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友宮の守護者編

のんびり入浴

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谷崎町に着いてから古屋敷のある山を登るのがいささか大変だったが、結城たちは一日の作業を終えてようやく帰宅した。日中を地下で穴掘りしていたため全員土と埃まみれだったので、シロガネがさっと浴室に湯を張り、入浴の準備を整えた。
 結城は肩まで湯に浸かり、平和な入浴タイムをエンジョイしていた。ツルハシやスコップを振り続けた筋肉から、疲労が湯船に溶けていくような感覚に酔いしれる。古屋敷の風呂は銭湯を縮小したような作りなので、広さは充分。両手足を伸ばしても余る浴槽は、疲れを癒すには最高の空間だった。
「う~……ん」
 思い切り伸びをしたところで、結城はここまでの進捗を振り返った。
 九木の上司、佐権院からの依頼に始まった友宮邸の調査案件。ただ潜入して調べるだけと思っていたが、今から考えてみると目論見が甘すぎた。座敷童子の媛寿がいるのだから、他人の家に潜り込むのは容易と高を括っていた。それが最初の一歩で完全に打ち砕かれた。もっとも、一番プライドにヒビが入ったのは媛寿の方だったが。
(媛寿には可哀想なことしちゃったな)
 今回かなりのやる気を見せている媛寿だが、まだ立ち直っていないのか、微妙に情緒不安定な場面が見られる。報酬のTOKYOデザニーランドのチケットのことはすっかり失念して、とにかく友宮邸に仕返しをする算段を練っている。
(慰めるために買ったアレ、どうするかな~。タイミング悪かったかな~)
 帰る途中にコンビニ受け取りで持ち帰ってきたTamazon注文の品物を出そう出さまいか、そこが結城の悩みどころだった。媛寿の機嫌は良くなるだろうが、その代わり今晩は眠れなくなるだろう。明日もトンネル掘りがあるのに、疲労回復できないのはまずい。依頼を完遂した後のご褒美ということにでもしておこうか。
(それはともかくとして、アテナ様の言っていた見当っていうのは何のことだろう)
 座敷童子の能力はおろか、あらゆる物理的侵入を許さない友宮邸の謎の力。アテナ考案の作戦で目下、友宮邸に向かって地下を掘り進む結城たちだが、そもそもの依頼は友宮の保有する謎の力を暴き、あわよくば除去するという内容だ。ただでさえ常識外の中でさらに常識外の力を取り除くことができるのだろうか。
 アテナは見当が付いていると言っていたが、どんな方法を使えばあんな力を行使できるのか。一切の情報を遮断し、物理的、霊的に侵入を防いでしまう強力な結界。元々、霊能力者ではない結城からしても、友宮の持つ力の異様さは圧倒的だった。
「何とかできるのかなぁ」
 思わず口から出た不安の言葉。結城は首を大きく左右に振って暗い気持ちを払おうとした。
(ダメだダメだ! アテナ様も言っていたじゃないか! 不安に思うようじゃ上手くいかない。自分の内側の戦いにまず勝たなきゃいけないって)
 友宮の力の前に後ろ向きな感情が出そうになるも、それを打ち消せるようになった分、結城は成長していた。いろいろ無茶はやらされるが、戦いの女神に鍛え上げられて強くならないわけはない。結城自身も意識しないうちに、彼は戦士への道を進んでいた。
「あれ?」
 アテナの助言を思い出したところで、結城は置かれている状況に違和感を覚えた。静か過ぎる。いつもなら入浴して一息ついている結城に、女傑たちが何かしでかしに来るはずだが、気付けば彼は普通に入浴ができていた。
(あっ、そういえば)
 結城は古屋敷に戻った直後のことを思い出した。アテナたち女性陣が先に風呂をもらうと言って、眠っている媛寿も連れて入浴していたのだった。疲労と考え事ですっかり忘れていた。
(と、いうことは)
 アテナたちは既に入浴済み。マスクマンは志願しての居残り。ならば、後は風呂場をゆっくり専有できるということだ。
 久しぶりに落ち着いて入浴できると分かった結城は、先程よりも手足を伸ばしてより大きく伸びをした。時折、媛寿のイタズラや、アテナの変な気遣いや、シロガネの趣味に巻き込まれてせっかくの入浴が大騒ぎに発展してしまうせいで、今では無意識に緊張しながら湯船に浸かるようになってしまっていた。彼女たちが悪いとは言わないが、できればゆっくり風呂に入りたい結城としては、今の状況はまさに千載一遇のチャンスだった。久々に気兼ねなく入浴できると知り、一層湯加減の快楽に酔いしれてしまいそうになっていた。
(マスクマンも惜しかったなぁ。ゆっくりお風呂に入れるチャンスだったのに)
 だがこの後、読みが甘すぎたと後悔することになるのを、彼はまだ知らなかった。

 同時刻、アテナの部屋。
 アテナは自慢の本棚の前で、手に取った本のページを捲っていた。一秒足らずでページを捲っているが、アテナからすれば既に読破した本の内容を再確認しているだけなので、退屈にも近い作業だった。
 とはいえ、ここからの予定に必要なものなので、念入りに内容を掘り起こしていく。
(トモミヤへの潜入ルートの構築はまだまだかかります。私たちはいざ知らず、ユウキはただの人間ですから、疲労の蓄積は避けなければなりません)
 最後のページまで行き着き、アテナは本を勢いよく閉めた。
「ユウキ。あなたの本日の疲れ、この私が完璧に取り除いて差し上げましょう」
 鼻息を荒くしつつ、自信満々にアテナは部屋を後にした。

 同時刻、居間。
 ソファに寝かされていた媛寿は目蓋をゆっくりと開けた。
 上体を起こして首を巡らせ、自分がいるのが古屋敷だと確認した。
(あれ? えんじゅ、なんでここで寝てるの?)
 寝ぼけ眼を擦りながら、媛寿は記憶を辿った。友宮邸へのトンネルを掘る作業が終わり、結城の膝に座って自動車で古屋敷に戻る時だった。作業疲れと結城の温もり、自動車の揺れに負けて眠ってしまった。
 いつの間にか浴衣に着替えて石鹸のにおいに包まれているあたり、既に入浴したのは明白だった。なら後は夕食を食べて結城の布団に潜り込むだけと思い、ソファから降りようとした時だった。
 テーブルの上に載った中くらいの段ボール箱が目に入った。側面にはTamazonのロゴがプリントされている。
 すばやく駆け寄り、届け先を確認すると『小林結城』と書いてあった。
 媛寿の直感が、機動聖衣ダンガムの主人公ばりに閃いた。

 同時刻、シロガネの部屋。
 いつも通りの無表情ながら、シロガネは大いにストレスを抱えていた。一度依頼を受けると、結城は忙しくなるので、ちょっかいをかける機会がどうしても減ってしまう。仕方のないこととはいえ、シロガネとしては依頼を受けている間はかなりの鬱憤が溜まってしまっていた。主にエロ方面で。
 なのでいつも合間を縫って思い切り発散するのだが、今回は力仕事も加わっているので、余計に反動でムラムラしてしまっている。これまでのような方法では発散できないと考えていた。
 シロガネは床に膝とつき、ベッドの下の空間をごそごそとまさぐり始めた。
「これを、使う」
 ベッドの下に隠していた長方形の木箱を引きずり出し、シロガネは小さくガッツポーズを決めた。
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