ただ一つだけ

レクフル

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虹色に輝く

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 広場にあるステージに、人々は次々と集まってくる。

 ジルは人混みを押し退け、進んでいく。

 俺はジルに追い付こうと走るけれど、集まりすぎた人達によってそれは阻まれてしまう。

 こんな所で離れるとか、ダメなんだ。俺はもうジルの手を離さないって決めたんだ。

 だが、その手をジルが離した。

 
「ジル! 待ってくれ! 頼む、ジルっ!」


 俺の声は群衆に飲まれて掻き消されていく。

 ここは聖女の生まれる国……聖女の国……

 あぁ、頼むから一人で行ってしまわないでくれ。手を伸ばすから、すぐ傍に行って手を伸ばすから、俺の手を握ってくれないか。

 押し寄せる人々を掻き分けながら進むと、壇上に処刑執行人らしき人物が現れた。続いて貴族と思われる者達が数人、その後に兵士に後ろ手を拘束されている女性が一人、縄に繋がれて連れられてきた。

 それは予想を裏切らない結果だった。

 猿轡を噛まされて現れたのは、やはりヴィヴィだった。

 ヴィヴィが大人しく連れられている訳がなく、フガフガと何か言いたげに声を発しようとしていて、縄からも逃れるように体をジタバタと動かしていた。

 しかし、そんなヴィヴィをものともせず、兵士達は引き摺るように強引に連れて壇上に上げていた。

 その様子を見た人々は一気に静かになった。


「これより聖女様を語る偽物に罰を与えるべく、この場で処刑を執行する! 恐れ多くも聖女様の名声を我が物にしようとした大罪人ヴィヴィに、その罪を知らしめる為にも公開処刑する事と相成った!」


 それを聞いた群衆は、
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!』
と叫んだ。多くの声は地鳴りのようにビリビリと響き渡った。

 その声に驚いたのかヴィヴィは、さっきまで抜け出そうと体を強引に動かしていたのがピタリと動きを止めてしまった。
 ヴィヴィは群衆皆が自分を殺すべき大罪人だと睨み付けるような目を向けてくるのに、恐れおののいているようだった。

 そんな状態のヴィヴィの猿轡を外し、
「最後に申し開きする事があれば言ってみよ!」
と、最後の温情のように進行役は告げる。


「わ、私はっ! 騙してなんかいないわ! 私は聖女だったの! この国じゃないけど、聖女だったの! これは本当なの!」

「まだ聖女様を語るか! 偽物め!」

「お前には魔力がないだろう! そんな奴が聖女様な訳ないじゃないか!」

「死ね! 聖女様の名を穢したお前など、死んで聖女様に詫びろぉっ!」

「だから私はフェルテナヴァル国の聖女なの! この国のじゃないの!」

「聖女様はこの世に一人しか存在しない! 他国だろうがだ!」

「殺せぇ!」

『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 またも辺り全てが響くように、群衆から『殺せ!』コールが鳴り響いた。

 その声に導かれるように、執行人はヴィヴィを跪かせた。ヴィヴィは泣きながら何度も
「止めて! お願いだから止めて!」
と訴えていたが、それが叶うことはなく……

 俺はその様子を見ながら、辺りを見渡してジルを探す。
 ジルは何処にいる? こんな場面、ジルには耐えられ無いんじゃないのか?

 屈んで首をさらけ出されたヴィヴィに、執行人は大きな斧を振り上げたその時、
「ダメぇっ!」
という大きな声が響いたかと思うと、執行人の動きは突然ピタリと止まった。

 それはジルの声だった。

 声のする方を見ると、フードを目深に被ったジルの姿が舞台袖辺りにあった。

 
「ジルっ!」

「その子を殺しちゃダメっ!」


 そう言いながらジルは舞台袖から壇上へ上がろうとしていたが、それを騎士が取り押さえようとしていて、辺りは騒然としていた。

 急いでその場に駆けつけようと人混みを掻き分けて行くが、人が多すぎて思うように進まない。

 
「貴様! 神聖なるこの処刑を穢すつもりか!」

「こんなの、神聖なわけないよ!」

「ジルっ! 止めろ、ジルっ!」


 騎士達がジルを取り押さえようとしたのだが、ジルに触れた途端すぐに手を離す。
 よく見るとジルの全身を包むように魔力が張っていて、それがバチバチと光っているようにも見える。
 恐らく、雷魔法で全身を覆っていて、触れると痺れるようになっているんだろう。

 凄い、流石ジルだ!

 壇上に上がったジルはヴィヴィの元まで行こうとして、その動きを止めた。


「この不届き者め! お前も一緒に成敗してくれようぞ!」


 周りには魔術師と思われる者達が数人集まってきて、ジルの行動を魔力で止めたようだった。そこにいたのは恐らく、この国の最高峰と言われる魔術師達なのだろう。遠目でも凄まじい魔力を帯びているのが分かる程だ。

 いくらジルの魔力が凄いと言っても、あの魔力には叶わない。いや、魔術師一人であればジルの方が勝っている。が、それが数人集まって一斉にジルの魔力を封じ込めれば、ジルにはもう何も出来ない……!

 魔術師の一人が動けないジルに近づき、その顔を晒そうと、胸元を強引に掴み、外套を引き剥がした。

 そうされて、ジルの姿は露になった。

 その途端、その場は一瞬にして水を打ったように静まりかえった。


「え……聖女、様……?」

「いや……違う……聖女様じゃ……ない……?」

「だが……しかし……」


 壇上にいた貴族達も執行人も魔術師達も、戸惑いで動けないようだった。そんなにあの髪色が聖女を思わせるものなのだろうか?

 人々が戸惑っている中、一人舞台袖から壇上へやって来た人物がいる。

 それはこの国の頂点に立つ人物、 シルヴェストル・メンディリバル・ヴァルカテノ国王陛下だった。

 威厳あるその高貴で凛々しい姿は、誰に説明されなくても、彼がそうだと分かる程の雰囲気を醸し出していた。

 シルヴェストル陛下は、ゆっくりとジルに近づいて行く。ジルは未だ動けずにその様子を伺っている。

 
「メイヴィス……」

「え?」

「陛下……それではやはり……」

「メイヴィス……いや、ジュディス……か?」


 その時ジルの首元が突然光だし、何かが弾け飛ぶような感じがした。


「ジルの首飾りが……!」


 光り弾けたのは、ジルがいつもつけていた首飾りだった。
 それが弾けた途端、突然ジル自身が輝き出した。

 その光は美しく、まるで虹色に輝いているように見えたのだった。



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