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化生の群編

『鬼』

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「けっぷ」
 病棟の屋上に設えられたベンチに背を預けながら、結城ゆうきはげっぷを一つ吐き出した。辺りはすでに陽が落ち、月明かりだけがほんのりと視界を照らしている。
 媛寿えんじゅが作った鍋一杯の豚汁を、結城は何とか全部食べきった。おかげでお腹がたぷたぷしているが、アテナの言った通り栄養価は高かったのか、体は活力を取り戻しつつあった。
 まだ筋肉の痛みは残っているが、動く程度には支障がなくなったので、結城は夜風に当たるために屋上に来ていた。
 ベンチに座ってぼんやりしていると、不思議と腹具合が落ち着いてきた。
 千夏ちなつが言っていた回復薬の副作用で、体が栄養を欲して吸収しようとしているのかもしれない。
 結城は天を仰いだ。弓張り月が夜空に輝いている。改めて六日間も眠っていたことを実感した。
(そういえば、悪路王と戦った時あのとき月は出てなかったっけ)
 弓張り月がスクリーン代わりになり、結城の記憶に残る灯恵ともえ燈架とうか成磨せいま、そして悪路王あくろおうの顔を再生した。
 まだ結城は全てを飲み込めていなかった。
 灯恵や成磨のような人間が、これまでの依頼の中でいなかったわけではない。人は心に衝撃を受けたり、強い感情に支配されると、驚くほどの行動力を発揮することがある。そして、それまで持っていた人としての倫理や価値観を捨てることさえいとわなくなる。
 朱月あかつき灯恵が村の全てを滅ぼす復讐を敢行したのも、無理からぬと結城は知っていた。一連の全ての行動が理解できるというわけではないが。
 ただ、今回の螺久道村らくどうむらの悲劇が、一体どこから始まっていたのか。それを結城は考えてみた。
 灯恵が悪路王から生け贄の真実を知らされたからだろうか。
 それとも村人が鬼の力を得るために、生け贄という悪習を生み出したからだろうか。
 あるいはもっと前、悪路王になってしまった男が、妻と娘を殺されたところから、螺久道村の運命は狂いだしていたのかもしれない。
 そう考えていると、途端に結城は悲しくなった。どれもこれもが村に到着してからの結城には止めようがなく、悲惨な末路しか用意されていなかったような気がしたからだ。
(アテナ様が言ってた通り、これがまだ救いのあった結末……だったのかな……)
「なにシケたツラで呆けてんだよ」
「!?」
 深く考え込んでいたせいか、結城は目の前に誰かが立っていることに気付いていなかった。結城が慌てて我に返ると、怪訝な表情をした千夏が顔を覗きこんでいた。
「ち、千夏さん!?」
「さっきから目の前にいたってのに、全然気付かねぇのな、お前」
 千夏は持っていた一升瓶を傾けて中身をぐいと煽ると、『隣いいか?』と言って腰を下ろしてきた。結城は何も言わずに、もとい言う間もなく座っている位置をずらした。
「で? な~に考え込んでたんだ? 酒のさかな代わりに聞いてやってもいいぜ?」
 千夏は自慢の八重歯を見せて笑いかけてきた。
 日本酒を豪快に飲んでいる割には酔った様子のない千夏を見て、結城は千夏もまた人間離れした存在なのだと改めて認識した。
 だが、人間や神霊に話すよりは、鬼の子孫に打ち明ける方が相応しいように感じたので、結城は胸の内を語ることにした。
「今回のこと、一体どこで止められていれば、何も起きなかったのかな、って」
「……」
「もし、灯恵さんやあの鬼が言っていた百五十年前に起こったことを止められていれば、今こうなっていなかったんじゃないかな、って思ってました」
「……」
「そうしたら、誰も傷付かなかったのかもって……どうしようもないことなんですけどね」
「……なぁ結城」
「はい―――むぐっ!」
 千夏に呼ばれて振り抜いた結城の口に、一升瓶がねじ込まれた。中に入っていた清酒が口腔を通って食道を下り、結城の体が一気に熱くなった。
「ぷはっ! な、なにを―――ぐえっ!」
 抗議するよりも速く、結城は首根っこを掴まれ、ベンチに押し倒された。
「結城、お前『こういうこと』やるようになって何年だ?」
 千夏が言う『こういうこと』とは、媛寿たちと出逢い、依頼を受けるようになったのを言っていると、結城にも解った。
「えっと……二年、ですね」
「その二年でお前もいろいろ見てきたと思ってたが、まだまだ甘ちゃんだな」
 押し倒された結城を見下ろしながら、千夏はわずかに憐れむような表情をした後、歯を剥きだして顔を近付けてきた。
「結城、『鬼』ってのがなんで生まれてくるか、分かるか?」
「!? い、いえ……」
「『鬼』ってのはな、いわば人間の心の裏っ側、どろっどろの『欲』そのものなんだよ」
 月明かりの逆行を浴びた千夏の眼は、ぎらぎらと強い輝きを放ち、結城には悪路王の殺意に満ちた眼と重なって見えた。
「『あいつの物が欲しい』、『あいつが妬ましい』、『あいつが腹立たしい』、『あいつが憎い』、『あいつを犯したい』、『あいつの物を壊したい』……そして、『あいつを殺したい』」
 千夏は掴んでいた結城の首を軽く絞めた。息が詰まるほどではなかったが、その所作は力加減さえ違えば、命を奪えるのだと結城は知らしめていた。
「そういう人間の醜くて汚い部分が、『鬼』を生むんだ。生まれ方自体はいろいろさ。何もないところに、邪念が集まって生まれてくる奴。人間が鬼に変わっちまった奴。ホントにいろいろ、な。あたしらの先祖も、元々は人間だったか」
 千夏が語っていることは、結城にとっては到底受け入れがたい、目を背けたくなるような内容だった。だが、不思議と胸に落ちてくるものがあった。人間が単に性善性悪せいぜんせいあくを説くのではなく、数百年を生きた人外の鬼が語るからこそ、妙な説得力を持っていたからだ。
「いいか、結城。『鬼』って奴はな、『人間』の誰も彼もの中に、普通に居るもんなんだよ。もちろん、お前の中にもな」
 千夏は結城の鼻先に触れそうなほどに顔を近付け、結城の胸板に人差し指の先を触れさせた。結城の心を指しているのだろう。
「お前は今回の螺久道村や、あの灯恵って女のことを気にしてるんだろうが、こんなのは世の中じゃてんで珍しかねぇ。あたしが生まれた時代なら、そこかしこに溢れかえってたもんだ。人が生きてく上で、『鬼』ってのは必ず憑いてまわる化け物だ。あの悪路王にしても、灯恵って奴にしても、起こるべくして起こった、ありふれた出来事だったんだよ」
「そ、そんな……」
 結城は頭の芯から悲しみが湧き上がってくる気がした。千夏の話は説得力がある分、否定できるところがなかった。
 しかし、納得してしまうには、あまりに悲しすぎた。世の中のいたるところ、知らないところで同様の悲劇が起きていると想像しただけで、世界は救いようがないと思ってしまいそうだった。
「けどな……」
 急に千夏の声から険が取れ、千夏は結城の胸板を優しく撫で擦り始めた。
「どんなに強い鬼でも、最後には人間にやられちまうのさ。鬼は人間の邪悪さが凝り固まったから強い。けど、それだけだし、それ以上はない。人間が人間であろうとする『心』には、どうしたって敵わないんだ」
 そう語る千夏の顔は、結城にはどこか寂しそうに見えた。
「結城、今回のは人間が普通にやらかすことだし、今さら『どうやってたら』なんて考えたって仕方ないことさ。そもそも、あの村のことをお前が気にするな。お前は螺久道村にいた鬼を退治したってことで、胸張って帰ればいいんだよ」
 千夏が見せた微笑は、結城には今までで一番優しい表情に思えた。千夏は鬼神の末裔ではあっても、人間の血も混ざっていることを思い出し、その微笑が『人間』としての千夏の顔なのだ分かった。
「でも……千夏さんは悪い鬼じゃないですよね?」
 不意に結城が言ったことに、千夏はきょとんとした。
「千夏さん、ちょっと恐いところあるけど、よく僕たちのこと助けてくれるし、螺久道村でもいろいろ協力してくれました。『鬼』がどういうものかっていうのは、僕は全部分かるわけじゃないけど、千夏さんが良い鬼だっていうのは分かります。だから―――ありがとうございます」
 心からの笑顔で礼を言ってくる結城を、千夏は驚いたような呆れたような顔で見下ろしていた。数秒ほど固まったあと、千夏は溜め息を吐いて身を起こした。
「呆れるなぁ。『鬼』がどういうものかって今言ったトコなのに、あたしみたいな鬼にそんな風に礼を言うのかよ」
「だって、助けてもらったらお礼を言うのは普通ですし……」
 屈託のない結城に、千夏は困ったような顔をした。
「結城、も一つ言っとくけど、鬼族あたしも含めた人外ってのはな、人と似てるようで全然違うモンなんだよ。だから人間をブッ殺したって虫ケラほどにも思わない。けど人間が気まぐれで虫ケラを見逃すように、あたしらも気に入った人間には、多少の情をかけてやるってもんなのさ。あのメガミサマやキュウ様がお前に肩入れすんのも、そういうトコがあるってのだけは憶えとけ」
 千夏は傍らに置いていた一升瓶を取ると、勢いよくぐいと傾けて酒を煽った。
「ぷはっ! まったくお前って奴は、あたしみたいな鬼にまでそんな顔を見せる。いずれどこぞの適当な狐や狸にコロッと騙されるぞ」
 まくし立ててくる千夏に結城は困惑したが、とりあえず心配されているらしいとは分かった。ただ変に口を挟むと余計な説教を受けそうな気がしたので、いまは黙っておくことにした。
「もう話はここまで! こっからはお楽しみの時間だ!」
 空になった一升瓶を投げ捨て、千夏はおもむろに入院着の前をはだけさせた。
「わっ!」
 驚く結城を気にすることなく、今度は結城の入院着を剥ぎ取ろうとする。
「一度お預けくらったんだから観念しろ!」
「ま、待って千夏さん! そんな、いきなり―――」
「んん!? お前もしかして、まずはしゃぶられたいとかいう奴か? それ言ってきた奴は大概噛み千切ってやったけど、どうしてもっていうなら」
「そ、そうじゃなくて!」
 下半身に手を伸ばそうとする千夏を、結城は必死になって止める。
「何だ? 胸ならあのメガミサマよりちょっとデカいぞ?」
「ち、違くて!」
 鼻血が出そうになるのを何とか堪えながら、結城は頭をフル回転させて言葉を選んだ。
「ど、どうして僕なんですか!? 別にその……そういうことしたいなら、僕じゃなくたって……」
「さっき言ったトコだろうが。『鬼』っていうのは人の『欲』から生まれるって。あたしも鬼の端くれだからな。そういうのには忠実なんだよ。それに―――」
「そ、それに?」
「あのメガミサマやキュウ様がご執心のお前がどんなモンなのか、味見してみたいんだよ」
 ねっとりと上唇を舐める千夏の眼には、圧倒的な欲望が燃え盛っていた。結城は改めて、千夏が『鬼』という存在であると認識した。そして逃げられそうにないということも。
「そ、そーなったらアテナ様がすんごくお怒りになるような~」
「それも狙いだったりして。あのメガミサマが本気でキレたらどんだけ強いのか、見モノだろ? だからおとなしく喰われろ」
「ま、待っ、たしけて~!」
 結城が情けない声で助けを求めたのと、屋上の鉄扉が蝶番ちょうつがいを引き千切って外されたのは同時だった。外された鉄扉は手裏剣のように投擲され、縦回転をしながら結城たちがいるベンチに一直線に飛来した。
「とっ」
 当たれば自動車も真っ二つになろうかという鉄扉の手裏剣を、千夏は片手であっさりと掴み止めた。
「イイところなんだから邪魔しないでほしいな~」
「邪魔して当然です、チナツ。私の戦士に何をしていますか」
「ナニするところなんだよ」
「ア、アテナさま~」
 予期せぬアテナの登場に、千夏は顔をしかめ、結城はベソをかきながらその名を呼んだ。
「だいたいあんたが結城コイツの童貞まで管理する必要あんのかよ。そりゃお節介ってモンだろ」
「無論、それはユウキの自由です。ペルセウスにしてもヘラクレスにしても、私はそこまで口を挟みませんでした」
「ならいいじゃんか。あんたはそこで結城が童貞喪失するとこ見とけよ」
「ひ、ひえぇ~!」
「た! だ! し! それはユウキが合意の上でのこと」
 アテナは結城と千夏がいるベンチまでつかつかと歩み寄り、
「ユウキが望んでいないというなら、たとえゼウス父様が許しても」
 ベンチの端に両掌をかけ、
「この私が許しませんっ!」
 二人諸共ベンチを宙高く放り投げた。
「うわっ!」
「ひぃあああ~!」
 病棟の屋上のさらに数十メートル上空に投げ出された結城と千夏は、上昇する力が消えると今度は真っ逆さまに落下した。
「あああああ!」
 静寂だった病院の屋上に、落下する結城の絶叫だけがこだまする。
 もちろんアテナが結城を受け止めるべく待機しているのだが、高速で迫り来る屋上の床を前に、結城は走馬灯を見る間もなく気絶した。
 アテナはまずベンチを軽く片手で受け止め、次に結城を衝撃をゼロにして抱きとめるはずだったが、直前で結城の体が消えてしまった。
 何者かが結城の襟首を掴み、アテナが受け止める前に移動させたのだ。一緒に落下してきた千夏だった。
 千夏は結城を奪うと床を一蹴りし、アテナと数メートル距離を取った。
 無言で睨み合うアテナと千夏。双方しばらく黙っていたが、やがて千夏の方が先に表情を崩した。
「分かった分かった、降参。メガミサマの愛しい男を落とすのは、なかなか骨が折れるこった」
「そ、そういうことではありません! ユウキが拒んでいるようなら、認められないと言っているのです!」
「……じゃあコイツがヤっていいって言ったら問題ないってことか」
「それなら問題ありません。相手があなたというのは少々しゃくですが……」
言質げんち取ったぜ」
 千夏は八重歯を見せて笑うと、結城の入院着の肩をはだけさせ、そこに口を押し当てて強く吸った。かなりの吸引力だったのか、気を失っている結城が『うっ』と呻いた。
「なっ! 何を―――」
「ちゅぱっ! ほれ、返す」
 結城の肩への口吸いが終わると、千夏は結城を放り投げ、アテナがそれを抱きとめた。
「鬼の接吻くちづけだ。これで半端なヤツは手が出せなくなった」
 結城の肩口には小さな赤い充血痕が付いていた。
「……危険はないのでしょうね?」
「ただの印だよ。けど見る奴によっては鬼族あたしが付けたって分かるから、ある意味虫除けかな」
 千夏は余裕をもって屋上の出入り口に歩き出した。あまりに敵意のない無防備な様子から、アテナも身構えることはしなかった。
「一つ言っとく」
 アテナとすれ違いざまに、千夏は声を低くして言った。
結城そいつは『こっち側』に寄り過ぎてる。気を付けとかないと人間の側に戻れなくなるぞ。そいつに人の領分を超えさせたくないならな」
 それだけ伝えると、千夏はもう一瞥することなく屋上を後にした。
 残ったアテナは腕の中で泡を吹いている結城を見た。
 ハンカチを取り出して口元を拭い、白目を剥いている目を閉じさせる。
 アテナにしてみれば、結城は非常に危なっかしく、純粋な子どもそのものだった。
 アテナは自身が育てたエリクトニオスのことを思い出した。
 エリクトニオスは聞きわけがよく、何でもそつなくこなしてしまう秀才だった。比べれば内実は真逆のように感じることも多々あるが、アテナはあるいは結城のような子を育てることになっても良かったかもしれないと思っていた。
 文武の才に欠け、落ち込むこともあれど、それでも結城は前に進もうとする意志を持ち続ける。どんなにちっぽけでも。たとえカタツムリやイモムシより遅れようとも。
 そんな戦士としてはからっきしな結城には、砂粒よりも小さいが、英雄となる資質が見え隠れしていた。
 本来誰もが持つ英雄となる資質は、一生のうちに誰もが発揮するわけではなく、状況、時期、精神等の条件に大きく左右される。歴史に名を刻むほどの英雄となる者もいれば、誰の記憶にも残らない者と様々だ。
 アテナはそういった英雄の資質を見出し、英雄として花開いた者たちを数え切れないほど見てきた。
 だが、英雄は偉業を成し遂げる一方で、非業の最期を迎える者がほとんどだった。安楽に、幸福に往生する者は、ほんの一握りもいなかった。
 もし結城が何かのきっかけで英雄となってしまった場合、偉業の対価に耐えられる可能性は極めて低い。それがどれだけ小さな成果であっても。
 千夏が気にかけていたのは、そこを察していたのかもしれない、とアテナは思った。
 結城を鍛える一方で、アテナもまた結城が行く道に懸念を抱いている。
「ユウキ、あなたを英雄にはさせませんよ」
 聞こえていない結城にそっと呟き、アテナは結城を少し強く抱きしめた。
 その様子を見ていた人影は、一度は屋上に出ようとしたものの、音を立てずに階段を降りていった。

「ぐあ……うぉ……」
 桜一郎おういちろうは首を締め上げてくる二本の腕を必死の思いで引き剥がした。
千冬ちふゆ、絞めすぎだ。本当に息が止まるところだったぞ」
「こうすると男の人ってすっごく『元気』になってくれるんですよ♪ でも終わったら大抵動かなくなってるんですけどね」
 桜一郎に馬乗りになりながら、何の屈託もなく言ってのける千冬に、桜一郎は同じ鬼ながら恐ろしいものを感じた。
「こんな力で絞めたら、人間ならとうくびり殺されている」
「でも桜一郎さんは頑丈なんで大好きです。もう一回しましょう♪」
「ぐおっ! く、首はやめろ……いくら自分でも……」
 千冬はまたも桜一郎の首に指を絡めて締め上げようとする。
 が、不意にベッドカーテンが開かれ、二人は乱入してきた人物に顔を向けた。ウォッカのボトルを持った千夏だった。
「千夏姉様」
「お前ら病室にブチ込まれてからずっとヤッてたのか?」
「違いますよ。ずっとシテたのは最初の二日間だけです。でもさっき怪我が痛み出したらまた疼いてきちゃって」
 千夏が目線を下に向けると、千冬の腿の包帯には血が赤く滲んでいた。
 千夏も含めた姉妹たちは、鬼としての凶暴性が性欲として表れることが多いが、単純な勢いだけなら千冬が一番凶悪だった。おまけに普段のおどおどした調子はどこ吹く風となっている様は、時に千夏も呆れるほどだった。
「千夏姉様はどうしたんですか?」
「ちょっと珍味を喰おうとしたらお預けくらった」
 それを聞いた千冬は、『イイこと思いついた』と言わんばかりに破顔した。
「じゃあ姉様もどうですか?」
 千冬は人差し指で下をちょいちょいと指差した。そこには千冬に馬乗りにされてベッドに横たわる桜一郎がいる。
「久しぶりに一緒にシましょうよ~」
「待て、千冬。自分は御免こうむ―――むぐ!」
 桜一郎が意見する前に、千冬は桜一郎の口元を鷲掴みにした。
「ねっ♪」
「う~ん……まっ、今からさらってきて喰うよりは手っ取り早いか」
「ぷはっ! ま、待て千夏。自分はこれ以上は―――」
「お前も鬼なら分かってるだろ、桜一郎。鬼は、とことん満足するまで止まらないってこと」
 千夏は着ていた入院着を力任せに引き裂いた。
 その後、翌日の朝まで桜一郎は貪られ続けたのだった。
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