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二章

八話 『醜悪な騎士と白銀の姫の真実』

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 コータに抱きしめられたロニエスは、身体の芯を熱くさせながら……

(あれれ? 何か良く解りませんが、コータさま、本当に凹んでいますっ。傷心中です。コレはイケそうですっ! 今なら、念願のき、き、キスだって出来ちゃう気がしますぅ~♪)

 実はそんなことを思っていた。
 何か色々とだいなしであった……

 しかしそこはロニエス。
 自分の好奇心には抗えない。

「コータさま……もっと甘えて良いんですよ?」

 薄目になって、ほんのりと唇を尖らせる。
 さりげなくコータとの距離を近付ける悪女の嗜みも忘れない。
 
「……」

 それぐらい積極的に迫っても、今日のコータはロニエスの肩を力強く抱いてくれていた。

(イケますっ! イケますっ! 絶対にイケますっ!)

 そして、図らずも、ロニエスの超強力な《魅了》が発動し、本当にコータの心を奪っていた。
 ゆっくりと、ロニエスの意思に従って、コータの唇が近付いて行く……その時。

「あ、アンちゃんッッ!! そ、その天女は誰でぇい!? オレにも抱かせろい!!」
「「「「オレも――ッ!」」」」

 ロニエスに魅了された男共が我を忘れて殺到。

「えっ!? ええっ!? 困りますっ。困りますよぉ~っ! 私は……コータさまの――」
「……っ!」

 ムードをぶち壊された事で、ロニエスの魅了が弱まり、コータの悩殺が解除される。
 それで、理性を取り戻したコータは、そのままロニエスを抱き上げて、迫る男共を一蹴。

 自分の仮面をロニエスに装置し、
 我を忘れる男共に言い放った。

「コイツは俺の女だ。誰であろうと手を出す事は許さない!」

 先ほど、アレクサンダーに向けた以上の殺気に、男達の別の本能が刺激され、理性を取り戻す。
 コータの威嚇で、誰もが一様に理解したのだ。

 ――あの天女(ロニエス)に傷一つでも付ければ、命を失うよりも恐ろしい目に会うッ!!

 仮面を外したコータの醜悪な顔も相まって、その効果は絶大だった。
 もう誰も、発情、出来る者はいない。

「うふふ……コータさまのもの……うふふっ。コータさまのイケず。うふふ」

 ……誰もが戦々恐々とする中、ただ一人ロニエスだけは幸せそうに表情を崩していた。
 が、コータに頭を撫でられ、再会の喜びを享受し、色々と落ち着いた事で、思い出す。
 
「あ、私、コータさまに、お伝えしないとイケないことが……あるんです。そのために、アナタを追いかけて来たのですから……コータさま」
「……伝えること?」

 それはロニエスが見た、コータとエルフィオネの過去。
 そして、真に愛し合っていた二人を分かった魔女の謀略とその真実。

 真実を知ったコータが、ロニエスとエルフィオネ、どちらを選ぶか考えると、ロニエスの胸はズキンと痛むのだが……

(それでも、私はコータさまが大好きだから……大好きなコータさまが、本当に守りたいと思う、お姫様を守る騎士になって欲しいんです……あんなお別れ辛過ぎますから)

 痛む胸を好きで握り潰して、ロニエスが見た真実をコータに語るのだった。

 
 ――ちょうどその頃、王宮地下の大講堂に捕われているエルフィオネは、

「もう……辞めてっ!」

 不死王の黒炎に焼かれた、ディンとクララが、《ボーンナイト》へ姿を変えるのを目の当たりにしていた。

「ぁぁ……っ」

 自分を助けるために、何人もの人間が殺されていく……
 そんな事実が、どうしようもなくエルフィオネの心を削り取る。

(ダメ……耐えなければっ! 私(わたくし)の心が折れてしまえば……本当に世界が終わってしまいます)

 不死王の復活をもっても、エルフィオネを生け贄とする儀式は終わらなかった。
 つまり、まだ、何かを復活させようとしているということ。

(何か……などではないでしょう。恐らく……四天王)

 魔力を貪る魔虫達はどうにも出来ないが、魔虫達の本当の目的は、魔力ではなく、エルフィオネの強靭な精神を崩す事。

 もし、エルフィオネが精神を崩してしまえば、この復活の儀式はすぐにでも終わり、多くの犠牲を払って打ち倒した悪夢と絶望の代名詞が、復活してしまう。

 今はまだ、不死王だけ。
 不死王だけならば、まだ、人類に希望は残されている。
 
(まだ、まだ、私は折れる訳には……いかないのです。そうですよね? ユグドラ……)

 エルフィオネの心を保つ最後の希望。
 勇者ユグドラと過ごした、幸せな記憶がある限りエルフィオネの心が折れることはない。
 ……しかし、

「ふむ? 鍵はコレか……」

 パチンっ

 黒服の男がそう呟き、指を鳴らした瞬間。
 魔女によって封印されていた記憶の扉が開かれた。

「ぇ……?」

 記憶の底に封じられていた真実の歴史が、エルフィオネの脳に蘇っていく……

「嘘……じゃあ、ユグドラは……っ!」

 それは、エルフィオネが化け物と罵った、あの醜悪な男こそが、エルフィオネが心から愛していた男だったという真実。
 それは、愛する男を裏切り絶望の底に落としていたという事実。
 それは、愛する男の苦しみを知らずに、自分だけのうのうと暮らしていたという現実。

「嘘……」

 真実。

「嘘……っ!」

 事実。

「嘘ぉおおおおッ!!」

 現実。
 それを一番分かってしまうのが魔神エルフィオネという存在。
 否定出来ない本当の歴史。
 それに……エルフィオネの心は……

「私はなんて事を……私は……あああ……っ……あああああ……アアア……ッッァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!!」

 決壊した。
 世界が崩壊していく音は、何時の時代も、誰にも聞かれることなく鳴り響く……

 ――そして、

「そうか……」

 ロニエスの話を聞いたコータはそう呟いていた。

「アンちゃん! 良かったじゃねぇーか!!」
「ん……エルフィー、悪くない」

 同じく、話を聞いていたアレクサンダーと、アレスがコータの肩を嬉しそうに叩く。
 かつて、共に死闘を乗り越えた仲間の無実を喜んで居るのだ。

(アレクサンダーはともかく、アレスは俺の正体を知らないんだがな……ま、今の話で気づける頭もないか……)

 ちらりと辺りを伺っても、ロニエスの話を聞いたのは、コータを除けば、アレクサンダーとアレスだけ。
 他のものは、ロニエスに近づく事を恐れて、離れている。
 何時、どんなことで、コータの怒りに触れるか分からないのだから、近づかないに越した事はない。

「助ける理由が一つ増えたな……」

 コータは言って、太股を擦り合わせて居るロニエスを見る。
 ……何かを聞きたいのだと言うことが簡単に分かってしまう。
 
「どうした?」
「いえ……その……コータさまは……コータさまは……」

(コータさまは……エルフィオネさまをお救いした後、どうするのですか?)

 ロニエスは、そう聞きたいのだが、その答は解りきっていた。
 コータなら間違いなく、傷ついたお姫様を放って置かないだろう。
 つまり、本当に……ロニエスとコータの関係は終わってしまう。

(ダメですね……私、悪い子です。コータさまにとって、エルフィオネさまと結ばれる事が、一番良いことなのに……それを応援するために、後押しするために、私はここに来たのに……。だから、コータさまを迷わせる事を言うわけにはいかないんです)

 ロニエスは長考の末に、

「コータさまは……私を褒めてくれないんですか?」

 ふふ、と儚く笑ってそう言った。
 それに、コータは、

「そうだな……」

 と言って、ロニエスの頭をわしわしと撫でる。
 それだけで、ロニエスは満足し、コータの胸に寄り掛かって、目を伏せる。
 心地好く頭を撫でられながら……

 それから、

「ところで、だ。ロニエス」
「……っ!?」

 コータの声質が数オクターブ下がった。
 ロニエスには解る、何か、コータは憤激していると……
 それを、野生の勘で察した犬(シロ)・猫(クロ)・百獣王(アレクサンダー)・獣(アレス)が、音もなくコータから離れていく……

「な、なんですかぁ~?」

 それに、ロニエスも便乗したかったのだが、自分でコータの胸に寄り掛かり、頭を撫でられていた為に、動くことも出来ない。

「俺の過去を覗いたらしいが、何を、どれくらい見た? 方法は?」
「それはぁ……それはぁ……」

 まだ、怒っていないが、言葉からひしひしと、怒りの感情が合間みえている。
 それはそうだ、誰だって、勝手に記憶を見られたら、いい気分にはなれないだろう。
 過去を語りたがらないコータなら尚更だ。

「せ、聖女さまがぁ……コータさまの、剣でぇ……エルフィオネさまの騎士になってから、私と会うまでの五年ほどを……」
「……五年ほどを?」
「……全てです」
「……」

 コータは暫く無言で、ロニエスを見つめた後、
 聖女が絡んで居るなら、それくらいの奇跡は起こせるだろうと、頭を抱え、聖女がロニエスに渡し、記憶を見せたという剣を没収した。

「あのぉ~? 怒っていますかぁ?」
「何を?」
「勝手に記憶を見たこと……とか、コータさまを追いかけて来たこととか……」

 コータが無言のせいで、話が進まないため、ロニエスの方から切り込んでいく。
 せっかくの再会ともう少しだけのコータとの時間、怒られるのなら、早く怒られて終わらせてしまいたい。

 そんな、ロニエスの言葉に、剣を見つめていたコータは、

「そんなことよりも、」

 と、軽く流し、

「コレを聖女がお前に渡したのか?」

 そう聞いた。

「え? そうですけど……」
「……そうか」
「あのぉ……怒っては?」

 ロニエスはどうしても、それが気になって、コータの顔を見上げてみた。
 すると、

 わしわしと、コータは、ロニエスの頭を撫でるのを再開して言う。

「まさか? 聖女に対しては思うところがあるが、お前に対して怒るのはお門違いと言うものだろ?」
「……ふふ、コータさまらしいですっ」

 少しだけ、コータならそういうだろうとロニエスは思っていた。
 コータは、本当に悪いことをしなければ、ロニエスを叱ることはない。
 そういう信頼があった。

「ま、待ってては欲しかったんだがな……」
「ううぅ……だって凄く、会いたかったんですもん」

(会いたいからって理由で、転移クリスタルを使うなって、前に言ったが……今回は……仕方ないか)

「五年……か、長かっただろ?」
「っ!」

 その言葉は予想外だった。
 誰にもそれだけは言われることがないと思っていた。

「大変だったな」
「……ぁぅ、なんでぇ? 私の心配をしているんですかぁ……ばかぁぁ……今は、コータさまの方が辛いのに」

 ロニエスの苦労。

「どっちが辛いかなんか誰にも計れやしないさ。それを決めるのは……俺であり、お前だからな」

 たった一人で、五年間も過去に囚われたロニエスの苦痛は、誰にも解ることない……

「そして、俺は、お前が辛かったと思うから、こうして、甘やかしてるんだぞ? クロ達も追い払って、な?」
「ばかぁ……」

 ただ一人、コータ以外は……

「少し、成長したな……姿は変わってないが、美しさに貫禄がでてきたぞ?」
「……ばかぁ……ばかぁ……ばかぁ……私は良いんですよぉ……私は……だから……私は」

 ――だから、コータを大好きになって、コータがエルフィオネに取られるのが、とても辛い。
 その言葉は飲み込んだ。

「五年、って言ったら、十三歳か? なあ、そうしたら――」
「……もう、辞めてぇ……優しくしないでぇ……これ以上、好きに……なりたく……ないですよぉ」
「……そうか。悪かった」

 しくしくと、ロニエスはコータの胸元を濡らし、わしわしと、コータはロニエスの頭を撫でつづけた。
 そうして、泣きつかれたロニエスは、夜月を見て呟く……

「そういえば……コータさまとエルフィオネさまが……」
「ああ、婚約した時も、こんな月だったな……だからな――」
「……初体験した夜も……こんな……っ……スゥ~スゥ~スゥ~」
「……」

 おい、待て……何の話だ?
 と、聞いたが、ロニエスはもう、深い眠りに落ちていた。
 コータとの再会で安心出来たのだ。

「そうか。全てか……本当に、良く堪えたな」

 コータは、最後にロニエスを撫でてから、テントに運び、布団に寝かせ、毛布を掛けた。

「さてと、じゃ、行ってくるからな? 今度こそ、待ってろよ?」

 そう言って、テントを後にする。

「……コータさま……エルフィオネさまと幸せに……ならないでぇ……!! いやぁ。私と……私と……一緒に……一緒に……生きてよぉ……私を選んでよぉ……コータさま……コータさま……コータさま……ずーっと……ずっと……ずっと……一緒に……居たいですよぉ……一緒に……一緒に……えへへ……大好きです」

 ロニエスのそんな寝言を聞きながら……
 コータは、エルフィオネを助けに向かう。

 スっと横合いから首元に直剣が当てられる。
 
「お前か……」

 誰がやっているのかを確認するまでもない。
 コータに気配を気付かせず、剣を向けられる人間。
 尚且つ、その剣は、『神剣アスカロン』……コレを持っているのは一人しかいない。

「……リゲル」

 英雄の名を持つ騎士、リゲル・ウォークレア。

「また、姫様を捨てて、一人で行くつもりなのか!?」

(捨てる訳じゃない……むしろ、取り戻しに行くんだ)

 きっと誰にもコータの気持ちは分からない。
 そもそも、コータは、お姫様にそういう話をしたくなかった。

「アンちゃん……勝ち目はあんのか?」

 あれから、時間が経ち、夜も更けてきたというのに、アレクサンダーまで、姿を現した。
 他にも、アレス、そして、シロが、テントの脇で待っていた。

「にゃ~♪」

 更に、クロが何時もの定位置、コータの肩に飛び乗って、ほお擦りを始め出す。
 皆、わざとコータとロニエスを二人きりにしてくれていたという事……

「……ああ、俺のお姫様が、勝ち目を運んで来てくれたからな」

 言って、ロニエスが聖女に手渡されたという剣を、アレクサンダー達に見せる。

「「「「……っ!」」」

 同時に、全員が目を見開いた。
 当然だ、コータも最初に見たとき、驚いてロニエスの話が頭に入らなかったぐらいの代物なのだから……
 剣の名を……

『聖剣エスクスカリバー』

 それが、聖女がコータの剣と言って、ロニエスに手渡した剣。
 嘘はついて居ないが……

「どうしてこんな物を、ロニエスが……いや、聖女が持っていたかは……」
「にゃ~ん」
「ああ、今はどうでもいい」

 そんな事よりも、重要なのは、

「この剣と、聖獣の力があれば、俺一人でも不死王を倒せる」

 先ほど、特攻しようとして居た時とは訳が違う。
 前に、聖都で戦った時よりも確実に勝てる。
 それが、例え、完全状態の不死王相手でもだ。

「アレクサンダー。さっきは悪かったな。だが、やっぱり、俺一人でいかせてくれ、もう、これ以上の犠牲は必要ない」

 言い切り、一人で、王宮に向かおうとする。
 だが、

「待て」

 リゲルは、コータの頬を薄く斬り裂いて、足を止めさせた。
 
「姫様を連れていけ」
「……話を聞いていたか?」

 不死王との戦いの場に、ロニエスを連れていける訳がない。
 それは、コータだけではなく、リゲルだって同じはず。
 ……だが、

「知った事か!!」
「……」

 リゲルには関係なかった。

「貴様は姫様の泣き顔を見たことがあるのか!?」
「……」
「貴様に置いていかれた姫様の悲しそうなお顔を知っているのか!?」

 ……知っている訳がない。
 その顔は、コータと一緒に居る時には絶対に見せない顔なのだから、

「私は知っている! そして、もう二度と、その顔をさせないと心に決めたのだ」
「……」

 リゲルの覚悟。
 そして、選択。
 それに、コータは何も言わない。
 否定も肯定もしない。
 リゲル相手にそこまで、優しくする必要も、したくもない。
 ……ただ、

「なら、どうする? 俺と闘うか?」
「……っ!」

 意見が食い違うのなら、敵として切り伏せるだけ。
 コータとリゲルの交差する視線が、激しく火花を散らす。
 この二人は闘わなければ、言葉を交わすことが出来ないのだ。
 ……その時、

 リゲルが笑って、コータに言う。

「口惜しいが、貴様は最強だ。私が勝てる相手でないことは、もう証明されている……私は、な」
「……あ?」

 含みのあるリゲルの態度に、コータが首を捻ると……
 
 キュッ。

 小さな手に背中を掴まれた。
 ……極上の甘い香り。

「コータさま……置いていかないでくださいませ」
「……」

 この湿った声と、男の本能が疼く感覚は……

「ロニエス……」
「……私、コータさまと一緒が良いです。足手まといでも……置いていかないでください……起きたとき、あなたがいないのは……全てが終わって居るのは……嫌なんです」
「……」
「そんなに……私は、コータさまのお邪魔ですか?」

 ――は~~~~っ

 とても長い、溜息をついて、リゲルに両腕をあげた。
 降参……
 コータがいくら強くても、この少女の涙には勝てない。

「……ロニエス」

 ロニエスに振り返り、周りの視線を気にせず、抱き上げた。

「お前は俺を馬鹿って言うがな……お前も相当の馬鹿だぞ?」
「すんっ……何がですかぁ~っ?」
「俺が……お前を邪魔だと思うわけないだろう」
「……っ」

 そんなことを思っていたら、もっと前に捨てている。
 つまり、

「我が麗しの姫君の仰せのままに……」  
「そういうのは良いんですよぉ……すんっ」
「いや、良く考えたら、姫の一人ぐらい守って戦った方が、『お姫様を守る騎士』っぽくて力が出るってもんだ」
「ばかぁ……」

 王宮へ向かうコータとロニエスの後ろを、アレクサンダーとアレス、そして、リゲルが続く。

「ああ、本当に、馬鹿な奴らだな。俺もお前も……」
「コータさまだけですよっ!」
「……さて、どうだろうな」

 日を跨ぐ頃、英傑達が揃い踏み。
 二度目にして最後の『白銀の姫』救出作戦が始まった。

 二度目の王宮は、《ボーン・ナイト》や《スケルトン》で溢れていた。
 一度目の突入で犠牲になった戦士達や、不死王が召喚した下部達だろう。
 
「私、この匂いが好きなんですぅ~」
「にゃ~」

 コータの背中に背負われているロニエスと、ロニエスの頭の上にちょこんと座っているクロが、コータの頭髪に顔を埋めながら、寛いでいる……が、

「さて、これはちょっと厄介だな」

 コータの方は嫌な汗を流していた。

『識別眼』発動。
 ……敵の総数、約二千体。

 そのうち近くにいた一体に、ブロンズソードを構えて……

 剣技《連激乱舞》で、粉々にする。
 ……こうして、倒せないことはないが、硬い。

 こんなものを相手にしていたら、エルフィオネが囚われている不死王の部屋に到着する前に、《死の霧(デスミスト)》の効果で死んでしまう。

「ふん。やはり、不甲斐ない輩だな。数分前まで、絶対に勝てると息巻いていたのは何だったのだ!?」
「……」

 旗色の悪さに顔をしかめたコータを見て、リゲルがここぞとばかりに嘲笑する。
 コータは、そんな生産性のないリゲルのざれ言を黙殺して打開策に頭を使う。

(聖都の時みたく、建物ごと吹き飛ばしたいが……それだとエルフィオネ姫が一緒に吹き飛ぶ)

 ……そもそも、そんな火力はどこにもない。

「あの、コータさま。宜しければ、微力ながら私が魅了、致しましょうか?」
「却下だ」
「なんでぇ!? アナタの力になりたいのにぃ……」
 
 ロニエスの悪くない提案も、即否定する。
 理由は、

「忘れるな、お前は俺のお姫様。ぎゃ~ぎゃ~泣くから連れてきたが、闘わせるつもりはない」
「ぎゃ~ぎゃ~泣いては、いませんよっ!」
「そうだったか? ……とにかく、お前の騎士に、恥をかかせるな」
「……ぅぅっ」

 では、どうするか……
 決まっている。

「アレクサンダー。ラクレス」
「おうよ。任せな」
「ん……了解」

 ここまで勝手に着いてきた馬鹿共を使う。
 ……本当は頼りたくはないのだが、お姫様の力を使うくらいなら、これくらいの恥は受け入れる。

 ブンッ!

 アレクサンダーが、ファルシオンを振り回し、アンデットの波を吹き飛ばすと、

 ダンッ!

 大理石の床を砕いて駆けたアレスが、アンデット達を次々と粉砕していく。
 ……拳(グー)で。

 武神と剣聖が居れば、アンデットの大群など恐れるに足りないのである。
 しかも今は、人数が少ないため、強攻策に出られる。

「ロニエス。しっかり、掴まってろよ?」
「ハイっ。離しませんっ♪」

 一応、警告してから、コータも駆けた。
 アレス達が切り崩した場所を起点に、飛び上がり、アンデット達の頭蓋を踏んで、先に進んでいく。

 タッタッタッタッタッタ。

 破竹の勢いで、アンデット達の頭上を進み、王宮の地下。
 そして、エルフィオネが囚われている部屋の前に到着した。
 壊れた扉の前で、リゲルは反転、『神剣グラム』をひき抜く。

 剣聖達もそうだが、達人が揃えば、打ち合わせずとも、各々で自分の役割が分かるもの。
 リゲルの役割は、不死王とコータを一騎打ちにさせる事。

「貴様に姫様を託す。姫様を泣かせるでないぞ?」
「……無理だろ。コイツは泣き虫だからな」

 背中合わせに言葉と失笑を交換し、すれ違う。
 コータは、全ての決着をつけに、リゲルは、敬愛するロニエスの邪魔をさせないために。
 同じ姫を敬愛する二人の騎士の、二度目の共闘と相成った。

「■■■■■■■■■■ッッ――!!」

 コータが講堂に入ると、すぐに不死王が気付き、臨戦態勢を取った。
 コータの遠近中、足元や空中といった場所にマジックサークルがところ構わず浮かび上がる。

《死の黒閃(デス・バースト)》
《死の爆炎(デス・プロージョン)》
《死霊召喚(デス・コーリング)》

 即死魔術の大盤振る舞いだ。
 エルフィオネと話す暇すら与えられない。

 いくら不死王と言えども、コータとロニエス、クロとシロ。
 四人を葬るには過剰過ぎるが、《陣地魔方陣》によって魔力が尽きない不死王としては、一番効率の良い戦術なのである。

 実際、不死王の即死魔術に隙は無く、コータが身をよじって躱す事も出来ない。
 つまり、必然的に回避不能、防御不能の全方位即死攻撃。

「ひぃ~っ! コータさまっ。死ぬ前にはキスして欲しいですぅ~」
「……落ち着け、聖剣があるだろう」
「せいけん?」

 コータの過去を体験したロニエスは、過去の中で不死王が起こした凶行を知ってしまったが故に、不死王を前よりも一段と怖く感じてしまう。

「……お前は、俺の過去で何を見てきたんだ」
「にゃ――ッ!」

 コータが呆れ果てたと、言いながら、ロニエスが持ってきた聖剣を抜き、
 クロが即死攻撃を前に、唇を尖らせて暴れるロニエスを尻尾でおおふくビンタ。

「あうぅ……。クロちゃんは、相変わらず容姿がないです。……ところで、それは?」
「……ああ、わからないのか。なら……」

 言って、剣の刃を指で鑢(やす)るように動かして、

「《目覚めろ》」

 言霊で聖剣を変態させた。
 先程まで、ただの騎士剣だった、鉛色の刃が、一瞬でまばゆい黄金の刃となる。
 
「それは……っ」
「ああ、エクスカリバーだ」

 ここでようやく、過去の記憶でコータが振るっていた剣を思い出す。
 ブロンズソードを愛用する、コータに最強と言わしめるその固有能力は……

《絶対能力解除(アブソリュート・アビリティー・キャンセル)》……使用者から半径一キロ以内の全ての特殊能力を一方的に完全封殺する能力。

「《消せ》!!」

 バリバリバリバリバリバリ――

 コータがエクスカリバーを横に一振りしただけで、起動中の魔術方陣が全て跡形も無く破壊された。
 同時に、《陣地魔方陣》、そして、無敵属性をもつ《死の黒衣》すらも弾け飛んだ。

 敵がどんなに強力な能力を持っていようとも、努力で磨いた実力で、打ち破る事ができる。
 まさに、絶望を勇気で打ち破る勇者の力。

「さて……」

 不死王の魔術・特殊能力、全てを封殺したコータが、聖剣を片手に不死王を攻撃する。

 百の剣激を撃ち込む剣舞技。

《連激乱舞》

 続けて、鋭い一撃を放つ剣舞技。

《演舞一閃》

 嵐風のように舞、鬼神の如く、不死王を損傷させていく。
 聖剣自体の攻撃力も、神剣より上。
 そうして、

「……シロ。滅ぼせ」
「《わんっ》!」

 最後に聖獣の力で、不死王を灰に帰し、戦闘が終わった。
 本当に、あっという間の出来事出会った。
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