10 / 79
許せなかった
しおりを挟む婚姻を言い渡されてから、それを拒否することが出来なかったルーファスは、一人自室に戻った。
父である国王はルーファスにとって偉大であり最も尊敬する人物だった。だが常に冷静で冷徹で、子供に対しても一線を引いている感じであって、身内であっても意見を述べる事など、この時のルーファスにはまだできなかった。
慈愛の女神の生まれ変わりを自分の妻とする事は、幼い頃から親である国王に言われ続けていた事だった。
その事にはじめは訳も分からずに、ただ受け入れるだけだったのだが……
初めて会ったのは、フューリズが4歳の頃だったか。その頃から我儘で周りの者達は幼い子供相手に右往左往していたのを覚えている。
まだ善悪も分からない状態の4歳児。呆気なく笑うその姿は殆どの者が愛らしいと思うものだったのかも知れない。
けれどルーファスがそう思う事は一度も無かったのだ。自分に何かされた訳ではないし、その頃の我儘は可愛いものだったが、それでもルーファスの目にはフューリズが何か異質なモノに見えてしまったのだ。
この娘と自分が結婚する事になるのかと思うと、何とかそれを回避出来ないかとその時から考え始めていた。
そんな様子のルーファスを見て、ルーファスが生まれてからずっとついてくれていた執事がフューリズの邸に行くと言い出したのだ。
フューリズの元で働く者は辞めていく者があとを立たなかった。それにより常に人員を募集していて、けれど誰でも良いわけではなく、やっと探しだして送り込んでも短期間で辞めたり働けなくなってしまう者ばかりだったので、教育庁のフューリズ担当の者も、この執事の申し出が有り難かったのだ。
そんな経緯から、ルーファスはフューリズに対して不信感を持っていたし、その残虐さを勿論認めたくはなかった。
だけど父である国王の意向は揺るぎなかった。それはこの国の為なのだと、何度も説き伏せるようにルーファス話して聞かせていて、国王もまたルーファスがフューリズに好意を抱けない事を知っていたのだと分かった。
それでもこの婚姻は覆らない。自分はフューリズと結婚するしかないのか。その事を思うと自分の未来に何の希望も持てそうにない。恐らく側室を持つことさえ躊躇われるだろう。あの性格では許される事ではないように思われる。第一にフューリズが幸せを感じなければならないのだ。他の女に現を抜かしている夫を持って、幸せ等普通は考えられないだろうから。
ふと頭によぎる存在に想いを馳せる。
それは森の小さな小屋で週に一度会うだけの少女、ウルスラの存在だ。
それは小さく、痩せていてボロボロの服を身に纏い、見える所にはアザや生傷が絶えずあって、言葉もちゃんと話せないのかたどたどしい、フューリズと同い年位の幼い少女。
だけどその声は優しく耳に馴染んで、いつまでも聴いていたいと思えるものであったし、そしてその笑顔は心にあった嫌な思い出とか辛かった事とか、そういうのを全て無かった事にしてくれるような感覚になる程、心に大きく影響を及ぼした。
そんな存在に出会った事は今まで無かったし、これからそれ以上の存在に会えるとも思えなかった。
自分にとってウルスラはかけがえのない存在へとなっていくのに、そう時間は掛からなかった。
時々約束の日以外でもあの小屋に赴く事はあった。だけど約束の日以外でウルスラに会える事は無かった。それでもあの朽ちた小屋にはウルスラとの僅かな思い出があって、その空間にいられるだけで心が洗われるようにも思えたのだ。
あの小屋にウルスラの勉強になると思い、王城にある図書館から書物を持ち出し置いている。本当は持ち出し禁止なのだが、それよりもウルスラに多くを学ばせてやりたくて、もし自分が来れない時でもここで勉強が出来るようにしてやりたかったのだ。
ウルスラは文字も書けるようになり、簡単な計算なら問題なく出来るようになり、歴史やこの国や近隣国の事も話せば何でもすぐ吸収してしまう頭の良い子だった。
薬草学に興味を示したので、その本を手渡すととても喜んでくれたのを思い出す。
その姿が可愛くて、思わず胸に抱きしめてしまった時の感覚が今でも忘れられない。
少し力を入れるとすぐに折れてしまいそうな程に、ウルスラの体は痩せていた。見て分かっていたつもりだったが、抱きしめてよりそれが分かったといった感じで、こんなに細くて生きていけるのかと心配になってしまった程だった。
それでも胸に抱けた時は嬉しくて、ずっと離さないでこのままでいたいと思った。
ウルスラが慈愛の女神の生まれ変わりであれば良かったのに。
その時は心からそう思ってしまったのだ。
この少女と……ウルスラと共にありたい。守りたい。そうは思っても、勝手に城へ連れていく訳にもいかない。孤児ならまだしも、虐待の傾向は見られているが親はいるのだ。
一度、
「僕と一緒にこないかい?」
と聞いてみた事があったが、ウルスラは驚いたようにルーファスを見つめ、それから頭を左右に振ったのだ。
こんな事をされていも、まだ幼いウルスラには母親の存在は大きかったのだろう。
だからこの状態を続け、ウルスラの気持ちが変わるのを待とうと思っていた。会える時はフォローに徹しようと考えていて、食事は毎回持参し、傷薬を渡したりもした。流石に衣服は断られたけれど、何とかウルスラの力になりたいと思ったのだ。
そんな事を考えている時だった。
扉がノックされて、執事に連れてこられたのはフューリズだった。
フューリズも思うところがあるのだろう。自分を見る表情は、眉間にシワを寄せ怒っているようにも見えた。
執事が退室し、二人きりになった。なんの用があるのか。フューリズもこの婚約に不満を持っているのだろう。それの抗議か。しかし自分にそれを言われても今はなにも出来ない。
それとも婚約者となる自分と仲良くなろうと思ったか? 機嫌をとれとでも言いにきたか?
今さら交流を持つとか、そんな事も考えられないし、したくもなかったが婚約者となる相手を無下にできる訳もなかった。
ルーファスはまたため息をついてしまった。
それは無意識であって、わざとそうしようとした訳ではない。だけどその行為はフューリズには耐えられない事だった。
フューリズはギロリとルーファスを睨み付け、それから何故かフッと笑った。その笑みは人をバカにするような、蔑むような笑みだった。
「お前なんてこっちから願い下げだ……!」
フューリズがそう言った次の瞬間、いきなり目の前が真っ暗になった。
さっきまで窓から入る陽射しで部屋の中は明るかったのに、何一つ見えない状態となってしまったのだ。
それに驚き困惑し、何度も辺りをキョロキョロ見渡す。部屋が真っ暗になったのか、何処かに放り込まれたのか……
そう思って助けを呼ぼうにも声は出なかった。
何故だ?! 何故こうなった?!
狼狽えるルーファスを見て、フューリズは笑いが込み上げてきた。
「アハハハハハっ! お前ごときが私を蔑むからだ! 思い知るが良い! アハハハハハっ!」
その笑い声はいつまでもルーファスに響いているように感じられた。
そうやってルーファスから光と思いを伝える術をフューリズは奪ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない
ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる