42 / 79
貴族としての生活
しおりを挟むヴァイスの葬送の儀で起こった現象を体感したその場にいる誰もが、ウルスラを特別な者だと認識した。
それは浄化の為に集められた魔術師達もだ。
浄化の魔法を使えるようになる為に、魔術師達は過酷な鍛練をこなしてきた。何度も挫折を繰り返し心を強くし、そして少しずつ少しずつ力をつけて術を覚えて手にしてきた。
そうなってからも葬送の儀に参列出来る者は限られており、その競争率は高かった。
そうやってやっとの思いで浄化の魔法を使えるようになり、選ばれてこの場に立つ事が出来て、こうやって葬送の儀で本領を発揮できるのは誉れであり称えられる事であった。
その神聖なる儀式を中断され、奪われ、魔術師が憤るのは当然の事であった。
だが、誰もがそんな気持ちにはならなかった。
穏やかに暖かい感情が胸を埋め尽くして、プライドとか嫉妬とか怒りとか、そういった感情は何処かへ消えて無くなったように感じられたのだ。
それは魔術師達だけでなく、その場にいた全ての者たちがそう感じた。
王からは何の説明もなく葬送の儀は終了した。しかし、誰もが黒髪の少女が特別な存在である事を認識した。
その時のウルスラは鍔のないベールの帽子を被っており顔は見えない状態だったけれど、美しく艶やかな黒髪を見ればそれは噂の慈愛の女神の生まれ変わりなのだと、誰もがそう結論付けたのだ。
その後、応接室でフェルディナンとブルクハルト、ウルスラの3人で話し合いの場が持たれた。今後の事についてだ。
「ウルスラ嬢、今日の葬送の儀、心から感謝を申し上げる。ヴァイスは神の力で天へ還れた事、礼を尽くしても足りぬ程ぞ」
「いえ、そんなのは……全然です」
「我が娘ながらに驚いたよ。ウルスラ、お前は素晴らしい力の持ち主だったのだな」
「それは……まだ自分でもよく分からない、です」
「フューリズに力を奪われておったと聞く。本来の力を得て、戸惑うのも仕方ないよのう。少しずつその力を自分のものとするが良い」
「はい……」
「して……考えていただけたかな?」
「え?」
「我が息子である、ルーファスとの婚姻の事だ」
「あ……は、い……その……」
「陛下、ウルスラはルーファス殿下との事、前向きに捉えておるようです。ただ、まだお目通りも叶っていない状態で早急に答えを出せずにいるのでございます。心情、お察し頂ければと……」
「そうか、確かにそうであるな。分かった。ではルーファスが戻り次第顔合わせとしよう。それで良いか、ウルスラ嬢?」
「はい」
「それと……淑女としての嗜みも覚えてゆかんとのう?」
「しゅくじょ? たしなみ?」
「多くは望まぬ。ウルスラ嬢の存在だけでも有り余る程なのだが……せめて言葉遣いはのう……適切な講師をつけよう。構わぬか?」
「あ、はい……」
「ウルスラ、大丈夫だよ。私も出来る限りサポートしよう。よろしいでしょうか? 陛下」
「ウルスラ嬢の力になってやると良い。一人では不安に感じる事も多かろう」
「ありがとうございます」
王族や貴族の淑女としての教育は、本来であれば幼い頃から生活の一部として教えられていくものである。もちろんウルスラにそんな事は出来る筈もない。ただ話すだけにしても、これでも話せている方で、自分では一体何がいけないのかさっぱり分かっていない。
そんな状態から王妃として教育しなおすというのは、時間も根気もかかる。そんな負荷をウルスラに与えることに躊躇したが、最低限の教養は必要だと思い直して、フェルディナンはそう告げたのだ。
現在ウルスラには、王城の客室の一部屋を与えられている。
「狭くて申し訳ないな」
と、フェルディナンは言うけれど、今までの部屋に比べると雲泥の差だ。
自分がこんな所にいて良いのかと思ってしまう。
目に映るもの全てが綺麗で、触れる事すら戸惑ってしまう。
壊したらどうしよう……と思いながら、大人しくそっと動く事しかできなくて、落ち着かない状態だった。
ウルスラがここに来てからというもの、湯浴みで丁寧に洗われ、ドレスは一日に何度か着替えさせられ、髪は結われ化粧を施され、食事は豪華な物を用意され、お姫様にでもなったかのような扱いをされている。
戸惑う自分にブルクハルトは、
「これが当然だったんだよ。不満があれば何でも言って良いからね」
ってニコニコ笑いながら言うし、
「何かしたい事やして欲しい事はないかな?」
って聞いてくる。
何が何だか分かっていないのに、要求する事は何も無くて、ただウルスラは首を横に振るしかなかった。
今までは一日中する事が多くて、自分の時間は殆どない状態だったから、こうして何もしなくて良い時間が多いと途端にどうして良いのか分からなくなる。
ソファーに一人こじんまりと座ってどうしようか考えていると、ふと書棚に本があるのに気がついた。
久々に見る本に嬉しくなって、それからは時間が許される限り本を読んだ。
ウルスラに付くことになった侍女達は、大人しく物静かなウルスラに物足りなさを感じていた。
これまではフューリズに付かせていた侍女達で、フューリズは何をしても機嫌が悪くなる事が多く、皆緊張しながら完璧な対応をしていたが、ウルスラに変わってからと言うもの、怒られる事は何もなく、何かすれば一つ一つの事に感謝の言葉が返ってくる。
そして絶えず笑いかけてくれるのだ。
その微笑みは美しく、全てが許されるような感覚になり、侍女達はウルスラの世話をしたくて、挙って何か出来ないかとやって来るようになった。
しかし、ウルスラの要求は殆どなく、何かさせて頂きたくとも出来ない、あの笑顔がもっと見たいのに叶わないもどかしさで身悶えるのであった。
そんな事とは露知らず、ウルスラは一人読書に耽る。そこにあったのは哲学書や医療書等専門的な書物が多く、それでも本を読める事だけでもウルスラには贅沢で、そしてルーファスと勉強した日々を思い出せる貴重な時間だったのだ。
侍女はいつも本を読んでいるウルスラに、ここには図書室がある事を伝えた。その時のウルスラの満面の笑みは破壊級に美しく、その場で侍女は卒倒してしまった程だった。
その存在全てが美しく朗らかで、絶えず見続けていたい、話しかけて欲しい、笑顔を向けて欲しいと、ウルスラに関わった者達が皆そう思ったのだった。
フェルディナンが言っていた、言葉遣いを正す為に付けられた講師もそれは同じであった。
厳しくて誰もが畏怖する存在であった講師だったのにも関わらず、ウルスラには笑顔で優しく接していたのだ。
勿論、フェルディナンからウルスラに悲しい顔をさせてはならないと指示はあったものの、言われずとも自分がそんな顔をさせたくないと思ってしまうのだ。
そしてウルスラの吸収力の凄さにも惚れ惚れした。言葉遣いのみと言われていたが、立ち居振舞いも合わせて教えてみると、その所作をすぐに再現するのだ。
教えがいのあるウルスラについ何でも教えたくなり、時間を越えてしまう事は毎回の事だった。
そうしてウルスラがここに来てから三日目、フェルディナンから呼び出される。
ルーファスとのお目通りの場が設けられるというのだ。
やっと会える……
ここまで来るのに、決して平穏な日々ではなかった。何度も心が挫けそうになった。けれど、それを耐えてこれたのは、ルーファスと過ごした日々があったからだった。その思い出だけが心の拠り所であったのだ。
その気持ちを伝えたい。ルーファスに感謝の言葉を伝えたい。
そしてもう一度、優しく抱き寄せて欲しい。
そんな想いを胸に、ウルスラはルーファスの待つ部屋へと赴いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる