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協力要請
しおりを挟む兵隊長と兵士達は処分されたと言っていた。恐らく皆殺されたんだろう。
俺はアイツ等も操った。アシュリーが攻撃がされたのを見たからだ。
ダメだ、冷静になれていない。全然ダメだ。
前も我を失って力を暴走させてしまった事がある。いや、今は我を失うとかにはなってないけど、大きすぎる力を自在に使える俺が思うように出来てしまったら、マジで人間としての理性も無くしてしまいそうなんだ。
今はそれを止めてくれる人もいない。だから自分で歯止めをかけないといけない。怒ってくれる相手がいるという事は、実は幸せな事なんだよな。
けど今もこうやって俺はバルタザールを操ってしまっている。こいつはどうしようもない奴だ。けど何とか更正させて、国を良くするように動いて貰うようにしたかった。何でも思い通りにさせるのにも抵抗があったのも否めないが、自分で気づいて更正してくれるのが一番楽だからだ。
俺が操ってしまうと、俺が国を動かしていかなきゃならない。俺は強い。結構強い。かなり強い。すっげぇ強い。いや、マジで目茶苦茶強い。と自負している。けど、政治の事には疎い。考えが単純だから、駆け引きとか出来ねぇんだ。
交渉とかはした事があるが、勿論それは自分発信じゃねぇ。到達点があって、それに沿うように有利になるようにしていくのは可能だ。けど、その到達点を決めるのが厄介だ。それが俺には難しいって思っちまう。マジでこんな事を平然とやっていた奴等をすげぇって思う。
ディルクもそうだった。アイツは交渉が上手かったし、全体を見て調和させていくのがずば抜けて上手かった。マジで尊敬する。俺には真似出来ねぇ。
だからそういうのに聡い奴を見つける必要がある。まずはそっからだな。
いや、その前に……
奴隷の女の子が俺とバルタザールを恐ろしいモノでも見るような感じで震えながら見ている。
そっと近寄ると、女の子は震えながら自分の体を庇う。至るところにある生傷や古傷を回復魔法で治していくと、自分の変化に驚いた女の子は体を確認してから俺を見た。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ。親はいるか?」
「い、いえ……もう……殺され、て……」
「そうか。辛かったな。この国を離れる意思はあるか?」
「今より酷くなければ……どこでも……」
「そっか……名前はなんていうんだ?」
「G53番です」
「それは名前じゃねぇだろ?」
「でも……もう忘れ……」
言いながらその子は涙を流した。自分の名前も忘れてしまう程、長い間こうやって嬲られ甚振られ虐げられ、自分の楽しかった思い出とか記憶でさえも悉く踏みにじられて来たのかも知んねぇ……
目を見て心を読んでいく。深層心理にあるこの子の本来の姿と記憶を探っていく。この子は元気で活発な女の子だ。この国じゃ生まれてからも幸せな暮らしは出来なかったみたいだが、それでも父と母と質素ながらも身を寄せ合うようにして暮らしていた日々が、この子の最も大切にしている幸せな記憶だった。この子の名前は……
「レニー……レニーって言うんだな。可愛い名前じゃないか」
ハッとして俺を見てから、レニーはまた涙を流して何度も頷く。
にっこり笑って頭を優しく撫でて、それからレニーを抱き上げる。この年の子にしたらすっげぇ軽かった。体を光魔法で浄化させてやる。服は回復魔法で復元させた。
「少し出てくるから、お前はここで何もせずにいろ。間違っても人を殺すような命令はするな」
「はい、分かりました」
バルタザールにそう告げて部屋を離れる。念のため監視に透明化させたゴーレムを置いておいておく事にする。
俺はレニーを連れて空間移動でアクシタス国の村へやって来た。いきなり景色が変わったから、レニーはまた驚いていた。
村長の家に行き、レニーの世話をするように告げてから出ていこうとすると、レニーが俺を掴んで離さない。まだ不安なんだな、と感じて、レニーの目を見て不安と暴力を受けた記憶を奪った。
そうして漸くレニーは俺を離してくれた。こんな思いをする子を無くさなきゃなんねぇ。
だからあの国を正さなきゃダメなんだ。
しかしここも人が多くなってきたな。また別の村か街が必要かも知んねぇな。
そんな事を考えながら、村を離れてオルギアン帝国へ飛んだ。定期的に来て現状報告をお互いにしあい、何かあれば即座に対処するという感じでこの国とは関わっている。
表向きはそうだが、基本的に俺はオルギアン帝国に利するよう動いている。それは、この国が正しい事をしていると思っているからだ。まぁ、正しく無い事をしていたら、俺がお灸でも据えてやるんだけどな。今はそんな心配はない。
皇帝や官僚が変わって、内政や外政に雲行きが怪しくなりそうな時は、俺が釘を刺す事もあった。そんな時はウルもピシャリと言ってくれてたな。
歴代の皇帝には、俺の事を影の協力者として皇位と共に継承させているようだ。絶対に逆らうな、苦言を受け入れろ、協力を惜しむな、って感じらしい。そうすればこの国の安寧は揺るがない、と伝えられているのだと言う。って、そんな大層にして貰わなくていいんだけどな。
オルギアン帝国に行く時は、俺は全身黒づくめの格好で赴く。ってか、普段とあんまり変わんねぇけどな。で、仮面もつけている。いかにもそうしていますって格好をしているのだ。
俺は長年生きているけど、皇帝は何代も変わっていく。今や俺がこの世に生きてるなんて知る奴はウルくらいだ。
だからこの影の者も継承者がいて、何代も引き継いでいると考えられている。ってことで仮面を被るようにしている。たまに身長や体重なんかも変えてやる。そうすると同一人物とは思われねぇからな。
何にせよ、俺が力を借りたい時に頼れるのはオルギアン帝国だと言うことだ。まぁ、それまで色々手を貸してやってるし、報酬は貰ってるけどそれ以上に恩恵を与えている筈だしな。
たまには借りを返して貰ってもバチは当たんないだろ?
とは言え、何も利益がない訳じゃねぇ。
今回はロヴァダ国の立て直しなんだ。それにオルギアン帝国が介入するとなれば、かなり大きな利益になるだろ? どう利益に変えていくかは、官僚の賢い奴に任せるとしよう。これはかなり美味しい話だと思うぜ?
オルギアン帝国の帝城にある部屋についた。ここは俺の部屋となっている。400年前から変わらない、俺専用の部屋だ。そこにあるベルを魔力で大きく響くようにして鳴らすと、少しして侍従がやって来る。こいつは俺専用の侍従だ。
「ヴァルツ様、ようこそおいで下さいました」
「あぁ。久し振りだな。ジョルディはいるか?」
「ジョルディ皇帝陛下は現在自室におられると思われるます。確認し、お取り次ぎ致します。少々お待ちください」
侍従は一礼して出ていった。と同時にメイドが来てお茶を持ってくる。仕事が早いな。
そういえば昼飯も食えてなかったな。お茶と一緒に軽食のサンドイッチも持ってきてくれたから、それを有り難く頂くことにする。
ここでそうやって食ってると、リュカと過ごした事を思い出す。少しの間、この部屋でリュカと暮らしていた時があった。今もテーブルの向かい側に座って、大好きなパンを嬉しそうに食べてる姿が目に浮かぶ。
ここは思い出がいっぱいある。アシュリーと過ごした事もある。今は俺一人だ。俺のそばには誰もいない。そうしているのは俺自身なんだけどな。そう考えると懐かしくも切なくもなってくる。
ダメだ、ここに長居はできねぇな。何とも言えない複雑な思いが胸をしめつける感じがして正常でいられなくなりそうだ。
侍従からの返答を待たずに、俺は皇帝の部屋へ行くことにする。
良い人材がいればいいんだけどな。
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