過去に囚われたあなたに惜しみない愛を

レクフル

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愛のかたち

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 ヴィル様がこの状況を見て、何事かと此方へ駆け寄ってきた。


「サラサ?! どうした?! 何があった?!」

「ヴィルヘルム様っ!」

「エヴェリーナ嬢、これは一体……」


 エヴェリーナ様はヴィル様に駆け寄って抱きついた。それにもヴィル様は驚いた顔をしていた。目が3ミリ見開いたもの。私も驚いたけど。


「あ、あの侍女に、わたくし突き飛ばされそうになりましたの! ほら、わたくしの脚をご覧になってください! 薔薇のトゲでこんなに傷が……! ですからわたくし、怖くなって抵抗したんですの! そうしたらあの侍女が、転んでしまわれて……っ!」

「サラサが?!」


 ヴィル様はまだ倒れたままの私に目を向けられた。その目は動揺しているように見える。
 違うんです。そうじゃないんです。ただこの綺麗な薔薇を、真っ赤な薔薇を踏み滲られたくなかっただけなんです。

 早く起き上がらなくちゃ。でも手を動かそうとすると、またトゲが刺さって痛くなって、思うように体を動かせない。どうしよう……
 

「サラサちゃん?! どうしたの?!」

「ヘレンさん……」


 良かった、ヘレンさんが来てくれた。あのね、薔薇をね、私は守りたかっただけなんだよ。ただそれだけだったの。でも、今一言でもそんな事を言ってしまったらきっと泣いてしまう。だから涙を堪えて口を噤んでいた。


「ヴィルヘルム様、わたくしあの侍女にいつも嫌がらせをされておりましたの! 食事にはいつもわたくしには固くなったパンを出されましたし、スープにも何か入れられましたわ! おかしな味がしましたもの! それに、階段から突き落とされそうになった事もございます!」

「それは本当なのか?」

「本当でございます! わたくしを信じてくださいませ! わたくしの侍女も見ております! 証人でございます!」

「え?! あ、は、はい! お嬢様の仰るとおりでございます!」


 なにやら勝手に盛大な嘘が目の前で繰り広げられている。私は駆け寄ってきてくれたヘレンさんに抱え起こされたけれど、まだ何も言えなくて口を噤んだままでいた。

 
「ご主人様、今は手当てが必要です。私はサラサちゃんを連れて行きますので、ご主人様はご令嬢様をお願い致します」

「……分かった」


 エヴェリーナ様はしがみつくようにして、スッポリとヴィル様の腕の中におさまっている。あ、泣いてる。ヴィル様が慰めるように背中を撫でている。

 こんな時でさえ二人は綺麗に見えて、そして自分が惨めに思えて、更に涙が込み上げてきそうになる。私は下を向いたまま、お二人の前をヘレンさんに支えられながら通りすぎて行った。

 ヘレンさんは俯いたままの私に、
「何があったの?」
と優しく聞いてくれていたけれど、まだ私は何も言えずにいた。だって泣き出しそうだったんだもん。それでも瞳は潤んでいて、それを堪える事が今の私が一番しなきゃいけない事だって思ってて……

 ヘレンさんは私の部屋まで一緒に付き添ってくれて、そっとベッドに座らせてくれた。
 あちこちにできた薔薇のトゲで出来た小さな傷に薬を塗って傷テープを貼ってくれた。その間も私は何も言えずに、ただ涙を堪えていた。その様子を見て、ヘレンさんは
「今日はもう休みなさいね」
と言って部屋を出ていった。

 一人になって、やっと私の目から涙が堰を切ったように溢れ出した。
 
 もう何で泣いてるのかも分からない。涙は止まらなくて、ボロボロ溢れてどうしようもなくて。だけど声を出しちゃいけない気がして、漏れでそうな声を塞ぐように両手で口を覆って一人ベッドでコロンってなって涙を流し続けた。

 着替えなくちゃ……だけどそれも億劫になってきた。まだ涙は止まらなくて、布団に涙を擦り付けるようにいて……

 一頻り泣いて漸く涙も落ち着いてきた頃、ヘレンさんがお茶とお菓子を持って部屋まで来てくれた。私、本当に迷惑ばっかりかけているよね。

 
「少しは落ち着いた?」

「……ごめんなさい……」

「謝らなくても良いのよ。ほら、一緒に食べましょう」


 ニッコリ微笑むヘレンさんは、本当にお母さんみたい。その優しさにまた涙がでそう。


「どうせあのお嬢様が余計な事をしたんでしょ? 本当に何しにこの邸に来たのかしら」

「薔薇を……真っ赤な薔薇を踏みつけていたの……トゲで脚に傷が出来たのを怒って、侍女さんに薔薇を薙ぎ倒すように言って……」

「なんなのそれ! 脚の怪我は自業自得じゃない!」

「それで私、止めさせたくてエヴェリーナ様に掴みかかっちゃって……そうしたら突き飛ばされて……」

「そうだったの……なのにあのお嬢様は全部サラサちゃんのせいにして! 王都のお貴族様って、みんなあんな感じなのかしら?! 性格悪すぎだわ!」

「それが貴族なのかも知れないけど……あれからヴィル様はどうされてるの?」

「エヴェリーナ様の手当てが終わってから、私にも事情を聞きに来られたのよ。でも私もよく分からないから、分かりませんとだけしか言えなくて。で、ご主人様がサラサちゃんを訪ねようとしたから、今はそっとしてあげて欲しいと伝えたの」

「そうなんだね。ありがとう、ヘレンさん」

「いいのよ。でね、ご主人様はまた王都へ行かれたのよ。サラサちゃんにね、薬草や魔草や、他にも珍しい草花の苗を買ってきてくださっていてね。それを早くサラサちゃんに渡したかったみたいなのよ」

「え? そうなの?」

「そうよ。それで一時的に帰ってこられたそうなのよ。その時にあの現場を見られたのよね」

「そうだったんだ……」

「サラサちゃん。あなた、ちゃんとご主人様に愛されてるわよ? それはサラサちゃんの求める愛じゃないかも知れないけれど、ご主人様はサラサちゃんを特別可愛く思っているんじゃないかしら?」

「そんな事……きっとヴィル様は、私をまだ小さな女の子のままだと思っているんだよ。ここに連れてきて貰った当初のままから変わらない、幼く小さな女の子のまま……」

「それでもいいじゃない。サラサちゃんへ向ける目は父性からのものかも知れないけれど、そこには愛があると思うわ。だからもっと自信を持って!」

「じゃあ……ヘレンさんがお母さんで、ヴィル様がお父さんって事?」

「そう言う事になるのかしら?」

「なんか、それって嫌ー! だってそうならヴィル様とヘレンさん、夫婦になっちゃうもーん!」

「あら、私、今ではこうだけど、若い時は結構モテてたのよ?」

「でもいやー! 夫婦とかって考えたくなーい!」


 そう言いつつも、ヘレンさんと二人であははっ! って笑い合った。本当にヘレンさんの心遣いが有難い。さっきまで落ち込んでいた気持ちがどっかいっちゃった。

 そうだ。いつもこうだった。私たちは他愛ない事で笑い、少しくらい嫌な事があってもこうやって笑い飛ばしてた。
 ここにいる人たちが私の家族って思って良いかな? 良いよね? うん、勝手にそう思っておこう。

 
「取り敢えず、サラサちゃんはやっぱり暫く休んだ方がいいと思うの。見える所にいっぱい怪我があるし、なんだか見ていて痛々しいわ。それにエヴェリーナ様と会わないようにした方が良いようにも思うのよ」

「そう、だね……」

「魔力も段々早く無くなっていってるでしょう? 私も気が気じゃないのよ」

「それは……ごめんなさい……」

「だからそれは謝る事じゃないのよ? でも私の言うこと、分かってくれる?」

「うん……分かった……」

「これもエヴェリーナ様が滞在している間だけの話よ? 帰られたら私たちがサラサちゃんのフォローをするしね。きっとその方がご主人様も安心なさるわ」

「そうだよね。うん、分かった。そうする。あ、でもでも! ヴィル様が買ってきてくださった苗の植え替えはしておきたい!」

「そうね。じゃあそれをしたらお休みね? 分かりましたか!」

「はい、お母さん!」

「ふふ、そうよ、その調子!」


 もう一度魔法をかけて貰って、私は心も体も元気を取り戻したように感じた。

 ありがとう、ヘレンさん! あ、お母さん!
 
 魔草の苗を植え付けて育てれば、何だか私の体も良くなるような気がする。
 
 ヴィル様からの贈り物なんだし、大切に育てなくちゃね!

 


 
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