、何処かに消えてしまう。
 もう二度と、会うことができなくなってしまう。
 そんな気がした。

「姫様はっ! あの醜悪な冒険者に騙されて居るのです!」
「ッ!」

 ぺチン!

 ……二度目の罵倒は、我慢できない。
 ロニエスは、リゲルの頬を力いっぱい、ひっぱたき、

「あの人の悪口を言うのなら! 私の前から消えてください!」

 叫んだ。
 そして、瞳を触る。

「リゲルさん。分かりますか? 私の瞳が光を映しているのですよ? あの人が治してくれました。王宮の力を使っても手に入らないような貴重な薬で、です。自殺しようとしていた私を助けてくれました。殺してほしいと願ったら、話したく無いはずの過去を話して、生きる意味を教えてくれました!」
「……!」

 更に、ロニエスは立ち上がって、ヨロヨロと歩きはじめた。
 ロニエスを赤ん坊の時から見ていたリゲルには、信じられない光景に、言葉を失う。 

「気付いていましたか? 私、あの人が作る薬を飲むと、動けるようになるんですよ? 歩けるようになるんですよ? とても元気になるんですよ? 何処も痛くなくなるんですよ? ぐっすりと眠れるようになるんですよ?」

 だが、コータが渡している薬は、最初に渡した『聖女の涙』と違い、根本的な治療は目的としていない、ただの痛み止め。
 すぐに、コータの荷物が置いてある場所に倒れてしまう。

「……知っていますか? あの人は一度も私に卑劣なことをしたことは無いんですよ? 痛いことも怖いことも酷いことも、されないんですよ?」

 王宮では、週に一度、ロニエスは血を抜かれていた。
 その身に宿る『魅了』の研究の為に……それを、ロニエスが、嫌がっていたのを、リゲルは知っていた。

「ねぇ。リゲルさん。もしあの人が本当に、私を洗脳していたとしても……今の私はきっと、王宮に居たときより幸せです。あの人になら裏切られても悔いはありません」
「姫様……」

 ロニエスはコータの荷物の中から、ある物を見つけだし、握り締める。

「もう二度と私の前で、あの人を醜悪な冒険者だなんて言わないでください。八つ裂きにしたくなります。……ふふふ、受け売りですよ?」
「……」

 ロニエスが握っているのは転移クリスタル。
 クロが持つ、クリスタルに瞬間移動できるアイテム。

「私は、あの人と生きます。もし、リゲルさんが、本当に私の事を思ってくれるなら、あの人の力になってあげてください。……もし、その気があるなら、私の騎士様に謝ってくださいね? リゲルさんも命を救われているですから……」

 クリスタルが光を放ち、ロニエスを転移させた。
 部屋には、茫然自失のリゲルと、ロニエスが、残した涙の後……
 そして、リゲルの頭の中で、何度も半雛する……

『あの人の力になってあげてください』

 ロニエスの言葉だけ。
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