小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

幕間 三人の思い

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 目が覚めたと同時に、結城ゆうき布団ふとんから飛び起きた。
『ピオニーアさん!? ピオニーアさんは!?』
 あわててあたりを見回すが、
『……どうして?』
 そこは見慣れたアパートの一室だった。
『ゆうき?』
 呆然としていた結城の耳に、聞き慣れた声が入ってきた。
 振り向くと、台所から洗面器の水を換えて戻ってきたであろう媛寿えんじゅの姿があった。
『ゆうき! よかった! めぇさめた!』
 取り落とした洗面器も構わず、媛寿は結城の脇にしがみついた。
『媛寿? もしかして媛寿が僕をここまで運んでくれたの?』
『うん』
『そうか、ありがと―――あっ! ピオニーアさんは!? ピオニーアさんはどうなったの!?』
 結城は媛寿の両肩を掴んでピオニーアの安否を聞くが、
『……』
 媛寿は黙ったまま、力なく首を振って答えた。
『どういう……こと? ピオニーアさんは……どこにいるの? 媛寿』
『ぴおにーあは……もういない』
『それって……』
 媛寿の肩を掴んでいた結城の手が、力を失い落ちていった。
『……媛寿、これだけは答えてほしい……』
『……』
『ピオニーアさん……亡くなったの?』
 結城がそう聞いた後、しばらく沈黙が続き、媛寿は――――――――――はっきりとうなずいた。
『う……うぅ……うあああ』
 かすれた嗚咽おえつとともに、結城はその場に泣き崩れた。
 どのくらい泣き続けたのか分からないが、その間、媛寿は結城の前に立ち続けていた。

「っ!」
 目を開けた結城の前には、小雨が降る夜の山中さんちゅうが広がっていた。
 どうやらいつの間にか微睡まどろんでいたらしい。
(あの時の夢、か)
 三年前、結城はピオニーアの死を確信した。
 以来、結城はピオニーアと最後に会った場所に、花をそなえ続けている。
 ピオニーアがどうなったのか、結城は肝心の記憶が抜け落ちていた。
 だが、ピオニーアが命を落としたのは間違いないと考えている。
 なぜなら、媛寿が嘘をつくことは、滅多なことでありえないからだ。
 少なくとも、小林結城に対しては。

「ハア……ハア……」
 琥外家こがいけが用意したワゴン車の中で、コチニールは今なお続く肉体の苦痛にあえいでいた。
 全身を焼いた火傷やけどあとは、三年った今も完治せず、ひどい後遺症をともなったままだ。
 目立つ行いをけたというのもあるが、琥外家がすでに積極的に協力する気を失っているという部分も大きい。
 この三年間、まだ治療の面倒を見ただけでも破格の温情だった。
 琥外家としてもコチニールの存在をが明るみに出るのは不都合だったという事情もあるだろうが、何にしてもコチニールにとってはありがたいことだった。
 半年前に昏睡から目覚めて以降、コチニールは起死回生の機会チャンスを狙っていた。
 可能であるならば、再度ピオニーアを確保するのが望ましかったが、あれ以来ピオニーアの行方はようとして知れない。
 いくらさがしても消息が掴めず、やむなくコチニールは計画を変更した。
 三年前の復讐を果たしつつ、なおつ目的の物を手に入れるための計画へ。
 琥外家にしても、三年前からここまで辛酸しんさんめさせられた鬱憤うっぷんを晴らせるならと、最後の協力を取り付けた。
 コチニールの予想通り、忌み姫リズベルは日本にやって来た。
 そして小林結城を襲撃した。
 計画は順調のはずだった。
 しかし、事の流れはなぜか予想外の方向へと向かっている。
 状況がどう転ぶか分からなくなってしまった以上、コチニールはみずから出向いて成果を得るほかなくなった。
 コチニールは左手の中に収まっている物を見た。
『最後の支援だ。コレを使っても入手できなければ、もはや貴様に用はない』
 そう言って渡された最後の手札を、コチニールは震える手で握りめた。
 地獄の苦痛も、死の恐怖も、コチニールにとっては何ら重荷にならなかった。
 今も、三年前も、それ以前も、コチニールを動かしているのはただ一つの目的のみ。
(世界のかげへと追いやられた……我ら赤の一族ジェラグの栄光を……今こそ蘇らせ……世界に知らしめるのだ!)

 天逐山てんぢくざんの暗い山道さんどうを、リズベルはひたすらに山頂を目指して走っていた。
 リズベルの思考は混乱の極みにあった。
 結城へのない復讐心と、新たな事実を知った衝撃との板ばさみになり、もはや行動を制御できないでいる。
 山頂へと走り出したものの、実際にそこへ至って何をすればいいのか、リズベルは答えを導けないままだった。
 ただ、このままでは確実に、小林結城は死を迎えることになる。
 リズベルが望んだ通りに、小林結城に死の制裁が加えられることになる。
 それを招いたリズベル本人が、今、復讐の成就じょうじゅを何をおいてでも止めようと走っている。こばんでいる。
 枝で手を切り、みきにぶつかり、石につまづいて転んでもなお、山頂の結城の元へ急ぐリズベル。
 つぶれそうになる肺をおさえ、増えていく傷の痛みを無視し、リズベルは千春ちはるに追いつこうと、山頂の結城に会おうと走る。
 ただ一つの気持ちに突き動かされて。
(このままじゃ……ピオニーアが……ピオニーアが死んじゃう!)
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