慟哭の先に

レクフル

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溢れだす記憶

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 体調が良くなったことをメアリーにすごくアピールして、同行してもらう事と、体調が思わしくなかったらすぐに引き返す事を条件に、メアリーはエリアスの部屋へと案内してくれる事になった。

 私はここではディルクの友人で男となっているので、この場所に相応しい男性用の貴族っぽい衣装をメアリーが用意してくれた。エリアスの部屋へ行くまでに、誰かに会う事があるかも知れないからだ。
 
 こんな服を着たのはは初めてだったから、なんか変に緊張しちゃうな。
 着替えた姿を見て、メアリーは何故か顔を赤らめた。そして
「すっごくお似合いです……私……ヤバいかも知れません……!」
って、よく分からない事を言っていた。
 ……大丈夫かな……?

 メアリーはチラチラと私を見ながら、気遣ってかゆっくりと歩いてくれる。目が合う度にニッコリ微笑むと、また顔を赤らめて下を向く。熱でもあるのかな?

 そうやって進んで行くと、なんだか見覚えがあるような感じがしてくる。どこも同じような作りの廊下なんだけど、窓から見える景色とか陽当たりとか部屋の間隔とか、そんなのが思い出されて懐かしく感じてくる。

 近づくにつれ、なんだか凄く胸がドキドキする。もしエリアスがいてたらどうしよう? その可能性はある。そう考えるだけでさっきから胸が騒がしい。

 メアリーが一つの部屋の前で立ち止まる。

 あぁ、そうか……ここがエリアスの部屋なんだ……

 ここは前世で私が初めて帝城に来た時に、エリアスと一緒に泊まった部屋だ。あれからずっとエリアスはこの部屋を自分の部屋としてたんだな……

 
「こちらがエリアス様のお部屋です。中に入れる事はありませんので、ここで案内は終わりますが……」

「うん、ありがとう、メアリー」


 そっと扉に触れてみる。するとバチンと弾かれるような感覚が手に伝わってきた。
 やっぱり結界が張られてある。しかもかなり強力な結界だ。こんな結界を張れるのはエリアスしか考えられない。
 暫く部屋の前で佇んでいると、メアリーが聞いてくる。


「アリア様、いかがなさいますか? もう少しここにおられますか? それともお部屋に戻られますか?」

「あ、うん……そうだね、部屋に戻ろうか」

「では戻りましょう」


 名残惜しむようにその場を離れる。またゆっくり歩いて部屋に戻ってきた。部屋に着くと、そこにはディルクの姿があった。


「あれ? ディルク、なんで? まだお昼前だけど……」

「ウルリーカからアシュリーが倒れたと聞いた。何があった?」

「倒れてはいないよ。少しリュカの記憶が甦ってね、体に痛みが走っただけだから、そんなに心配しないで?」

「そう、か……最近はそうやってリュカの記憶が多く見えたりしてないか? 体に負担が掛かっているんじゃないのか?」

「平気だよ。こんな時間に帰ってきて、ディルクこそ仕事は大丈夫なの?」

「あぁ、それは問題ない。俺以外の出向者達も優秀でな。ある程度任せても問題はないんだ」

「そうなんだ……でもウルから聞いたって、どうやって?」

「ロヴァダ国の仕事部屋に簡易転送陣を設置した。それでウルリーカがやって来てな」

「そうなんだ……私の事で国同士を繋ぐ転送陣を使うなんて……」

「そんな事は何でもない事だ。アシュリーが無事であればそれで良いからな」

「ディルク……あ、それでね、今私エリアスの部屋に行ってたんだ!」

「エリアスの部屋?」

「うん! この帝城に前世でもあったエリアスの部屋が今もあったんだ! 場所も前世の時と同じ場所だった!」

「そう、か……しかし、そんな部屋があったとは、何故俺は知らなかったのか……」

「メアリーは知ってたよ? なんか、私達の事が劇になっているらしくって……」

「あぁ、それは聞いたことがあるな」

「それで、その劇のファンの人は密かにエリアスの部屋を訪ねるんだって。でも、結界が張ってあるし鍵も無いしで、中には入れない状態になっていてね」

「そうか。使われていない部屋なら知ることはなかったな。ファンの間では周知の事だったのか。盲点だな」

「うん、それで、メアリーに案内して貰ってたんだ」

「結界が張ってあったのか?」

「かなり強力な結界が張ってあったよ。そうしてるって事は、今もエリアスが使っている可能性はあるって事だよね?」

「そうだな。いや……そうか……」

「なに? どうしたの?」

「前に気になる男がいると言っただろう? オルギアン帝国を影で支えてくれている男だ」

「あぁ、うん、異能の力を持ってるかも知れない人だよね?」

「そうだ。ヴァルツと言う男だが、今一緒にロヴァダ国を立て直している。俺は主に内側から正していってるのだが、ヴァルツには街や村を回って貰い、情勢を確認して報告して貰っている。その感じが……エリアスと似ていてな」

「え?! その人が?!」

「あぁ。仮面をつけていて顔は見えないし、体格や身長なんかはエリアスとは違うが、手際の良さや報告内容、目の付け所とか、関われば関わる程にエリアスを感じてしまうんだ」

「オルギアン帝国を影ながら支えてる人……そう、だ……それってきっとエリアスだ……!」

「まだ何の確証もないがな」

「ううん! きっとそうだ! エリアスに違いない! エリアスは今もオルギアン帝国を守ってくれていて、ここに来る時はあの部屋を使ってるんだ!」

「そう考えられるな」

「きっとそうだ……絶対そうだ……! ヴァルツはエリアスだ! ねぇ、今から一緒にエリアスの部屋に行ってみよう? もしかしたらヴァルツがエリアスだっていう証拠があるかも知れない!」

「あぁ、構わない。行ってみよう」


 ディルクと二人でエリアスの部屋の前に来てみた。ディルクも見た途端に思い出したようで、なるほどな……って呟きながら周りを見渡していた。

 留守中に勝手に部屋に入るのは、やっぱり気が引けてしまうけど、そんな気持ちには蓋をしておこう。今はエリアスの所在を確認したい気持ちの方が強いんだ。

 さっきと同じように扉に触れる。その時に光魔法で浄化して、結界を無効にしてみる。なかなかに強い結界だから解除は難しそうだ。魔力をかなり多く使って光魔法の強度を上げる。
 すると、ディルクが私の手の上に手を重ねてきた。一緒に光魔法の強度を更に上げていく。
 そうして何とか結界を解除する事ができた。私達の力を持ってしても二人がかりでやっとか……やっぱりエリアスの能力は格段に上がっていたんだな……

 扉をそっと開けて中へと入る。

 この部屋はあの頃と全く変わらない。今の今まで忘れていたくせに見た途端に思い出すなんて、自分で凄く都合が良いように感じてしまう。

 辺りを見渡すけど、エリアスはそこにはいなかった。何だかほっとしたような残念なような、そんな複雑な気持ちになる。

 部屋の様子を確認すると、置いてある調度品や家具なんかも、あの頃と何も変わらなかった。テーブルも椅子もソファーも、その配置も何もかもがあの頃と同じだ。

 感じる。あの頃の自分の姿とエリアスを感じる事が出来る。

 ディルクは部屋中を見渡して、あっちこっちへ行って置いてある物を手に取ったり、引き出しを開けたりしていた。勝手にそんな事をしても良いのかな? って思ったけど、勝手に中に入ってる状態では何も言えない。

  寝室へといってみる。そこには私の肖像画が置いてあった。ここでエリアスとリュカは一緒に眠っていたんだな。そこに肖像画を置いてくれてるなんて、何だかくすぐったい気持ちになる。
 
 その横に、綺麗な装飾の箱が置いてあった。それを開けてみると腕輪が入ってあった。
 この腕輪は……

  いきなりドクンって胸が大きく高鳴った。そしてまた全身に痛みが襲ってきた……

 リュカもこの部屋でエリアスと一緒に暮らしていた日があって、その映像が目の前に溢れだしてくる。
 
 そうか……この腕輪は、リュカが黒龍の姿の時にエリアスが従魔の証としてリュカに着けた物だったんだ……

 この部屋で……ここのテーブルで一緒に食事をして、ソファーで二人で寛いで、このベッドで寄り添うようにして眠っていたんだね。

 立っていられなくなって、ベッドに倒れ込んだ状態になる。けれど心は暖かい。優しい気持ちが流れ込んでくる。幸せだったリュカの記憶が胸を暖かくさせる。

 けれど、リュカの記憶は関を切った様に溢れだしてくる。エリアスへの思いがこんなにたくさん……


「アシュリー?! どうした?! またリュカの記憶か?!」

「う、ん……ごめ……」

「そんな事は良い! 戻るぞ!」


 ディルクに抱きかかえられて、ディルクの部屋の寝室まで戻って来た。すぐにベッドに寝かされるけど、身体中の痛みはなかなかひいてくれなかった。

 ずっと目の前にリュカの記憶の映像が見えている。エリアスがそこにいるように感じて、思わず手を伸ばしてしまう。だけどそこには何も無くて、私の手は虚しく空を切るだけだった。


「アシュリー?! 俺だ! 分かるか?!」

「エリアス……」


 私の伸ばした手をディルクが取ってくれた。けど、それはもう誰の手なのか分からない程に、目まぐるしく目の前の映像が切り替わる。それと同時に体の痛みは増していって……

 
「メアリー、医者を呼べ! メアリー!」

「あ、はい! 只今!」

「ディルク……ベリナリス……ニレの、木……」

「ベリナリス?! ベリナリス国にあるニレの木?! それがどうしたんだ?!」

「そこ、に……エリアス……」


 リュカの楽しかった思い出は、多くがニレの木のそばで過ごした事だった。そこにエリアスとリュカの家がある。
 
 だけどそれを何とか伝えてから、私は痛みに耐えられなくて深く闇に落ちるように眠ってしまったのだった。



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