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化生の群編

宴会場に集う九人

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 一懇楼いっこんろうの宴会場には今、九人分の食事が配膳されていた。それぞれが膳の前に座り、これから夕食が始まろうとしている時に、雛祈ひなぎは今にも獲物に飛び掛らんとする獣に似た殺気を放っていた。
 まるで親の仇を見つけたような鬼気迫る雰囲気は、真向かいに座る結城ゆうきに直接ぶつけられている。
 本当ならその殺気は、結城の両隣に陣取っている四人にもぶつけたいところだが、もしたった一人にでも敵対行為と取られば、そこから連鎖反応で古屋敷の面子を全て敵に回しかねない。
 なので仕方なく、ここまでの鬱憤を殺気に変えて結城にプレッシャーをかけていた。案の定、あまり気の強い方ではない結城は萎縮してしまっている。
 数十分前に脱衣所で結城たちと再会し、雛祈の機嫌も気分も最悪に傾いていた。二度と会いたくないと思っていた連中に遭遇したこともそうだが、何よりも場所が悪かった。
 仕事のためとはいえ、温泉付きの一懇楼で日々の疲れも洗い流すつもりだったのに、つい先日会ったばかりの最凶の軍団に出くわすなど、筆舌に尽くしがたい凶運だった。
 ましてや素っ裸まで見られてしまっては、場合によっては抹殺も辞さない状況である。それができないので、雛祈は視線で人を焼き殺す勢いで結城を睨みつけていた。
 そんな雛祈の心情を察してか、両隣に控えた桜一郎おういちろう千冬ちふゆもやりきれない表情で明後日の方を向いていた。
「そこまでにしておきなさい。そんなにも殺気を放っていては食事を楽しめません」
 今まで何ら気にする素振りも見せていなかったアテナに一声かけられ、雛祈はビクリと体を跳ねさせた。戦女神のアテナからすれば、他者の殺気の有無を測るのは造作もない。
 アテナから注意されてしまっては続けるわけにもいかないので、雛祈は渋々殺気を収めることにした。そして、それとなく向かい側に座る面々に目を向けてみる。
 結城は雛祈に睨みを効かされていたせいか、正座して小さくなっている。
 アテナは雛祈たちと遭遇したことは特に問題視していないのか、涼しい顔のままで食事が始まるのを待っている。
 媛寿えんじゅは会席料理の鍋物を温めるための固形燃料が珍しいのか、青く燃えている火に目を輝かせている。
 マスクマンはココナッツミルクと100%オレンジジュースの容器を手に持ち、慎重な様子でコップに配合している。
 シロガネは膳に添えられていたスプーンを逸品と見て取ったのか、しきりに角度を変えて眺めている。
 一見するとかなりアンバランスな集団だが、下手に手を出せば某怪獣王の尾を踏んだ時のような制裁が待ち構えている可能性は大いにある。なるべく刺激しないように、且つ冷静に動かなければならない。雛祈にとってこの宴会場は、もはや食事の場ではなく戦場と化していた。
(そもそも何でこんなところで出くわすのよ! 絶対に会いたくないって思ってたのに! まさかけてきた!? 本当は許してなくて、じっくり追い詰めて処断するために!? ま、まずいわ。こんなところじゃ、援軍を呼ぶことも……)
 予想外の遭遇に対する怒りを全力で抑えつつ、結城たちはなぜここにいる理由を考えていたところ、
「時に、あなたたちはなぜここにいるのですか?」
 雛祈の懊悩を見透かしたように、またもアテナから口を開いた。
「……わ、私たちは仕事でここに来ただけです」
 下手に隠し立てすると後が怖いので、雛祈は目的を素直に話した。
「あ、あなた方こそ、なんでこんなところにいるんですか?」
 この機に便乗しようと、ついでに聞き返す形で探りを入れる雛祈。もうこうなったら勢いに任せて行くしかないと腹を決める。
「私たちも依頼を請けてこちらに逗留していたのです。ユウキ」
「は、はい。媛寿、今あれ持ってる?」
「ん? ん~と……」
 結城に呼ばれた媛寿は固形燃料から目を離し、浴衣の左袖の中をごそごそとまさぐった。
「あった」
 やがて白い封筒を取り出すと、とてとてと雛祈の前まで早足で歩いていった。
「これ」
「あ、ありがとう」
 以前に受けたイタズラを思い出し、雛祈は媛寿を半ば無意識に警戒していた。封筒の裏にネズミ捕りでも仕掛けられているのではないかと、恐る恐る差し出された封筒を受け取る。
 封筒の表には特に何も書かれてはいない。裏には小さな字で螺久道村らくどうむらの住所が記されていた。それだけで差出人の名前もない。
 これでよく届いたものだと不審に思いつつ、雛祈は中に収められていた手紙を開いた。
『村に鬼が出ようとしています。助けて下さい』
 折りたたまれたA4サイズの便箋には、単純にそう書かれていただけだった。
 文面を読んだ雛祈は鋭く目を細め、少し考えてから口を開いた。
「これは?」
「え~と、古屋敷のポストに入ってました。たぶん依頼だろうと思って、それでここに」
 雛祈の問いに結城が自然に答える。おそらく封筒を最初に受け取ったのが結城だったのだろうと雛祈は推察した。
「いつもこんな風に依頼を受けてるの?」
「直接依頼に来る人がほとんどですけど、手紙で受けたのは今回が初めてですね」
(フツー怪しむでしょ、そうゆうの。やっぱりこの男はマヌケね)
 心の中で毒づくのもほどほどに、雛祈は再び便箋に目を戻した。
 このタイミングでこんな手紙が出されるあたり、例の殺人事件と無関係とは言いがたい。
 文面自体は単純すぎて結局何をしてほしいのか分からないが、雛祈が注目したのは『鬼』という部分だった。
 ここに来てそんな単語が出てくるならば、状況は思っていたより深刻かもしれない。『鬼』というのはそれだけ危険性と複数の意味合いを有している言葉なのだ。
「で、あなたたちはどうするの?」
 霊能者である雛祈は、手紙の裏に見え隠れしている事態に気付けた。しかし、結城がそれに気付いているかは分からない。まさか昔話よろしく鬼退治に来たと言うのではないかと思い、動向を窺ってみる。
「とりあえずは明日から手紙の差出人を探して詳しいことを聞いてみようかと……」
黍団子きびだんご持って仲間集め、とかはさすがに言わないか。けどのんびり依頼人探そうとしているあたり、やっぱり分かってないわね)
「それと『鬼』については専門家を連れてきたので、一緒に村を回って意見をもらおうかと……」
「専門家?」
 結城の言葉に引っかかりを覚えた雛祈が疑問を口にしかけた時、宴会場の襖が勢いよく開かれた。
「いやぁ、待たせた。地酒と地ビールを買い込んでたら遅くなっ―――あれ?」
「あっ―――」
 急いでいたのか着崩れた浴衣を纏った少女は、宴会場に入るなり着席していた眼鏡の少女と目が合い、互いに驚いた表情を浮かべた。
千夏ちなつ姉様!? どうしてここに!?」
「千冬、あんたも来てたの?」
 宴会場に用意された九人目の席が埋まったことで、ようやく食事が始まろうとしていた。
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