雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第三章 階級昇格編

54話『不穏の幕開け』

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「家賃は玄関の所のテーブルに置いとくんで、帰る時に持ってって下さいね」

「はいよ~……気を付けてね~……死なないでね~……うっ気持ち悪……」

 靴を履き直しながら告げるアウラに、ソファーから手を振って答えるレイズ。
 その声色は酷く辛そうで、テーブルには水差しが置いてある。

「だからあんなに止めたのに……」

「だいじょーぶだいじょーぶ、これぐらいの二日酔いなら昼過ぎまで寝てれば治る……と思うから、アウラ君は気にせずいってらっしゃい……」

 その場から一ミリも動く事無く返答するレイズ。
 昨夜、近況報告がてら夕飯を食べたが、途中から彼女の酒を飲む手が止まらなくなっていったのだ。

 ────『うぉ~いアウラ君!! この天下の「幽冥の魔術師」サマの酒が飲めないって言うのか~!!??』

 空になったジョッキの数が二桁に到達した辺りで、段々とレイズのテンションがおかしくなり、絡み酒が一層加速していった。果てには足取りも覚束なくなり、フラフラの状態のレイズを介抱しながら帰宅。ソファーに寝かせたという次第である。

「うぇ……もう二度とお酒は飲まない……神だろうが堕天使だろうが誓う……昨日は色々と迷惑かけちゃってごめんねぇ……」

「良いから、レイズさんは寝て下さい。なんなら上のベッド使っても良いですから。──んじゃ、行ってきますよ」

「あ~い……いってらっしゃ~い……」

 掠れたような声で返事をしたのを確認すると、アウラは少し微笑んで、家を後にする。
 その表情は何処か嬉し気で、市街地へ至る狭い路地を歩きながら、

「行ってきます、なんて言葉、久しぶりに言ったな」

 と、噛み締めるように呟いた。
 何気ないやりとりだが、家にいる誰かとの会話というのはアウラにとって久しい物だったのだ。距離感が比較的近いからか、だらしない姉のような同居人が増えたような感覚にも近い。
 だが、それはそれとして。一つ思うところがあったようで。

(流石に、あの距離は刺激が強かったな……次からは潰れる前に酒飲ませるの止めさせないと)

 昨夜の事を思い出し、やや頬を赤らめる。
 アルコールの入った状態のレイズは、普段以上に構いたがりになる事が判明した。
 豹変、と言っても過言ではないレベルで、「余裕のある女性」というイメージが崩壊し、酒の匂いを撒き散らしながらくっついて来るのだ。

 ──『えへへ……お姉さん酔っぱらっちった~……元気なアウラ君が介抱してくれないと、私、歩けませぇ~ん!』

 ──『ひっく……アウラ君の背中、大きいなぁ……』

 普段はしっかりした大家さんという印象が定着していた故、そのギャップによって生まれる破壊力は尋常では無かった。

「……昨日は、ギリギリ理性が勝ってくれて助かった。よく頑張ったよ、俺」

 言い聞かせるように、独り言をボヤくアウラ。
 彼とてれっきとした男子。突出して容姿の美しい女性に、酔っている状態とはいえ距離を詰められればドギマギしてしまうのが世の常だ。
 まったく興味の無いという悟りの領域に至る事はなく、煩悩と戦っているのだ。
 そういった意味で、昨日のアウラの中は暴れんとする本能を理性で抑え込み続けていた。

 欲望に耐え抜いた自分を心の中で褒めつつ、彼は人通りの多い市街地へと向かう。 
 体調も気候も申し分ない。
 魔術の行使についてもさしたる支障はなく、近接戦が久方ぶりというのがやや気掛かりではあった。

「一応、前にカレンのヤツと打ち合って貰ったけど、実践は久しぶりだからな……気は抜かずに行こう」

 言い聞かせるように、自身に語り掛ける。 
 僅かな不安を抱きながらも、アウラは冒険者の集うギルドへと向かっていく。



※※※※



 絶えることの無い人の声、冒険者達の鉄靴が床を叩く音。
 巨大な玄関を潜り抜け、それらを聞く度に、アウラは思考を切り替える。
 彼らと同じ、日銭を稼ぎ名を挙げる為に活動する者としてのスイッチを入れるのだ。

 カウンターに行く前に、壁に張り出された依頼書を見に行く。

「えーっと何々、夕暮れ時に村周辺に現れる黒妖犬ブラックドッグの撃退に、商人の護衛、ユニコーンの角の採取、か……流石に報酬は良いが、ちと難易度が桁違いだなこりゃ」

 腰に手を当て、書かれた内容を次々と読み上げる。
 前二つは難易度的にも十分だが、アウラとしてはもう少し手応えを感じられるような依頼を受けたいという要望だった。
 ユニコーンは幻獣とも呼ばれる存在である。

(いくら幻獣が存在する世界っつっても、そう簡単に捕まえられる訳無いよなぁ)

 心の中で呟き、他の依頼書もチェックする。
 顔をしかめ、丁度良い条件の物は無いかと物色するが

「──おい、そこの兄さん。依頼を探してるってんなら、俺達のに着いて来いよ」

「あ?」

 ポンと肩を叩かれ、後ろを振り向く。
 アウラに声をかけたのは、背に矢筒と弓を携え、胸当てをした男だった。後ろで結った黒髪に、耳には幾つものピアスが開けられている。背丈は通常の成人男性程で、やや釣り上がった眼が人相を悪く思わせる。

「お前、最近エリュシオンで名前を挙げてるアウラだろ? 丁度良かった、俺達これから依頼に出るんだが、一人欠員が出ちまったんで、どうだい? まさか、大型新人ともあろう魔術師が、断りゃあしねぇだろ」

「……内容は。それから、開口一番に誘う前に、自分の素性を明かすのが筋ってモンじゃないか?」

 男の誘いに対し、アウラは気持ち声のトーンを落とし、表情を強張らせる。
 彼の言葉はただ純粋に誘ったというよりも、言葉の端々に嫌味を含んでいる。挑発、とも言えるだろう。
 
「あぁ、悪い悪い。俺ぁウィスト。天位デュナミスの弓兵だ。依頼内容は坑道に巣食った穴蜘蛛共の殲滅。これで十分だろ?」

「穴蜘蛛、鉱石の類を食らう魔獣だったか。数は?」

「分からねぇ。だが、それなりの数はいるってもんで、お前を含めて4人で向かう事になった。勿論、わざわざ誘ったんだ、来てくれるってんなら、報酬の分け前は多めにしてやる」

「……乗った、良いよ」

「さっすが、話が分かる。もう準備は出来てんだ、外に行こうぜ」

 不敵に笑いながら、ウィストはアウラと共に外に出る。
 不信感を抱きつつも、彼は即興で組む事になった者と共に依頼に出る。己が一部の者からあまり快く思われていない事は、ナルから既に告げられている純然たる事実だ。 
 我慢すれば良い、たったそれだけの問題だ。

 案内される通りに、市街地を越えて城門へと向かう。
 二人の間に余計な会話はなく、ウィストの方から話しかける事はあっても、アウラの対応は素っ気ないものだった。
 悪態とはまでは行かないものの、その口調は普段の彼よりも幾分か冷たい。
 ウィスト本人もその事を理解しているのか、ことさらアウラの事を逆なでするような事は言わなかった。

「ルイ!ガルマ! 連れて来たぞ!」

 城門を抜けた先にいたのは、二人の冒険者だった。
 片方は、フード付きのローブを羽織り、杖を携えた男。隙間から覗く限りは30代程で、眼鏡をかけているのが見て取れた。
 そして、もう片方の男はというと

「────っ」

 ギリ、とアウラが歯を軋ませる。
 その人物は、不敵な笑みを浮かべてアウラを待ち受けていた。
 額充てで持ち上がった黒髪に、確かに鍛え抜かれた肉体。大剣を背負い、パッと見ただけで近寄りがたい印象を抱かせるような人相。──以前、すれ違ったアウラに舌打ちをしたのが、何よりも記憶に残っている。
 腕組みを解き、その男はアウラの方へと歩き出す。

「おーおー、良く来たじゃねぇか。てっきり来ないかと思ってたぜ」

「分け前さえしっかり守ってくれるなら、俺は構わないよ。こっちだってその分は働くつもりだ……で、アンタがガルマか?」

「おぅよ。生憎、行く予定だったヤツが何処ぞの魔術師に蹴り飛ばされちまって療養中なんでな。ほらお前、アイツの身内らしいから、来てもらったってワケだ」

「カレンの尻拭いを……いや、俺が代わりに謝罪しろ、と?」

「いや? わざわざそんな事はしなくて良い。ただ仕事してくれりゃ俺としても構わねぇ。エクレシアの都市を救った英雄サマにゃ、それぐらい朝飯前だろ?」

 皮肉るように、ガルマはアウラを見下ろしながら言う。
 明らかに己を舐めている事を自覚しているが、彼はそんな安い挑発に乗る程短気ではない。
 手を出したら負け、という考えが、アウラの根底にあるのだ。

「あぁ、問題無いさ。依頼は依頼だ、さっきウィストにも言ったけど、呼ばれた以上は最後までやるよ」

 言葉の上では誠実に答えているが、その顔つき自体には普段のような温和さはない。
 自分を嫌う相手を前に、自分の気持ちを取り繕っていない。その必要性すら無いとでも言うように、いつになく不愛想な彼が其処にあった。
 
「良く言った。じゃあ期待はしてるぜ、原位アルケーのガキ」

 そう吐き捨てて、ガルマは出発するように他のメンバーに促す。
 明らかに侮蔑を含んでいるが、アウラは聞き流す。
 事実である事として受け止め、ナルに言われたように「言わせておけ」という言葉を心の中で反芻する。
 
(ただ数時間我慢すれば終わり、感情的になったら負けだ)

 目を瞑り、苛立ちを発散するように深呼吸する。
 依頼さえ終えてしまえば、今後は二度と関わらなければ良いだけの問題だ。

「おい、行くぞアウラ」

 ウィストに肩を叩かれ、アウラは「あぁ」と一言答えて出発する。
 至って平然とした態度をしているが────アウラは震える程、強く拳を握り締めていた。
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