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ブルクハルトの葬送の儀が行われた。
ウルスラは静かに静かにゆっくりと歩いていく。
それを見ているオリビアは気が気ではなかった。いつ倒れてもおかしくない程ウルスラの体力は低下しているのだが、そんな事は無いとばかりに気丈に振る舞っているのを、オリビアは知っていた。
あまり痩せて見えないようにドレスの下に肌着を何枚も重ね、黒髪のウィッグをつけ、ベールの付いた帽子を被り顔を見せないようにしていても、ウルスラは儚く脆く見えたのだ。
それには、久し振りにウルスラを見た国王フェルディナンもその変わりように驚いた。
そしてルーファスも同じように驚いた。
黒髪で、顔をベールで隠したフューリズと思われる少女の姿は、自分が知っているフューリズとはかけ離れているように感じてしまったのだ。
フューリズは我儘で傲慢で、自由奔放で高飛車でプライドが高く、感情を抑える事等出来ない性分だった。
筈だ。
それが今はどうだ。線は細く、儚げで弱々しく見え、ともすれば今にも倒れてしまいそうな程にも見える。
それは視界がハッキリしたからこそ分かる事であって、暗闇の中でボヤけている視界の状態ではここまでとは気づかなかったのだ。
葬送の儀は粛々と進んでいく。
自分の隣に立つフューリズの様子がルーファスは気になって仕方がなかった。顔の輪郭も髪で分からないようになっていて、僅かに見える口元だけが確認できる程度となっている。
俯き気味に佇んでいるフューリズからは、以前のような忌々しさは微塵も感じなくて、優しく柔らかな雰囲気を放っているように感じる。
それは愛しい誰かを思い出させるのだ。しかしそんな筈はないと頭を振り、その考えを無くしていく。
慈愛の女神の力に目覚めたと言われれば、もうそれは疑う余地のない程だとルーファスは思った。この儚げなさは、守りたくなってしまうし、ただ立っているだけでも支えてあげたくなる程だった。
何度も自分はフューリズに有無を言わせずに愛するがゆえの行為を、ただ力を奪う為だけに行ってきた。それは復讐だった。そして力を奪い、被害を無くす為でもあった。
しかしそれがこんなにフューリズに影響を与えてしまったのかと、ルーファスは自分のしてしまった事に罪悪感を募らせる。
まだ幼い少女だ。成人して間もない少女だったのだ。いくら憎んでいたとは言え、自分はなぜここまでしてしまったのか。
そんなふうに思いを巡らせてふと見ると、フューリズが自分の方を見上げていた。思わずドキッとして、でもそれを悟られたくなくて、ルーファスはつい余計な事を言ってしまう。
「ち、父親が亡くなったというのに、その、お前は泣かないのだな」
「え……」
「唯一の肉親だったろうに、やはりお前は、は、薄情なのだな!」
「…………」
その言葉を聞いて、またフューリズは俯いてしまった。なぜこんな事を言ってしまったのかと、ルーファスは自分の言ってしまった事を後悔した。
すぐに謝ろうと思った瞬間、浄化の儀式が始まりだして、ブルクハルトの周りには聖教者達が囲むように並びだす。
その様子を見て自分の元からフューリズが駆けて行き、聖教者の合間をぬってブルクハルトの傍まで行った。
そして両手を伸ばして誰かを抱きしめるような格好をする。
この時、ウルスラにはブルクハルトの姿が見えていた。ブルクハルトは優しく微笑みながら、ウルスラを抱きしめていたのだ。それに答えるように、ウルスラもブルクハルトを抱きしめるような形をとった。
ブルクハルトは何も言わずにただ微笑んでウルスラの頭を撫でて、ゆっくりと天へと還って行った。
ウルスラから光輝くように一筋の光が空へと伸びていって、やがてゆっくりと消えていった。
初めてその光景を見たルーファスは、その神秘的な現象に何も言えずにその場で立ち尽くすしか出来なかった。
これが慈愛の女神の力だったのか……
その力の殆どを自分が奪ってしまったというのに、それでもまだこれほどの力を持っていたのかと、ルーファスはその事に驚いたのだ。
次の瞬間、ウルスラはフラリと倒れそうになり、それを傍にいた聖教者が咄嗟に支えた。それを見てすぐにルーファスが傍に駆け寄ろうとしたが、その時フェルディナンから話し掛けられてそれも出来なくなった。
「ルーファス……なぜフューリズはあのように弱々しくなっておるのだ? それにお前のその髪と瞳……」
「はい。フューリズの力を奪い、こうなりました」
「お前からはフューリズにあった力を感じるが……どれ程の力を奪ったのだ……これではフューリズは……」
「それがどうしたと言うのですか。何か不都合でもおありですか?」
「不都合という訳ではない。その力を自分の力にしたとであれば、この国は他国からの脅威に晒される事は無くなるだろう。だが……」
「では何も問題ないではありませんか。フューリズの具合が悪そうです。自室に戻してあげても構いませんか?」
「う、うむ。そうだな、そうしてやるとよい。では後で私の元まで来るように。話の続きはその時にな」
「はい」
ルーファスが駆け寄ろうとした時、既にウルスラは駆け付けたオリビアに支えられている状態だった。
事前に体調が思わしくない事を告げていて、いつでも駆け付けられるように控えていたのだ。
すぐに駆け付けようとして、でもそれを遮られたルーファスは何故か気が焦ってしまっていた。
今にも倒れそうなウルスラを心配するようにオリビアは腕を掴んで支えている。
その時、ウルスラの体がフワリと浮いた。一瞬の事で何が起こったのかとウルスラは驚いて見上げると、ルーファスが自分を抱き上げていたのだ。
その事にまた驚いて、思わず顔を下に向けてしまう。
「大丈夫か?」
「は、い……」
「無理はしなくてよい。部屋へ戻ろう。いいな?」
「はい」
小さく微かに発する声が更に儚げに感じたが、それよりも抱き上げた時の軽さに驚いた。
こんなに痩せてしまって、それは全て自分が力を奪ったからなのかと思うと、いたたまれなくなってくる。
すぐに部屋で休ませてやりたいと急ぐように歩くルーファスの後ろから、置いていかれないようについていくオリビアに、ルーファスは指示を出す。
「オリビア、すぐに食事の用意を。栄養のある物と、フューリズの好きな物、あとは食べやすい物や体が温まる物を用意させるように。それと、体が冷えているようだ。部屋を暖めるようにして、服ももう少し厚着させなければ」
「はい、はい! 畏まりました!」
ルーファスが、フューリズだと思っているウルスラにこんな態度をとった事に、オリビアは嬉しくて嬉しくて、涙がでそうになった。
それを何とか堪えて、笑顔でルーファスに返事をした。
ウルスラはドキドキしながら、ルーファスの胸にしがみつくようにし、顔を埋めるしか出来なかった。自分を気遣ってくれているのが嬉しくて、胸がギュッとなる。
ルーファスの部屋に着きソファーにウルスラを座らせると、すぐに食事の用意をするように侍女はバタバタと動き出す。
オリビアはソファーに座っているウルスラの手を取って立たせ、部屋へ連れていこうとした。
「フューリズ様、お着替えを先にしましょうね。妊婦は体を冷やしてはいけませんからね。私の配慮が足りませんでした。申し訳ございません」
「ううん、大丈夫……」
「妊婦……?」
「え、あ、はい……」
「フューリズが、か……?」
ルーファスの反応を見て、オリビアはしまったと思った。体を気遣っていたから、もうてっきり妊娠した事をウルスラが告げて知っていたのだと思ったのだ。
「あ、あの、ルーファス殿下、これは……!」
「フューリズ……お前が妊娠したと言うのは本当なのか……?」
オリビアの言葉を遮ってルーファスはウルスラに詰め寄るように聞く。
ゆっくりと頷くフューリズを見て、さっきまでの罪悪感とか、申し訳ない気持ちとかが何処かへいってしまって、代りに沸々と怒りが込み上げてきた。
「お前は私を裏切ったのか?!」
「え……?」
「それは私との子である筈はないのだ! 誰の子なのか?!」
「ルーファス殿下! 違います! ウ、フューリズ様はそんな事はしません!」
「黙れオリビア! お前は知っていて黙っておったのだな?! 私を謀ろうとしたのか?!」
「そうではありません!」
「フューリズっ! また私はお前に騙されるところだったぞ! そうやってオリビアをも操り自分に従わせたか?!」
「ち、違……」
そうじゃない。違う。そう言いたいけれど、ルーファスは話を聞いてくれそうになくて、どうしたら良いのかオロオロし、落ち着いて貰おうとルーファスに近寄っていく。
苛立ったルーファスは、近寄らせまいと思わずウルスラを突き放すように手で制してしまった。それがウルスラを突き飛ばす形になった。
痩せて軽くなったウルスラは、その衝撃で簡単にバランスを崩し、体を側にあったテーブルに打ち付けてしまった。
「ルーファス殿下! 何をなさいますか!」
「っ!」
そうしようとした訳ではなかった。つい近寄らせないように手で制しただけだった。
オリビアが踞るウルスラに駆け寄る。思わずルーファスも、近寄ろうとしたところで扉が慌ただしくノックされた。
息をきらして来たのは騎士だった。
「ルーファス殿下! フェルディナン陛下がお呼びでございます! 急を要するとの事でございます!」
「な、に……? 何かあったのか?」
「近隣の街や村から人々が集まってきております! それが王都で暴動を起こそうとしているのです!」
「それは本当か?!」
そんな事は初めてだった。何が起ころうとしているのか分からなかったが、すぐにフェルディナンの元へ指示を仰ぎに行かなくてはならない。
しかし、まだ踞ったままのフューリズをこのままにして良いのか、それにも戸惑った。が、騎士に急ぐよう促され、仕方なくルーファスはその場を後にした。
女性を突き飛ばすようにしてしまった自分を恥ながら、傍を離れなくてはならなくなってしまった事と、フューリズのお腹の子が誰の子なのかも気になり、それを許せないと思っている自分にも苛立ち、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、ルーファスはフェルディナンの元へと急ぐしかなかったのだった。
ウルスラは静かに静かにゆっくりと歩いていく。
それを見ているオリビアは気が気ではなかった。いつ倒れてもおかしくない程ウルスラの体力は低下しているのだが、そんな事は無いとばかりに気丈に振る舞っているのを、オリビアは知っていた。
あまり痩せて見えないようにドレスの下に肌着を何枚も重ね、黒髪のウィッグをつけ、ベールの付いた帽子を被り顔を見せないようにしていても、ウルスラは儚く脆く見えたのだ。
それには、久し振りにウルスラを見た国王フェルディナンもその変わりように驚いた。
そしてルーファスも同じように驚いた。
黒髪で、顔をベールで隠したフューリズと思われる少女の姿は、自分が知っているフューリズとはかけ離れているように感じてしまったのだ。
フューリズは我儘で傲慢で、自由奔放で高飛車でプライドが高く、感情を抑える事等出来ない性分だった。
筈だ。
それが今はどうだ。線は細く、儚げで弱々しく見え、ともすれば今にも倒れてしまいそうな程にも見える。
それは視界がハッキリしたからこそ分かる事であって、暗闇の中でボヤけている視界の状態ではここまでとは気づかなかったのだ。
葬送の儀は粛々と進んでいく。
自分の隣に立つフューリズの様子がルーファスは気になって仕方がなかった。顔の輪郭も髪で分からないようになっていて、僅かに見える口元だけが確認できる程度となっている。
俯き気味に佇んでいるフューリズからは、以前のような忌々しさは微塵も感じなくて、優しく柔らかな雰囲気を放っているように感じる。
それは愛しい誰かを思い出させるのだ。しかしそんな筈はないと頭を振り、その考えを無くしていく。
慈愛の女神の力に目覚めたと言われれば、もうそれは疑う余地のない程だとルーファスは思った。この儚げなさは、守りたくなってしまうし、ただ立っているだけでも支えてあげたくなる程だった。
何度も自分はフューリズに有無を言わせずに愛するがゆえの行為を、ただ力を奪う為だけに行ってきた。それは復讐だった。そして力を奪い、被害を無くす為でもあった。
しかしそれがこんなにフューリズに影響を与えてしまったのかと、ルーファスは自分のしてしまった事に罪悪感を募らせる。
まだ幼い少女だ。成人して間もない少女だったのだ。いくら憎んでいたとは言え、自分はなぜここまでしてしまったのか。
そんなふうに思いを巡らせてふと見ると、フューリズが自分の方を見上げていた。思わずドキッとして、でもそれを悟られたくなくて、ルーファスはつい余計な事を言ってしまう。
「ち、父親が亡くなったというのに、その、お前は泣かないのだな」
「え……」
「唯一の肉親だったろうに、やはりお前は、は、薄情なのだな!」
「…………」
その言葉を聞いて、またフューリズは俯いてしまった。なぜこんな事を言ってしまったのかと、ルーファスは自分の言ってしまった事を後悔した。
すぐに謝ろうと思った瞬間、浄化の儀式が始まりだして、ブルクハルトの周りには聖教者達が囲むように並びだす。
その様子を見て自分の元からフューリズが駆けて行き、聖教者の合間をぬってブルクハルトの傍まで行った。
そして両手を伸ばして誰かを抱きしめるような格好をする。
この時、ウルスラにはブルクハルトの姿が見えていた。ブルクハルトは優しく微笑みながら、ウルスラを抱きしめていたのだ。それに答えるように、ウルスラもブルクハルトを抱きしめるような形をとった。
ブルクハルトは何も言わずにただ微笑んでウルスラの頭を撫でて、ゆっくりと天へと還って行った。
ウルスラから光輝くように一筋の光が空へと伸びていって、やがてゆっくりと消えていった。
初めてその光景を見たルーファスは、その神秘的な現象に何も言えずにその場で立ち尽くすしか出来なかった。
これが慈愛の女神の力だったのか……
その力の殆どを自分が奪ってしまったというのに、それでもまだこれほどの力を持っていたのかと、ルーファスはその事に驚いたのだ。
次の瞬間、ウルスラはフラリと倒れそうになり、それを傍にいた聖教者が咄嗟に支えた。それを見てすぐにルーファスが傍に駆け寄ろうとしたが、その時フェルディナンから話し掛けられてそれも出来なくなった。
「ルーファス……なぜフューリズはあのように弱々しくなっておるのだ? それにお前のその髪と瞳……」
「はい。フューリズの力を奪い、こうなりました」
「お前からはフューリズにあった力を感じるが……どれ程の力を奪ったのだ……これではフューリズは……」
「それがどうしたと言うのですか。何か不都合でもおありですか?」
「不都合という訳ではない。その力を自分の力にしたとであれば、この国は他国からの脅威に晒される事は無くなるだろう。だが……」
「では何も問題ないではありませんか。フューリズの具合が悪そうです。自室に戻してあげても構いませんか?」
「う、うむ。そうだな、そうしてやるとよい。では後で私の元まで来るように。話の続きはその時にな」
「はい」
ルーファスが駆け寄ろうとした時、既にウルスラは駆け付けたオリビアに支えられている状態だった。
事前に体調が思わしくない事を告げていて、いつでも駆け付けられるように控えていたのだ。
すぐに駆け付けようとして、でもそれを遮られたルーファスは何故か気が焦ってしまっていた。
今にも倒れそうなウルスラを心配するようにオリビアは腕を掴んで支えている。
その時、ウルスラの体がフワリと浮いた。一瞬の事で何が起こったのかとウルスラは驚いて見上げると、ルーファスが自分を抱き上げていたのだ。
その事にまた驚いて、思わず顔を下に向けてしまう。
「大丈夫か?」
「は、い……」
「無理はしなくてよい。部屋へ戻ろう。いいな?」
「はい」
小さく微かに発する声が更に儚げに感じたが、それよりも抱き上げた時の軽さに驚いた。
こんなに痩せてしまって、それは全て自分が力を奪ったからなのかと思うと、いたたまれなくなってくる。
すぐに部屋で休ませてやりたいと急ぐように歩くルーファスの後ろから、置いていかれないようについていくオリビアに、ルーファスは指示を出す。
「オリビア、すぐに食事の用意を。栄養のある物と、フューリズの好きな物、あとは食べやすい物や体が温まる物を用意させるように。それと、体が冷えているようだ。部屋を暖めるようにして、服ももう少し厚着させなければ」
「はい、はい! 畏まりました!」
ルーファスが、フューリズだと思っているウルスラにこんな態度をとった事に、オリビアは嬉しくて嬉しくて、涙がでそうになった。
それを何とか堪えて、笑顔でルーファスに返事をした。
ウルスラはドキドキしながら、ルーファスの胸にしがみつくようにし、顔を埋めるしか出来なかった。自分を気遣ってくれているのが嬉しくて、胸がギュッとなる。
ルーファスの部屋に着きソファーにウルスラを座らせると、すぐに食事の用意をするように侍女はバタバタと動き出す。
オリビアはソファーに座っているウルスラの手を取って立たせ、部屋へ連れていこうとした。
「フューリズ様、お着替えを先にしましょうね。妊婦は体を冷やしてはいけませんからね。私の配慮が足りませんでした。申し訳ございません」
「ううん、大丈夫……」
「妊婦……?」
「え、あ、はい……」
「フューリズが、か……?」
ルーファスの反応を見て、オリビアはしまったと思った。体を気遣っていたから、もうてっきり妊娠した事をウルスラが告げて知っていたのだと思ったのだ。
「あ、あの、ルーファス殿下、これは……!」
「フューリズ……お前が妊娠したと言うのは本当なのか……?」
オリビアの言葉を遮ってルーファスはウルスラに詰め寄るように聞く。
ゆっくりと頷くフューリズを見て、さっきまでの罪悪感とか、申し訳ない気持ちとかが何処かへいってしまって、代りに沸々と怒りが込み上げてきた。
「お前は私を裏切ったのか?!」
「え……?」
「それは私との子である筈はないのだ! 誰の子なのか?!」
「ルーファス殿下! 違います! ウ、フューリズ様はそんな事はしません!」
「黙れオリビア! お前は知っていて黙っておったのだな?! 私を謀ろうとしたのか?!」
「そうではありません!」
「フューリズっ! また私はお前に騙されるところだったぞ! そうやってオリビアをも操り自分に従わせたか?!」
「ち、違……」
そうじゃない。違う。そう言いたいけれど、ルーファスは話を聞いてくれそうになくて、どうしたら良いのかオロオロし、落ち着いて貰おうとルーファスに近寄っていく。
苛立ったルーファスは、近寄らせまいと思わずウルスラを突き放すように手で制してしまった。それがウルスラを突き飛ばす形になった。
痩せて軽くなったウルスラは、その衝撃で簡単にバランスを崩し、体を側にあったテーブルに打ち付けてしまった。
「ルーファス殿下! 何をなさいますか!」
「っ!」
そうしようとした訳ではなかった。つい近寄らせないように手で制しただけだった。
オリビアが踞るウルスラに駆け寄る。思わずルーファスも、近寄ろうとしたところで扉が慌ただしくノックされた。
息をきらして来たのは騎士だった。
「ルーファス殿下! フェルディナン陛下がお呼びでございます! 急を要するとの事でございます!」
「な、に……? 何かあったのか?」
「近隣の街や村から人々が集まってきております! それが王都で暴動を起こそうとしているのです!」
「それは本当か?!」
そんな事は初めてだった。何が起ころうとしているのか分からなかったが、すぐにフェルディナンの元へ指示を仰ぎに行かなくてはならない。
しかし、まだ踞ったままのフューリズをこのままにして良いのか、それにも戸惑った。が、騎士に急ぐよう促され、仕方なくルーファスはその場を後にした。
女性を突き飛ばすようにしてしまった自分を恥ながら、傍を離れなくてはならなくなってしまった事と、フューリズのお腹の子が誰の子なのかも気になり、それを許せないと思っている自分にも苛立ち、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、ルーファスはフェルディナンの元へと急ぐしかなかったのだった。
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