彼とのキスは、乾杯のあとで。

天海 時雨

文字の大きさ
10 / 21
ふらつくグラス

傷色、ジン・トニック 咲side

しおりを挟む
 ──どうして。
 ──どうしてあなたが、ここにいるの。

「……久しぶり、サキ。探したんだよ?」
「し、くら……」
「そんな怯えた目、しないでよ? 傷つくなぁ」

 すらりとした長身、ふわふわと巻かれた黒髪、黒縁の眼鏡。彼の名前は、志倉しくら 春希はるき──私の、元彼と言える存在だ。

「……どうして、ここにいるの」
「サキに会うために決まってんじゃん。……急に音信不通になって、みんな心配したんだよ」

 ──嘘だ。真っ赤な、真っ赤な嘘。クラスで浮いていた私を、心配するわけがない。

「そんな、わけ……」
「少なくとも俺は傷ついたかなぁ? 急にいなくなちゃって、ケータイも通じないし」
「ご、ごめ……」
「また髪染めてんの? そのままの方がいいって、俺昔ずっと言ったよね」
「く、黒が、好きで」
「茶色の方が、血が映えるのに。……殴る甲斐ないじゃん」

 ニヤリ、と口角を上げて趣味の悪い笑みを見せる春希。この笑みが、私は──苦手だ。

「や、やめてよ……」
「ここまできてやめろっての? 管理人さんにサキの部屋番号聞いたから、無駄だよ」

 真っ赤になるほど掴まれた手首が、痛みを持ち始めた。きりきりと骨がきしむような感覚がする。

「い、痛いっ!」
「今からもーっと痛いことするんだけどね……まぁいいや。離してあげるけど、逃げないでね」

 ──逃げられるわけがないのだ。

「ほら、入りなよ。どこがいい?」

 キッチンはやめとくかー、俺が包丁使いかねないし──じゃあリビングでいっか。
 そんな残虐なことを平気で言えるこの男は、私の元彼で。
 別れの理由は、この暴力。

「いっ……うあぁっ!」
「ほんと声変わんないねぇ。耐えようとしても無駄なのに……結局最後は絶叫してたじゃん」
「や、やめてっ、痛いっ!」
「痛いからって止めないし……ほんっと馬鹿だよねぇ、サキ。俺から逃げられるわけがないのに」

 突き飛ばされ、全身を衝撃が襲う。壁に打ち付けられた体は力なくへたりこみ、横たわってしまった。

「あーぁ、ほんっとイラつくよ」

 髪を引かれ、落とされ。その繰り返しだ。続けざまに全身を襲う痛みや衝撃は、咲の意識が飛ばないようにわざと弱められたり少し止まったりする。
 優しさなのかなんなのか分からないそれが、咲は大嫌いだった。

「──っ!」

 暴行は、果てもなく続いた。
 朦朧もうろうとする意識の中で、少女時代の思考回路が嬉々として自己卑下の言葉を拾っていく。
 所詮、私はじゃないか、と。

「あーぁ……気絶しちゃった? った──っ!」

 朦朧とする意識の中で、倒れゆく自分と、もう一人の男を見たような──まるで幽体離脱をしたような、そんな奇妙な感覚が咲を包んでいた。
 ──もう、死んでもいいかもしれない。
 その思考を最後に、咲の思考は終焉しゅうえんを迎えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...