【本編完結済】僕はあんたのΩじゃない!

とかげになりたい僕

文字の大きさ
10 / 56
一ノ瀬紅羽の場合

10話

しおりを挟む
「な……っ、んですか、これは……!?」

 家に入った十三の第一声がこれだ。

「ん? ワンルーム、初めてか?」
「や、そうじゃなくて、ですね……」

 ワンルーム、といっても色々ある。僕のは一応、玄関と部屋が区切られているタイプだ。先に靴を脱いで、部屋までの廊下にあるゴミの袋を隅によける。玄関で靴を脱ごうとしない十三に「上がらないのか?」と首を傾げれば、十三は何かを決したように「お邪魔、します……」と渋々靴を脱いだ。

「先輩、あの、ちょっとこれは、片付けたほうがいいんじゃ……」

 そう気不味そうに言い、鞄を大事そうに抱える十三。さっきまでの格好良さは一体どこにいってしまったのか。
 にしても、失礼なやつだな。ほんの少し、ゴミの袋が廊下と、それから部屋に溢れてるだけなのに。

「結構片付いてると思うけどな。道あるし」
「道!?」

 何に驚いてるのかわからないまま、僕は「適当に座ってくれていいから」と部屋への扉を開けた。

「え、えぇ、わかりまし……座るとこありませんよ!?」
「んぇ? あるだろ、そこらへんに」
「ありませんが!?」

 なんだ、我儘なやつだな。
 部屋の入口から一向に動こうとしない十三をほっといて、僕は部屋右奥に見えるロフトベッドまでのゴミ袋を少し横にどける。いや、確かロフトベッドの下にまだスペースがあったな。そこに置いておくか。

「よいしょ」
「よいしょじゃありませんよ。そこ、ゴミ置く場所じゃないですよね」
「場所ならある」

 ロフトベッドといっても、下に机があるタイプじゃない。ハンガーがかけれるタイプで、でも僕はそこまで服を持ってないから結局使っていない。
 デッドスペースにしておくくらいなら、有効活用したほうがいいに決まってる。

「先輩、明日休みですね」
「何を今さら……」

 元は十三が“休みなら飯でも”と誘ってきたんじゃないか。

「明日、二人でここを片付けましょう」
「片付ける必要ないだろ? ちゃんとベッドで寝れるし」
「客人が座れない時点で片付いてないんですよ」

 十三がまだ何かぶつぶつ言いながら、つま先歩きでロフトベッドまで歩いていく。不本意そうではあるが、ベッドに鞄を置くようだ。まぁ、床に置きたくないなら、それはそれで仕方がない。
 僕は僕で茶でも出したほうがいいかなと、かざがさゴミ袋の隙間を縫って冷蔵庫まで辿り着いた。

「先輩……」
「ん? なんだ、まだ何か言いたいのか」

 冷蔵庫を開ける。
 しまった、何もなかった。下のコンビニまでペットボトルのお茶でも買いに行くか?

「これ、指輪ですよね」
「あー……、あ!?」

 慌てて振り返れば、枕元に置きっぱなしにしていたピンクの小箱を、十三が開いているところだった。

「……先輩、やっぱりまだ」
「ち、違うから! ほんとに、違うんだ!」

 弁明もしたいし、小箱も取り返したいしで、慌てた拍子で袋に躓いてしまう。そのまま別の袋に顔面から突っ込んで、いつのかわからないコンビニ弁当の食べカスが髪やら服やらにつく。

「……先輩」

 流石の十三も少し引いている。
 でもここで勘違いされたままなのは心底嫌で、特に十三にだけはちゃんと伝えたくて、僕は「わかんないんだよ!」と叫ぶように口にした。

「本当に好きじゃないんだ。でも、でもそれ、給料の三ヶ月分なんだよ! 言うなら僕が頑張って働いた努力の結晶なわけだ! それを簡単に手放すの、なんか悔しいじゃないか! もう、ほんと、僕、ぼく、は、それを、どうすれば……っ」

 言いたいことはたくさんあるし、伝えなきゃいけないことは他にもあるのに、感情ばかりが先にいってしまって上手く話せない。しかもなんか臭いし。

「……先輩の努力は俺がよく知ってますよ。馬鹿みたいに真面目だから、言われたことをきちんとこなそうとしてるし」
「馬鹿で悪かったな」
「真面目のわりに結構ズボラですけどね」
「要領よくないとは、よく言われる……」

 十三が指輪を取り出して、からになった小箱をそのへんのゴミ袋に投げ入れた。指輪は無造作にポケットに突っ込んだようだ。

「おい、勝手に」
「三ヶ月分、でしたっけ。俺ならそれ以上の努力を認めて、褒めて、先輩だけを愛しますよ」
「……でも、お前はαで、僕はβで」

 素敵なΩが現れたら、きっと僕はいらなくなる。
 それがとても怖い。

「それ、理由つけてるだけですよね。自分がもう傷つきたくないから、予防線張ってるだけですよ」
「……っ」

 身体を少し起こして四つん這いになる。膝で潰したカップ麺の容器が、パキッと小気味のいい音を立てて割れた。臭い。

「あのですね、先輩」

 十三がゴミを踏まないようにしてこっちまで来てくれる。たまに鼻がやられるのか「うっ」と顔をしかめながら。

「先輩はβなんでわからないでしょうが、俺らαからすれば、Ωって、まぁ、好きな香りがするわけですよ」
「フェロモン、だっけ……?」
「そうです」

 目の前に右膝をついた十三が、手を伸ばして僕の頬に触れる。知らずのうちに溢れた涙を、その指先が拭ってくれた。

「わかりやすく言えば、今の腐臭まみれの先輩よりだいぶいい匂いをさせてるわけですが」
「生ゴミで悪かったな」

 ぐす、と鼻を鳴らせば、十三が「それでも」と顔を寄せ額に軽く口づけてきた。

「俺は、そんないい香りのするΩより、腐臭漂う先輩のほうがどうしようもなく好きなんですよ」
「……っ」

 頬に触れる十三の手に、おずおずと自分の手を重ねた。すがるように少し力を込めれば、十三が「先輩」と微笑んでくれた。

「いい、のかな……? だって、まだ、別れてから三ヶ月、も、経ってないし、ふ、不誠実に、ならないか……?」
「それ言ったら、俺は先輩に一目惚ですし」
「ぼ、僕は、βで男で……。あ、αなら、Ωを番にして」
「紅羽さん」

 まだ決心がつかず、知らずと視線を反らす僕の名前を十三が呼ぶ。導かれるように十三と目を合わせれば、やつは鼻先を犬みたいに擦りつけてきた。

「紅羽さん、いいんですよ。もう、いいんです」
「ぁ……」

 今までせき止めていた思いが、感情が、全部溢れていく。それは涙となってぽろぽろと零れるばかりで、十三に言わなきゃいけないことはたくさんあるのに、僕の口からは嗚咽しか出ない。
 だから縋るように、もう離れていかないように、その胸元に顔を埋めて、両手を十三の背中に伸ばした。

「う、あああぁぁっ、わああん、ひぐっ、僕、ぼくっ」
「はい、紅羽さん」

 僕の背に回された十三の腕が暖かい。それがとても安心できて、僕の口からは自然と「そ、すけ……っ」とやつの名前が出ていた。腕に少しだけ力が込められ、僕もまた抱きしめる腕に力を入れる。

「すき……、颯介が、好きだ……っ」
「はい、紅羽さん。俺もあなたが好きです」

 そう言って、どちらからでもなく重ねた唇は、僕のほうが微かに震えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

αが離してくれない

雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。 Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。 でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。 これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...