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第四部
朝まででいいから。
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鏡に映る自分の右耳には、あの日宣言された通りピアスが開けられていた。『一ヶ月はこのままだよ』と言われた通り、大学でも家でも、もちろんバイト先でも外せない。
「おはよう、ございます……」
少し憂鬱な気分で居酒屋バイトに出れば、店長が「お」と僕の右耳をガン見して、それからにやりと笑った。
「もうひとつはあれか、あっちが着けてんのか」
「えぇ、まぁ。僕は左につけろって言ったんですけどね」
不機嫌さを隠しもせずに言えば、店長は「くくっ」と口の端を持ち上げた。
「ま、幸せそうで何よりだ。んじゃあれか? 今年は二十四日、バイト入れないほうがいいんじゃねぇか?」
「……あ」
制服を着込んでから、そういえばパーティーに出ろって言われたんだっけと思い出す。スマフォのスケジュールを見れば、前日にはホテル入りすると打ち込んであった。恐らくユーリだろう。
「誕生パーティーするらしくて」
「ほう? 御子息とやらは忙しいねぇ」
「僕も出ないといけないんですよ」
「……ほう?」
店長の肩が震えている。笑いを堪えているのは明らかだ。スマフォもロッカーに放り込んでから「はぁ」と大袈裟なくらい大きなため息をついてみせた。
「大したパーティーじゃないって言ってたけど、そもそも、そんな場所行ったことすらないし」
「ま、精々楽しんでくるんだな。あぁ、あとは気をつけろよ?」
「気をつける……? 何にですか?」
改めて店長に向き直れば、店長は僕を至って真面目に、それこそユーリのことを相談した時を思い出すほどに、眉間に皺を作って見つめていた。
「年を取るとなぁ、ある程度の分別ってのは出来るもんだ。けれど若いうちはどうにもそれが難しい。リヒト、お前だってそうだったろ?」
「そう、でしたね……」
自分は、数え切れないほどの幸せを奪ってきた。だから自分が、人並みの幸せを歩めることに負い目も感じていたし、なんならユーリと恋人になってよかったのか、なんて疑問すらあった。
けれど店長に言われて気付いた、気づくことが出来た。
「あの近衛隊長然り、他の奴ら然り、誰がどう思って日々を生きてるかはわからん。気をつけろよ」
「……はい」
「ま、あの番犬がいるんだ。大抵はなんとかなるだろうよ」
「ははは……」
店長にすら犬扱いされるユーリを思い浮かべて、つい笑みが零れてしまった。
「そういや、ついでだから言うけどよ」
「はい?」
「前世、お前らよく逢瀬してだろ。バレバレだったぞ」
「ぶっ」
逢瀬のつもりはなかったのだけど。
あぁでも、結局、ユーリがこちらの居城に乗り込むまでのほんの少しの、その最後の間。
確かにボクたちは、そういう関係に近かったのかもしれないと、思い出した。
※※※
「雪国の大木。雪と月明かりで綺麗な光景ですね」
そう言い、そいつはボクの背後で気持ちよさそうに背伸びをした。調子が戻っているのを見るに、もう怪我の調子はいいらしい。
ずっと雪が降りしきるそこは、ただひとつだけ雪の降らない場所がある。それがここ“雪の大木”と呼ばれる、人間が住めるほどに巨大化した木だ。質素な家々が並び、木が複雑に絡み合って出来た広場、そして丈夫な枝葉。
その、到底人間が来られない先端から国を見下ろしているというのに、何喰わぬ顔で、ユーリは立っていた。
「ボクはまだしも、お前は落ちたら死ぬぞ」
枝を蹴り、宙返りの要領でユーリの後ろ側へと降り立つ。呆れた顔で息をひとつ吐ききれば、ユーリはこちらを振り返り「ふふ」と心底嬉しそうに顔を綻ばせた。
「落ちたらリヒトが助けてくれません?」
「そう何度も助けない」
これ以上話すことはないとばかりに、ユーリに背を向ける。けれどすぐに「わわっ」と背後から慌てる声が聞こえて、思わず振り向きざま手を伸ばし、逆にその手を引っ張られてしまった。
すっぽりとユーリの腕の中に入ったことで、あぁ、これはハメられたんだなと、思いきり顔をしかめた。と、そこでユーリの目線が遥かに高くなっていることに気づく。
「子供の成長は早いな」
「こどっ……!? もう子供じゃありません。もう十八になりました。……ね、八年だよ、八年。こんだけ待ったんだし、いいかげんオレを見てくんない……?」
腰にはがっちりと左手を回され、空いた右手で顎をすくわれる。目を合わせるのが怖くて視線を反らしたボクに「リヒト」とユーリの優しい声が降ってくる。
「きっかけはリヒトの“目”だったのかもしれない。でもそれだけで、これだけ長い時間好きでいられないよ」
「散々腕やら目やら喰って、しまいには噛む寸前までやらかして、今さら何を言ってるんだ」
「好きだからです。誰にも取られたくない」
いいことなんて、何も、何ひとつとしてない。
魔族と人間なんて生きる時間が違うし、こいつは神に選ばれた希望で、ボクたちを、魔王様を討滅するのが目的だ。どちらが大事かなんて天秤にかけなくても明らかだ。
なのに、ボクはその手を払うことが出来ない。
「朝になったら、またリヒトとは敵同士でしょ?」
「今もだ」
「朝まででいいから。嫌なら、いつもみたいにオレをぶん殴っていいから」
ユーリの空色の目が、ボクをまっすぐに見つめる。そこに映るボクもまた、ユーリを正面から見ていた。
いけないと、わかっているのに。
近づくユーリに合わせるように目を閉じたボクは、自分が魔族でなければよかったのに、と強く強く後悔していた。
「おはよう、ございます……」
少し憂鬱な気分で居酒屋バイトに出れば、店長が「お」と僕の右耳をガン見して、それからにやりと笑った。
「もうひとつはあれか、あっちが着けてんのか」
「えぇ、まぁ。僕は左につけろって言ったんですけどね」
不機嫌さを隠しもせずに言えば、店長は「くくっ」と口の端を持ち上げた。
「ま、幸せそうで何よりだ。んじゃあれか? 今年は二十四日、バイト入れないほうがいいんじゃねぇか?」
「……あ」
制服を着込んでから、そういえばパーティーに出ろって言われたんだっけと思い出す。スマフォのスケジュールを見れば、前日にはホテル入りすると打ち込んであった。恐らくユーリだろう。
「誕生パーティーするらしくて」
「ほう? 御子息とやらは忙しいねぇ」
「僕も出ないといけないんですよ」
「……ほう?」
店長の肩が震えている。笑いを堪えているのは明らかだ。スマフォもロッカーに放り込んでから「はぁ」と大袈裟なくらい大きなため息をついてみせた。
「大したパーティーじゃないって言ってたけど、そもそも、そんな場所行ったことすらないし」
「ま、精々楽しんでくるんだな。あぁ、あとは気をつけろよ?」
「気をつける……? 何にですか?」
改めて店長に向き直れば、店長は僕を至って真面目に、それこそユーリのことを相談した時を思い出すほどに、眉間に皺を作って見つめていた。
「年を取るとなぁ、ある程度の分別ってのは出来るもんだ。けれど若いうちはどうにもそれが難しい。リヒト、お前だってそうだったろ?」
「そう、でしたね……」
自分は、数え切れないほどの幸せを奪ってきた。だから自分が、人並みの幸せを歩めることに負い目も感じていたし、なんならユーリと恋人になってよかったのか、なんて疑問すらあった。
けれど店長に言われて気付いた、気づくことが出来た。
「あの近衛隊長然り、他の奴ら然り、誰がどう思って日々を生きてるかはわからん。気をつけろよ」
「……はい」
「ま、あの番犬がいるんだ。大抵はなんとかなるだろうよ」
「ははは……」
店長にすら犬扱いされるユーリを思い浮かべて、つい笑みが零れてしまった。
「そういや、ついでだから言うけどよ」
「はい?」
「前世、お前らよく逢瀬してだろ。バレバレだったぞ」
「ぶっ」
逢瀬のつもりはなかったのだけど。
あぁでも、結局、ユーリがこちらの居城に乗り込むまでのほんの少しの、その最後の間。
確かにボクたちは、そういう関係に近かったのかもしれないと、思い出した。
※※※
「雪国の大木。雪と月明かりで綺麗な光景ですね」
そう言い、そいつはボクの背後で気持ちよさそうに背伸びをした。調子が戻っているのを見るに、もう怪我の調子はいいらしい。
ずっと雪が降りしきるそこは、ただひとつだけ雪の降らない場所がある。それがここ“雪の大木”と呼ばれる、人間が住めるほどに巨大化した木だ。質素な家々が並び、木が複雑に絡み合って出来た広場、そして丈夫な枝葉。
その、到底人間が来られない先端から国を見下ろしているというのに、何喰わぬ顔で、ユーリは立っていた。
「ボクはまだしも、お前は落ちたら死ぬぞ」
枝を蹴り、宙返りの要領でユーリの後ろ側へと降り立つ。呆れた顔で息をひとつ吐ききれば、ユーリはこちらを振り返り「ふふ」と心底嬉しそうに顔を綻ばせた。
「落ちたらリヒトが助けてくれません?」
「そう何度も助けない」
これ以上話すことはないとばかりに、ユーリに背を向ける。けれどすぐに「わわっ」と背後から慌てる声が聞こえて、思わず振り向きざま手を伸ばし、逆にその手を引っ張られてしまった。
すっぽりとユーリの腕の中に入ったことで、あぁ、これはハメられたんだなと、思いきり顔をしかめた。と、そこでユーリの目線が遥かに高くなっていることに気づく。
「子供の成長は早いな」
「こどっ……!? もう子供じゃありません。もう十八になりました。……ね、八年だよ、八年。こんだけ待ったんだし、いいかげんオレを見てくんない……?」
腰にはがっちりと左手を回され、空いた右手で顎をすくわれる。目を合わせるのが怖くて視線を反らしたボクに「リヒト」とユーリの優しい声が降ってくる。
「きっかけはリヒトの“目”だったのかもしれない。でもそれだけで、これだけ長い時間好きでいられないよ」
「散々腕やら目やら喰って、しまいには噛む寸前までやらかして、今さら何を言ってるんだ」
「好きだからです。誰にも取られたくない」
いいことなんて、何も、何ひとつとしてない。
魔族と人間なんて生きる時間が違うし、こいつは神に選ばれた希望で、ボクたちを、魔王様を討滅するのが目的だ。どちらが大事かなんて天秤にかけなくても明らかだ。
なのに、ボクはその手を払うことが出来ない。
「朝になったら、またリヒトとは敵同士でしょ?」
「今もだ」
「朝まででいいから。嫌なら、いつもみたいにオレをぶん殴っていいから」
ユーリの空色の目が、ボクをまっすぐに見つめる。そこに映るボクもまた、ユーリを正面から見ていた。
いけないと、わかっているのに。
近づくユーリに合わせるように目を閉じたボクは、自分が魔族でなければよかったのに、と強く強く後悔していた。
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