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豪宴客船編

古の闘い その2

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「っらぁ!」
 突進の勢いを乗せて放たれた楠二郎くすじろうの右拳を、アテナは紙一重で受け止めた。
「くっ!」
 防いだとはいえ、攻撃が届く寸前まで反応できないとあっては、アテナも最適な防御は難しい。腕に走るしびれに、わずかな苦悶の声が漏れた。
「かぁ!」
「っ!?」
 防御直後のアテナのすきを突き、楠二郎はアテナの腕を掴み、同時に足払いをかける。
「おおぁ!」
 体勢の崩れたアテナを、鬼の膂力りょりょくで背負い投げる楠二郎。今度は受身を取らせないよう、腕は掴んだままだ。
「がっ!」
 豪力と速さが重ねられた背負い投げによって、アテナは地面に背中から落とされた。常人なら全身の骨が砕けるほどの衝撃は、セントラルパークを大きく震わせる。
 楠二郎はまだアテナの腕を離さない。そのまま逃げられないようにして、右足を大きく上げた。
 それを見たアテナは察した。先と同様の踏み付けではなく、かかとを落としてくる気だと。
「おぅりゃ!」
 まさに鉄槌の如く、楠二郎の踵が振り下ろされる。その直下、アテナの額を狙って。
「ぐぅ!」
 不可避の踵落としがアテナの額に叩き込まれ、さらに強い衝撃がセントラルパークを襲う。額を血に濡らしながら、アテナは一際大きくうめいた。
 それでもなお、楠二郎の攻撃は止まらない。まだ離していなかったアテナの腕を大きく振り、アテナの体が宙に持ち上がる。
「うっらぁ!」
 踵落としに続いて楠二郎は、アテナを砂袋のように地に叩きつける。
「おぉっらぁ!」
 楠二郎はまた向きを変え、アテナを腕から持ち上げては投げ落とす。アテナを離すことなく繰り返される投げ落としは、周りにあるリングの破片を粉砕し、一層強い振動をとどろかせた。
 まるで人形のように投げられ続けるアテナは、なぜか楠二郎の踵落としを受けてから、一言も発するどころか受身も取っていない。もはや抵抗する気力も失われてしまったかのようだった。
「あぁっりゃぁ!」
 楠二郎はとどめと言わんばかりに、一際ひときわ力を込めた投げ落としを見舞う。
「かはっ!」
 アテナの後頭部と背が、轟音を立てて地面に激突する。その威力から、アテナは気管に詰まった息を苦しげに吐き出した。
「はあ……はあ……」
 額に受けた踵落としの直撃から、腕を掴まれての連続投げ落とし。全身を余すことなく打ちつけられたアテナは、仰向けになって荒い呼吸を繰り返した。
「どうだ? これで申し分ないか?」
 天を仰いで息せき切るアテナの顔を、楠二郎が逆さから覗き込む。
「もうまともに声も出ない、か。だが、これで俺の力はあんたより上だと証明されたわけだ」
 楠二郎はゆっくりとした足取りでアテナの足元まで歩いていった。
「俺はしとねに着くまで待ったりしねぇ。この場であんたの純潔、もらい受ける」
 しゃがみこんだ楠二郎は、アテナの足の間に割って入ると、アテナに覆い被さるように前のめりになった。
「さて……その柔肌、存分に堪能させてもらおうか」
 楠二郎は来たる瞬間をじっくり味わうように、アテナの胸元に手を伸ばしていく。
 アテナの体を覆うペプロスの布の端に指を掛け、あとは強く引っ張れば、アテナの肌をあらわにしてしまえる―――――はずだった。
「ん?」
 アテナのペプロスをぎ取ろうとした楠二郎は、不意にその手を止めた。楠二郎の腰に、アテナの両脚がそっと絡み付いてきたからだ。
「おいおい、気が早いな。まだ挿入れてもいな―――い!?」
 余裕のあった楠二郎の声が一気に上ずった。腰に回されたアテナの両脚は、楠二郎の腹筋、内臓をつぶさんばかりの力で締め上げてきたのだ。
「ぐ……ごぁ……」
「認めましょう、バラキモト・クスジロウ。あなたは……強い」
 血で塗れた目蓋を開けたアテナは、胴を締められ苦悶する楠二郎を見た。
「しかし、それでも……闘神ヘラクレスにはまだ遠い!」
 勢いよく上体を起こしたアテナは、強く握りこんだ拳を、楠二郎の顔の中心へとめり込ませた。

「ど、どうなったの?」
 セントラルパーク中心部は、楠二郎がアテナを何度も叩き付けたために、塵芥ちりあくたが舞って完全な視界不良になっていた。
 結城ゆうきはアテナが投げつけられている場面までしか見えなかったので、どんな状況になったのか気が気でなかった。アテナもかなり頑強ではあるが、怪我を一切しないというわけではないからだ。
「ん~……みえない」
 媛寿えんじゅも年季の入った遠眼鏡で見ようとするが、どこを見ても土煙ばかりが立ち込めていた。
 結城と媛寿が試合に食い入る中、気を失っていたクロランは、いつの間にか目をつむってすやすやと寝息を立てていた。

 端末から短い電子音が鳴り、オスタケリオンは端末を持った手を眼前まで引き寄せた。
 ディスプレイには『START UP・・・100% GLEIPNIR‐SYSTEM STAND BY OK』の文字が並んでいる。その下には、長方形の枠で囲まれた『START』の文字が、一定感覚で明滅を繰り返していた。
 それを見たオスタケリオンは、満足げに笑みを浮かべ、『START』の枠をタップした。
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