慈愛と復讐の間

レクフル

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王の提案

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 ウルスラが慈愛の女神の生まれ変わりという事が判明した。
 
 しかし、この状況を喜んでばかりはいられなかった。これからどうするのかをフェルディナンは決めなければならないからだ。

 フェルディナンはルーファスがフューリズに想いを寄せていると思っている。そのフューリズが慈愛の女神の生まれ変わりではなかった。あろうことか、復讐の女神の生まれ変わりだったのだ。

 しかし、この事をルーファスに告げるのは酷だと思った。
 目も見えず話すことも出来ず、それでも誰よりも努力を惜しまずに自分に置かれた状況を克服しようとしている。
 そんなルーファスに、フューリズは実は復讐の女神の生まれ変わりでヴァイスを殺害した、とは言えないと思った。

 幸いと言うか、ルーファスは目が見えない。ウルスラをフューリズと告げ、婚姻させてしまえば問題ないのではないか。そんな事を考えてしまったのだ。

 フューリズと知ればルーファスは愛するだろう。
 ウルスラは美しく優しく、正しく慈愛の女神の生まれ変わりと呼ぶに相応しい人物だ。その力に目覚めたと言えば、昔と雰囲気が違っても分からないのではないか。
 
 ルーファスが光を失い伝える術を失ってからは、フューリズとは一度も会っていない筈だ。あれからもう6年の月日が流れている。子供が女性へと成長していくのだ。色々変わってしまうのは当然のことだ。

 フューリズに想いを寄せたまま違う者と結婚させたら、ルーファスはその者を愛さないかも知れない。ウルスラは誰からも愛される存在だというのは分かるが、人の気持ちは一筋縄ではいかないもの。
 フューリズを想ったまま一緒となり、けれどやっぱりウルスラを愛せない場合、ウルスラは幸せを感じなくなるのではないか。
 そうなれば力を得る事はできなくなる。

 だからウルスラをフューリズだと偽ったまま、ルーファスと婚姻を結ばせようと考えたのだ。

 困惑したまま俯くウルスラを見て、ブルクハルトは心配になった。


「陛下、話が急でございます。まだウルスラは状況を上手く飲み込めておりません。少し時間を頂けませんか?」

「うむ、そうだな……ウルスラ嬢、申し訳ない。余も急いてしまったようだ。そうだ、今日はウルスラ嬢の誕生日だったのう。祝いをせねば」

「誕生日? 私の?」

「それも知らなかったのか?! ウルスラはどんな生活を強いられていたんだ!」

「えっと……普通、です……」

「自分の誕生日も知らされていなかったとは……痛わしいのう……」

「でも、今日王子様が亡くなったですよね? 祝ってる場合じゃないです」

「それはそうだが……気にしてくれるのか?」

「当然です! 王様は早く王子様の元へ行ってあげてください! きっと寂しい思いをしています!」

「なんと慈悲深い……これでこそ慈愛の女神の生まれ変わりぞ……!」

「そんなのはいいです! 悲しみが伝わってきてます! それは王様と王子様の……!」

「分かるのか?!」

「何となく……だから早く行ってあげてください。突然の事で戸惑ってます。自分がどうなったのか分かってないです。だからちゃんと弔ってあげなきゃ、です!」

「そうか。そうだな。そうしよう。では席を離れる。そなた達も親子二人の時間を過ごすが良かろう」

「陛下、ありがとうございます」


 フェルディナンはそう言うと部屋を出ていった。
 
 まだ頭の中で整理ができていなくて、ウルスラは一人脳内の情報整理に追われていた。
 そこにメイドがやって来て温かい飲み物を用意する。見た目美味しそうな軽食も一緒に。それを見てウルスラは、思わず目がキラキラしてしまった。


「ウルスラ、少し落ち着こう。温かいお茶でも飲んで……あ、食事はまだだったかな? 何か他に持ってきて貰うかい?」

「あ、いえ……大丈夫です。あ、今日は皆の食事が豪華になるって……」

「え? 皆の食事?」

「一緒に働いてた人達の、です。結婚式だから、美味しい料理が振る舞われるって、皆楽しみにしてたです」

「そうなんだね。それはどうかは私には分からないんだけど……どうだろうね。ヴァイス殿下の事があるからね……」

「え……そう、ですね……」

「あぁ、そんな悲しい顔をしないでおくれ! 分かった、掛け合ってみよう!」

「ありがとうございます!」


 ブルクハルトの言葉に、思わず笑みが溢れる。その笑顔は美しく清らかで、輝いているようにも見える。これが我が娘かと、ブルクハルトの胸は喜びに震えた。

 この娘の為に何でもしてやりたい。もっと笑顔を見せて欲しい。そう思えてならなくなったのだ。

 ウルスラがお茶を飲むと、ビックリしたような表情をする。それから嬉しそうに微笑んだ。その表情が凄く可愛らしくて、ブルクハルトはウルスラから目が離せない。

 気づくとウルスラは、じっと軽食にと置かれた物を見つめていた。そこには苺と生クリームのケーキにチーズケーキ、マカロンとスコーンとサンドイッチがあった。

 
「ハハハ、ウルスラ、良いんだよ、食べても。これは全部ウルスラの物だよ」

「え……でも……私は自分で働いて食べれます。だからその……施しはダメだから……」

「施し?! そうじゃない! そんなんじゃないんだよ!」

「え……」

「あぁ、すまなかったね……驚かせたかな。これはそうじゃなくてね……なんて言うのかな……今までが有り得ない境遇だったんだ。ウルスラは幸せに暮らす権利があったんだよ。だからこんな事は施しとは言わなくてね? 私には痩せてるその姿が痛ましく思えてしまうんだ。だから遠慮はして欲しくない。これは私の為だと思ってくれないかな?」

「……ルーと同じ事を言う……ですね……」

「ルー?」

「あ、いえ……じゃあ、その……いただきます」

「あぁ。沢山食べなさい」


 ニッコリ微笑んでから、ウルスラはサンドイッチを手に取った。それは昔ルーファスと食べたサンドイッチの味とそっくりで、あの頃の思い出が一瞬にして頭の中を占領する。
 懐かしくて嬉しくて、胸がギュッてなる感じがして、思わず涙が込み上げてきそうになる。それを何とか我慢して、目をギュッて瞑る。

 
「どうしたんだい?」

「え? あぁ、あの……美味しいのって、嬉しいって、思った……です」

「そうか……そうか……」


 言いながらブルクハルトが涙を流した。こんな軽食一つ、満足に食べられなかった娘が哀れに思ったのだ。
 そしてそんなブルクハルトを見て、ウルスラはズルい! と思った。自分は泣きたくても泣けないのに! そう思って、だけどブルクハルトが自分の為に泣いてくれているのだと思うと、何だか心が少し暖かくなった。

 
「あなたは優しい人なのです、ね」

「貴方なんて言わないでおくれ……私はウルスラの父親なんだよ……」

「父親……お父さん?」

「そうだよ。ウルスラは私とロシェルの娘だ」

「ロシェル……お母さん……」

「そうだ。ウルスラの本当の母親だよ」

「お母さん……」

「あぁ、またそんな悲しい顔をしないで……! すぐに受け入れなくても良いんだよ! 突然の事だったからね! あ、ルーファス殿下との事も気にしなくていいんだからね!」

「ルーファス……」

「ルーファス殿下は今ここにはいないんだがね。優しくて優秀な方だったんだよ。落ち着いていて利発的でね。まぁ……今はリハビリ中と言うか……」

「リハビリ?」

「突然目が見えなくなってしまわれてね。話すことも出来なくなって……一時期は誰とも会わずに引きこもってらしたよ。だけど今は頑張られているんだ。目が見えないのに王城の中なら誰の手も借りず何処へでも行ける程になられたんだよ」

「目も見えなくて話せない……」

「王としての才覚は充分なんだ。身体的な問題さえなければこの国は安泰だと言われていた程だったんだ。凛々しくてね。端正な顔立ちなんだよ。髪は薄い紫で、瞳が深い紫でね。それは王族の象徴なんだ。でもまだ結婚なんて……」

「紫の髪……瞳……ルーファス……?!」

「え? あぁ、そうだよ。でもウルスラはまだ無理に結婚とか考えなくても……」

「ルー、目が見えない?! 話せない?!」

「えっ! どうしたんだ! ウルスラ?!」

「どうして! どうしてそうなった、ですか?!」

「そ、それは分からないけれど……ウルスラ?」

「ルーはルーファス……王子様……? でもっ……!」

「ルーファス殿下を知っているのかい?!」

「助けて貰った、です。色んな事、教えて貰ったです! 私、何も返せてない……!」

「ウルスラ、落ち着いて……! 何があったか教えてくれないか?」


 ブルクハルトにそう言われて、ウルスラは森の小屋であった時の事を話して聞かせた。

 それはブルクハルトには信じがたい事だった。だがウルスラが嘘を言うとは思えない。そして、そうやってルーファスの事を話すウルスラは、とても幸せそうな表情をする。

 ブルクハルトは、ウルスラはルーファスに恋をしているのでは、と感じた。そうであれば、こんなに良い縁談はない。身体的に問題はあるが、ウルスラさえ良ければ何も問題はないのでは……と考える。

 今まで幸せにしてやれなかった娘に、これからは幸せになってもらいたい。それは慈愛の女神の生まれ変わりでなかったとしても。

 そうブルクハルトは強く思ったのだった。





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