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思い出の場所
しおりを挟むエリアスの元を去って、私が行くところは……
何処にもない。
ずっと母と旅をしてきたけれど、母の目的は父とディルクに会う事と追っ手から逃げること。
そして私の一番の目的は、エリアスを探し出し共に生きていくことだった。
母はいなくなりディルクに会えて、そしてエリアスにも会う事ができた。だけど、私は目的を果たすことが出来なかった。
帰る場所なんかない。私は一人になってしまった。
だけど、まだ私にはリュカがいる。この存在だけは守らないと。
「リュカ、ごめんね? もう少し一緒にいてくれるかな……もう少しだけ……」
長く引き止めちゃダメだ。本当は早く天に還してあげた方がいいんだ。それは分かっている。けれど、まだ一人になる勇気が持てない。こんなに情けないのが今の自分だ。
そうしてやって来たのは、またここだった。
ここはアクシタス国にある森の中。母が亡くなった場所だ。
「どうしてここに来てしまうんだろう……母にはもう会えないのに……」
母との旅では良い思い出はほとんど無くて、怒られないように、殴られないように、そして愛してもらえるようにする事に一生懸命で、一緒にいたけれどいつも寂しくて悲しくて怖くて……
母がこの場で亡くなっているのを見た時、悲しさと虚しさの他に、少しホッとした自分がいたのも事実だった。
もう母に無意味に愛を乞わなくていいんだ。 得られない愛を求めなくてもいいんだ。
そう思った。
「ごめんね、お母さん……ちゃんと悲しめなくて……ごめんなさい……」
その罪悪感からなのか、私はここに無意識に来てしまう。
そんな風に思いあぐねていると、人の気配がした。
「アシュリーっ!」
「え?! エリアス?! なんで!」
「俺の声が聞こえてんだな?! 良かった! 何処に行こうとしてたんだよ! まだちゃんと目も見えねぇのに!」
「もう大丈夫だ! 私の事は気にしなくていい!」
「そんな訳にはいかねぇだろ?!」
「待ってエリアス……なんで私がここにいるのが分かったんだ……?」
「え? それは俺が紫の石を持って……」
「紫の石……? なんでエリアスが紫の石を持っているんだ?! あれはディルクが待っている筈なのに!」
「あ、いや、それは……!」
「ディルクを……倒した、の……?」
「いや、俺は何も……!」
「じゃあなんで! ディルクが簡単に紫の石を手離すなんて考えられない!」
「あ、いや、だから、そのっ!」
「ディルクは?! ディルクはどこ?! どうなったの?!」
「ディルクは……っ!」
「え……嘘……違うよね? ディルクはロヴァダ国で仕事をしてる……筈だよ、ね……?」
「アシュリー……っ!」
「嫌だ……違う……そんな訳ない……」
エリアスに不意に抱き寄せられる。だけどそれをすぐに突っぱねた。
今はディルクの事が気になってしまうんだ。
エリアスは私に攻撃するディルクと戦ったって事? そしてディルクから紫の石を奪ったの?
ううん、エリアスはそんな事をしない。無理に紫の石を奪うなんて、そんな事をする筈がない。だってエリアスは紫の石が無くても空間移動が使えるもの。考えられるのは……
ディルクは……もう……存在、しない……?
嘘だ……あり得ない……! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!!
「アシュリー!」
エリアスの私を呼ぶ声を聞きながら、私はその場から姿を消して帝城の自分の部屋までやって来た。
ここには来てはいけないと思っていた。ディルクを怒らせてしまったから、もうここに私の居場所は無いと……
だけどこの空間は私に優しくて、ディルクが私の事を思ってこの部屋を用意してくれたのを思い出す。
いくら怒ったと言っても、ディルクが私に攻撃するなんて考えられない……
こんな事、よく考えたら分かる筈だった。あの時から私はずっと動揺して困惑して周りの声に耳を貸さずに一人で籠って……
じゃああれは何だったんだろう? 私を攻撃したのは本当にディルクだった……? でも、じゃあディルクは……
「あれ?! アリア様!」
「その声は……メアリー?」
「はい! 私ルディウス様のお部屋を掃除させて頂いてたんです。そうしたらアリア様のお部屋から物音がしたので、何事かと思って来てみたのですが……」
「あ、あのねメアリー、ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい、何でしょう?」
「ディルク……ルディウスは今、ロヴァダ国にいるんだよね?」
「え……」
「それとももう帰って来てるのかな……でも前にディルクはロヴァダ国の立て直しには時間が掛かるって言ってたし……」
「あの、アリア様……」
「それとも他の仕事かな? とにかく会いたいんだ。何処にいるのか教えて貰えるかな?」
「アリア様は……ご存知なかったのでしょうか……?」
「あ、やっぱりもう帰って来ているのか? じゃあ今は仕事部屋かな? ならそこまで案内してくれないかな。私今、目が見えてないから……」
「いえ! そうではないのです! アリア様! ルディウス様はっ!」
「そんな訳ない!」
「……アリア様……!」
「違うよね……? ディルクは仕事で急がしてくて……それで今はここにいないだけなんだよね? そうだよね……?」
「それ、は……それは……っ!」
「なんで……? なんでメアリーは泣いてるの? そんな訳ないよ……ディルクは強くって優しくって誰にも負けなくって……ディルクは……!」
「ルディウス様は……逝去なされました……」
「メアリー……?」
「ルディウス様から生前言われていたのです。もしルディウス様が先立たれて、アリア様が現実を受け入れようとしなくとも事実を述べて欲しいと。こんな事になる事を……想定していたかのように……っ!」
「そんな……」
「そうなったら私に力になってやって欲しいと! こんな私にまで頭を下げられて! ルディウス様は! アリア様を愛しておられました!」
「ディルク……」
嘘だ……それはきっとメアリーの冗談だ。だけど、それ以上メアリーからの言葉を聞きたくなくて、思わずメアリーの目の前で歪みを出して姿を消してしまった。
やって来た所は……今はもう何も無い、私とディルクが5歳まで育った村の跡地。そこは鬱蒼と木が生い茂っていて、人の気配もない。
空間を操る精霊のディナと契約してから、私が最初にしたのはこの場所へ来る事だった。
ボロボロに朽ちた家が所々にあって、それは草木に覆われてしまって見る影もなかった。
そんな状態になってしまった村だけれど、ここには楽しかった思い出がいっぱいある。ここには父と母とディルクと四人で慎ましくも幸せに暮らした思い出があったんだ。
近くに住む祖父母は優しくて、幼い私を抱き上げてよく散歩に連れていってくれた。
村の人達も皆が優しくて、助け合って支え合って生活していた。
「ねぇディルク、覚えてる? ……家の裏手の細道の先に基地を二人で作って、よくそこで隠れて遊んでいたよね? お父さんとお母さんが探しに来てくれるのが嬉しくて……でも見つからないように二人で抱き合って隠れていたよね……」
木を背にして、ズルズルと崩れ落ちるようにその場に座り込む。
「飼ってた牛鴨に一匹ずつ名前を着けていって、こっそり畑で採った野菜をあげてたよね? 後でおじさんにすごく怒られて……」
思い出すとその頃の場景が浮かんでくる。どれも懐かしくて幸せだった頃の記憶……
「私、温泉を堀当てるんだって言って、ディルクを巻き込んでよく土を掘り返してたよね。ディルクは何も言わずに私と一緒に一生懸命土を掘ってくれていて……泥だらけになって帰って、お母さんに怒られたよね?」
ふふ……って、思わず笑いが込み上げてくる。その時の私たちは全身泥だらけで、でもそれが楽しかったんだ。
「寝るときはいつも二人で手を繋いで眠ったね。眠る前は色んな話をしたよね。……ディルクは……あの時から私に言っていた……自分の魂を私に差し出すって……だからそれに戸惑うなって……そうしないとリュカは生まれてこれないからって……」
私を助ける為だけに生まれてきたと言ったディルク……けれど私はそんな事は聞きたくなくて、いつも聞かない振りをして……!
ズキズキと痛む目から涙が溢れてくる。ディルクはきっと私に魂を渡したんだ。でなければ、私の体にあったあの激痛が無くなる訳なんかないもの……それはニレの木だけでそうなっていた訳ではなかった。
それだけじゃなかったんだ……
「ディルク……っ! 嫌だ! ディルク!!」
自分の体を抱きしめるように、その場で縮こまる。ディルクの魂が自分にある事を簡単には受け入れたくなくて、だけどディルクを抱きしめてあげたくて……
その命を……その魂を私に差し出して……ディルクは私よりも出来ることがいっぱいあって、多くの人に慕われていて……私が存在するよりも、ディルクが存在した方が人々の役に立った筈で……
私に魂を与えたのは、私がリュカを産む為なんだよね? けどそれは出来ないんだ。私にはもうそんな事は出来ないんだ……
「ごめ……ごめん、ディルク……私……何にも出来なかった……! せっかくディルクが魂をくれたのに……っ! 私っ! あぁぁぁぁぁーーーっ!!」
ここには誰もいない。静寂で、ただ木々が風に揺れる音と小鳥の囀りが遠くで聞こえるだけ。
だからここでは思いっきり泣ける。
ディルク……貴方に生きていて欲しかった
ただ生きていて欲しかった……
大きな声で、私は泣きじゃくってしまった
だけどそれを咎める人も慰める人も
そこには誰もいなかった
私には誰もいなかった
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