小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

古の闘い その1

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「かはっ!」
 周囲を霧のように塵芥ちりあくたが舞う中、アテナは気管に詰まった息を吐き出した。受けた衝撃が脳を揺らし、背を突き抜けて肺を震わし、意識を徹底的に押し潰そうとする。
 仰向けに倒れ伏し、荒い呼吸を繰り返すアテナに、楠二郎くすじろうが馬乗りになって覆い被さった。
「さて……その柔肌やわはだ、存分に堪能させてもらおうか」
 化物けものの光を発する眼で見下ろしながら、楠二郎はアテナの纏うペプロスの胸元に手をかけた。

 六分前に遡る。

「おぉ~。あてなさま、ちょーほんき」
「あ、ああ。そうだね」
 はしゃぐ媛寿えんじゅとは対照的に、結城ゆうきは冷や汗をかきながら心臓を高鳴らせていた。主に悪い意味で。
 アテナが本気で闘おうとしていることは、結城もひしひしと感じていた。離れたボックス席に居てすら、発せられた気迫が異様な圧力となって押し寄せてきている。
 結城はアテナとの付き合いがそれなりにあるので、他の観客のように気絶するまではならなかったが、結城でもこれほど本気になったアテナを見たことはほとんどない。
(あの対戦相手の人、そんなに強いのかな? 怪我とかもすぐに治るっぽい?)
 闘いに臨んでいるアテナの雰囲気は、これまで結城が見てきたどれとも違っていた。千夏ちなつと勝負している時ですら、今のような眼をしていたことはない。
(何を話してたのか聞こえなかったけど、あの対戦相手の人、アテナ様を怒らせるようなことでも言ったのかな?)
 結城はそう考えたが、アテナの様子からキレたわけではなさそうなので、すぐに思い直した。ただ、楠二郎が何事かをアテナに話したことで、アテナの心構えが確実に変化したのは分かった。
(アテナ様が負けるとは思わないけど、これはアテナ様にとって大事な闘いになる、ってことか。がんばって、アテナ様!)
 理由までは分からなくとも、妥協も油断もなく闘おうとしているアテナに対し、結城は心の中で声援を送った。
(……にしても)
 結城はちらりと右脇を見た。右隣に座っている媛寿は、決勝の行方に鼻息を荒くしている。そちらはいいのだが、
(クロラン……大丈夫かな……)
 左隣に座っていたクロランは、すでに目を開けたまま気を失い、結城の膝を枕にして横倒しになっていた。これまでのアテナの超神的な試合運びに加え、先のアテナが放った気迫に当てられ、クロランの精神もついに限界を迎えてしまったらしい。
 これがクロランの心の傷にならないか心配しつつ、結城はクロランの頭を撫で、試合を見守ることにした。
 
 楠二郎が『本当の武術を見せる』と宣言してから、アテナは楠二郎の様子に違和感を覚えていた。
 楠二郎は足を肩よりやや狭く開き、わずかに踵を上げ、両手は握らず開かずの状態に留めている。
 それまでの構えとは打って変わり、おおよそ武術の構えとしていいのか判断できないポージングだった。
(ここまでのカラテの構えではない? ジュウドウ……でもない。ニホンケンポウ? いえ、ジュウジュツ?)
 アテナも楠二郎が使うであろう武術を予想するが、どれも近いようでいて当てはまらない。それでもどんな攻撃にも対応できるよう、感覚は研ぎ澄ませている。
「フウゥ……」
 そうしているうちに、楠二郎は小さく息を吸い込んだ。それまでの呼吸法とは違い、ただ息を吸い込んだだけだった。
 そこから小さく前傾姿勢を取り、アテナも仕掛けてくる気配を感じ取っていた。
 だが、アテナは動くことができなかった。楠二郎の姿を捉えられなかったわけではない。はっきりと見えていたはずだった。
 それでも、アテナが気が付いたときには、楠二郎は眼前まで迫り、真っ直ぐに右掌を突き出すところまで来ていた。
「くっ!」
 楠二郎の謎の動きに一瞬驚くも、アテナは顔面に直撃しそうだった掌打を受け流した。
(動きはとらえていた。それが……反応できなかった!?)
 予想を超える楠二郎の攻撃に、アテナは驚愕した。が、それも束の間、アテナは右脇腹に鈍い痛みを感じて目を見開いた。
「っ!?」
 掌打を受け流したアテナに間髪入れず、楠二郎は左フックをアテナの肋骨に叩き込んだ。先の肋骨への意趣返しと言わんばかりに。
「ぐっ!」
 骨を折られこそしなかったが、鬼の腕力による一撃を受けては、さすがのアテナも無傷とはいかない。右脇から突き抜けた衝撃に、わずかに体勢を崩してしまった。
 そのすきを見逃さず、楠二郎は右手でペプロスの首元を、左手でゾーネーベルトを掴み、小脇に抱え込むような形でアテナを投げた。柔道の体落としに近い。
「けやぁ!」
「くっ!」
 地面に投げ落とされると察したアテナは、受身を取って限界まで衝撃を緩和する。
 アテナが地に転がされている状況を、楠二郎が逃すはずもなく、容赦なくアテナの鳩尾みぞおちを踏みつけにかかる。
 寸でのところで身をひねってかわすアテナ。楠二郎の足は下にあった地面を踏み、地響きとともに大きな亀裂を作る。
 アテナは腕一本で立ち上がり、距離を取りつつ再び構えた。楠二郎も足を戻し、また元の異様な構えになった。
「どうやら通じるようだな。俺のとっておきは」
「……ええ、驚きました」
「外国から来た女神サマじゃ、さすがにコイツは知らなかったんじゃないか?」
「いいえ。驚きましたが、見当はつきます」
「へぇ、知ってたのか」
 アテナの反応に、楠二郎は意外そうにしながらも感心した様子を見せた。
「スマイ、というものですね」
「正解」
 日本の国技『相撲』が、まだその名になっていなかった頃、『角力すまい』と呼ばれ、神事、格技として、数多の豪力自慢が腕を磨き、肉体を極限まで鍛え上げていた。その名の意味するところは、純粋な『力比べ』。
 古くは野見宿禰のみのすくね当馬蹴速たいまのけはやが闘った天覧試合。さらに神話の時代までさかのぼれば、建御雷神タケミカヅチ建御名方神タケミナカタの力比べにまで行く着く。
 そして現代相撲とは打撃を主とする点は同じでも、拳による打撃から、足技、投げ技、締め技に至るまで、使用が可能だったという点で相違がある。世界最古の総合格闘技の一つである。
「ニホンの武術について記した本で存在は知っていました。まさか使う者がいるとは思いませんでしたが……」
「正確には角力すまいに近いモノ、だがな。コイツは俺の全ての経験を元に練り上げ、俺が一番使いやすい形に昇華させた闘法。それが偶々たまたま角力になっちまったって代物だ」
「……」
可笑おかしなモンだよな。身一つで闘うことを突き詰めていけば、結局は最古はじまりに戻っちまったんだから」
「……」
「俺にコイツまで使わせたのは、あんたが二人目だ。この闘いも、あんたも、俺がもらってやるぜ!」
 豪胆に言い放つ楠二郎に、アテナは口を強く引き結んだ。
 驚かされたのは本当だった。細胞活性による復元力に、日本最古の武術まで持ち出してきた楠二郎を、アテナは真の強敵と定めた。
 しかし、アテナはまだ焦っていなかった。楠二郎の武術に対する糸口を、いくつか見出していたからだ。
(攻めの瞬間を捉えられなかった理由は判っている。それを打ち破るには……)
 
「ようやく本領発揮か。どうせならもう少し早く使ってもよかったものを」
 モニター越しに試合を見ていたオスタケリオンは、楠二郎の試合運びに苦笑した。
(女神アテナを討ち取れるようなら、それも良し。その時にはまた別のプランを考えるか)
 今後の展望を練りつつ、オスタケリオンは手元の端末に目を向けた。ディスプレイには『START UP・・・75%』と表示されている。
(もう少しだ)
 再びモニターに視線を戻したオスタケリオンの口元には、邪悪な微笑が浮かんでいた。モニターに映る、結城とクロランの姿を見つめながら。
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