乙女ゲームの裏切り役、選択肢が重すぎる 〜ヒロインじゃない私が、選択肢の中心にいる〜

田村 ノア

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プロローグ

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ここは大海に囲まれた闇夜の学園都市――
アビス=マリア学園。
入学式が行われている講堂は、赤いカーペットと豪奢なシャンデリアに彩られていた。
だがその華やかさとは裏腹に、空気は張りつめている。

周囲の在校生たちは、新入生を値踏みするような視線を隠そうともしない。

壇上に立つ校長、アントニオは力強く告げた。
「アビス=マリア学園へようこそ。この学園は――弱肉強食の世界です」

その言葉が響いた瞬間、胸の奥がざわめいた。

――思い出した。

(遅すぎる。
これは、途中までしかプレイしなかった――
あの乙女ゲームの、始まりだ)

理解より先に、感覚が追いついてくる。
私は前世で、中山桜花(なかやまおうか)として生きていた。

視界が揺れ、息が詰まる。

今の私は“ハーレ・ディアス”。
だが完全にそうではない。身体と心が噛み合わない感覚に、現実がひび割れる。

(私は……桜花?
それとも――この子?)

ハーレ・ディアス。
それはゲーム『マーメイド・ティアーズ』に登場するキャラクターであり、
主人公の親友――そして裏切り役。

(なんで、今になって思い出すの……
しかも、こんな中途半端に)
混乱する私をよそに、時間は進む。
ふと視線を上げた、その時だった。

(――このタイミングで、会うはずの相手がいる)
――目が合った。

向こうも、はっとしたように私を見ている。
このゲームの主人公、アリス・ナルティカ。
だがその表情は、私の知る彼女とは違っていた。
怯え、戸惑い、今にも泣き出しそうな顔。

胸が締めつけられる。

――中山想愛(なかやまそあ)。
私の、妹。

一瞬で理解してしまった。
彼女も、ここにいる。
そして同時に、救えなかったという喪失感が胸を抉った。

りのあ――アリスは、唇を動かしかけては閉じ、必死に涙をこらえている。
私は人差し指を唇に当て、小さく首を振った。

「……あとで、話そう」

彼女は震えながらも頷いた。

その直後、講堂の奥がざわめく。
暗がりから現れたのは、金髪のヴァンパイアの少年だった。

青い瞳が、新入生を見下ろす。

(……これも、見覚えがある。
確か、序盤で一番厄介だった相手。
下手に関わると、詰むタイプ)

「……そこの新入生。名前は?」

校長の問いに、少年は薄く笑った。
「アレクシ・ロッシ。
この学校で一番、力を持つ者だ」
ざわめきが広がる。

アレクシはゆっくりとこちらへ歩み寄り、
私とアリスの前で足を止めた。

「君は?」
アリスへ伸びる手。
反射的に、その手首を掴んだ。

「……初対面の女性に触れるのは失礼ですよ」
彼の瞳が細まる。

「生意気な犬獣人だな」
次の瞬間、顎を掴まれ、視界が引き上げられた。

「この学校では力がすべてだ」
空気が凍りつく。

――その時。

「そこまでにしなよ」
澄んだ声と共に、緑髪の少年が割って入った。

バド・エルファード。
エルフの王族。

「入学式の場で争うのは感心しない」
軽い仕草で、アレクシの腕が外される。

「……今日は見逃す」
吐き捨てるように言い、アレクシは離れた。
張りつめていた空気が、ようやく緩む。

「大丈夫かい?」
差し出された手。

(……違う)
胸の奥で、微かな警鐘が鳴った。
この場面――
覚えが、ある。
入学式。
暴力的な最上位者。
それを止める、穏やかな第三者。

(これ……アリスのイベントじゃなかった?)
曖昧な記憶が、輪郭だけを伴って浮かび上がる。
細部は思い出せない。

セリフも、選択肢も、結末も。
それでも――
「ヒロインが庇われる場面」だったはずだ、という感覚だけが、やけに鮮明だった。
なのに。

守られる位置にいるのは、私だった。

「ハーレ・ディアスです。
……助けていただき、ありがとうございます」
バドは微笑み、私の手に軽く口づけた。
周囲がざわつくのを、嫌というほど感じる。

(目立ちすぎ……
これ、たしか“好感度イベント”だった気がする)
やがて入学式は終わり、生徒たちは教室へ向かった。

――これが、物語の始まり。
この学園で生き残るためには、
選択を誤れない。

妹を、今度こそ失わないために。
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