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王城へ
しおりを挟むジルの身体中が突然美しく光り輝きだした。
それは幾つもの色を発しているようで、見ているだけで幸せになったような、穏やかで暖かで安らぐような、そんな癒される光があたり一面に光輝いた。
眩しくて目を開けていられない程なのだが、その光を見ていたい、包まれていたい、そんな感情が身体中を巡っていく。
この光はジルの持つ雰囲気そのままのようで、全身が幸福感に包まれるような感覚でいた。
やがてその光はゆっくりと落ち着くように消えていく。そこには白銀が受ける光によって何色にも変化する長い髪と、美しい瞳をしたジルの姿があった。
辺りは静まりかえっていた。
誰もが信じられないものを見たような、奇跡とも言えるものを見たような、そんな驚きの表情をしていた。
しかし、誰よりも驚いていたのは、恐らくジルだったんじゃないだろうか。
ジルの姿は神々しく、見る者全てが息を飲む程の美しさだ。けれど当人は戸惑っているように辺りを見渡している。それは仕方がない。突然の事に、それを受け入れるのには時間も掛かるだろうから。
そんな狼狽えるジルの足元には、何かが落ちていた。それはジルがつけていた義手と義足だった。
しかし、ジルには手足がある。服は袖部分と太股辺りが破れていて、そこからは美しい肌をしたジルの腕と脚があった。
何がどうなっているのか、戸惑いの中ジルは自分の手を見つめ、それから脚に触れ、それが自身のものだと確認する。
驚きの表情をして、それからまた辺りを見て、やっと俺と目が合った。
「リーンっ! リーン、見て! 私凄いの! 腕と脚が戻ってきたの!」
「ジル! ジルっ! すぐに行くっ!」
大きく両手で俺に手を振ったジルはいつものジルと何も変わりはしなかった。しかし、周りがそれを放っておく訳がない。
「聖女様……聖女様だ! 本物の聖女様が戻って来られた!!」
「聖女様! お帰りなさいませ!」
「なんて美しいの?! あぁ、聖女様をこの目で拝見させて頂けるなんて……!」
口々にそんな言葉が飛んできて、辺りは一気に先程とは違った興奮に包まれていく。
ジルはその様子に戸惑いつつ、ハッとしてヴィヴィの元へ駆け付けた。
処刑執行人も何も出来ずに呆然としている。もちろん、ヴィヴィもそうだった。
ジルはヴィヴィに何か話しかけていて、それから手を取って立ち上がらせた。次に俺をまた見て、大きく手を振った。
それを見た人達は、
「なんて慈悲深い!」
と口々に言い、歓声と拍手が沸き起こった。
俺はやっとステージ前まで行くことが出来て、ジルに向かって手を伸ばす。
ジルが嬉しそうに近寄って、屈んで手を伸ばし、俺の手に掴もうとしたその時、俺は騎士達に拘束された。
「あ! リーンっ!」
「ジル!」
「貴様! 聖女様に近づくとは何事か?!」
「不埒者だ! 聖女様を穢そうとしたな!」
「止めて! リーンを離して!」
「ジュディス!」
跪いて俺に手を伸ばすジルをそう呼ぶのは、シルヴェストル陛下だった。
一気に状況は変化し、陛下が何をするのか、何を言うのか、誰もがそれに従うべく不動となる。そこには絶対的な権力の力があるのが、空気と共に犇々と伝わってくる。
ジルもその様子を感じ取り、ゆっくり立ち上がり、シルヴェストル陛下を見つめた。
「私はジュディスって言う人ではありません」
「いや、そなたは紛れもなく余の娘、第一王女のジュディスだ。その姿、忘れる筈もない……!」
「私は知りません! 私はジルです!」
「母親のメイヴィスによく似ておる。余が愛した、ただ一人の尊い人だ。見間違える筈がなかろう」
「でもっ!」
シルヴェストル陛下はジルの外套を肩に被せ、それからそっと抱き寄せた。
その姿はまるで親子のそれで、一部始終を眺めていた人々は、感動の再会とでも言うように涙を流しながら二人を見守っているようだった。
「あの、王様……離してください」
「そんな他人行儀な呼び方はしてくれるな。父上と呼んでは貰えぬか?」
「私はジュディスって人じゃないです」
「そうか、まだ信じられぬか。仕方がない。これからゆっくり話しをしよう。おい、聖女を城へ向かわせる。この場はこれで終了とせよ」
「はっ!」
「待って! ヴィヴィを殺したりしないで!」
「それがそなたの望む事ならそうしよう」
「それと、リーンを離してください!」
「リーンとは……その者の事か?」
「そうです! リーンは私の大切な人です! だから絶対に傷付けないでください!」
「……大切な人……分かった。その者も連れてくるように」
「御意に!」
ジルは破れた服の袖とズボンの裾とブーツ、それから義手と義足を大切そうに両手で抱えながら、チラチラと俺の方を見て陛下と騎士達に囲まれてステージから降りて行った。
俺は騎士達に後ろ手に拘束されながら連れていかれる。見ると、ヴィヴィも俺と同じようにして騎士達に連れていかれていた。
ひとまずはヴィヴィの命が助かったって事で良かったのだろう……か?
そうして俺達は王城へと連れて来られた。
拘束はなかなか解いて貰えなかったが、ジルの待つ部屋へ連れて行かれた時には縄は解かれ、やっと自由になった。
応接室の三人掛けのソファーにジルは座っていて、その横にシルヴェストル陛下が座っていた。
陛下はジルを愛しそうに見ているが、ジルは困ったような表情をしていた。
しかし部屋に入った俺を見て一瞬にして表情を変え、嬉しそうに微笑んだ。
「リーンっ!」
そう言って駆け寄ってくるジルは勢いよく俺に抱きついてきた。
それをしっかりと受け止める。
あぁ、良かった……
こうやってまたジルを抱きしめる事ができた……
頭を俺の胸にグリグリ擦り付けてくるのは、もうジルの癖のようになっていて、それが可愛くて可愛くて、思わず笑みが溢れてしまう。
ジルも嬉しそうに笑ってくれる。その瞳は前のピンクグレーとは違って、澄んで潤っていて、角度によってその色を変える。
髪も長くなっていて、サラサラの白銀の髪はキラキラと光って色を発しているようにも見えた。
ジルの手を掴んで見てみる。
美しく細い指。整った爪さえも光って見える。その手に優しく唇を落とす。俺はそれをまた無意識にしてしまっていた。
「ゴホンッ!」
と言う大きなわざとらしい咳払いが聞こえ、ハッとして見ると、陛下は睨み付けるように俺を見ていた。
俺は慌ててジルを離し、頭を下げる。
そうだった。ジルはシルヴェストル陛下の実子と思われていて、この世界唯一無二の聖女様なのだ。
そんな希少な存在のジル相手に、俺は包容し、手に口付けまでしてしまったのだ。
やらかしてしまった……
ニコニコするジルとは裏腹に、俺は冷や汗が止まらないのだった。
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