彼とのキスは、乾杯のあとで。

天海 時雨

文字の大きさ
11 / 21
ふらつくグラス

怒り色、ブラッディ・メアリー

しおりを挟む
「……んー、美味し」
「ありがとうございま──」

 ととん、ととん、と鳴った着信音。どこから鳴っているのかは分からないが、かなり大きな音量だ。

「おーい翔、お前だろ!」
「あ、はーい! 申し訳ありません、少し失礼します」

 確か、あの音は咲のものだったはずだ。内扉を開き、ロッカールームへと急ぐ。

「もしも──」
「ごめ、まちが……」
「え、咲だよね?」
「ち、が……ゲホッ」

 ぷつりと無機質に、電話が切れた。

「どうしたんだよ? 咲ちゃんか」
「あ、えぇ、そうなんですけど……咲さんらしくない、変な電話でした」
「変な電話?」
「なんか途切れ途切れだし、噛み合わない、っていうか……会社にいるって感じじゃないような」
「……家、行ってみたらどうだ? ここは任せろ。その代わり、今度お前のカクテルおごれ」
「あっ、ありがとうございます!」

 不意に倒れた石英の結晶が、咲さんが気に入っていたものだって思い出して──急に、不吉な予感がした。

「えーっ、行っちゃうの?」
「申し訳ありませんが、急用ができまして」
「ふーん……まぁ、頑張んなよ」

 ぞわりと背中を撫でたその声は、さらにを現実的なものにするようで──俺は、さっきの咲のように走った。

「……咲?」

 マンションにつき、この間教えてもらった部屋番号『405』の刻まれたドアの目の前にいる。
 チャイムを鳴らして──何も変化がないと思ったら、どたりという音がした。

「……どちら様ですか?」

 ドア越しに男の声がする──咲さんには兄弟はいない。

「宅急便でーす」

 ドアスコープを指で押し、見えなくして言った──うろ覚えだが、イントネーションを覚えていた──あとは。

「は──ぐっ」

 間抜けに出てきた男のみぞおちを殴り、昏倒こんとうさせた。一応後頭部にも衝撃を与えておきたいが、咲さんの安否を確かめたい。

「咲さん? 咲──」
「か、ける……? ……て」
「大丈夫ですか!? 救急車──」
「逃げてっ!」

 背後の影にすんでのところで気づき受け身は取ったものの、衝撃を完全に逃すことはできなかった。それでもなぜか痛みは感じない──なぜだろう。
 よく咲を見てみれば、殴られた痕があることに気づいた。
 ──ふつふつと、怒りが湧き上がってくる。

「……翔?」

 気づくと、一発は殴り終えたあとだった。咲の呼び声で我に返り、擦り傷のある自分の手が視界に入ったとき、自分が何をしようとしていたかがようやく分かる。

「……バーテンダー、なんだから。手、大事にしないと、ね?」
「あ、ありがとう……咲は大丈夫? 殴られたみたいだね」
「うん、少しね。でもトイレに逃げ込んで鍵かけて、翔に電話したの。でもすぐ開けられちゃった……あとはご想像の通り、っていうのかな。でも翔すご──翔?」

 軽く握られていた手が震える。まるで、恐怖しているように。

「っ、良かった……前に空手やってたから、体が覚えてたみたいだよ。なんか体がふわふわしてる……アドレナリン出まくってるや」
「か、翔、大丈夫? あいつが失神するのなんて、私初めて見たよ」
「ありが──そうだ、あとで話聞くからね」
「分かってる。……ここまで迷惑かけといて、話さないなんてないよ、大丈夫。その前に、警察を──」
「その前に、俺は咲の泣き顔を他人に見せたくないから拭く」
「えっ……?」
「気づいてなかったのかよ……ほら」

 まなじりに、小さく球が浮かんでいる。
 また濁りを見せた感情を、翔は抑えようとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...