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エピローグ
しおりを挟むベリナリス国のニレの木のそばに建つ家は以前よりも増築されて大きくなって、庭には様々な野菜のなる畑がある。
色とりどりの花が咲き乱れ、小さな遊具も置かれてある。
庭の一角にゆったりと座れる椅子があり、そこがエリアスのお気に入りの場所となっている。私はその横に椅子を置いてエリアスの手をしっかり握って、エリアスと共に子供達の様子を見守っている。
今日がそうだと、セームルグから一週間程前から聞いていた。
「今日も良い天気だね。暖かくて気持ちいい」
「そうだな……」
「あ、エリアスは寒くない?」
「あぁ……大丈夫だ……」
「ねぇエリアス、知ってる? ツインソウルっていうの」
「いや……」
「魂の片割れなんだって。私の本当の魂の片割れはディルクなんだけど、エリアスとはそんな感じがする」
「魂の……」
「うん。きっとね。一度会ったら離れられなくて、お互いが求めてやまないんだ。そんな存在。ね? 私とエリアスみたいでしよ?」
「あぁ、そうだな……きっとそうだ……アシュリー……」
「ん? なぁに?」
「幸せだった……」
「うん……私もすっごく幸せだった。ううん、今もこれからも幸せだよ」
「あぁ……そうだな……」
「エリアスはおじいちゃんになって髪が白くなっても格好良くて……私はずっとエリアスに恋をしていたよ」
「俺も……いつまでも美しいまま変わらないアシュリーに……惚れ続けてた……今もだ……」
「うん……愛する人と沢山の子供達に囲まれて……私は楽しくて幸せで……エリアスと一緒になれて良かった」
「必ず……アシュリーの元に……」
「うん。待ってる。ずっと待ってる」
「あぁ……アシュリー……愛している……これからも……ずっと……」
「私も……いつまでも愛しているよ……エリアス……」
優しく口づけをすると、エリアスはゆっくり微笑んで、それから静かに目を閉じた……
握っていた皺だらけの手は力を無くし、するりと私の手から溢れ落ちそうになったけれど、私はその手を離さないように両手でしっかり握りしめて頬に寄せる。
「かぁたん、とぅたん、ねんね?」
「うん……そうだね、レクス……お父さん、眠っちゃったね……」
「お父さんにお花摘んできたよー!」
「アデル、ありがとう。じゃあお父さんの手元に置いてあげてね?」
「ねぇお母さん、どうして泣いてるの?」
「なんでだろうね、ゾラン……」
「ねぇ見て見て! お花の冠作ったの!」
「ラビエラ……じゃあそれ、お父さんにあげようね?」
沢山の子供達に囲まれて、私の愛するエリアスはこの世を去った。
それは暖かな陽射しが降り注ぐ、穏やかな日の出来事だった。
ルディウスは現在、オルギアン帝国でエリアスがしていた仕事を受け継いでいる。
私達の子供達はやはりその能力は高く、常人では出せない力を発揮する。だけどそれは一部の人にしか知らせておらず、影で支える人物となっている。
子供達の腕には能力制御の腕輪がつけられている。
これは異能の力を持つ私達には必須の物で、その昔、前世で私の母が作り出した物だった。それをウルとリュカが解析して材料と配合を研究してくれ、増産することが可能になったのだ。
これにより子供達も誰に遠慮する事なく触れる事が出来るようになった。
リュカは結婚して、現在3人の子供がいる。その子供も大きくなってきて、一番上の子はもうすぐ成人を迎える。
「リュカ……」
「お母さん……」
ニレの木のそばに横たわるようにして、エリアスは花に包まれて眠っていた。子供達は手に花を持っていて、それを一人一人エリアスに届けていく。
私はエリアスの手を離すことができなくて、いつまでも両手でしっかり手を繋いだままにしていた。
「お父さん……いっぱい愛してくれて……ありがとう……大好きよりもっといっぱい大好きの……愛してるよ……」
「リュカ……覚えてたの……?」
「うん……所々ね? 不意に思い出す事もあって。今も思い出したりするんだよ? それがね、宝物を見つけたみたいに凄く嬉しいの。お父さんと二人で過ごした時の事とか、お母さんの中に魂として存在していた時の事とか……でもそれを言うと、他の子達に悪いかなって。私だけいっぱい思い出あって、なんかズルい気がして……」
「ふふ……リュカらしい……でもエリアスもきっと喜んでる。リュカは優しい子に育ってくれたから……」
「お父さんとお母さんのお陰だよ。私、凄く愛されたって胸を張って言えるもん。お父さんとお母さんの子供に生まれて来れて良かった」
「ありがとう……リュカ……」
「ほら、ルディウスもアリアも来たよ。皆でお父さんを見送ってあげよう?」
「うん……」
私はあれからもエリアスとの子供を産んだ。
子供は全員で12人。既に孫も7人いて大所帯となったのだ。
一番下の子は今3才で、まだまだこれから成長するのに手が掛かる。エリアスは自分が先立った時に、私が寂しさで塞ぎこまないようにって考えてくれていたんだろうな。
そして、私に子供という宝物を沢山残してくれた。
皆が集まって、エリアスを取り囲んで皆がエリアスに言葉をかけていく。それは感謝の言葉ばかりで、誰もが涙を流してその命を惜しんだ。
「母さん、じゃあ……もう送るよ?」
「待ってルディウス……! もう少し待って!」
「母さん……」
「エリアス……エリアス……一人で寂しくない? ねぇエリアス……やっぱり嫌だ……エリアス……! 私を置いて行かないで……っ! エリアス!!」
「お母さん……お父さんは強いんだよ? ずっと一人でいた程、凄く強いんだよ? だけどお母さんは一人じゃない。私達がいるから……」
「アリア……」
「そうだよ。お父さんを不安にさせちゃダメだよ……」
「リュカ……」
涙でいっぱいの私を皆が支えてくれる。
だけど……
こんなに辛いの? こんなに辛い思いを、貴方はずっと一人で耐えてきたの?
だから私がアタナシアを宿した時、あんなに泣いてくれたの?
こんな思いを私にさせたくなかったから?
なんて優しい人……
今になってまた貴方の優しさに触れる事になるなんて……
ルディウスが光の精霊エレインを呼び出した。光輝いて美しい精霊、エレインが姿を現す。エレインはそっとエリアスの元に近寄り、光で優しくエリアスを包み込む。
「待って……! エリアスを連れて行かないで! エリアス! お願い、エリアス!」
「母さん!」
光に包まれるエリアスに手を伸ばした所をルディウスがその手を取って止める。
ルディウスに肩を後ろから支えられる形で、私はエリアスを見送る事になってしまった。
眩しく光輝いて、それが静かに無くなっていくと、そこにエリアスの姿はもうなかった。
涙が止まらなくて、エリアスがいない世界にいる自分が耐えられなくて、ただその場から動けずにいて……
その時、優しく私を呼ぶ声が聞こえた。
「アシュリー……」
「え……」
それは聞き馴染んだ声で、私が心から求める存在で……
振り返るとそこにはエリアスがいた。
「お父さん!」
「とうたん!」
「なんで?! すごく若い!」
「エリアスっ!」
そこには若かりし頃のエリアスの姿があった。それは霊体で、うっすらとしていて向こうにある景色が見えていた。
それでもエリアスがそこにいてくれる事が嬉しくて、思わず両手を広げて抱きつきにいく。けれどエリアスには触れなくて、後ろにあったニレの木に頭をガツンって打ち付ける。
「痛いっ!」
「おい! 大丈夫か?!」
「エ、エリアスに……触れないよ……」
「そりゃな……俺、霊体だから。ごめんな? 先立っちまって……」
「エリアス……やっぱり嫌だ……エリアスがいないの、嫌だ……!」
「アシュリー……そんな泣かないでくれよ……」
「だって……!」
「かぁたん……」
「ほら、レクスも不安そうにしてるだろ? アシュリーを心配してんだよ」
「レクス……」
「皆が心配してる。だからあんま泣くなよ。な?」
「でも……」
「言ったろ? 俺、必ずアシュリーの元に戻ってくるって。それまで待っててくれよ。頼むから……」
「エリアス……」
「皆もアシュリーを助けてくれな? ルディウス、頼むぞ? 力になってやってくれ。な?」
「あぁ。分かってるよ、父さん」
「俺は空から皆を見守っている。これからもアシュリーを……お母さんを助けてやるんだぞ? いいな?」
「「「「はい!」」」」
「アシュリー……愛してるよ。俺の想いは永遠に変わらない。約束する。必ずまた戻ってくる。それまで待っていて欲しい」
「うん……うん……!」
優しく微笑んで、エリアスが空へと上がって行く。
「エリアスっ! 今までありがとう! 愛してる! 私もずっと愛してるよ!」
後ろ姿で顔を少しだけこちらに向けて微笑んで、エリアスは手を振って天へと還って行った。
私はその姿が見えなくなっても、暫くは見上げたままその場から動けずにいたんだ……
月日は優しく穏やかに流れていく
今私はこのニレの木のそばにある家で、一人で暮らしている。
あれから……
エリアスが天に還ってから、120年の時が流れた。子供達は巣立って行き、私の子孫達はあちらこちらに存在する。
今日はレクスの曾孫の様子でも見に行こうか。昨日はリュカの玄孫がもうすぐ子供を産むから様子を見に行ったし……
その後はウルの所に遊びに行こう。そうだ、朝作ったカップケーキを持って行こう。
ニレの木にもたれ掛かってそんな事を考えていると、不意に私の腰に着けていた短剣がカタカタと震えだした。
「え……? なに……?」
思わず短剣を手にしたら、それは浮き上がって光り輝く。そして、短剣に埋め込まれていた赤の石と紫の石が短剣から飛び出すようにして弾けて消えた。
私は呆然とその様子を見ていて……
「もしかして……」
まだ短剣はカタカタ震えてる。見ると白の石が迷っているような感じで震えてるように見てとれる。
白の石はセームルグ……
長年エリアスに宿っていたセームルグが反応している、と言うことは……
「セームルグ、もしエリアスが生まれたんなら……傍にいてあげて!」
私がそう言うと、短剣から白の石は弾けて飛んで行った。
あぁ……やっと……やっとエリアスが生まれて来てくれた……!
「エリアス……待ってたよ……ずっと……ここで……!」
きっとエリアスは私の元へ来てくれる。
私を見付けて、「待たせたな!」って笑ってやって来てくれる。それとも私が探しに行けばいい? あぁでも、なんて嬉しいんだろう! こんなにいきなり世界が色付くなんて……!
ねぇ、エリアス? 貴方も私がこの世に生まれたのを知った時はそうだった? 同じように感じてくれた? ねぇ?
話したいことがいっぱいあるの。
聞きたいこともいっぱいあるの。
また貴方との日々が始まると信じている。
「エリアス……生まれてきてくれて……ありがとう」
まだ私達の物語は終わらないんだね。
これからもきっと、ずっと続いていく。
愛する人と共に 永遠に続いていく。
<完>
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