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恩恵の裏にあるもの
しおりを挟むナギラスとリシャルトはフューリズを探し出すべく、街や村へと渡り歩いて行く。
王都の近くにある街や村は、以前フューリズが支配していたようで、大きくその人口は減少していた。
殆ど人がいない村もあった。
そこに住んでいた人々が王都へ暴動を起こしに行き、そして兵士や騎士に討たれたからだった。
それでも助かった人々もいる。しかし、操られていたとは言え、暴動を起こした事に変わりはなく、正気に戻った人々は国家反逆罪で捕らえられる事となってしまった。
村に残ったのは、足腰の立たない老人であったり赤子であったり、一人では動けない者達ばかりで、そうなるともうそこでの生活は出来なくなっていて、仕方なく別の街の施設等に行くしかないという状態であった。
フューリズを探し出すだけではなく、その後始末もする羽目になってしまったのだ。
それはルーファスも同様で、極端に減少した村は廃村とし、住人を街へ移す手続きをおこなったり、その為に足らなくなった物資を支援したりと、何かと忙しく動く事になっていた。
フューリズを逃がしてしまった責任をルーファスもそうだが、ナギラスもリシャルトも感じていて、このままだとこれ以上の犠牲が出る可能性がある事も踏まえ、探す事を止めるという選択肢は露ほども無かった。
フューリズの力を目の当たりにした三人だからこそ、そう思えるのだ。
だがここ最近、瘴気を感じる場所が多くある事には違和感を感じていた。それはごく僅かであり、殆ど分からない程度のものであったが、僅かであっても多くの場所で確認できる事に疑問を感じたのだ。
その瘴気を調査するも辺りには何も変化は見られず、何が原因でそうなっているのかは結局分からず仕舞いだった。
そんな異様な状態を感じながらも対策できる事はなく、ナギラスとリシャルトはフューリズ探しを続けていた。
そうやって幾日か捜索していたある日、いつもより強い瘴気を感じる場所に遭遇した。
「父様、この強い瘴気、分かりますか?」
「あぁ、リシャルト。これは流石に私でも分かる。この瘴気はフューリズのもの、だな……?」
「恐らくそうかと。体を結界で守ります。心してください」
「言われずとも!」
そこはとある村だった。王都から北東へと遠く離れた場所にあり、国境に近い場所でもあった。
その事から、フューリズは他国へもこの邪悪な瘴気を広げようとしているのではないか、と予測できる。
村には門番もいなく、一見解放感があるように感じられる。
しかしその辺りはかなり強い瘴気に侵されていて、リシャルトにはこの村がドス黒い霧に覆われているように見えたのだ。
リシャルト達は、何も二人だけということではなく、護衛の騎士が五人、世話をする使用人が二人と、全員で九人での移動となっている。
これでも少ない方なのだが、あまり多くの人数でいつ帰れるかも知れない捜索に携わる事が出来ないという事と、先日の王都の暴動で騎士や兵士も多く数を減らした事もあり、これ以上人員を割けないという事もあって、この人数となっていた。
実質戦力になる人数は七人で、この少数で挑むのには懸念がある。一旦戻って報告し増援するか、救援を待つか。
その場合、ここから王都まではかなり日数がかかり、その間に状況は悪化するだろうと容易に予測できてしまう。
なるべく早くにこの状況を打破しなければ、更に被害は拡大し、取り返しのつかない事になるだろうと思われた。
そんな事情から、ナギラスとリシャルトはこの村に挑む事を決めた。
慎重に村に入っていき、辺りの様子を然り気無く伺っていく。
その村はあまり大きくないが、広々とした田畑があり、そこで働いている村人達の姿が見えた。家畜もいて、その世話をしている人達、それを手伝う子供達の姿が見てとれる。
小さな店や宿屋もちらほらとあり、活気はないが普通に機能している村だと思えた。
それはどこにでもある風景であったが、リシャルトは村人達の様子がおかしい事に気づいていた。
誰一人として笑ったり怒ったりという、人が当たり前にする表情が全くないのだ。
誰もが自分がする作業しか見ていなくて、知らない人が来ているというのに見向きもしない。ただ自分のすべき事をするのみ、といった状態であり、それが何とも不気味に感じてしまう。
そして、体に光の結界を這わせているのにも関わらず、体に何かが入り込もうとする感覚がずっとあって、身体中を何か小さな刃で切られているような感じがずっとしていて、全身にピリピリと痛みが走っている。
これは思っていた以上かとリシャルトは更に警戒を強め、より瘴気が強い場所を求めて進んでいく。
「あら、こんな所まで来て頂けたの? 嬉しいわ」
「なにっ!」
いきなり声を掛けられて、ナギラスもリシャルトも驚いて声のした方へ向く。それまで全く気づけなかった事に、より警戒を強める。
そこにはこちらを見て嬉しそうに微笑むフューリズの姿があった。
「今日はルーファスお兄様はいらっしゃらないのかしら? 貴方達だけ?」
「殿下はご多忙でね。こんな事に構っている暇はないのだよ」
「へぇ? こんな事に、ねぇ? これから楽しくなるのに、それは残念だわ」
「楽しい事は私たちだけで充分じゃないかな」
「そうね。では楽しみましょう」
言うなり黒い霧が何本もの矢となり降り注いでくる。それを光魔法でリシャルトは弾こうとするが、急いで詠唱しても全てを防ぐ事は出来なかった。
日に日に強くなっているように感じるフューリズに、対抗できるのは慈愛の女神の力以外にないのかも知れない。
執拗に降り注ぐ黒い霧の矢を見上げながら、リシャルトはそんな事を思っていたのだった。
同じ頃、ルーファスもまた、所々に感じる僅かな瘴気が気になっていた。
しかし、これはフューリズのものとはちがうように感じていて、なぜこうなっているのかが辺りを見て調べてみても、やはり分からなかったのだ。
ふと考える。
慈愛の女神の生まれ変わりは幸せを感じればいけないとされている。
それはなぜなのか。
幸せを感じないと、何かしらの悪影響が及んでしまうからではないのだろうか。
確証は無いが、ウルスラは泣いてしまうと人が魔物に変わると言っていた。
夢で見るウルスラは日に日に元気が無くなっていくように感じる。
国王フェルディナンは、慈愛の女神の力を次期国王となるルーファスの物にさせたかった。だからウルスラと婚姻を結ばせようとした。
愛し合えばその力は譲渡され、共にある者は絶大な力を得る事になると言う。
それだけを聞いてルーファスはウルスラから力を奪った。
すでに殆どの力を奪ったから、もう慈愛の女神の生まれ変わりは保護しなくとも良いのではないかと、フェルディナンは考えていた。
しかし果たしてそうなのか?
泣かずとも、ウルスラが寂しい思いをしたり悲しかったりすれば、何らかの事が起こるのではないのか。
ウルスラの生い立ちは酷いものだった。
それでもウルスラは前向きに頑張っていた。幼い頃の思い出にあるのはいつも、ウルスラの優しい笑顔だった。
きっと凄く辛く悲しい事があった筈なのに、身体中に傷が増えて、口に切れた痕があっても、それでもウルスラはいつも笑っていた。
そんなウルスラが今にも泣き出しそうな表情でいる。それは慈愛の女神の生まれ変わりが幸せを感じていない、という事だ。
泣いていなくとも、悲しさを感じているだけでも、もしかしたら何らかの影響があるのではないか?
そんなふうにルーファスは考えた。
ウルスラが幸せそうに微笑んでいると、その周辺にいた人達は誰もが優しい気持ちになり、誰もが幸せを感じていく。
けれど、だからこそ恩恵ばかりではないのではと考えられるのだ。
できる事なら、奪った力をウルスラに返したい。その方がきっとこの国は安泰する。戦争もなく、誰もが穏やかに暮らしていくようになる筈だ。
なぜこの事に今まで気づかなかったのか。フューリズへの私怨に駆られて、冷静に考えられていなかった事が情けなく思えてくる。
早くウルスラを見つけなければ……
自分の考えが事実かどうかは分からない。けれど、如何なる可能性も考慮して動かなければならないとも思う。
そんなルーファスの思考は的を得ていた。
それは小さな生物から。
少しずつ少しずつ、人が魔物へと化したように、虫や小動物が異質なモノへと変化していっていた。
悲しみが深くなればなる程、長引けば長引く程、それは波紋のように広がっていった。
少しずつ少しずつ……
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