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リノの道程 3
しおりを挟むなぶり、いたぶられて、私の意識は朦朧としていた。
そんな中、自分を呼ぶ声が聞こえる。
「リノ……リノ、大丈夫? 今助けるからね」
有り得ないと思った。これは夢か幻か。私をリノと呼ぶのは、今ではあの孤児院にいた者しかいない筈だ。朧気に見えたのは、深紅の髪色の美しい女性。まさか……
「……サラサ、か……?」
「うん、そうだよ。ほら、早くここを出よう」
「あぁ……」
サラサだ……少し大人っぽく変わっていたが、これはサラサの声だ。夢にまで見た、会いたくて仕方がなかったサラサの……
いや、これは夢なのかも知れない。ハッキリしない頭と視界でフラフラと促されるように歩く。本当にサラサなんだろうか。夢じゃないんだろうか。
痛む体で支えられるように歩いていき、馬舎に着く。意識は朦朧としたり、夢から目覚めたようになったり、また混濁したりとしながら、私はサラサと思われる人物に馬に乗せられた。
力も上手く入らない。そんな私の腕を自分の腰に回し、腕を何かで固定される。馬に振り落とされないようにしているのだろう。目の前には深紅の髪色。あぁ、この髪色はやっぱりサラサだ。サラサに間違いない。
ぐったりとサラサの肩にもたれるように顔を置く。あぁ……そうだ……これはサラサの匂いだ……薔薇のように甘く華やかな香り……
少し意識がハッキリしてきた。サラサは私を助け出してくれた。と言うことは、サラサはシェリトス王国の、あの場所で働いていたと言うことなのか?
「サラサ……サラサ……君はどうして……」
「リノ、大丈夫? もうすぐ国境だからね。だからもう少し我慢してね」
「サラサも……一緒に……」
「ダメだよ。私、シェリトス王国の人になっちゃったの。だから帰らなくちゃいけないの。でも、リノは必ずウェルス国に帰すからね」
「ダメ、だ……俺を逃がしたと知れたら……サラサは……」
「大丈夫! 私、これでも上手く人を騙す事ができるようになったんだよ! ほら、こうやって馬も上手に操れているでしょう? 成長したんだから!」
「あぁ……サラサは……とても綺麗になった……」
「リノ……」
後ろから抱きしめるように、腰に回された腕にギュッと力を入れる。会いたかったんだ。ずっと会いたかったんだ。もう離したくない。これからはずっと一緒にいよう。
ボソボソと呟くようにそう言った。それがサラサに届いていたのかどうかは分からないが、何とか想いを伝えようと言葉を紡ぐ。
しかしそれは風に流されていってしまったようだった。声を発するのも力がいる。ハッキリしたと思った意識は、また朧気となっていく。血を多く流しすぎたか……?
サラサに頼るしかないこの状況が苛立たしい。そして申し訳なくも思うし、情けなくも思う。
そんな思考に囚われている中、サラサはとんでもない事を言い出した。
「リノ、聞いて。このままずっと国境まで行ってね。そして私に会った事は忘れてね。夢でも見たと思っていて」
「そんな事できる訳がない……っ! サラサ……! どうするつもりだ?!」
「そんな大声出しちゃダメだよ。いっぱい殴られて声を出すのも辛い癖に。じゃあね。リノ」
「サラサ……っ!」
サラサは私の腕に手綱をくくりつけ、ヒラリと馬上から飛び降りた。
やっと会えたのに! もう離さないと、今思ったばかりなのに!
私は起き上がる事も出来ず、馬に体を預けるようになったまま、それでも伝えなければならないとばかりに叫ぶ。
「サラサっ! 必ず迎えに行く! 君を必ずっ!」
内蔵の至る所を刺されたように痛みが走る。
あぁ、サラサ! どうか、どうか無事でいてくれ! 頼むからどうか無事で……!
気づけば馬は国境を越えていた。警備をしていた兵士は、私の服装を見てすぐに自軍の者だと悟り、国境近くに設置されていた軍部のテントへと送った。
そこですぐに軍医に治療を施され、身元確認と事情聴取後、国境から近いと言うこともあって、私はジョルジュ家に輸送された。
父上の葬儀は既に終わっていて、エスメラルダ様は主のいなくなった邸で嘆き悲しんでいた。そこに帰ってきた傷だらけの状態の私を見て、怒りや悲しみや辺境伯の今後の事への不安等の複雑な感情を露にした。
それでも、当主がいなくなったジョルジュ家の後継者にあたる私を蔑ろには、最早できなかったようだ。
あの時……
私を孤児院から連れ出した時、もう少し遅ければ、エスメラルダ様の放った暗部の者に私は殺されていたそうなのだ。だから夜中であろうと、一刻も早くにこの邸に連れて来なければならなかったと、父上の遺影の前で佇む私に侍従が申し訳なさそうに教えてくれた。
父上の元であれば、どうにか守ってやれるとも言っていたと。だが、目の行き届かない所では、エスメラルダ様の暴力から守る事が出来なかったと。それについては申し訳なく思われていたと、今になって教えられた。しかし、全てが遅すぎたのだ。
こうなってやっと、私は父上が旅立ってしまった事に涙した。そして、父上が守ってきたこの地を守る役目が自分にはあると、今になって自覚したのだ。
私の体に受けた傷は酷く、医師が何人も付きっきりで治療を施してくれた。その甲斐あって、想定されたよりも早くに回復できた。
医師は安静にと言うが、少しでも早くサラサを迎えに行きたくて、痛む体に鞭打ってリハビリに励んだ。
そんな時に届いたシェリトス王国の進軍情報。まだ医師達や侍従から休んでいるように言われたが、私は戦闘に加わる事を自ら申し出た。
前回の敗北を咎められる事は無かった。戦争には犠牲はつきものだし、捕虜となったのに逃げ出せた事を逆に評価されたのだ。
それには素直に喜べない思いがしたが、だからこそサラサを助け出すべく、私は積極的に戦闘に参加したいと思った。
恐らくサラサは、あの砦で働く下女かなにかなのだろう。なぜシェリトス王国にいるのかは分からないが、雇い先がそこしか無かったのかも知れない。こんな時代だ。生きていく為にはそうせざるを得なかった場合もある。
とにかくあれからサラサがどうなったのか、私はそれが一番気になっていた。上手く逃げ出せて、近くの村や街に身を寄せているのであればそれでいい。だがもし捕まっていたら……
考えれば考えるほど胸が苦しくなる。もしかしてサラサは捕まったのかも知れない。ならばすぐに助け出さなければ。
待っていてくれ、サラサ。
必ず君を救い出す。
そしてもう二度と離さない。
二度と離さない……!
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