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二章

七話 『醜悪な騎士と白銀の姫の再開』

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 フィンネラル王国に上陸してから、十時間。
 コータ達、救援部隊は、フィンネラル王国内に蔓延る魔物達を殲滅しながら、ゆっくりとだが、確実に、フィンネラル王宮に近づいていた。

 王宮到着まで、あと一息と言ったところ。
 だが、昨日から闘いつづけていた戦士達の疲労は限界に達しようとしていた。
 そこで、これ以上の移動は無理だという判断なり、休息となった。

 コータも自前のテントを張り、クロを可愛がりながら身体を休めていると……

「急がなくて良いのか? アンちゃん。 わざわざ必要以上に、モンスター共を殲滅している気がするンだが?」

 剣聖アレクサンダーが堂々と入って来た。
 コータは、ため息をつき、クロに水を飲ませながら……

「陥落から十日。今更急いだって仕方ないだろ?」

 この、地獄の様なフィンネラル王国で十日間、生きているなら、コータ達が何をしなくても生きているだろうという意味。
 そう、それこそ、武神アレス・ラクレスの様に。

「だから、焦らないで良い。後ろを固めながら進むんだ」
「何時でも逃げられる様にってか?」
「……ああ。生き残っている奴らには悪いがな。俺達には俺達の命があるんだ。他人を助ける前に、自分を助けないとな……」

 コータは、何時か、同じ様なことを、黄金のお姫様にも言った気がして、遠くを見た。
 そこで、平和を謳歌して居るはず、と。

 その後、アレクサンダーとコータが今後の行軍に付いて話し合っていると……

「……ん? あれ? ワタシ……何で寝てるんだっけ?」

 フィンネラル王国上陸直後、突如襲ってきた武神アレス・ラクレスが目を覚ました。
 アレスがコータのテントに居る理由は……

 クーラケンを素手で殴り殺し、剣聖に問答無用で襲い掛かり殴り飛ばした彼女が、一般の救護テントに居ると、怪我人が安心出来ないと、クララを筆頭としたシスターズに押し付けられた為。

 そんな、アレスにコータは視線を向けて、

「悪いが、質問は俺からさせてもらう。良いな?」

 と、一応の確認をしたコータだが、断る事は許さないと、返事を待たずに続きを話す。

(ま、答えようと、答えまいと、どっちでも構わないしな)

「さて、一つ目だ。武神はヤマト王国に帰った聞いたが、なんでフィンネラル王国に居る」
「……ん?」

 コータの問いに、アレスは、ポカンと口を開けている。
 答えるつもりが有るのか無いのか……ジーッのコータの仮面を見つめて……

「ユグドラ――」
「……っ!!」

 ……唐突の身ばれ。
 マリアとロニエスは例外として、リゲルやアレクサンダーの時と違い、ばれる要素はなかったはず。
 ならば、何故? という疑念は、すぐに晴れることになる。

「ワタシ、ユグドラとエルフィーの結婚式。待ってた」

 と、アレスが無垢な瞳で言ったからだ。
 別に身ばれしたわけではなく、質問に答えただけ。
 ……だが、

「「……」」

 意味が解らな過ぎて、コータとアレクサンダーは数秒沈黙。
 そして、同時に口を開いた。

「「はぁ!?」」
「はぁ!? じゃないよ。ワタシ、待ってたんだよ?」

 待ってた、と言われても、ユグドラとエルフィオネの結婚式は、三年前に破綻している。
 今更、それについてコータが何を思うこともないが……

「待ってたら、モンスターが来た。だから、倒してた」
「……三年もか?」
「うん」
「……一人で十日も戦ってたのか?」
「えへへ、役に立ったかな?」
「アンちゃんと姐御の結婚式……か?」

 と、思わず立て続けに聞いたのは、アレクサンダー。

「……ん? モンスターッッ!! 殺す!」

 アレクサンダーの姿はモンスターに見えなくもない。
 完全に勘違いなのだが、アレスは、拳を握った。

「うおい!? オレの事を忘れたか? アレクサンダーだぞ?」
「あれくさんだー? ……ワタシ、知らない。モンスターは殺す」
「ま、マジか!!」

 存在を忘れられた事で、ちょっとショックを受けている様に見えるアレクサンダーと、威嚇するアレスがかちあう前に、

「やめろ! 俺の問いは終わってない」
「……ん。人間が言うなら辞める」
「オレも人間でぇいっ!」

 コータが手で制した。
 
(ちょっと、ずれているのは昔のままか……しかし)

 カチャリ……
 コータは、さりげなく仮面を触って、取れない様にする。
 武神がコータの言うことを聞くのは、コータが人間だから、もし、仮面が取れたら、酷く面倒な事になる。

「お前の他に生き残りは?」
「ん……? 考えてみたけど解らない、よ。許して」
「嬢ちゃん、全然、考えて無ぇだろ!?」
「モンスター。五月蝿い。殺すよ?」

 モンスターじゃねぇよぉっと、悲しんでいるアレクサンダーの肩に、コータが手をおいて……

「なら、最後の質問だ」
「なに? ワタシ、難しい事、解らない、よ?」

 ソレは知っている。
 だから、コータは、最初から、重要な事を聞き出せるとは思っていなかった。

「コレから、お前はどうするんだ?」
「……」

 ここで初めて、武神が真面目に頭を捻り……そして、

「ワタシ……ユグドラに、幸せにしてもらうの」
「「……」」

 また妙な事を言い出した。
 コータが頭痛を抑えるように仮面に触り、今度はアレクサンダーがコータの肩に手を置いた。

「ユグドラ。ワタシに約束した。『俺が幸せにするから、一緒に行こう』って……だから、ユグドラはきっと、エルフィーの後に、ワタシとも結婚式挙げるつもり」
「マジか!? アンちゃん……流石に犯罪だぜぇ?」

 マジじゃない。
 そんな約束は身に覚えは無い……コータには、

 実は三年前、魔王との闘いの最中、コータはヤマト王国の秘境で、たった独り過酷な修練を強制されていた十二歳の少女、アレスを発見した。
 その境遇を憐れんだコータは、彼女に外の世界と人の繋がりを教えようとして、言ったのだ。

『俺と一緒に外の世界に行こう』
『なんで?』
『君に教えてあげるよ。こんな辺境に、閉じこもっていたら解らない、幸せって奴をな』
『ユグドラが幸せにしてくれるの?』
『ああ。当然だ。君を連れ出した責任くらい、俺が取る』

 ……と。
 別に、コータとしては、そういう意味で言ったわけでは無いのだが、その後、様々な迂曲歪曲、擦れ違い。その果てにそうなった。
 当然、自分の言葉が、独り歩きしている事にコータは最後まで気付かなかった。
 そして、アレスも……

「おい、アレス。勇者ユグドラは三年前に死んだんだぞ? だから、エルフィオネ様との結婚も無くなった」
「……え? ユグドラ。死んじゃったの?」
「……そうだ」

 その事実を知らなかった。
 遠く離れたヒーラレルラにも、勇者死亡の噂は流れていたのに関わらず、フィンネラル王国にいたアレスが何故、知らないのかは考えたくもいないが……
 きっと、説明されてもわからなかったんだろう。
 武神アレス・ラクレスとは、そういう残念な人間なのだ。

「ん? 死ぬってなに?」
「「……」」

 やっぱりな。と、コータは思いながら、五歳でも分かるように、ユグドラとエルフィオネの粗筋を説明するのだった。
 そのおかげで、ようやく事情を飲み込んだアレスが、泣きながらコータの胸に飛び込んだ。

「うう……ユグドラにもう会えないの嫌ぁっっ……ワタシ、ユグドラに会いたいよ……ユグドラに会いたいよ……」
「……悲しいのか?」
「良く解らない……けど、ゾワゾワする……会いたいって思う」
「……そうか」

 アレスは、まさか、今、泣きついている相手が、ユグドラだとは夢にも思っていない。
 その事に、強い罪悪感を覚えるコータだが……

(ユグドラは死んだ。俺はコータだ……もう、ユグドラには戻れない)

 アレスにも、コータがユグドラだと言うことはなかった。
 ユグドラ・クラネルは、コータにとっても、世界にとっても、生きていてはいけない存在。
 ここで、全てを話し、コータの孤独が解消されれば、必ず《魔女の呪い》もしくは《魔女》自ら動き出してしまうだろう。

 コータは、ユグドラには戻れない。
 コータは、ユグドラには戻りたいとも思わない。

 だから、コータが悲しむアレスにしてあげられることは、その頭を撫でてあげる事、だけであった。
 ……しばらくして、泣き止んだアレスはコータに言う。

「ワタシ……ユグドラが守った国と人。守りたい」
「……そうか」

 三年前に出会った頃は、他人にも自分にも、強さ以外には何一つ興味を示さなかったアレスの言葉。

(成長したんだな……でも)

 そんな事に感動を覚えてしまう。
 武神とコータの目的と思いは同じ……強さも十分。

(本当は、十五歳(こども)には平和な世界に居てほしいんだが……護るためには、力が必要だ。その力を、この子は持っている)
 
「なら、俺達と一緒に行こう……この国を魔物の手から救い出すんだ」
「……ッッ!! ……名前、教えて」

 コータに何かを見たアレスが、コータの名前を聞く。
 アレスに名乗るは二度目……しかし、二度目は別の名前を名乗る。

「俺はコータ。この国を救いに来た流れの冒険者だ」
「……コータ。うん。きっとそうだね。コータがワタシを、ユグドラの代わりに幸せにしてくれる!」
「…………」
「ワタシ、コータの為に生きるから! 今、決めたよ」
「………………そうか」

 とまあ、コータは最後まで、アレスの話しに付いて行けなかったが、アレスがコータ達と合流したのは確かだった。

「嬢ちゃん。オレの事は思い出したか?」
「ワタシ、モンスター。嫌いなの」
「オレはモンスターじゃねぇよぉうーーっ!!」

 ここに、かつての仲間が集った。

 剣聖アレクサンダー。武神アレス・ラクレス。聖獣シロ。
 そして、アルク達を筆頭に新たな仲間も……
 コータは、確実な手応えを感じていた。

 このメンバーなら、この滅んだ国を解放できると……



 一休みを終えたコータ達は、再びフィンネラル王国へ進行していた。
 王宮はもう、目と鼻の先。
 しかし、王宮へ近付けば近付くほど、魔物達の抵抗も激しいものだった。

「このッッ!! 吹き飛びやがれぇえい――ッッ!!」

 されど、アレクサンダーが百の魔物を、ファルシオンで薙ぎ倒し、コータも舞闘流剣術で、百の魔物を次々と屠っていく。
 そして、

「……ん。コータ。ワタシ、モンスター殺す、よ?」

 武神アレス・ラクレスは、コータとアレクサンダー以上の戦果を、拳(こぶし)一つであげていく。
 こと、近接戦闘においては、やはり、武神の神子たるアレスは最強だった。
 さらに、戦果をあげるのはコータら英傑達だけではない。

「「「「うおおおおおおおおおーーっ!!」」」」

 海戦の激闘から続き、陸戦の激闘を生き残った約千五百人の兵達もそれぞれ活躍している。
 今では、通常のママーンや、クラーケン程度なら秒殺していく程に心強い戦力となっていた。

「ギャアアアアア――ッッ!!」

 そんな風に、景気良く進撃していたコータ達の背後を付いて、突然、クラーケンの強化種。《ネオ・クラーケン》が地面を割って現れた。

「ちっ……イレギュラーだ」

 優勢とはいえ、この戦況は、針の上に風船を乗せいてるようなもの。
 一つでも狂ってしまえば、たちまち崩壊してしまう。
 現状、コータもアレクサンダーも、目の前のモンスターの処理で手一杯。
 
(ネオ・クラーケンを相手にできる戦力は……)

「クロ……頼む」
「……にゃぁ」

 クロにだけは、闘わせたくなかったコータだが、そうも言っていられないと、クロに言い。
 少し迷ったクロが、仕方ないと、コータの肩から飛び降りようとしたその時。

「ふんっ! アルクくんっ。やっと私達の獲物よ! 今度こそ、タコ焼きにしてやるわ! 《爆炎の精霊よ・嵐舞う竜巻となり給え》!!」

 ツンデレ皇女フレアが、《レッド・ロッド》で、上級爆炎魔術《トルネード・プーロジョン》を起動。
 フレアの二百倍はある、《ネオ・クラーケン》を爆炎の竜巻で包み込んだ。

「ギャアアアアア――ッッ!!」

 だがやはり、水生生物のクラーケンは、炎耐性が高い、表面を焦がしただけで、倒すには至らない。
 ……が、続けて、アルクが《シルバーソード》片手に飛び出した。
 そんなアルクを狙う触手を、ディンが弓を射って弾き、

「ふふ、頑張りましょうね。《慈悲深き、大いなる母よ・彼の者に、祝福を授け給え》」

 クララが神聖魔術で、アルクを強化。
 フレアの炎に炙られ、ディンの弓に行動を疎外され、クララの魔術で、強化されたアルクの一撃。

「ぼくだってぇえええ――ッッ!!」

 鋭い一閃ッ!!

 触手を切り裂き、二激目……皮膚を切り裂き、三激、四激目……止まらず、連続でクラーケンを切り付ける。
 その、舞いでも舞うかのような闘い方は……

「コータ。アレ、ユグドラ?」
「……さあな」

 イレギュラーに気付き、コータの隣に戻った武神が、そういうほど、勇者ユグドラに……コータの剣術に似ていた。
 つまり、アルクは、見よう見まねで、コータの剣術を真似たのである。

(アルクの奴……舞闘流の才能があるな、フッ……弟子にするなら、剣術の才能が無いアイツよりも、良いかもな)

「コータ。アレ、ワタシ、倒す?」
「……いや、アレはあいつらで、倒せる。お前は、最前線で暴れてろ」
「ん。わかった。コータが言うならそうする。よ?」

 武神(アレス)が最前線に戻ると、コータの読み通り、アルク達は本当にネオ・クラーケンを倒してしまった。
 四人(パーティー)で、だが……もはや、上級冒険者の力量だ。

「オークさーん。看てくれましたかー!? オークさーん」
「コラッ! アルクくんっ! あんな化け物なんて見ていないで、私を見なさい! 褒めたたえなさい」
「ふふ、フレアさん、凄いですね~っ。良く、頑張りましたね。ふふふ」
「俺も……フレア。凄い。思う」

 そうやって、各々が全力を尽くし闘いながら、遂に王宮まで辿り着く。
 コータ達は、大広間へ足を入れる。

(……懐かしいな。ここで……エルフィオネ様と……出逢い……そして過ごした場所)

 コータが感傷に浸ってしまうのは、仕方の無いことか……
 しかし、コータが出入りしていた三年前とは、全く違う。
 所々、激しい戦闘の跡があり、ボロボロになっていた。
 昔は、傷一つなく、汚れ一つ無いように、使用人やメイド達が掃除していたのだが……

「アンちゃん……この有様じゃ期待薄だろうが……どうすンだ?」
「ああ……そうだな……」

 アレクサンダーに声をかけられて、コータは追憶から意識を戻し深考。

 王宮に来るまで、猛威を振るったモンスター達は、王宮の中には居ないようである。
 だからと言って、フィンネラル王宮は広いため、少ない兵力を分散させるにはまだ早い。
 先ずは、纏まって行動し、ある程度安全を確認してから、手分けをして、捜索したいところ……

(何か……嫌な気配があるからな……地下か。さて、何処から探すべきか)
 
 フィンネラル王宮は、入口から大階段で、四つの区画に別れている。

 一つ目、三階以上のフロア、王族達の住む場所。ここは基本的に一般人は立入禁止。
 二つ目、二階フロア、執務系の仕事をする場所。謁見の間はここにある。
 三つ目、一回フロア、大食堂や、大浴場等など、レクリエーション系の施設がある。

 そして、四つ目、地下フロア、魔術研究や牢屋等など、公にはできない施設が列挙している場所。
 ここから、邪悪な気配。
 おそらく、フィンネラル王国の英傑達を退け、滅ぼした元凶がそこにいる。
 ……ということは、想像に難くない。
 なぜならば、《あの程度》の質と数だけで、魔神エルフィオネ率いるフィンネラル王国を陥落させることはできないからだ。
 
「やっぱり、先に地下か? それとも、他の場所から探すンか?」
「……」

 コータと同じ気配を、アレクサンダーも気がついている。
 されど、生き残りが居るなら、一番可能が高い場所でもある。
 ……何より、コータには、エルフィオネの魔力を微かにだが、感じ取れていた。

 暫く、黙考していたコータは、一度、後ろを省みて思う。
 そこにいる千五百人。その命を、この判断で散らせることになるかも知れない、と。

「アレクサンダー。俺が決めて良いのか?」
「ああ!? ナンだ? アンちゃん。雑兵の命に責任を感じて、ビビったか?」
「違う。そうじゃない……」

 今更、コータが、他人の命を使うことに躊躇することは無い。
 コータには、『エルフィオネを助ける』という、強い目的がある。
 その為になら、なんだってすると決めていた。

「……ただ、この軍の大将はアレクサンダーだろ? お前らの目的は――」
「それ以上は言いっ子、無しだぜ? アンちゃん。皆だって分かってる。アンちゃんが、アイツ等の為に、ここまで、一番、キケンなことをして来たって、な?」
「……」
「命の恩人に、命をかけて、恩を返すのは当然のことだってぇの。もう、こいつらの大将はアンちゃんだ。使い潰してやってくれぃ」

 コータは、アレクサンダーの言葉に頷く戦士達、その瞳に宿る光を見て、

「……そうか。なら、このまま進むぞ。良いんだな?」
「「「おおおおおおお」」」

 決断した。
 千五百人の命をその背中に背負い、一番危険な方法で、一番確実な捜索をすると……


 王宮地下を探索し、その最奥の扉からエルフィオネの魔力を感じとった。

(この魔力……姫様に間違いない。まさか本当に、生きて居るのか?)

 早く扉を開けて中を確認したいが、コータの手はピタリと止まって動かない。
 理由は二つ、一つは……

「わんっ」
「……ああ、シロ。分かってる。全員、戦闘準備」

 聖獣のシロが、警戒しろと鳴くように、この先から、邪悪な気配が漂っている。
 間違いなく、何かとてつもない、化け物がそこにいる。
 コータにそう思わせる程の怪物が……
 だが、真にコータの手を止めているのは、危険な予感、等ではなく……もう一つの理由。

「アンちゃん……大丈夫か?」
「……ああ」
 
 コータは、ただ、エルフィオネと会う事が怖かった。

 窮地と知り、思わず駆けつけてしまったが、生きているとは思っていなかった。
 いや、例え、この先に居るエルフィオネが死体であったとしても、怖い。
 自分が狂喜に染まるのか、狂気に染まるのか、……どうなってしまうのかが、分からない。

「にゃ~~っ」

 無言で止まるコータの頬に、クロが毛並みをこすりつけて、勇気を出せと言っている。

「クロ……ああ、そうだな。もう、逃げるのは辞めて、向き合うんだ。過去に」

 そうでないと、コータが本当に『守りたいお姫様』と心から向き合う事も出来ないのだ。

「行くぞ」

 自分に言って、後続が続き易いように、扉を枠ごと壊し、勢いよく開け放った。
 ……今、白銀の姫と、醜悪な騎士の時間が重なる。
 
「ぁぁぁ……っ」
「……っ!!」
 
 コータが開け放った事により、エルフィオネが生贄にされていた部屋全体が月明かりに映し出される。
 一万人以上を収容出来る程、広い講堂……その中心に、《妖精女王(ハイエルフ)》エルフィオネが、十字架に吊されていた。
 エルフィオネの身体を、魔虫(まむし)がはいずり回り、醜く晴れ上がっている。

(生贄の儀式か!!)

 その姿は、コータの知る、美しいエルフィオネの姿ではなかった。
 何日も身体を洗うことも出来ず、虫に犯され、魔力を吸われ、憔悴に憔悴を重ね、生きている事が奇跡近い状態だった。

「エルフィオネ姫様!」
「……ぁぁ?」

 叫び、コータは、過去の因縁など頭が吹き飛び、駆け寄っていく。
 ……その時の、コータの気持ちは、ただエルフィオネを助けたい。それだけだった。

 しかし、そんなコータを見た、虚ろな瞳のエルフィオネは、掠れる声で言う。

「……っ、来ては……ダメ……」
「……っ!!」

 コータが駆けつけたタイミングも、エルフィオネが忠告したタイミングも……
 もう、なにもかも遅かった。
 この瞬間、悲劇の連鎖は始まった。

 コータに続き、剣聖や、武神、アルク達、千五百人も部屋に入り、コータの指がエルフィオネの身体に触れる寸前。

「■■■■■■■■――ッッ!!」
「なっ!? 不死王!!」

 気配を断っていた不死王が、即死属性の《死黒閃(デス・バースト)》を放った。

「ちぃっ!」

 緊急停止からの、後ろに大きく後退し緊急回避。
 黒閃が仮面を掠めて、弾き飛ばし、コータの素顔が晒される。
 ここで初めて、

「「……ッッ!!」」

 コータと、エルフィオネの視線が交差し、互いに言葉を失ってしまう。

 かつての騎士と姫は、魔女によって事実を捩曲げられ、互いに互いを想い合いながらも、互いが互いに、誰よりも強い絶望を植え付けた憎むべき相手。

「「……」」

 だが、二人が、憎しみの言葉を交わすことも、状況は許さない。
 
「■■■■■■■■――ッッ!!」

 不死王が、《魔神(エルフィオネ)》を核にして、陣地魔方陣を展開してしまう。
 これがあると、不死王の魔力が無尽蔵になる……
 更に、《|死の霧(デスミスト)》が発生。

「まずい……! アレクサンダー! 全員、下がらせろ!」
「■■■■■■■■――ッッ!!」

 コータの警告も、また、遅かった。
 コータやアレクサンダーを含め、千五百人の足元に、一斉に浮かんだマジックサークル。
 
《死の爆炎(デス・プロージョン)》が起動した……

「全員っ! 避けろぉおおおおーーッ!」

《デス・プロージョン》の恐ろしさを知っているアレクサンダーが回避しながら、叫ぶも、反応できたのはごく僅かの実力者だけ。

「え? 何? 何なのよ?」
「オークさん!?」

 飛び下がったコータの近く居た、アルクとフレアもまた、反応出来て居なかった。

「お前ら!!」

 コータが手を伸ばそうとした時……

「にゃん」
「くぅん……」
「……ッ!」

 クロの鳴き声で、逃げ遅れているシロに気づく。シロの身体能力では、爆発の範囲外まで逃げられないのだ。
 助けられるのは、どちらかだけ……シロか、アルク達か……
 ……コータが数瞬、逡巡していると、
 アルクが、頭をペこりと下げて、

「オークさん……今まで、ありがとうございました」
「……っ」

 そう言った。死を悟った強い英傑の瞳であった。
 コータは、奥歯を噛み締めながら、シロを抱き上げ、デス・プロージョンの効果範囲外まで飛び下がる……

「ふん……そういうことね。ねぇ、アルクくん……大好きだったよ?」
「え? ――」

 アルクがフレアに応える間もなく、死の炎が、二人を包み……晴れた時には、骨の魔物《ボーンナイト》として、不死王の憲兵にされていた……

「ぁ……ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッ!!」

 ……また、護れなかった。
 と、コータが珍しく絶叫を上げ、

《連激乱舞》

 アルクとフレアだったボーンナイトを、すぐに粉砕した。

「シロ!!」
「くぅん……」
 
 二人を護れなかった自分の弱さへの怒り。
 シロも素早く、粉々になった二人を浄化魔術で、不死王の呪いから解き放つ。

 今の一瞬で、兵の半分以上が不死王の手先となってしまった。
 ……コータは不死王を睨みつけ、次に、エルフィオネを見てから、スペアの仮面を装置し、

「……アレクサンダー。撤退だ。このままじゃ無為に全滅する」
「……おうよ。アンちゃん」
 
 撤退する……
 アルクとフレアを殺した不死王を討伐することも出来ず、
 苦痛に喘ぐエルフィオネを救出することも出来ず。
 悲劇だけが、コータの心に突き刺さる。





「なんで! なんで!! フレアとアルク。見捨てた!?」
「……」

《死の霧(デスミスト)》の効果範囲外まで、逃げ延びたコータは、アルクの仲間だった、獣人のディンに胸元を締め上げられていた。
 アルクとフレアを見捨てたコータに、ディンの怒りが向くのは当然のこと。

「オマエなら、助けられたのに!!」
「……」

 だから、ディンからの激しい非難をコータは無言で、受け入れていた。
 
「なんで! なんで!!」
「もう……辞めましょう。ディンさん……」

 そんな様を見兼ねた巨乳シスター、クララが、ディンの肩を叩き、仲裁する。
 ディンはまだ、コータに言い募りたい事が山ほどあった……しかし、それは、誰にどんなに激しく吐き出そうと、消えることは無い。
 仲間を失うとは、そういう事なのだから……

 そのことをディンは分かっていた。
 だから、ぶつけたい気持ちを全て込めて、コータを投げ飛ばし、

「この、裏切り者ッッ!」
「……っ!」

 そう言って、一人、不死王が待ち構える王宮に戻っていく。
 アルクの敵討ちか……はたまた、別の何かか、ハッキリと言えるのは、ただの自殺行為だということだった。
 だが、コータにそれを止める権利はない。
 きっと、コータも立場が逆なら、そうしただろうから……

「……」

 しかし、仲間を失ったディンには分からなかったが、アルクとフレアを直接、見捨てたコータの絶望もまた、濃いものだった。
 ディンに投げ飛ばされ、背中を岩肌に打ち付けたというのに、コータは痛みを感じる事も出来やしない。

「オーク様」
「……」

 そんなコータに、クララが近付いて、両手を組み、祈りの姿勢をとる。
 そして、

「私も、行かねば為りません。ソフィア聖教の修道女として、友人を一人にする訳には行きませんので」
「……」
「どうか、私達の犠牲……無駄にしないでください……貴方が、聖女(マリア)様に見初められた『勇者様』ならば、再び立ち上がり、この世界の窮地、救って頂けますように……お願い致します」
「……」

 どうか、どうか、よろしくお願い致します。
 クララはそう言い残して、ディンの後を追っていく……
 
 虚無感だけがコータの胸に残った。

「……」

 されど、このまま何もしなければ、状況が悪化するだけ……
 コータは大きく、息を吸い……吐き出して、立ち上がる。

「アンちゃん……どうするってンだ?」

 そう聞いたのはアレクサンダー。

「決まってるだろ? 俺は姫を守る騎士だから……エルフィオネ姫を助けに行くだけさ」
「勝ち目はあんのか?」
「そんな出目、ある訳ないだろ?」

 あるのなら、出会い頭に使っている。
 全てのポーチをひっくり返したって、聖水の一本さえ出ては来ない。
 聖女に海神王の復活を聞き、対《海神王》に備えたアイテムは用意していたが、まさか、再び《不死王》が現れるとは、微塵も思っていなかったのだ。

「アレクサンダーは、兵を引いて立て直せ」
「お、おい! テメェ一人で行くつもりか!?」

 ナメんじゃねぇ! オレらも最後まで闘うに決まってるだろ!!
 と、アレクサンダーは、怒り、コータの胸元を掴み上げたが、

「……黙れ」

 そんなアレクサンダーの腕をコータが逆に掴み返し、締め上げる。
 そして、生き残った約七百人の兵達に聞こえるように、言い放った。

「対不死王戦だぞ? 弱い奴は、敵の先兵にされるだけだ。アルクやフレア……他の有象無象と同じくな。足手まといは、いらないんだよ!」
「……テメェッ! いい加減にしろよな!」

 コータのあまりの言い草にアレクサンダーは、カッと目を開き、鉄拳制裁。
 だが……それを、コータは、軽くいなして、一本背負い。
 アレクサンダーを地面に叩きつける。

「俺の邪魔をするんじゃねぇ!」
「……ッ!」

 凄まじい怒気。
 もう、アレクサンダーにもコータは止められない。

「俺はエルフィオネ姫を助ける。そのためにここまで来たんだ。邪魔をするなら殺すぞ!」
「……アンちゃん……なのか?」
「俺はコータだ」

 その場の全員を押し黙らせ、
 
「クロ、シロ」
「にゃ~♪」
「クゥー?」
「お前らも残れ」
「「――ッ!」」

 それは、クロとシロが邪魔だと言う意味ではない。 

 不死王を倒すためには、最終的にシロの浄化魔術は必須。
 かといって、不死王は陣地魔方陣と月明かりで、完全無欠の《不死王》を相手に、シロを庇いながらは闘えない。

 クロは、『死の霧』対策。
 聖水がない現状、普通に戦えば、30分後に、あの世へと送られてしまう。
 しかし、クロがここに残っていれば、何時でも転移クリスタルで、戻ってこれる。

 ポーチから転移クリスタルを取り出して、クロの首輪に装置した。
 これで、死ぬ準備が整った……コータがそう思った時だ。

「ニャーーッッ!!」

 ぴかーんッッ!!

 クロの首輪につけた転移クリスタルが輝きを放った。
 
(転移反応!? まさかっ!)

 ……その、まさかだった。

「っ! コータさまっ!!」

 男の本能を刺激する甘い香りとともに、『黄金の姫』ロニエス・ヒーラレラが転移して来たのである。
 
「ロニエス……っ!」

 クロが驚き飛び上がったせいで、空中に投げ出されたロニエスを、コータが反射的に受け止める。

「ぁぁ……ああ……ああっ! コータさまっ」

 ロニエスにとっては、五年ぶりのコータとの再開。
 言葉にならない温かく熱い気持ちが、ロニエスの心を満たしていく。
 
「コータさま……やっぱり、私はアナタが大好きです」

 ロニエスは、そういって、コータに熱く抱擁した。
 そして、コータの顔を見つめたロニエスは、すぐに気付く。

「辛そうなお顔、また、悲しいことがあったのですね?」
「……っ」

 そう、コータは悲しかったのだ。
 目の前で、自分に懐いていたアルクを失い、フレアを失い。その仲間に打ちのめされ、エルフィオネを救うことも出来なかった。
 きっと、誰よりもコータが、仲間の死を尊び、悲しみ絶望していた。

 だから、不死王に挑む事で、心に壁を作り、自我を保とうとした。
 だが、ロニエスの一言で、そんなコータの心は決壊する。

 がくんと力が抜けて、地面に膝を着いてしまう。
 地面に足が着いたロニエスは、その小さな胸で、コータの頭を抱きしめて、

「大丈夫です。私がアナタを救います」
「……」
「私が、アナタの悲しみと絶望を受け止めます」
「……っ」

 そう、言った。
 コータは、普段、強い自我と自制で抑えていた衝動に駆られ、ロニエスの身体を抱きしめてしまう。
 強く、強く、抱きしめる。

「お前は何時も……絶妙なタイミングで現れて、俺を救ってくれるな……」
「私はコータさまのお姫さま、ですのでっ。ふふ、もっと甘えて良いですよ?」
「フッ……そうか」

 更に強く、抱きしめた。
 その温もりで、荒れ狂っていたコータの心がゆっくりと落ち着いていく。
 
 絶望の暗闇を照らす、黄金の花の輝き。
 ロニエス・ヒーラレラと、その騎士、コータの再会であった。
 その光景に、誰もが目を奪われていた。
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