38 / 79
王の提案
しおりを挟むウルスラが慈愛の女神の生まれ変わりという事が判明した。
しかし、この状況を喜んでばかりはいられなかった。これからどうするのかをフェルディナンは決めなければならないからだ。
フェルディナンはルーファスがフューリズに想いを寄せていると思っている。そのフューリズが慈愛の女神の生まれ変わりではなかった。あろうことか、復讐の女神の生まれ変わりだったのだ。
しかし、この事をルーファスに告げるのは酷だと思った。
目も見えず話すことも出来ず、それでも誰よりも努力を惜しまずに自分に置かれた状況を克服しようとしている。
そんなルーファスに、フューリズは実は復讐の女神の生まれ変わりでヴァイスを殺害した、とは言えないと思った。
幸いと言うか、ルーファスは目が見えない。ウルスラをフューリズと告げ、婚姻させてしまえば問題ないのではないか。そんな事を考えてしまったのだ。
フューリズと知ればルーファスは愛するだろう。
ウルスラは美しく優しく、正しく慈愛の女神の生まれ変わりと呼ぶに相応しい人物だ。その力に目覚めたと言えば、昔と雰囲気が違っても分からないのではないか。
ルーファスが光を失い伝える術を失ってからは、フューリズとは一度も会っていない筈だ。あれからもう6年の月日が流れている。子供が女性へと成長していくのだ。色々変わってしまうのは当然のことだ。
フューリズに想いを寄せたまま違う者と結婚させたら、ルーファスはその者を愛さないかも知れない。ウルスラは誰からも愛される存在だというのは分かるが、人の気持ちは一筋縄ではいかないもの。
フューリズを想ったまま一緒となり、けれどやっぱりウルスラを愛せない場合、ウルスラは幸せを感じなくなるのではないか。
そうなれば力を得る事はできなくなる。
だからウルスラをフューリズだと偽ったまま、ルーファスと婚姻を結ばせようと考えたのだ。
困惑したまま俯くウルスラを見て、ブルクハルトは心配になった。
「陛下、話が急でございます。まだウルスラは状況を上手く飲み込めておりません。少し時間を頂けませんか?」
「うむ、そうだな……ウルスラ嬢、申し訳ない。余も急いてしまったようだ。そうだ、今日はウルスラ嬢の誕生日だったのう。祝いをせねば」
「誕生日? 私の?」
「それも知らなかったのか?! ウルスラはどんな生活を強いられていたんだ!」
「えっと……普通、です……」
「自分の誕生日も知らされていなかったとは……痛わしいのう……」
「でも、今日王子様が亡くなったですよね? 祝ってる場合じゃないです」
「それはそうだが……気にしてくれるのか?」
「当然です! 王様は早く王子様の元へ行ってあげてください! きっと寂しい思いをしています!」
「なんと慈悲深い……これでこそ慈愛の女神の生まれ変わりぞ……!」
「そんなのはいいです! 悲しみが伝わってきてます! それは王様と王子様の……!」
「分かるのか?!」
「何となく……だから早く行ってあげてください。突然の事で戸惑ってます。自分がどうなったのか分かってないです。だからちゃんと弔ってあげなきゃ、です!」
「そうか。そうだな。そうしよう。では席を離れる。そなた達も親子二人の時間を過ごすが良かろう」
「陛下、ありがとうございます」
フェルディナンはそう言うと部屋を出ていった。
まだ頭の中で整理ができていなくて、ウルスラは一人脳内の情報整理に追われていた。
そこにメイドがやって来て温かい飲み物を用意する。見た目美味しそうな軽食も一緒に。それを見てウルスラは、思わず目がキラキラしてしまった。
「ウルスラ、少し落ち着こう。温かいお茶でも飲んで……あ、食事はまだだったかな? 何か他に持ってきて貰うかい?」
「あ、いえ……大丈夫です。あ、今日は皆の食事が豪華になるって……」
「え? 皆の食事?」
「一緒に働いてた人達の、です。結婚式だから、美味しい料理が振る舞われるって、皆楽しみにしてたです」
「そうなんだね。それはどうかは私には分からないんだけど……どうだろうね。ヴァイス殿下の事があるからね……」
「え……そう、ですね……」
「あぁ、そんな悲しい顔をしないでおくれ! 分かった、掛け合ってみよう!」
「ありがとうございます!」
ブルクハルトの言葉に、思わず笑みが溢れる。その笑顔は美しく清らかで、輝いているようにも見える。これが我が娘かと、ブルクハルトの胸は喜びに震えた。
この娘の為に何でもしてやりたい。もっと笑顔を見せて欲しい。そう思えてならなくなったのだ。
ウルスラがお茶を飲むと、ビックリしたような表情をする。それから嬉しそうに微笑んだ。その表情が凄く可愛らしくて、ブルクハルトはウルスラから目が離せない。
気づくとウルスラは、じっと軽食にと置かれた物を見つめていた。そこには苺と生クリームのケーキにチーズケーキ、マカロンとスコーンとサンドイッチがあった。
「ハハハ、ウルスラ、良いんだよ、食べても。これは全部ウルスラの物だよ」
「え……でも……私は自分で働いて食べれます。だからその……施しはダメだから……」
「施し?! そうじゃない! そんなんじゃないんだよ!」
「え……」
「あぁ、すまなかったね……驚かせたかな。これはそうじゃなくてね……なんて言うのかな……今までが有り得ない境遇だったんだ。ウルスラは幸せに暮らす権利があったんだよ。だからこんな事は施しとは言わなくてね? 私には痩せてるその姿が痛ましく思えてしまうんだ。だから遠慮はして欲しくない。これは私の為だと思ってくれないかな?」
「……ルーと同じ事を言う……ですね……」
「ルー?」
「あ、いえ……じゃあ、その……いただきます」
「あぁ。沢山食べなさい」
ニッコリ微笑んでから、ウルスラはサンドイッチを手に取った。それは昔ルーファスと食べたサンドイッチの味とそっくりで、あの頃の思い出が一瞬にして頭の中を占領する。
懐かしくて嬉しくて、胸がギュッてなる感じがして、思わず涙が込み上げてきそうになる。それを何とか我慢して、目をギュッて瞑る。
「どうしたんだい?」
「え? あぁ、あの……美味しいのって、嬉しいって、思った……です」
「そうか……そうか……」
言いながらブルクハルトが涙を流した。こんな軽食一つ、満足に食べられなかった娘が哀れに思ったのだ。
そしてそんなブルクハルトを見て、ウルスラはズルい! と思った。自分は泣きたくても泣けないのに! そう思って、だけどブルクハルトが自分の為に泣いてくれているのだと思うと、何だか心が少し暖かくなった。
「あなたは優しい人なのです、ね」
「貴方なんて言わないでおくれ……私はウルスラの父親なんだよ……」
「父親……お父さん?」
「そうだよ。ウルスラは私とロシェルの娘だ」
「ロシェル……お母さん……」
「そうだ。ウルスラの本当の母親だよ」
「お母さん……」
「あぁ、またそんな悲しい顔をしないで……! すぐに受け入れなくても良いんだよ! 突然の事だったからね! あ、ルーファス殿下との事も気にしなくていいんだからね!」
「ルーファス……」
「ルーファス殿下は今ここにはいないんだがね。優しくて優秀な方だったんだよ。落ち着いていて利発的でね。まぁ……今はリハビリ中と言うか……」
「リハビリ?」
「突然目が見えなくなってしまわれてね。話すことも出来なくなって……一時期は誰とも会わずに引きこもってらしたよ。だけど今は頑張られているんだ。目が見えないのに王城の中なら誰の手も借りず何処へでも行ける程になられたんだよ」
「目も見えなくて話せない……」
「王としての才覚は充分なんだ。身体的な問題さえなければこの国は安泰だと言われていた程だったんだ。凛々しくてね。端正な顔立ちなんだよ。髪は薄い紫で、瞳が深い紫でね。それは王族の象徴なんだ。でもまだ結婚なんて……」
「紫の髪……瞳……ルーファス……?!」
「え? あぁ、そうだよ。でもウルスラはまだ無理に結婚とか考えなくても……」
「ルー、目が見えない?! 話せない?!」
「えっ! どうしたんだ! ウルスラ?!」
「どうして! どうしてそうなった、ですか?!」
「そ、それは分からないけれど……ウルスラ?」
「ルーはルーファス……王子様……? でもっ……!」
「ルーファス殿下を知っているのかい?!」
「助けて貰った、です。色んな事、教えて貰ったです! 私、何も返せてない……!」
「ウルスラ、落ち着いて……! 何があったか教えてくれないか?」
ブルクハルトにそう言われて、ウルスラは森の小屋であった時の事を話して聞かせた。
それはブルクハルトには信じがたい事だった。だがウルスラが嘘を言うとは思えない。そして、そうやってルーファスの事を話すウルスラは、とても幸せそうな表情をする。
ブルクハルトは、ウルスラはルーファスに恋をしているのでは、と感じた。そうであれば、こんなに良い縁談はない。身体的に問題はあるが、ウルスラさえ良ければ何も問題はないのでは……と考える。
今まで幸せにしてやれなかった娘に、これからは幸せになってもらいたい。それは慈愛の女神の生まれ変わりでなかったとしても。
そうブルクハルトは強く思ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない
ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる