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豪宴客船編
古の闘い その3
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結城の膝枕で眠っていたクロランは、突然何かのショックを受けたように目を見開いた。
「ん? クロラン?」
ゆっくりと体を起こすクロラン。しかし、その様子は心ここにあらずという風で、結城は怪訝な顔をする。
セントラルパークの中央ではなく、もっと遠くを見つめているクロランの脳裏には、強い『命令』が流れ込んできていた。
それを言葉にするならば、『来い』という命令だった。
「っ!」
「うわ!」
クロランはソファから立ち上がると、ボックス席の天井近くまで跳び上がり、宙返りをしてソファの後ろに着地した。全く目にしたことがなかったクロランの機敏な動きに、結城はただ目を丸くするばかりだった。
「? くろらん、どしたの?」
クロランの跳躍に気付いた媛寿も声をかけるが、それに反応することなく、クロランは走り出す。ボックス席の壊れた右側に向かって。
「クロラン!? ちょっ!」
結城の制止も聞かず、クロランはボックス席から飛び降り、セントラルパークの地面に着地した。そこからパークの出口を見定め、疾風のように一直線に駆けていく。
「クロラン!? どこ行くの!?」
結城は途切れたボックス席の床ギリギリまで来て、クロランが走り去っていく様子を見ていたが、
「ゆうき、じゃんぷ!」
「え?」
後ろから助走をつけてきた媛寿に手を握られ、引っ張られた結城は一緒にボックス席の端から飛び出すことになってしまった。
「お、おわあああ!」
昇降装置で持ち上げられたボックス席は、地上から4メートルほど高くなっている。さすがに結城も心の準備なく跳ぶのは恐かったが、
「ん?」
セントラルパークの芝を踏む前に、何か別のものを踏みしめたため、それほど着地のショックは強くなかった。
「あれ? 今なに踏んだの?」
「ゆうき、はやく!」
「あ、ああ、そうだね」
足元を確認しようとした結城を、媛寿が手を引っ張って強引にクロランの後を追わせる。
「うぅ……痛ぇ……助け……てぇ……」
結城と媛寿が走り去った後、呪い返しのせいでミイラのように痩せこけてしまった蛙魅場が呻いていた。背中に大小二つの足跡をつけた状態で。
アテナが突き上げた右拳は、楠二郎の鼻骨を砕き、頭蓋を割り、顔面を押し込むように歪めさせた。
「ぐあっがぁ!」
潰れた顔から血を吹き上げ、後ろへ仰け反る楠二郎。
アテナは楠二郎の腰に回していた両脚を解くと、今度は楠二郎の頭部を両腿で挟んだ。
「はあっ!」
地面に突き込んだ十指を支点に、アテナは楠二郎の体を足で持ち上げる。
「はっ!」
腿で挟んだ楠二郎の頭部を、弧を描いて地に叩きつけるアテナ。変形のヘッドシザースホイップが、楠二郎の頭頂を見事に割った。
「ふぅ……」
楠二郎の頭から腿を離したアテナは、立ち上がって距離を取ると大きく深呼吸した。それまでの楠二郎の猛攻が感じられないほど、非常に穏やかな表情で。
「やっぱ女神サマのほとを味わうのは容易じゃねぇな」
頭部全体から血を滴らせながら、楠二郎もまた立ち上がった。
「……これでもなお立ってくるとは。そのしぶとさ、あるいはネメアの獅子に届くのやもしれません」
「脳ミソが垂れちまったらヤバいとこだったけどな。だが……」
顔に付いた血を掌で拭うと、楠二郎はアテナに歯を見せて破顔した。
「このぐらいじゃ俺はくたばらねぇよ」
その顔は、ついさっきアテナに潰されたのが嘘のように、綺麗に元に戻っていた。
「もっとも、俺も驚いたぜ。あれだけやってまだ抵抗する力が残ってたとはな」
「……」
「あれでまだ足りねぇっていうなら……より足腰たたなくしてやるしか—————ねぇようだな!」
言い終わると同時に、楠二郎はアテナに突進する。その勢いを充分に乗せた右拳を、アテナの左頬に狙いを定めた。
「っらぁ!」
楠二郎渾身の殴打が、アテナの面貌を捉えた。その強大な威力に、アテナは身体もろとも弾き飛ばされる—————と思われた。しかし、
「なっ!?」
楠二郎の突き出した右腕を、アテナの両掌ががっしり掴んだ。すかさず跳躍するアテナ。楠二郎の右腕を両腿で挟み込み、跳躍の勢いも合わせて身体を捻りこんだ。
「せあ!」
「ぐわっ!」
恐るべき捻転力によって、楠二郎は右腕もろとも身体を空中で何回も回転させられる。その回転が終わる頃には、楠二郎は背中から地に叩きつけられていた。
衝撃にむせかえる間もなく、アテナは自身の身体で包んでいた楠二郎の右腕をへし折った。
「があっ!」
アテナ謹製の飛びつき腕ひしぎ十字固めからの腕折りを受け、楠二郎は苦悶の声を上げた。
折れた腕を接合させまいと、アテナは右腕を極め続けるが、楠二郎もおとなしくしていない。まだ筋肉は断裂されていなかったので、全力で右腕を引き寄せようとする。
「ぐあああ!」
骨が折れてもなお驚異的な膂力を発揮し、楠二郎は右腕に掴まったアテナごと持ち上げてみせた。
「ぐあっらぁ!」
アテナを地面に叩きつけようと、楠二郎は仰向けの状態から身体を反転させる。右腕が振るわれる直前、アテナは腕を離して回避した。全力で叩きつけられた右腕は、またもセントラルパークを大きく震わせた。
「はあ……はあ……」
予想外の技を受けた楠二郎は、呼吸を荒げながら立ち上がった。その間、あらぬ方向に曲がった右腕も元に戻す。
「……何しやがった……確実にぶち込んだはずだ……反撃なんかできるはずがねぇ……何しやがった!」
少なくない動揺を見せ、楠二郎はアテナを振り返る。
アテナもまた、楠二郎に振り返った。その目には、まだ闘志が強く灯っていた。
「ん? クロラン?」
ゆっくりと体を起こすクロラン。しかし、その様子は心ここにあらずという風で、結城は怪訝な顔をする。
セントラルパークの中央ではなく、もっと遠くを見つめているクロランの脳裏には、強い『命令』が流れ込んできていた。
それを言葉にするならば、『来い』という命令だった。
「っ!」
「うわ!」
クロランはソファから立ち上がると、ボックス席の天井近くまで跳び上がり、宙返りをしてソファの後ろに着地した。全く目にしたことがなかったクロランの機敏な動きに、結城はただ目を丸くするばかりだった。
「? くろらん、どしたの?」
クロランの跳躍に気付いた媛寿も声をかけるが、それに反応することなく、クロランは走り出す。ボックス席の壊れた右側に向かって。
「クロラン!? ちょっ!」
結城の制止も聞かず、クロランはボックス席から飛び降り、セントラルパークの地面に着地した。そこからパークの出口を見定め、疾風のように一直線に駆けていく。
「クロラン!? どこ行くの!?」
結城は途切れたボックス席の床ギリギリまで来て、クロランが走り去っていく様子を見ていたが、
「ゆうき、じゃんぷ!」
「え?」
後ろから助走をつけてきた媛寿に手を握られ、引っ張られた結城は一緒にボックス席の端から飛び出すことになってしまった。
「お、おわあああ!」
昇降装置で持ち上げられたボックス席は、地上から4メートルほど高くなっている。さすがに結城も心の準備なく跳ぶのは恐かったが、
「ん?」
セントラルパークの芝を踏む前に、何か別のものを踏みしめたため、それほど着地のショックは強くなかった。
「あれ? 今なに踏んだの?」
「ゆうき、はやく!」
「あ、ああ、そうだね」
足元を確認しようとした結城を、媛寿が手を引っ張って強引にクロランの後を追わせる。
「うぅ……痛ぇ……助け……てぇ……」
結城と媛寿が走り去った後、呪い返しのせいでミイラのように痩せこけてしまった蛙魅場が呻いていた。背中に大小二つの足跡をつけた状態で。
アテナが突き上げた右拳は、楠二郎の鼻骨を砕き、頭蓋を割り、顔面を押し込むように歪めさせた。
「ぐあっがぁ!」
潰れた顔から血を吹き上げ、後ろへ仰け反る楠二郎。
アテナは楠二郎の腰に回していた両脚を解くと、今度は楠二郎の頭部を両腿で挟んだ。
「はあっ!」
地面に突き込んだ十指を支点に、アテナは楠二郎の体を足で持ち上げる。
「はっ!」
腿で挟んだ楠二郎の頭部を、弧を描いて地に叩きつけるアテナ。変形のヘッドシザースホイップが、楠二郎の頭頂を見事に割った。
「ふぅ……」
楠二郎の頭から腿を離したアテナは、立ち上がって距離を取ると大きく深呼吸した。それまでの楠二郎の猛攻が感じられないほど、非常に穏やかな表情で。
「やっぱ女神サマのほとを味わうのは容易じゃねぇな」
頭部全体から血を滴らせながら、楠二郎もまた立ち上がった。
「……これでもなお立ってくるとは。そのしぶとさ、あるいはネメアの獅子に届くのやもしれません」
「脳ミソが垂れちまったらヤバいとこだったけどな。だが……」
顔に付いた血を掌で拭うと、楠二郎はアテナに歯を見せて破顔した。
「このぐらいじゃ俺はくたばらねぇよ」
その顔は、ついさっきアテナに潰されたのが嘘のように、綺麗に元に戻っていた。
「もっとも、俺も驚いたぜ。あれだけやってまだ抵抗する力が残ってたとはな」
「……」
「あれでまだ足りねぇっていうなら……より足腰たたなくしてやるしか—————ねぇようだな!」
言い終わると同時に、楠二郎はアテナに突進する。その勢いを充分に乗せた右拳を、アテナの左頬に狙いを定めた。
「っらぁ!」
楠二郎渾身の殴打が、アテナの面貌を捉えた。その強大な威力に、アテナは身体もろとも弾き飛ばされる—————と思われた。しかし、
「なっ!?」
楠二郎の突き出した右腕を、アテナの両掌ががっしり掴んだ。すかさず跳躍するアテナ。楠二郎の右腕を両腿で挟み込み、跳躍の勢いも合わせて身体を捻りこんだ。
「せあ!」
「ぐわっ!」
恐るべき捻転力によって、楠二郎は右腕もろとも身体を空中で何回も回転させられる。その回転が終わる頃には、楠二郎は背中から地に叩きつけられていた。
衝撃にむせかえる間もなく、アテナは自身の身体で包んでいた楠二郎の右腕をへし折った。
「があっ!」
アテナ謹製の飛びつき腕ひしぎ十字固めからの腕折りを受け、楠二郎は苦悶の声を上げた。
折れた腕を接合させまいと、アテナは右腕を極め続けるが、楠二郎もおとなしくしていない。まだ筋肉は断裂されていなかったので、全力で右腕を引き寄せようとする。
「ぐあああ!」
骨が折れてもなお驚異的な膂力を発揮し、楠二郎は右腕に掴まったアテナごと持ち上げてみせた。
「ぐあっらぁ!」
アテナを地面に叩きつけようと、楠二郎は仰向けの状態から身体を反転させる。右腕が振るわれる直前、アテナは腕を離して回避した。全力で叩きつけられた右腕は、またもセントラルパークを大きく震わせた。
「はあ……はあ……」
予想外の技を受けた楠二郎は、呼吸を荒げながら立ち上がった。その間、あらぬ方向に曲がった右腕も元に戻す。
「……何しやがった……確実にぶち込んだはずだ……反撃なんかできるはずがねぇ……何しやがった!」
少なくない動揺を見せ、楠二郎はアテナを振り返る。
アテナもまた、楠二郎に振り返った。その目には、まだ闘志が強く灯っていた。
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