過去に囚われたあなたに惜しみない愛を

レクフル

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リノの道程 4

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『ブラッディ・ローズ』と言う二つ名は聞いたことがある。

 シェリトス王国の剣豪と呼ばれる存在。対峙したが最後、生きて帰る事は出来ないと言われている。

 だから遠目にどんな存在なのかを見た者から伝え聞くのみだった。それは大きな体躯の剛腕な戦士であったり、華奢な体で魔法を使いこなす魔術師のようであったり、魔法と剣をを巧みに操る美丈夫の魔法剣士のようであったりと、耳に届く噂は様々だった。

 共通しているのは、『ブラッディ・ローズ』が通った跡は、おびただしい血が大地を染めていると言うことで、それは誰しもが口を揃えて言っている事だった。まるで真っ赤な薔薇を散らしたようであるとも。それが二つ名となっているのか、とその時に私は思ったのだ。

 国境沿いの広大な土地で、互いの陣営が陣取っている。程なくして開戦の合図であるラッパの音が高らかに鳴り響き、戦闘が始まった。
 
 後方では魔術師達が呪文を詠唱し、防御の結界を張りながら攻撃の援助をしている。
 歩兵隊が剣を抜き、前に出て駆けていく。後ろには弓兵隊も矢を放ち威嚇する。騎馬隊は後ろに控えつつ、今か今かと出陣を待っている。
 私は騎馬隊の総隊長であり、この陣営の指揮官だった。

 もう二度と負ける事は許されない。自軍を無駄死に等させない。必ずこの戦いに勝ち、サラサの情報を得るのだ。その為ならば、どんな手を使っても、無情になろうとも構わない。私にはサラサが必要なのだから。

 出陣した騎馬隊。戦況は五分五分と言ったところか。私は剣に魔力を這わせ、次々と敵を薙ぎ倒していく。容赦など必要ない。向かってくる者は誰であろうと倒すのみ。

 そうやって剣を奮っていると、自分の周りに敵はいなくなっていく。だから前に進む。新たな敵を求めるように馬を走らせる。

 向こう側、遠目に見えた剣士と思われる人物が目に入った。仮面を被り、巧みな剣術と魔術で自軍の兵士を騎士を薙ぎ倒しているあれが恐らく『ブラッディ・ローズ』なのだろう。
 それは誰に説明されずとも理解出来るほどの、戦闘に慣れた者の戦い方であった。

 辺りにいた者は呆気なくその場へ崩れ落ちていく。二つ名の通り、仮面の騎士の周りには夥しい血が舞い散っていた。

 女性を思わせる体躯。しかし容赦のない剣筋に豪胆さが見られる。アイツを倒さないと自軍の勝利はない。そう判断した私は、剣をしっかり構えて馬を走らせる。

 向こうも此方に気付いたのか、馬を走らせてきた。

 一騎討ちだ。

 辺りは騒然としていた。なのに、自分の周りだけは水を打ったように静かに感じる。
 ここでどちらかが命を失う。これはそういう戦いだ。だから全力で挑む。『ブラッディ・ローズ』を生かしていれば、我が国に勝利はない。

 剣が交差する。

 『ブラッディ・ローズ』の剣は私の肩を軽く擦っただけだった。

 そして私の剣は『ブラッディ・ローズ』の胸を深く貫いていた。

  貫いていた剣を勢いよく抜くと、鮮やかな真っ赤な血が飛び散った。
 
 呆気なかった。なぜこんなにも簡単に討ち取れてしまったのか。その事が疑問でしかなかった。そんな相手ではない。こんな簡単な相手ではなかった筈なのに……

 戸惑いの中、微かに届いた声……


「リ、ノ……」

「え……サラ、サ……?」


 そんな筈はない。そんな筈はない! 有り得ない! こんな所にサラサがいるなんて! 

 だけど微かに聞いたその声は心が求めていた声で……幻聴かと何度も何度も自分の耳を疑った。


「嘘だ……サラサがこんな所にいるなんて……違うだろ? 違うと言ってくれ!」


 私の肩にトスンと倒れるように頭を乗せた仮面の騎士からフワリと香ったのは、あの時……私を逃がしてくれた時のサラサと同じ香りだった。
 抱きかかえるようにして、恐る恐るその仮面に手を伸ばす。手が震える。どうか違っていてくれ……! そう何度も願いながら仮面を取った。

 
「サラサ……っ!」


 それは紛れもなくサラサだった。だけど、その顔は半分焼き爛れていた。髪も短く切られたのか、不揃いな状態だった。

 
「サラサ……嘘だ……! なぜなんだ! サラサっ!!」

 
 彼女は『ブラッディ・ローズ』の筈だ。それがサラサだったと言うのか?! 有り得ない! いや、そんな事はどうでもいい。どうして私はサラサを刺してしまったんだ?! 何故気づかなかった?! どうして……!

 
「サラサ、サラサ、頼む! 死なないでくれ! 私が悪かった! どんな事でも償うから! だから死なないでくれ! お願いだ、サラサっ!!」


 刺してしまった部分を押さえるようにして、これ以上出血しないようにする。その時、サラサは私に口づけてきた。それに思わず驚いて目を見開く。

 重なった唇から暖かい何かが入り込んだ。身体中がその暖かさに満ちていく。そして力も漲っていく。拷問を受けて残った傷跡も痛みも疲労感も一気に無くなったように感じた。
 
 一体何が起きたのか……

 唇を離したサラサは、私を見て微笑んだ。それは幼い頃と同じ笑顔で、私が求めて止まなかったもので……

 グラリと馬からサラサが崩れ落ちる。それを庇うように抱きしめて、自分も一緒に馬から落ちていく。

 サラサが頭を打たないように手を添えて、これ以上怪我をしないようにと抱き包む。


「サラサ、ごめん、痛かったか? 大丈夫だからな。きっと助けるから。サラサ、聞こえるか? サラサ?」


 サラサを抱き起こし、また胸の出血を止めるように手で押さえ何度も何度も名前を呼ぶ。だけどサラサは何も答えてくれなかった。微笑んだまま、眠っているようだった。


「頼むよ、サラサ! 私が悪かった! すまない! だから目を覚ましてくれないか?! サラサ!」


 サラサから力が無くなっている。支えていないと崩れてしまいそうになる。


「嫌だ……! 嫌だ! 嫌だっ! 私を置いて行かないでくれ! 頼むから! 何でもするから! お願いだ、サラサ!!」


  胸を押さえる手は、ドクドクと止まることなく溢れてくるサラサの血液で真っ赤に染まっていく。ダメだダメだ、これ以上血を失ったら!

 冷や汗と涙で視界がぼやける。さっきから心臓がドキドキと脈打って苦しい。これは現実ではないと、目に見えている状況が夢だと思い込もうとするも、最早それすら叶わない。
 声が震える。だけどその名を呼び続ける事を止められない。

 しかし、しっかり抱きしめて何度もサラサと呼び掛けるが、それに答えが帰ってくる事はなく……
 
 私の腕の中で、サラサはいつしか息を引き取っていた。

 最愛の、かけがえのない人……

 ただ一つの希望、ただ一つの救い、ただ一つ求めたもの……

 その存在を私は自分の手で葬ってしまったのだ……




 
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