雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第一章 開幕編

13話『道中』

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 ギルドでカレンと別れた二人。中央広場を通り、エリュシオンの入口、数ヶ月前に潜った城門を抜けていく。
 その先には馬車では無く、巨大な爬虫類に似た生物が曳く車が並んでいた。クロノ曰く、この生物は一般的に「地竜」と呼称され、神々の時代から現在まで生きる「竜種」と呼ばれる種族の一つであるらしい。
 二人はこれに乗り、依頼の場所まで向かう事になる。

(……竜が人間と共存してるだなんて、凄い世界だな)

 と、幾つも並ぶ竜車を見つつ、そんな感想を抱いた。
 目の前にいるのは些か違うが、竜とはまさにファンタジーの存在。神話を問わず、多くの伝承に於いては神の加護を受けた英雄に討ち倒される「乗り越えるべき障害」であり、反秩序の象徴として語られてきたモノ。
 ある種、社会を形成し平穏を望む人間とは対極にある存在でもある。
 
「これだけ並んでるのを見るのは初めてですか?」

「あぁ。というか、地竜すら初めて見たよ」

「珍しいですね。地竜車すら見た事が無いとなると……もしやアウラさん、相当な田舎出身だったりします?」

「いやまぁ。そこはご愛嬌ということで……」

 何とか誤魔化す。
 厳密に言えば、アウラは生まれも育ちも東京。つまり生粋の都会っ子である。無闇に「都会」と答えてもかえって「都会育ちなのに見た事が無いのか?」と、違和感が増してしまうだけだ。
 
「私達が乗るのは……っと」

 クロノが前に出て、自分とアウラが乗車する竜車を探す。
 数人の御者に話かけるクロノの下へ向かおうとするが、それを呼び止めるかのように、一人の影がアウラへと近づいて行く。

「久しぶりじゃないか、アウラ君」

 端正な顔立ちに、清潔感のある黒髪を携えた青年。アウラがエリュシオンにやって来た際、最初に会話した住民でもある。
 三ヶ月も前の記憶だが、爽やかな第一印象だったからか、名前を思い出す事は極めて容易だった。

「サウルさんこそ、御無沙汰してます」

「元気そうで何よりだよ。これから最初の依頼かい?」

「はい。山岳地帯の方の調査の方で」

 至極手身近に、依頼の内容を説明する。

「ここから竜車で走って、一番近い山岳地帯となると、北方のケシェル山か……あの辺りは特に危険度の高い魔獣はいないし、最初の依頼ならうってつけかもしれないね」

「随分と詳しいんですね」

「ああ、一応、俺も前まで君みたいに冒険者だったからね」

「……えっ?」

 しれっと明かされた、サウルの経歴。
 検問で仲良くしてくれたお兄さん、というイメージで覆われていたが、驚く事に自身の先輩とも言える人物だったのだ。
 横で啞然とするアウラ。説明を要するという事は即座にサウルも察したようで。

「カレンと一緒に依頼に行った事もよくあったよ」

「どうして辞めちゃったんですか?」

 率直な質問だった。
 サウルは少し間を置き、アウラの問いに答える。
 しかし、その答えはアウラに自らの質問が如何に無神経で愚かであったかを突き付ける。

「確か、5年ぐらい前だったかな……実を言うと、俺も君と同じ魔術師でね。依頼の最中に変な魔術師集団に襲われたんたんだ。なんとか生き延びたんだけど、そのうち一人の魔術のせいで、ロクに魔力を扱えない身体になっちゃったんだよね」

「────」

 思い出したくもないであろう記憶を掘り起こし、悲しさを覆い隠すように笑顔を浮かべて告白する。
 魔力を扱う事が出来ない。ということはあまりにも致命的過ぎる。体外から取り入れたマナも、体内で生成されるオドも使う事が出来ないのだ。
 サウルの身体は、既に魔術師としては使い物にならない。

「魔術を行使しようとすると、叫び声も出ない位に身体中が痛むんだ。アレは魔術なんて生易しいものじゃなかった……人が死ぬまで付き纏う「呪い」だね」

「呪い……術を解く事は出来なかったんですか?」

「色々と試したよ。知り合いに腕利きの魔術師を何人も紹介して貰ったけど、誰一人として術式を解析して剝がす事は出来なかったね。正直、あの時は途方に暮れたよ」

 語るサウルの声色も、幾らか重たくなっていく。当時の彼は正に、藁にも縋る思いだったのだろう。
 災難だったな。などと、新参者に過ぎない自分が一言で済ませて良い問題、語って良い問題では決して無い。少なくとも、アウラにとっても他人事では無いからだ。
 彼の言う魔術師集団、ソレと邂逅する可能性は十分ある。その際、サウルのような状況に陥る事が無いと言い切る事は不可能。

(……酷い)

 アウラは奥歯を噛み締める。
 サウルはあまりにも残酷な偶然によって魔術師、更には冒険者としての道をいとも簡単に閉ざされたのだ。

「……すいません。色々と思い出させてしまって」

 心の底からの謝罪だった。
 当然、アウラに悪意はこれっぽっちも無い。当たり障りのない質問のつもりが、サウルにとって記憶の最奥に封じておきたい筈の過去を思い起こさせてしまった。
 だが、己を戒める彼をサウルは気遣うように、

「あぁいや、ごめん。別にそういうつもりで言ったんじゃないんだ。ほら、今はこうして検問の仕事を任せて貰ってるし……つい数ヶ月前だったかな。名前も知らない人なんだけど、俺にかかっていた呪いを完全じゃないけど、取り除いてくれたんだよ」

 サウルのその補足を聞き、アウラは目を剥いた後、黙考する。
 人間一人の魔術行使を完全に停止させる程の魔術。それに干渉出来る程の技量の持ち主について、憶測に過ぎないが心当たりはあった。
 
「その人、魔術師だったんですか?」

「いや……俺の直観だけど、多分違うと思う。本当にただの旅人って感じの出で立ちだったし、魔術を使う為の触媒も、武器も何も持ち合わせている様子でも無かったからね」

「一介の旅人が、そんな凄い魔術を……」

「お陰様で、前みたいに最前線で戦う事は出来ないけど、日常生活の中で簡単な魔術を使うぐらいには元通りになったよ。また会えるかは分からないけど、会えたのなら、面と向かって感謝を述べたいね」

 その旅人が如何なる意志を以てサウルの身体に憑いた呪いを剥がしたのかを知る術は無い。
 顔も、名前も、自身の人生に関わった人間を限定する要素が何一つとして不明な今、再び会う事が出来る可能性は限りなく低い。

 だが、一度紡いだ縁というものは消えない。

 ────『縁があれば、また会う事もあるでしょう』

 この大地に来る前、己を送り出した天使が言っていた言葉を反芻する。
 ほんの些細な事だとしても、人と人を繋ぐ糸が途切れる事など無いのだから。

「……っと、呼び止めて悪かったね。今日の相方が、君の事を呼んでるみたいだ」

 クロノが、城門の隅に止まっていた竜車の方から手を振っていたのだ。
 
「また、会えると思いますよ。生きてりゃ意外なトコで再会したりすることもあるでしょうし。……んじゃ、今日はこのところで、失礼します」

 軽く会釈をし、クロノのいる竜種の所まで歩いて行く。
 御者の男性に挨拶を済ませた後、クロノに続き、アウラも竜車に乗り込む。




※※※※



   
「今回の依頼は、北東のケシェル山周辺の調査及び魔獣の掃討。可能であれば、山中にある洞窟内の探索って書いてあるな」

 カウンターでナルから受け取った依頼書を見つつ、アウラが言う。
 竜車に揺られること約二時間程の場所にあるというケシェル山はエリュシオンから最も近い山であり、古来より「霊峰」の尊称を戴いていた程に神聖視されていたのだという。
 現在でもその信仰は変わらず、故に一般人が立ち入る事が許されていない区域でもある。
 魔獣が過度に増え、神期より続く自然が荒らされない為にも、しばしば調査の依頼が来るのだという。
 依頼内容自体は至極シンプルなもので、何もなく終わるという事すら有り得る。

「洞窟……まだ調査してなかったんだ」

「調査してなかった……って、何か知ってるのか?」

 クロノの独り言に引っかかったのか、アウラが問う。
 
「この辺りの調査自体は何度も来たんですけど、この依頼の報告だけ未だに無いって、前にナルさんが言ってたんです」

「依頼の報酬もそこまで多くは無いみたいだし、他の冒険者達が後回しにしてたんじゃないか?」

「確かに……折角ですし、私達できっちり終わらせておきましょうか」

 クロノの提案に、アウラは頷きで返した。
 洞窟の内部調査といっても、やるべき事が一つ増えるだけ。報酬もその分上乗せされるのであれば、やらない理由は無い。
 加えてアウラは一人では無く、技量も経験も積んだ魔術師が付いている。

「────」

 整備されていない道を進む竜車の中で、深呼吸をする。
 エリュシオンからは大分離れ、周りの風景を緑が占める割合が多くなってきていた。目的地まではまだ少し時間があるが、その間、常に緊張が彼の身体を支配していく。
 最初こそクロノと雑談を交わしていたが、徐々に表情は強張り、口数も減る一方。
 彼女の方は佇まいを変える事なく平然としているが、やはりその辺りは慣れというもの。
 
「アウラさん、緊張してます?」

「? あぁ、一応ね……クロノの方はもう慣れてるみたいだけど」

「私はこれよりハードな依頼に連れていかれる事が多かったので、そこで鍛えられたところはありますね」

「成る程なぁ。やっぱり、何事も場数踏まなきゃ話にならないってワケか……ん?」

 会話の流れから、一つ。思い出したように。
 エリュシオンを出る前に、クロノやカレンと話していたについて。

「そのハードな依頼ってもしかして、さっき言ってた「人間相手」の依頼の事か?」

 カレンやクロノが時折受ける事があるという、魔獣では無い、同じ人間を相手取る依頼。イメージだけであれば暗殺等、「一般に知られてはいけないような依頼」を想像してしまう。
 
「まだまだ時間はありますし、さっき言った通り話しておきましょうか」

 コホン、と咳払いをし、真剣な面持ちに切り替える。車内の空気が引き締まるのを感じながら、アウラもクロノの言葉に耳を傾ける。
 アウラの今後に関わる、極めて重要な内容だ。

「私やカレンさん、そしてラグナさんが相手にしているのは、神ならざる悪魔を奉ずる、そして彼らを率いるです」

 彼女の口から語られたモノ。
 それは国家でも、それらを裏から操る秘密結社という訳でも無かった。
 遥かな神期において神々や天使に戦いを挑み、神の時代に終止符を打つ一端を担った種族──悪魔を崇拝する教団。
 それが、クロノらが幾度となく相手取っている者達であり、以後、アウラが刃を交わす事になる集団であった。
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