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魔力欠乏症
しおりを挟むベッドに寝かされているサラサの髪を見て、私はその場で動けなくなってしまった。
なぜサラサは髪色が黒ではないんだ?! なぜ深紅の髪色になっている?!
「あの、ご主人様……?」
「サラサの……髪が……」
「申し訳ありません! 私が毎朝サラサちゃんの髪色を魔法で黒くしていたんです! この地では真っ赤な髪は差別の対象となってしまいます! ですから……」
「いつからだ?! サラサはいつから髪がこんな色なんだ?!」
「え……ですから、サラサちゃんがここに来た時からです。その当初は指甲花を乾燥し粉砕させた物で黒に染めていたようですが、髪が伸びて根元が赤い事に気づいた私が魔法で色を変えることを提案したんです。その……ご主人様は赤い髪と知っても、差別されるような方じゃないのは分かっているんですが、他の人はどうか分かりませんでしたし、その……」
「髪が赤いのがいけない等、そんな事は思っていない。しかしそれを私が知らなかった事が……」
「申し訳ありません! 隠すような事をしまして!」
「いや……」
サラサは深紅の髪をしていた。それはあの頃のサラサと同じような色で……
まさか……サラサは本当にあのサラサだったのか?
いや、そんな事を考えてはいけない。自分の願望をこの子に求めてはいけないのだ。
「ジョルジュ様、遅くなりまして申し訳ありません」
サラサの傍にいた初老の医師が恭しく私に頭を下げる。以前来るように頼んだ時、遠くに診療に行っていた為ここまでくるのに日がかかると言われていたのを思い出す。
「いや……それで、サラサはどうなんだ? 何か問題でもあるのか?」
「頭を打ったようで、それで混乱しているのかも知れません。時々何やらうわ言を言うのですが、それよりも気になることがございます」
「それはなんだ?」
「この子は魔力欠乏症です」
「魔力欠乏症?」
「はい。かなり希少な症例なのですが、生まれながらにして魔力を持ち合わせていない症状の事をそう言います」
「魔力がない……それが何か問題あるのか?」
「大アリです。よくもまぁ、ここまでの症状で普通に生活していられましたね。驚きですよ、これは」
「どういう事だ?」
「この症状は、成人を迎える15歳を過ぎる頃から徐々に強く出てきて体に支障をきたすようになるんです。魔力は魔法を使う為だけのものではありません。その体を維持する為にも使われるのです。今までは体力や体液、血液、そして日々の食事等で補えていたのでしょうが、成長と共にそれらでは足らなくなってくるのですよ。それが大体成人した頃となります。ですから現在、この子は力の元になるものが欠乏している状態なのです」
「そ、そうなると、どうなると言うんだ?!」
「体は魔力が尽きたような状態になり、動けなくなっていきます。通常は休めば魔力が蓄積されて回復していきますが、この子は魔力がないので回復できないんですよ。この症状ですと半年持つかどうか……」
「そんな……っ! どうすればいいんだ?! 助ける方法はないのか?!」
「助ける方法は、ただ魔力を供給し続ければ良いのです。ですが日に日にその魔力は多く必要となります。常に寄り添い、多くの魔力を供給し続けることができますか? できるのであれば彼女は助かります。ですが、それは殆ど無理なのです。魔力欠乏症の子は、長くても発症してから1年程しか生きられません」
「サラサは16歳だ……成人してからは既に一年が過ぎている……」
「最近は特に体が辛かったんじゃないでしょうか。よくここまで隠せていましたね」
サラサがそんな事になっていたなんて……
だから倒れたりしていたのか? しかしなぜそれに今まで私は気づかなかったんだ……!
頭に巻かれた包帯が痛々しい。顔にも所々傷テープが貼られてあって、それを見ていると胸が締め付けられる。
ベッド脇に置かれた椅子に座り、サラサの手を握る。その時サラサは少し目を覚まし、私を見て微笑んだ。
「サラサ? 私だ。帰ってきたよ。無理をするなとあれほど言ったのに……」
「あ……帰ってきてくれたんだね……ふふ……良かったぁ……もう会えないかと思っちゃった……」
「私がここ以外にどこに帰ると……」
「あのね、あのね……ずっと言いたかったの……私もね、リノの事、ずっと好きだったの……」
「え……?」
「だからね、リノのお嫁さんになりたいって思ったの……」
「サラサ?! 君は本当にサラサなのか?!」
「あの時ね、恥ずかしくてね、私言えなかったの……だから次の日に言おうって決めててね……でもリノは朝起きたらいなくなってて……」
「サラサっ! あぁ、本当にサラサなんだな! どうして言ってくれなかったんだ?!」
サラサは私をリノと言った。それはもうこの世界では誰も知る事のない私の名前だ。
私の元へ来てくれたのか? サラサ、君こそが本当のサラサだったんだな!
それからサラサはまた眠ったようだった。私は握った手から魔力を送り続ける。そうすればサラサは助かる筈だ。
サラサが魔力欠乏症なのは、私に自分の魔力を渡したからなんじゃないのか?
周りには医師とヘレンと、他にも使用人達が心配そうにサラサを見守っていたが、取り乱す私の様子に驚いていたようだ。いつも冷静沈着な私が狼狽えている姿を見て、信じられないと感じたようだった。
そんな彼等を、私は自分がサラサを見ているからと引き下がらせる。
昨日まで元気だった。いや、元気に見えていた。いつも私に好きだと言ってくれていた。それは前世から言いたかった事だったのか? 愛しくて愛しくて、何度も頭を撫で頬を撫で、髪を撫でる。
いつも私に笑顔を向けてくれていた。サラサは私の太陽だった。それは今も変わりなかったんだ。
「あぁ……ごめ、なさ……」
「サラサ?」
「嫌、もう戦争になんて行きたくない! これ以上人を殺すなんて……っ!」
「サラサっ!」
思わず眠っている抱きしめた。サラサは震えて泣いていた。やはりそうだったんだ。人を殺す罪悪感に押し潰されそうになっていたんだ。
無慈悲だと、悪魔だと言われた『ブラッディ・ローズ』はこんなか弱い少女なんだ。そんな子に、どうして戦争に行けと強制できたのか……!
いや、あの当時はそんな時代だった。誰もが好き好んで戦っていた訳じゃない。嫌々ながらも、そうせざるを得ない状況だったのだ。
それでも……!
「サラサ、もう戦わなくて良い。誰も殺さなくて良いんだよ」
「リノ……リノ……お願い……嫌いにならないで……」
「嫌いになんかならない! サラサだけが好きなんだ! 私にはサラサだけなんだ!」
「リノ……大好き……」
「あぁ、サラサ、私も大好きだよ」
そう言うと、安心したようにサラサはまた眠った。けれどその目には涙があった。
前世であった事を夢に見ているのか? それはサラサには辛い事なのではないのか?
なぜ彼女はこんな目に合わなければならないのか。どうしたら救えるのか。
サラサの事を想えば想うほど、胸が苦しくて切なくなってくる……
君は今まで私をリノと知りながら、ずっと傍にいてくれていたのか? 過去の事は忘れるように言ったのも、私に前を向いて欲しかったからなのか?
サラサの気持ちを考えると、自分はなんて浅慮だったのかと悔しくなってくる。
君はこんなに私の事を思ってくれていたのに……!
守ると決めたんだ。必ず守ると決めたんだ!
サラサ、今度こそ君を絶対に守る!
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